30年の王様連王グルージャジャはよき王である。
武力を以て争う民を仲裁し。
時には理を以て分かたれた民を一つにした。
誇りであり。
光であり。
願いであり。
希望である。
トラルの民が抱える
苦痛。
悲哀。
喪失。
そのすべてと向き合った王を誰が悪い王といえるのだろうが。
その王の子もまた、聡明で素晴らしいものであった。
国に求める理想は高く、賢く。
また己の持つ武も申し分ない強さであった。
優れた王には優れた子。
トライヨラは優れた王から優れた子に受け継がれ、末永く、強く、気高く、立派な国として繁栄しました。
これで物語はおしまい。そうであったらよかったのに。
心優しき王は、ある日、二人の孤児を拾った。
王に拾われた子は王を親として敬い、素直に、強く、気高く、賢く育ち。
その成長も国民全員が喜んだ。
王は、実子と孤児を集めこういった。
私はなんて幸せなのだろうか。
二人の孤児は父の笑顔の感謝を喜んで受け取り。
実子は黙って頭を下げたままだった。
連王のただ一人の実子。
ゾラージャ。
孤児であるコーナとウクラマトが王宮に来る前は連王隠居後の王位継承が約束された身であった。
連王は聡明である。
聡明であるがゆえに、血のつながりなど関係なく、トラル、トライヨラ全土の民を家族として扱ってきた。
そう、血のつながりがないコーナやウクラマトも連王にとっては実子同然。
後継ぎとしては申し分ないといったのである。
約束された身分、約束された椅子から転がり落ちたことはゾラージャにとっては些事である。
周りがどう陰口と叩こうとも。
事実、孤児の二人は、ゾラージャのことを特別視はせず、同じ家族として接してきた。
「家族とは。血縁関係があってこその家族です。同じ種族ですらないただのハイエナの孤児が継承者候補になるなど嘆かわしい。連王は長年の統治の間に気でも狂われてしまったのか。ゾラージャ様。気の狂った連王の代わりにトラルを導ける人はあなたしかおりません。」
孤児の背を見た宮廷魔術師が頭を抱えながら語りかける。
母から生まれ。
父とともに育つもの。
それが家族。
母から生まれ。
父と母から受け継がれたものを持つもの。
それが家族。
しかし連王は、それだけが家族ではない。とはっきり言い放った。
同じ釜の飯を食べれば家族だ。違うか。
ある日の夕食時の話である。
差し出された肉は、コーナとウクラマトがかじっていた同じアルパカのフィレ肉だった。
血のつながった実子と血のつながりのない孤児。
その区別は。
自分だけが親に授かった特別なものは。
きっと連王はこういうだろう。
必要ないと。
「ういうい、ゾラージャ様だ。」
ふらりとワチュメキ万貨街をあるいていたら一人のペルペル族に声をかけられた。
「コーナ様にお礼を言いたいことがあるんだけど、なかなか会えなくて、あったら伝えてもらえないか?コーナ様が外から取り寄せたシュワシュワケトル君、だっけ。あれはいいものだ。一瞬でお湯が沸いてマテ茶が入れられるよ。さすが聡明な王子様だ。ヤクテル樹海の気球も樹海を長い時間徒歩で抜けるのは大変だったから僕らはとっても助かってる。あ、今回の継承者争いはもちろんゾラージャ様を応援してるからね。じゃあね!」
孤児の一人であるコーナはトラルの外から様々な技術を取り入れ、それをトライヨラに合わせながらも不便で手が届かない市民の生活を助けている。
チーちゃんのタコス屋がドリンクバーなるもものサービスを取り入れたのはコーナが外から1つの機械で複数の飲料を足せばすぐ出てくるという機械を導入したからである。
市民の生活を発展させる。
それも王としての素質である。
コーナが王になれば、いままで旧式であった様々な生活基盤も、時代に合わせて便利になっていくであろう。
反対にウクラマトはコーナほど賢くなく、連王ほど落ち着きを持たない。
では何があるのかというと。
若さだ。
発展途上の国に似た。磨けば光る原石。
