そんなんじゃねぇし!※ご注意
・アズールの態度と頭が悪い
・エースが正気じゃない
・キャラ崩壊甚だしい
以上のことを了解して頂ける方のみお進みください。
読んだ上での苦情は一切受け付けません。
最後に大まかな設定があります。読んでも読まなくても大丈夫です。
エース・トラッポラは大変に後悔していた。何故、あんな契約をしてしまったのか自分でも分からない。覚えているのは、もう面倒くさいし、成るように成れという自暴自棄にも似た感情だけだ。とにかく、現在彼は謎の状況に陥っていた。
「エースさん」
ぎゅっと恋人繋ぎをされている手、もたれ掛かる銀色の髪、そのすぐ下には幸せそうな笑顔を浮かべる男の顔。何故か彼は、一つ上の先輩であるアズール・アーシェングロットと同じベンチに、まるで恋人同士のように連れ添って座っていた。
事の発端は数時間前。エースはただモストロ・ラウンジのポイントが溜まったので、今度の期末テストに向けてアズールの対策ノートをくれるよう、約束させようと来ただけであった。完全に偶然だったのだ。運が悪かったのだと、今になって彼は思う。
その時、アズールはなかなか姿を現さなかった。会う約束は取り付けていたので、少し様子が妙だとは思ったが、そのままVIPルームで待っていた。そして、漸く現れた彼は何故か不機嫌を隠そうともしない上に、目には薄ら涙が滲んでいた。いつか見た取り乱した姿と重なって、ぎくりとした。
「……お待たせ致しました」
「あの、何かあったんすか?」
ぎろり。そんな効果音が似合うほど目の前に座ったアズールは、凄みのある目で睨んできた。一瞬、まずいことを言ったのではと思ったが、直後に彼は一度頭を振って、目頭を押さえる。
「いえ、失礼致しました。大したことはありませんよ。少々厄介なことになってしまって」
「あ、じゃあ、いいです。本題に入っていいすか?」
「……ええ、どうぞ」
何か言いたげなアズールの様子に、エースは当初気が付かなかった。思えば、ここで気付ければこんな面倒事に巻き込まれなくて済んだのだ。本題に入ってもアズールはどこか上の空で、またじわじわと涙が溢れてきているようだった。いつも抜け目ないこの先輩がこんなに弱ったところを見せるなんて、珍しいと思うと同時にちゃんと話を聞いて欲しくてエースは溜め息混じりに自分から切り出すことにした。
「何かあったんでしょ? 話だけなら聞いてあげてもいいけど」
自分も監督生の影響を受けてるなぁと思いながら、発した言葉だが、同時にこの先輩は鼻で笑って撥ね付けてくると思っていた。思っていたのに――。
「あなたにしては珍しいですね。どういった魂胆なのか知りませんが…………ああ、そうだ。では、こうしましょう。エース・トラッポラさん、あなた今恋人はいますか?」
「はあっ!? いきなり何!?」
突拍子の無い質問に面食らったが、アズールの表情は至って真剣だ。冗談で言っているのではないと分かるが、それにしても前後の繋がりが見えず、エースは困惑していた。
「ま、まぁ、ここ男子校だし、恋人なんてできる訳無いでしょ。他校の女子とも交流無いし」
「? 恋人と言っても、女性に限った話ではないでしょう?」
アズールのその一言でVIPルームは静まり返った。たっぷりの沈黙の後、漸くエースの口から出てきた言葉は。
「は?」
だけだった。彼は一瞬、理解できなかった。コイビトって何だっけ? の境地まで行きそうになった頭を無理矢理現実に戻し、アズールの発言を脳内で反芻する。恋人と言っても、女性に限った話ではないでしょう? やはり意味が分からない。否、彼の言っている意味自体は分かる。分かるが、エースの倫理観の分野ではやはり理解できない。アズールの口振りからして、彼には男の恋人がいるのか? という疑問も頭をもたげる。
「いるんですか? いないんですか?」
先程とは打って変わってすっかり元の調子を取り戻した様子のアズールは、問い詰めるように見つめてくる。どこか鬼気迫る様子に、エースは思わず首を振った。その答えに満足したらしく、アズールは勝ち気に笑った。
「それは良かった。でしたら、こんな契約は如何です? あなたは期末テストの対策ノートが欲しい。僕は急遽、恋人の振りをしてくれる方が欲しい」
「え。いやいや、待って待って。恋人って、オレとアズール先輩がなんの!?」
「話は最後まで聞きなさい。あくまで“振り”だけでいいんです。対策ノートは期末テスト分だけでなく、後5回、好きなテストの物を用意しましょう」
「マジで!? 振りだけでそんな貰っちゃっていいんですか!?」
「ええ。その代わり、あなたは今日から三日間、僕と恋人になった振りをしなければなりません。どうです? 悪い話ではないでしょう? 最初はある程度噂されるとは思いますが、傍から見て別れたのだと判明すれば、自然と噂も消えるでしょう」
「うーん……対策ノート。5回じゃなくて7回にしてくれたら、考えるんですけどね~」
ちょっと悪いかなとは思ったエースだが、僅かな望みを賭けてみた。アズールの表情をちらと見ると、片方の眉を下げて明らかに嫌そうな顔をしていたが、彼の判断は早かった。黄金の契約書を出し、少々乱暴にデスクに叩き付ける。
