勝ちたかったけど勝てなかった話母ゼーナピアはどこにでもいるような王の側室の1人だった。
母は自らの過去を語ることはなかった。
それほどまでに出自が卑しかったのか。
事実、母が僕を産むまでは、王宮内での母の待遇や陰口はひどかったという。
そんな母の人生がある日突然変わった。
神託である。
巫女は母の丸く膨れた腹を見てこう言った。
奇跡の体現であると。
この国で奇跡と呼ばれるものはたった一つ。勇者の誕生である。
母子共に健康なまま僕を産んだ母は一夜にして国母になった。
卑しい出自の側室が。たった1つの奇跡で。
王妃の座まで上り詰めた。
故に。
王妃という価値を作る為に生まれた僕は、それは大事にされた。過保護な程に。
母に取り入ろうと媚び諂う家臣。
母の怒りを買いたくないと震える手で教鞭を振るう教師。
勇者だからと恐れ録に剣の稽古をつけてくれなかった兵士。
今思えば、そりゃあ勇者として全く開眼しなかったわけだと自嘲できる。
なぜなら、何一つ教わることすらできてなかったのだから。
勇者だから。
子供だから。
王妃の子だから。
自分を縛り付ける全てが邪魔だった。
齢、10にもなりなかなか勇者として覚醒しない僕を巫女が耄碌しただの、母が巫女を金で買って僕を持ち上げたのだと、王宮内で噂はいくつか立っていた。
その全てが母により処刑されたというのは別の話。
そうだね。
間違いだったらよかった。
僕が偽りの奇跡だったらよかった。
母は、勇者が覚醒できないのは教師のせいやら兵士のせいやら雇った人を成果が出なければ片っ端から首を切っていった。
そうでしょう?ワルスタット様。
あなたも後1週間で結果を出さなければあいつらのお仲間入り、でしたよね。
王宮内で、僕は間違った奇跡だったと絶望の空気が流れる中、少なくとも数人はまだその時期ではないと期待してくれていた。
母のためではない。
信じてくれているこの人たちを裏切るのは心が痛かった。
だから。
その日は立ち入ってしまった。
国王と王妃。その子にしか知らされない秘密の場所。
石化した先代勇者の片割れであるレオーネが安置されている場所に。
行ったって何もならないことはわかっている。
でも。と、石像の前に立ち尽くした僕は焦りと弱音を吐いた。
力が欲しい。と。
なんの因果か。
その一言でレオーネの石化の呪いは解かれ。
そのまま「盟友」として僕の先生になった。
先生の稽古はそれはそれは厳しいことしかなかった。
勇者だと恐れ慄いて録に剣さえ振るわなかった兵士たちより。
先生の前じゃ恐れ慄く勇者という奇跡もゼーナピアの子という名称も。
何もかもが無意味だった。
だから僕も全力でぶつかれた。
実戦に立っていたからこその死地。
それを何度も味わうことで勇者の力もだんだんと目覚めていった。
勇者のもつ4つの邪破の秘技。
その全てを魔王討伐前までに身につけられたのは先生がいたからこそ。
生傷をつくってくる僕をみて烈火の如く怒る母をも恐れずに。
剣と技を叩き込んでくれた先生。
だから。
たまに納得がいなかった。
これだけ強い先生が。
たった1人の人間のせいで。
勇者から格落ちした名前をもらった事実が。
何度その過去に憤ったか。
何度その名前を書き換えた人間を恨んだか。
その人の名前を口にしようとすれば。
ああ、やはり過ってしまう。
先生が僕じゃなく、僕を見てあの人を思い出している顔を。
あなたはそれでも。
あの人を追いかけている。
認められない名称を戴冠しながら。
どこかで諦めて。
だから。
「先生は、盟友。ではなく歴とした勇者です。」
出自も実績も実力も。その全てが見合っている。
「たった1人の人間が自己保身のために書き換えた名前に、あなたが従う必要はありません」
先生の目が、揺れる。
我ながら狡いなあなんて少しはおもいましたよ。
突けば崩れる部分。
先生が心の底で。
どこか認めたくなかった部分。
勇者の目はそれすら見えてしまう。
強張る手を、触って、握って、引き寄せる。
僕を鍛えてくれた先生の大きな手。
「自惚れて」
触れた手を包んで、撫でて、手の甲に口付けた。
「魔王討伐が終わったら。僕は奇跡の体現者として国に凱旋します。母でさえも僕に逆らえない。僕が歴史を書き換えます。魔王は2人の勇者によって討伐されたと。」
先生。
あなたと僕は、並ぶんです。