ウクラマトをみくびっている市民はいまだ大勢いる。
稚拙な言葉と態度が王にふさわしくないと。
彼女の強みは若さと、話を聞く素直さである。
一人では国を治めるのが難しいが隣に誰かいればそれは立派な王になるだろう。
では自分は。
『偉大なる連王の実子』
それ以上でもそれ以下でもない。
故に、王位を継ぐのに相応しいのである。
トライヨラの王家の椅子を、孤児という汚らわしいものに座らせるわけにはいかぬ。
家族であるということ。
連王の子供であるということ。
双頭ではないけれど。
この身に流れる血が、王子ゾラージャというものをつなぎとめるただ一つの事実である。
コーナのように賢さもない。
ウクラマトのように素直さもない。
自分にあるのは気高き血筋と、王宮内でたたきあげてきた武力だけ。
たったそれだけ。
たったそれだけの継承者。
理王スフェーンはよき王である。
人々の苦しみに常に寄り添い。
人々の悲しみに常に寄り添い。
人々の苦悩とともにいた。
苦痛。
悲哀。
喪失。
そのすべてに寄り添ってきた理王を悪い王だという民衆はいなかった。
誇りであり。
光であり。
願いであり。
希望である。
スフェーンは優しいが故に外界への政略手段は良しとしなかった。
アレクサンドリア王国は国として定義上の軍を持っているが、それが使われたのは雷光戦争1回のみ。
それ以降は国内の微々たる防衛のみにしか使われず。
やがて防衛が必要なくなると兵は国内のコンシェルジュスタッフへと変わっていった。
雷光戦争をその身で体験し、記憶しているからこそ、戦争は、武力はよくないとスフェーンは常に考えていた。
みんなの泣き顔をもう二度と見たくないと。
平和を愛し。
痛みを共有し。
苦悩を聞く王を、人々は1000年2000年と素晴らしい王と語り継いだ。
しかし。
民に寄り添える優しき王だけでは王にはならぬ。
王ではならぬ。
王にはなれぬ。
意味を失い空っぽになって、無形化していく軍。
それに携わるものはスフェーンをあまり評価はしなかった。
殻に閉じこもるだけの無能だと。
軍人ザンダー。
彼もスフェーンを評価しないものの一人であった。
意味を失う軍。
意義を失う軍人。
機械兵に心や自我はない。けれども、それが意味をなくしかけている事実に日々苦悩していた。
もちろんスフェーンはその苦悩に向き合って寄り添った。
が、何の意味もなかった。
そもそも軍を活用するという考えがない王に、軍人の苦悩はわかるはずもない。
軍の意味とは。
軍人の意義とは。
それに意味を。
意義を与えたのは、スフェーンが呼び掛けた外界からの来訪者。
のちに武王とよばれるゾラージャだった。
外界からゾラージャを招いた、否、呼んだスフェーンは都市の主要施設を案内したが、そのすべてに興味を持たず。
スフェーンが対して気にも留めなかった軍施設への案内を強要した。
無形化した軍が置かれただけの意味を持たぬ場所。
物置同然と化したそこにゾラージャは憤慨した。
なぜだと。
激高するゾラージャにスフェーンは困った顔で答える。
だってもう
意味がないじゃない。
戦争を望まず。
故に国防の意味さえもなく。
このまま何もない平穏を維持する。
総ての軍人が前々からわかっていたことだが、こうして改めて言葉にして突きつけられると、怒りと絶望が沸き上がる。
必要のない軍を扱いに困ってとりあえず置いていると。
無駄のない機械兵。
魂をストックするという生の概念。
それをすべて半ば放置し、何一つ活かすことができてない。
その日からゾラージャは圧倒的な実力で民衆を黙らせ、まず軍施設、軍部の改変を行った。
長らく死んでいた軍の機関すべてを目覚めさせるように軍の編成に取り入れた。
光。
希望。
長い間、闇をさまよっていたザンダーに光が差した。
スフェーンの訴えた魂資源の確保についても外界への侵略という強硬手段に出た。
理王が嫌う
戦争。
国内で不穏な空気が漂う中、軍だけは正反対だった。
