凶夢
沢山の観客に埋め尽くされた屋外のライブ会場。
スポットライトが輝くステージの裾から見える観客席は大いに賑わっている。
次は自分があの場に立つのだと気を引き締める。
照明がやや暗く落とされ、いよいよその時。
ゆっくりとステージ中央に歩進めスタンバイ。
深呼吸をしたところでパッとスポットライトが降り注ぐ。
しかし、それまで満ちていた歓声は消え…
しんと静まり返っていた。
まるで誰も居ない。そう錯覚する程に。
やがて披露する曲が流れ
ただ『身体が憶えている』感覚で
無事にこなした。
勿論、最後まで会場は静まり返ったまま。
深く深く一例をしてステージの明かりが薄暗くなるのを待って裾に下がった。
再び会場からわっと沸いた歓声に
その場で小さく蹲る。
…ああ、そうか
わたしの居場所は
もう、ここに無いんだ…
それはまるで…
『弟を喪った時』の様な虚無感だった。
「…っ…」
優しい薔薇の香りが鼻先を掠めた。
視界に飛び込む風景はいつもと何も変わらない。
「………ゆめ……」
夢だと理解するまでに少々の時間を有した。
どうも頭がぼんやりとしている。
しかし…嫌な夢を観た。
ベッドに身体を起こそうとしたが力が入らない。
どうしたものかと思っているとバサバサと羽ばたく音がしてお付の蝙蝠が枕元に降り立った。
すりすりと甘えるように頬にその顔を寄せてくる。
どうやら心配をしてくれている様子だ。
人差し指の指先で軽くその頭を撫でてやる。
一気に現実味を覚えてなんだかほっとした。
コンコンと扉をノックする音が響く。
返事をする間もなく扉は開かれ、踏み込んできたのはアッシュだった。
「ひ、姫…!」
慌てたようにベッド脇までやってきて膝を付く。
手を取り額に手を置き心配そうに覗き込んだ。
「…アッシュ…お兄ちゃん…」
「どうしました?」
「あの…おふたりは…?」
「ああ、仕事に出かけてます。」
「…おしごと…」
「ええ。
ユーリは音楽番組、スマイルはカフェに。」
「…カフェ…?
もしかして、わたしの代わりに…?」
「ええ。オレが残るのが得策でしたので。
ああ、姫。謝るのはナシですよ!?」
「……。」
「それにしてもまだ熱が高いですね。
…困ったな…」
アッシュから話を聞けば2日前、仕事から帰宅して玄関先で倒れたらしい。
その時既に高熱があり、主治医を呼び診て貰ったのだが…過労から来る免疫低下によって風邪を引いたのだろうと言う事だった。
「姫の様子に気づけなくて
また無理をさせちまって
申し訳なかったっス…。」
とことん申し訳なさそうに、アッシュはそう告げた。
それを見ていると返って申し訳無いと思う。
「…いいえ…私の方こそ…」
「いえ!!
姫はオレらを優先してくれてたんだから
なんにも悪くないです。
ユーリもスマイルもすごく心配してたし
反省してました。
…ダメっスよね…
切羽詰まってくるとすぐ姫に甘えちまう。
…ホント、ダメダメっス。オレら。」
すっかりしょげるアッシュの手を弱く握り返してもえは小さく呟いた。
「……わたし…本当に役に立ててるのかな…」
「当たり前じゃねぇっスか!!」
噛みつかんばかりの勢いでそう告げるアッシュにもえは少し救われた気がする。
「……うん…ありがと。
アッシュお兄ちゃん…」
また足元が揺らぎそうになるのは
……あんな夢を見たせいだろうか……