同じ身分で。歴史に名前を残すんです。
ニコリと笑いかければ先生は顔をうつむかして手を振り払ってしまった。
ああ。
なんて大それたことを。
初代王の決めつけを塗り替えるだなんて。
傲慢。不相応。身の程知らず。
わかっている。そんなことは。
でも。魔王を討伐する勇者として等身大に当たってきた先生への感謝は。
こうすることしか思いつかなかった。
先生の不名誉を書き換えて。
先生と並んで名を残す。
身勝手な保身で名前を書き換えた男に勝つには。
結局その願いも叶わず。
齢、10という年齢のためか。魔王相手に力負けしてしまい相打ちとなってしまった自分の人生。
その後の話はここを訪れたメルザインから聞いた。
僕の死体を持ち帰った先生は母の怒りを買い公開処刑になったこと。
そしてヴァルザード討伐の記録は後世に残さないことも。
なんだ。
たった1つのミスで黒歴史扱いとはね。
随分と達観した様子にメルザインはひどく驚いていた。
「そのくらいはまあするだろうと思っていたという予測。」
勝者の歴史に犠牲者はあってはならない。
「人の愚かさに憤ってあれこれ愚痴るのはいつだってできる。あ、で、そうだんってなんだっけ。そうそう!可愛い従弟が新しい国を作るなら協力は惜しまない。いつでも来るといいよ。君の子孫も纏めて面倒みるし」
本来の目的を思い出したように話すとメルザインはほっと息をついて、もう1つ話を始めた。
レオーネ処刑の処遇のことだ。
たまたまゼーナピアの私室の前を通ったメルザインはゼーナピアとワルスタットの口論を聞いたと。
その内容は、盟友レオーネが事故を装ってアジールを殺したわけではないという擁護。
証拠にワルスタットは手記をゼーナピアに叩きつけたが、怒りの感情に支配されていたゼーナピアはそれをアジールに対する虐待だと読みさらに怒らせたという。
「ワルスタット!貴様もあの悪鬼を庇うなら!殺してくれよう!」
その一言にワルスタットは閉口し、レオーネの処刑が実行されたと。
どちらかが自分の死の原因とならねば収まらぬ事態。
勇者は死んだ。悲しい結果だが魔王は討伐された。2人の生還者を讃えようではないか。
そうであったらよかったのに。
そうはならなかった。
「ねえ、メルザイン」
自分は幼くして死んだ。
故に妻を娶る暇も。子をなす時間もなかった。
だから理解できなかった。
そう結末が運ばなかった理由を。
「子を持つ母ってそれほどまでに冷静になれない生き物なのかな。それとも奇跡がなくなった自分がまた無価値になるのを恐れたのかな」
返事は、ない。
「少し意地悪だったね。ごめんごめん。後の話をしてくれて感謝するよ。この借りは君の作った国を長く繁栄させるように助力することで返そうか。」
アジールの返事をきいたメルザインは安心した顔でここから立ち去っていった。
そこからまた何年経ったのか。
最後にアルヴァンが来て。
それ以降はずっと1人で国の行く末を見守っていたある日。
今世の盟友と名乗るものが迷い込んだ。
盟友と聞いて、黙っていられる自分ではなかった。
一通り剣を交わしてから、先生の話を聞いた。
先生が英雄として天界に呼ばれたこと。
人の愚かさに絶望し世界にあだなす存在と手を組んだこと。
それを初代勇者が倒したこと。
そして。
僕を生きがいであるといったこと。
「先生は変なとこで真面目だからな」
そして本音を誰にも言わない。
否、言えなかった。
対等だと思っていたのは僕だけだったのか。
いや、違う。
あの人に
先生の名前を書き換えたあの男に勝つことができなかっただけ。
「あーあ!生きて帰れてたならアシュレイに勝てたのかなあー」
今世の盟友が帰った後、誰もいない空間に愚痴を言ってみる。
先生。ヴァルザードの討伐の結果は、何をどうしたっても変わりませんでした。
けれども、命をかけてまでやり切るという覚悟をくれたのは先生でした。
ちょっとだけ邪なことも考えましたよ。
死んでしまえば、先生の傷になって、忘れられてもらえなくなるなんて。
ありがとう先生。
僕に踏み出す勇気をくれて。
ありがとう先生。
僕を生きがいだと言ってくれて。
「先生」
見えてますか。グランゼドーラが。
勇者の歴史は。
いまや勇者と盟友は。
汚名ではなく、同じ人の手によって神話となりました。
どうかどうか
この神話が続くように。