なんでもない日々のお話 6
今日は朝からアッシュが一段と慌ただしく右往左往している。
「ユーリ、着替えはコレで全部っスか?」
「ああ。」
「もう一度確認しておいて下さい。」
「承知した。」
「スマイルっ!ギャンゼグッズは置いていくっスよ!?」
「えぇ…それでも絞ったのにィ…」
「ダメだっての!
荷物は少ないに限るっス!
結局オレが運ぶんスから…
それに絶対帰りに増えるでしょ!」
「ちぇ~っ」
「アッシュさん、タオルはこれで足りますか?
もう少しあった方が良いかな?」
「ありがとっス~!
も〜すっかり姫に手伝わせちゃって…
ホントすみません。」
「大丈夫ですよ。
…いよいよ明日からツアー後半スタート。
明後日には遠征出発ですものね。」
「ハイ。
……だけど…姫が同行出来ない事だけが
マジで…マジで悔やまれます…っ!!」
アッシュはもえを抱き込んで顔を覗き込む。
「ホントに…ホントに、一人で大丈夫ですか!?
五日間も一人になるのに寂しくなんないっスか!?」
「…正直言うとちょっとだけ寂しいです…
けど、皆さんもわたしもお仕事ですからね。
あ、でもでも!明日のチケットはサプライズプレゼントで頂いちゃいましたし…
それに!!
実は最終日のチケットも無事取れたので
わたしも応援に駆けつけますねっ♡」
「さ、最終日って!?
最終日チケット自前で取ってたんスか…!?」
「はいっ!!
だってどうしても、ど〜〜〜うしても
最終日取りたくって…!!
すっごく頑張っちゃった♡」
やや興奮気味に拳を握りしめたもえはそう告げた。
「ちょっ…!?
だ、ダメダヨ姫ッ!?
姫が一般席なんて危険スギダヨ!!!
それじゃ何の為に初日特別チケット渡したか…分かんナイないジャン!?」
「最終日にも特等席を用意する故、そのチケットは破棄してはどうか?」
かくも甘い、過保護な妖怪たちは酷く狼狽えていた。
「何を仰るんですか、そんなの絶対にダメですよ!
それだとその席空席になっちゃうじゃないですか。
取りたくても取れない人が多いチケットなのに空席にするなんて…以ての外です!!」
「いやっ、でも、ですよ!?」
「せ、席はどの辺なの??」
「一階席Cブロック218ですっ!
スマイルさんのお誕生日ナンバーなんですよ、運命的ですよね〜♡」
「…1階Cブロック…218…?」
「「…それ……
どっ…ど真ん中〜っっ!?」」
「はいっ♡最高のお席でしょ♡」
「「い、いやいやいやいやっ!!!」」
「モエ、やはりそれは危険すぎる故…」
「絶対に嫌ですっ!!
これだけは、絶っっっ対!!!
譲りませんっ!!!」
こうなればどんな説得も頑なな彼女には無効であり、三人は絶句した。
「「「……………。」」」
「さ、時間もあまりありませんから、しっかりお出かけ準備しましょうね♪」
彼女は見とれるほどに愛らしく嬉しそうに笑うと踊るようにリビングを出て行った。
それから二時間後。
荷造りが無事に終わりほっと一息を吐く。
ようやっとのんびりまったり出来ているが
明日は朝からアリーナに詰めてスケジュールの確認、衣装の確認、楽器のチューニングにリハーサルと…開演までにしなければならないことが山程ある。
のんびりしていられるのも今夜までだ。
「……スマイルさん、あの、そろそろ…」
「だーめ。」
スマイルにすっぽりと抱きすくめられたままソファーに腰掛けてお茶を飲んでいたもえは困った様子を見せるがスマイルはどこ吹く風である。
「……うぅ…」
「じゃあ、最終日はボクらが用意した特等席で参加してくれる?」
「それはだめですっ♡」
「…くっ…カワイイ…っ!
けど、それなら離してあげナイー。」
「むぅ…ずるい…!」
「ずるくナーイ!
ソレにサ?
明後日からは五日間も姫とこうするコト出来ないんだヨ?」
ボク…サミシイ…。そう言ってぎゅうと腕に力を込める。
「本当に困ったお兄ちゃんですねぇ。」
「だぁってぇ…。」
「頑張って来て下さい?
わたしだって楽しみにしてるんですから。」
「…ウン…」
「…大好きですよ、スマイルお兄ちゃん。」
「……ウンっ!