意味がある。意義がある。
生きる理由がある。
やはり。
優しいだけの王は、王ではなかったのだ。
軍を改変した後、つぎにゾラージャはアレクサンドリアに圧倒的に足りない武を補うために、レギュレーターに魔物の魂を合わせる機能を取り入れた。
もちろん優しき理王はいい顔をしなかった。
それは人の意味を見失うと。
結果的に生み出されたのは、人を失った悲しい結末ではなく。
国が派遣する機械兵任せだったヘリテジーファウンドの魔物問題が住民自らが解決できるという力だった。
誇りであり。
光であり。
願いであり。
希望。
意味のないことに
意義のない理由をさまよっていたザンダーにとって、外界からのゾラージャは彼にとっての光だった。
彼だけではなく、軍人総てが。
民が理王を王とあがめるなら。
軍は武王を王とあがめましょう。
優しいだけでは、我々の王にはなれぬのだから。
我らの王ゾラージャ。
武王ゾラーシャ。
『ちっ、なにが武王だ。スフェーン様がお優しいのをいいことに、反対派を弾圧して回っているくせに。』
強硬的なやり方。
武を主に置くゾラージャの考え方はすべての民が受け入れられているわけではない。
が、間違いなくこの方こそアレクサンドリアの王なのだ。
ゾラージャはザンダーに1度だけ問うたことがある。
己は王か。
もちろん彼はうなずいた。
あなたこそ我々の光であり、我々を導くべき王でございます。
賢さもなく、素直さもなく。
ただ血筋だけの王が。
暗雲たる我らの世界を照らす王。
我々は。否、私は、最期まで王とともに覇道を歩みましょう。
偉大なる王。グルージャジャの息子。
偉大なる王の血を引く誇り高き王族よ。
孤児と同等に扱われた哀れな生き物よ。
お前は、初めて。
王と呼ばれた。
誰も何も知らぬこの土地で。
そう。偉大なる王。
アレクサンドリア王、ゾラージャ。
この言葉を作るために。
自分を自分だとつなぎ止める形を作るために。
かかった年数は30年。
ゾラージャの中に、偉大なるグルージャジャの息子という賛辞は消え失せていた。
呪いでしかなかったのか。
自分の価値がそれだけでしかなかったのか。
王のがどのようなものであれ、我々に光を与え、意味を与え、意義を与えてくださったのは事実。
あなたがここへ来なければ、我々は何も得ることなく死んでいったことでしょう。
王よ。あなたが我々に命を与えた。
これは理王だけでは絶対にできなかったことです。
王と呼ぶ理由がこれ以上にあるでしょうか。
ここへきて、やっと、ゾラージャは何者であったか。
何者であるか。答えをもらえた気がする。
ヴァンガードでザンダーが殉死した。
ウクラマトたちが攻め入ってくる。
その話を聞いたとき、別段悲しみもしなかったし、驚きもしなかった。
ただ。
「どうして!家族同士なのに殺しあうの!私はもう家族が戦うのも死ぬのも見たくないのに。」
家族の定義が、入れ替わってしまっただけ。
スフェーンも連王も。
国民は家族だ。
そういえるなら。
王とあがめた国民を殺した反逆者を。
家族と呼べるのか。
連王を手にかけた時も。
戦争のお決まり。将の首を取ってこその勝利であるから。
連王グルージャジャはよき王である。
武力を以て争う民を仲裁し。
時には理を以て分かたれた民を一つにした。
理王スフェーンはよき王である。
人々の苦しみに常に寄り添い。
人々の悲しみに常に寄り添い。
人々の苦悩とともにいた。
王子コーナは、外から技術を持ち込み生活を豊かにした。
ウクラマトは外界を知り知見広く持つ王女となった。
誇り高き王族ゾラージャは。
アレクサンドリアで迷える民に道を示した。
たった30年。
トライヨラに縛られた哀れな王族は。
王としてあるべき姿を貫いたのです。
それが救いになったのか。
それが安らぎになったのか。
全てが些事であれ。
血筋だけの王子は。
連王の偉大なる子と呼ばれた王子は。
確かに民の王となったのだ。