ABC
「東海林さんと、大前さん、どこまでいってると思う?」
冷蔵庫で賞味期限の仕分けをしながら、三田はこっそりと井手に質問した。
「は?何を??」
井手はかじかむ手を擦りながらやる気のない返事をする。
「何ってあれだよ、あれ」
「ああ、今日は二人で新宿のデパートへ商談に行ってるよ」
「そんなことじゃなくて!男女のカンケイだよ!」
三田は井手の背中を勢い良く叩く。
「え…そんなこと俺に聞かれても…」
顔を赤くして足元を見る井手の様子から、三田は悟った。
「さてはお前…まだ童貞なのか?」
「ああ、そうなんだ」
あっさりと返事した井手のマイペースさに少し戸惑いつつも
「じゃあさ、勉強のためにも東海林さんに色々聞いてみようぜ」
三田はニヤリとほほ笑んで、再び作業に戻った。
その日の晩、東海林と三田と井手の三人で飲みに行くことになった。
三田が東海林にホチキスの打ち方など教えてほしいととお願いすると
東海林は上機嫌で近くの店へ案内する、東京に住んでいた頃からよく通っていたその店は細い階段を降りた地下にあり、サラリーマンで賑わっていた。
おごりだから遠慮なく頼めといわれ、井手は焼き鳥とご飯とサラダと…と遠慮なく注文する。それを三田が定食じゃないんだから、もっと3人で食べられるものにしようと、唐揚げやたこわさにチーズフライなどを手早くオーダーパネルで打ち込んでいく。
「2人ともどうしたんだ、何か相談でもあるのか?」
ビールで乾杯したあと東海林から2人に問いかける。
「はい、東海林さんに大前さんとの関係を聞きたくて」
また井手が空気の読まない発言をして
東海林は井手の顔面にビールを吹き付けた。
井手は眼鏡を外して、お手拭きで顔を拭く。
「おい、何言って……とっくり???」
「はい、東海林さん名古屋で大前さんと付き合ってたんですよね?」
「おい、そんな直球で聞くなよ、まずは段階ってものがあるだろ」
三田が暴走する井手を静止させて、話始める。
「以前浅野さんから聞いたんですよ、本社で東海林さんと大前さんが一緒に働いていてプロポーズもしたことがあるって。で、そのあと東海林さんと大前さんが名古屋で働いていたのは知ってるんですが…その後どうなったのか気になってるんです」
三田は話すのが上手で、さすが営業部に配属されただけはあるなと東海林は感心した。
「浅野の奴め、ペラペラ喋りやがって…」
そう言いつつも東海林の顔は少しにやけながら、過去の話をアルバムから引き出すように語り出す。
「まぁ…付き合ってるっていうか、毎日あんな感じで喧嘩はしてたな。でもあいつも時々可愛い笑顔になる時もあってさ…俺は付き合ってたと思ってるよ。わざわざ俺の働くところまでやってきたしさ、そう思うじゃん。ただ「好き」とは一言も言われてないけど」
「そうなんですか、好きって言われてないのに付き合ってるってどう思ったんですか??やっぱりHなこととかしたんですか??」
また井手が突拍子もない質問をしてくる。
「え……Hって、まぁ、まぁそういうこともこの年なんだからあるって言えばあるかな?」
東海林は頭をポリポリかきながら口を尖らせている。
「でも俺、付き合う前からキスしたりプロポーズしたりしたからなぁ。順番がバラバラなんだよな」
「ええ!?キス??それってセクハラになりませんか??」
「それがさ、あいつハエが口に止まったとかいうんだよ、ひどくないか??」
「ハエ!!キスされてハエはキツいっすね…」
「だろ?ひどい女なんだよ、本当に…腐れマリモにカミナリだの…俺のこと散々馬鹿にするくせにさ…」
さっきまで笑って話していた東海林が、少し悲しげな表情を見せる、三田も井手も開けていた口を閉じて東海林を見つめた。
「俺のこと助けたりするから、またキスしそうになるんだよな」
沈黙の3人の前に、威勢の良い声で店員が「お待たせしました!」と声をかけ、焼き鳥とサラダが運ばれてきた。
「あ、食べましょうか。東海林さんも」
井手が割り箸を取り、みんなに渡す。
「そうだな、腹も減ったし食べようぜ」
その後東海林と春子の話が出ることはなかった。
「東海林さんと大前さんって名古屋で付き合ってて、Hもしてるらしいですよ」
会社のロビーで井手は亜紀にこっそり耳打ちした。
「マジで!?そうなんだ〜あの大前さんが体を許した東海林課長…どうやって口説いたんだろうね」
「いや、それが大前さんから名古屋に行ったらしいから案外大前さんから迫ったのかも…」
2人で盛り上がっていると、後ろから声が響いた。
「何がですか???」
振り返るとそこには春子がいた。
まさか今の話を聞かれていないだろうか。
おそるおそる2人は挨拶をする。
「大前さん、おはようございます」
「他人の噂話などする暇があるのなら、さっさと仕事場へ行きなさい!!」
春子は井手と亜紀を追い越してエレベーターに乗って行った。
「やばい、聞かれてるね…あれは」
「東海林さん、大丈夫かな??」
2人は東海林の身を案じた。
案の定、オフィスに着くと東海林と春子は
廊下に響くほどの声で喧嘩していた。