「良いでしょう。では、こちらの契約書にサインを」
「はいはいーっと」
演技をするだけでテスト対策が楽にできるのだから、こんなに得なことは無い。そう思ってエースは軽々とサインしてしまった。
「ちゃんとくっついてて下さい。それでは恋人同士に見えないでしょう」
長い現実逃避から急に引き戻されて、まざまざと見せられる事実に、エースの心には虚無が訪れた。いっそ気絶してしまえたら、どれ程良かっただろうか。数時間前の自分を全力でぶん殴ってやりたいと思うくらいには、エースは気力を奪われていた。というのも、アズールは半端な演技では許してくれない。授業以外の時間は全て彼と一緒にいることが義務付けられていたし、その際、必ず恋人繋ぎを要求される上に、食事の時なんかは時折、あーんをされる。まるで誰かに見せつけるように、そういうことを要求してくるアズールの姿に、エースは女子にして貰いたかったことばっかりだと気が遠くなった。やっと衆人環視から解放されたと思ったら、二人きりでベンチに座って寄り添い合っているというエースにとっては正に地獄の時間を味わっていた。ただ、黙ってそうしているのも不自然なので、ぽつぽつと会話は続いていたのだが、まだ肝心なことを訊いていない。
「あの、さ。アズール……先輩」
「何ですか?」
「そろそろこうなった原因を訊いてもいいすか? もしかして、今の恋人と何かあったとか」
「ああ、そうですね。あなたには説明する義務がありました。僕、今ジェイドと付き合っているのですが――」
「待って」
いきなりの大胆な告白に、またしてもエースは面食らう。ほんと待って。ここ男子校だよな? と頭の中で入学案内の内容を思い出す。そんな彼にお構いなしにアズールの話は続いた。
「僕とジェイドはまぁ、たまに喧嘩をするんですが、今度ばかりは許せないので少し灸を据えようと思いまして。あなたを選んだのは、偶然とも言えますが、アドリブに強いと聞いていたので採用しました。同じハーツラビュルでもデュースさんよりは良いでしょう」
「あー、確かに。デュースはこういうの苦手そう。ってか、ほんとにオレ当て馬じゃん」
「最初からそう言ってるでしょう。それとも、何ですか? あなた、そういう趣味が……」
「いやいや、無い無い。絶対女子の方が良いし!」
「そうですか。なら、安心です。お約束の三日間が過ぎたら、早く忘れることですね」
「そうしますよ。んで、肝心のジェイド先輩はどんな感じですか?」
「んふふ。知りたいですか? 物凄い顔で睨んでいましたよ。あなたのこと」
悪戯が成功したとでも言いたげな笑顔に、一瞬エースの胸が高鳴った。いや、なんだ今の。流石に無い。この先輩は一度自分を奴隷にした張本人だ。そんなこと有り得ない。無邪気な笑顔が可愛いとか思ってない。必死に自分に言い聞かせ、正気を保とうとする。こんな序盤で間違いがあってはならない。いや、なんだ間違いって。そんなこと未来永劫有り得ない。密かに固い決意をしていると、思い出したようにアズールがスマホを取り出した。
「エースさん、宜しければマジカメ交換しませんか? というか、しましょう。恋人らしく」
「え、あ、良いすよ。というか、アズール先輩、マジカメやってたんですね」
「ええ。主に従業員との連絡に使っていますが、エースさんは今は僕の恋人ですから、こちらの鍵アカにお願いします。鍵を外して申請致しますので」
「ええっ。鍵アカ!? い、良いんですか」
「はい。だって、僕達、今は恋人同士でしょう? 恋人としかしない話もしますから」
そこまで言って、徐にアズールはエースの耳元に口を近づけた。いきなりの行動に彼が対応できない隙を狙って、アズールはそっと告げる。
「でないと“らしさ”が出ないでしょう? このくらいしないと、ジェイドには見破られます。ふふ、たくさん内緒話をしましょうね」
エースが何か発言する前にアズールは体を離し、「では、僕はラウンジの開店準備がありますので。これで失礼します」とだけ言い残し、颯爽とその場を去って行った。後に残されたエースは、遅れてやって来た謎の恥ずかしさに顔を紅潮させ、両手で顔を覆ってベンチに横になるしかなかった。
「はぁーーーーーーー???? あそこでああいうこと言う~????」
居ても立ってもいられなくなるほどの恥ずかしさに悶えていると、頭上に影が落ちる。手をずらして見ると、デュースに監督生とグリムが覗き込んでいた。
「大丈夫か? エース」
食堂では話すことは無かったが、ずっとこちらの様子を窺っていることは分かっていた。アズールが去ったから近づいて来たのだろう。無様なところを見せる訳にはいかないと――手遅れかもしれないが――直ぐ様起き上がって何でもないように振る舞った。
「何が?」
「何がって、あのアズール先輩と……その……」
「なんで手ぇ繋いだり、あーんしたりしてたんだゾ? 気持ち悪かったんだゾ」
「こら、グリム。ああいうことは人それぞれだから、あんまりそういうこと言っちゃダメだよ」
「ああ。だって、オレら付き合ってるし」
友人達の驚愕の声と心配の声を聞きながら、エースは高鳴る心臓を知らない振りをした。