ボクもダイスキダヨ、姫っ!」
相も変わらずデレデレなスマイルを呆れた様子で眺めるユーリとアッシュが揃って溜息を零していた。
スマイルの方が余程甘えたな弟のようである。
とは言え頬を緩めているのはスマイルだけではないゆえ、まぁいいかと思う二人だった。
翌日。
この日メルヘン王国は大雪に見舞われた。
その影響もあり、彼らは翌日の移動予定を急遽今夜中に繰り上げる事になった。
今夜公演が終了、撤収済み次第彼らはその足で次の公演先へ…六日間の長旅へ発つ。
「さて、行ってくるが…決して無理をしてらならぬぞ?」
「体調に異変を感じたら直ぐロティに連絡して下さいね!?」
「ボクらも毎日電話するヨ!!」
各々心配そうにそう告げて頭を撫でてくれた。
寄せられる心配にもえは頬を赤らめて嬉しそうだ。
「はい。ありがとうございます。
皆さんもお身体は大切に、ですよ?
羽目を外してお酒飲み過ぎたりしてはダメですよ?」
「ああ。」
「はいっ!」
「ウンっ!」
「じゃあ姫、ユーリ。
ボクら先に出てるネ!」
「姫、行ってきます。」
そう言ってアッシュとスマイルは一足先に玄関を出た。
彼らは気を遣ってくれた様だ。
「…ユーリさん…」
もえはユーリの着ている外套の袖口を控えめに摘むと躊躇うように見上げた。
「如何した?」
「…あ、あの……
声が聴きたくなったら…
お電話しても…良いでしょうか…?」
怖ず怖ずとそう問いかける彼女は上目遣いに自分を見ていた。
無意識だとは言え破壊的すぎる。
「勿論だとも。我が愛しい姫君。」
ユーリは堪らずもえを抱き寄せ
奪うように彼女の唇に己の唇を重ねた。
「…!!」
…昨夜も彼女が眠りにつくまで何度も何度も味わったと言うのに…
「…っ…
とっ突然ずるいです…!!
それに寒い中外でお二人がお待ちになっているのに…っ」
「ああ、そう言えばそうだったな。」
白々しく彼はそう言って笑っていた。
「まったくもう…。
それでは行ってらっしゃい、ユーリさん。
どうか、お気をつけて…。」
寂しさを滲ませたその瞳にユーリは僅かに憂いて頬に触れる。
「…ああ。ありがとう、モエ。」
もう一度彼女を抱きしめて行ってくるぞ。と告げるといつも通りの美しい笑顔を残してユーリも玄関を出ていった。
今この時から
この広い城に一人きりだ。
住人たちの居ないこの場所は静か過ぎて寒い。
そしてやはり寂しい…。
改めてそう感じるもえだった。
ライブの興奮冷めやらぬ中、もえは神に送られて帰宅した。
『独りで大丈夫か?
いくら護衛蝙蝠がいるとはいえ、心細いだろ。』
そんな風に神が心配を寄せてくれたが
大丈夫ですよ。と笑顔で答えた。
正直不安はある。
しかし…神とて忙しい身の上だ。
手間を取らせる訳にも行かない。
それにもう子供ではないのだから
心細いなどと言ってもいられない。
神は腑に落ちない様子ではあったが何かあったら遠慮なく呼べよ?と残して帰って行った。
その気遣いはそれだけで心強い。
入浴を済ませて部屋に戻ると見計らったかのように携帯が鳴った。
着信はDeuilの携帯でしかもビデオ通話の様だ。
思わず嬉しくなってはい、もえです!と電話口に出る。
映し出された映像に頬が緩んだ。
『あ、姫~!もしかしてお風呂上り?』
「はい。丁度戻ってきたところです。」
『髪、ちゃんと乾かして温かくしてくださいね?』
「はい、そうします。
皆さんはこれから出発ですか?」
『ああ、明日の朝には着く予定だ。』
「夜行列車…でしたっけ…。
お疲れでしょうから今夜はしっかり眠ってくださいね?」
『心配には及ばぬよ。
それよりもモエの方こそしっかり眠るのだぞ?
今夜も冷えるそうだからアッシュの言うように温かくして休むと良い。』
「はい。…ありがとうございます♡」
『『姫!』』
「はい?」
『オヤスミっ!』
『おやすみなさい!』
「おやすみなさい、お兄ちゃん達。」
『…モエ。』
「はい、ユーリさん。」
『愛している。
…ゆっくりおやすみ?』
「…っ…は…はい…
…おやすみ、なさい…」
顔が酷く熱を持つのが分かった。
『姫ってば真っ赤っか♪カーワイイっ♪』
『可愛いのは間違いねぇっスけど…
茶化すんじゃねぇっス!』
後で騒ぐ二人をユーリは一瞥したあと、何食わぬ顔をしてではな。と結び…電話を切った。
再び静まり返った部屋の中でもえは真っ赤に火照った顔に手を添える。
『愛している。』
川の水が流れるように
さらりと放たれた彼の言葉が
寂しさや不安を押し流して…
温かい幸せで満たしてくれた。
ふふっと笑みを零してもえはベッドに潜り込むと部屋の明かりを消した。
「……素敵な夢が観られそう……」
そんな小さな呟きと共に瞼を閉じる。
やがて訪れたふわふわとした微睡みに
その身を委ねて…。