SNOW MOON
身震いする程の寒い夜。
階段の踊り場には月明かりのスポットライトが差し込み、天窓の影をくっきりと落としていた。
それに思わず見上げた今宵の月は酷く明るく。
寒空の中で凛と
仄かに青白いヴェールを纏っていた。
「…綺麗…」
無意識にそう零れてしまうほど
それは美しい。
一見冷たい様なその輝きは
実はとても優しく柔らかい。
そっと手を差し伸べてくれているような…
手を伸ばしたらこの手を取り
包み込んでくれそうな気がして…
そっと手を伸ばした。
「…届かない…って…解っているのに…」
何故か胸が苦しい。
届かぬ物を欲しても身を滅ぼすだけだ。
身の丈に合わぬ背伸びをしても
また同じ事。
理解しているはずなのに
それでも…
欲する気持ちも
背伸びしようとしてしまう気持ちも
「…わたしは…手放すことが出来ないの…」
こんな愚かな自分を
今宵の月は嗤うだろうか。
…『彼』は…笑うだろうか…。
そう過った瞬間だった。
背後から腰に腕を回して抱き寄せられ
伸ばした手にもスラリとした手が重ねられた。
「…何を手放すと?」
密着する声の主に驚いて軽く振り返る。
「ゆ…ユーリさん…!」
そのまま手を取ると手の甲に唇を寄せた。
…その表情は愛おしげで…
今宵の月の様に美しく、一気に頬が熱をもつ。
「…失礼、姫君。
今宵、月からの迎えが来て攫われてしまうのでは…と思ったものでな。」
相変わらずさらっと物凄い口説き文句を口にするものだ…と感心してしまう。
「…迎えなんて来ませんよ…。」
「否。…見る目のある者ならば攫いたくなるだろうさ。」
「全くもう…ユーリさんは大袈裟ですね。」
やや呆れを混じえてそう告げれば彼はそんな事はない。と否定した。
「…私とて…攫ってしまいたいのだが?」
しっかりと腰に腕を回し
自由を奪っておきながら
恥ずかしげもなくそう口にして
彼は首筋に顔を寄せる。
「ま、またご冗談ばかり…。」
「冗談など……!」
言いかけた彼の隙を付いて身を翻し向かい合うと人差し指を彼の唇にそっと押し当てた。
「……攫う必要なんてありません。
わたしは……いつだって
貴方だけのものですから。」
その言葉に彼は心底面食らった顔をしており
思わずくすくすと笑ってしまった。
「……いつも意地悪ばかりされるので…
偶にはお返しですっ♡」
月明かりに照らし出されたその表情はやや困惑気味で。
それでいて満更でもなさそうに見えた。
向かい合う彼の胸に身を預ければ
当然のように抱き竦めてくれる。
…届かぬ物を、身の丈に合わぬものを欲しても
身を滅ぼすのみ…
それでもそれをせずに居られぬのは
彼の隣に立つ事を己が選んだから。
この選択がいつか
本当に己が身を滅ぼす事になるとしても
きっと後悔はしない。