【ひなまつり】
厳しい寒さも幾分和らぎ始めた3月。
もう間もなく本格的にやってくる春になんだかそわそわと気持ちが浮き足立つ。
特に人狼の彼は季節を取り入れる新作のお菓子や料理の準備に余念がない。
それもこれも彼らが姫と呼ぶ少女の為に。
「アッ君ずーっとウキウキしてるネ。」
「春だからだろう。」
「あったかくなってきて嬉しいじゃねぇっスか!」
「…てか、発情期?」
「違ぇしっ!」
キッチンで右往左往するアッシュをダイニングの席から二人がのんびりと眺めている。
「今日は姫の仕事終わる時間までに苺のお菓子作るんスよ。
昨日買ってきた苺は特に甘くて色も形も最高っスから、きっと姫が喜びますよ♪」
だらしなく表情を緩めてアッシュは自分の事のように嬉しそうだ。
「アッシュはイイよね…。
確実に姫を喜ばせられるんだからサ…」
やや嫉妬じみた視線と小言を零してスマイルは溜息を零す。
「ユーリはユーリで『彼氏』ってゆー不動の地位を手に入れたワケだしィ…
ボク、完全にあぶれちゃってるジャン?」
はぁぁぁ…と思い切り溜息を吐いた彼は憂鬱そうだ。
「何言ってんスか。
姫が帰ってくりゃしっかり独り占めしておいて。
お陰でオレ入る隙ねぇんスよ!」
「いーデショ、別に!
アッシュはいっつも一緒に料理してるジャン!」
「それはそれ!
オレだってのんびり姫を愛でたいんです!」
「そしたらボクが完全に愛でられナイデショー!!」
始まった兄弟喧嘩のような口論にユーリはまたか…とやや呆れ気味だ。
とは言え
もえが恋人となってから二人が随分と気を回してくれていることには感謝している。
「お前達、二人で仲良く愛でる…と言う選択肢は無いのか?
その方がモエは喜ぶと思うのだが。」
「「…………。」」
口論を止めた二人がこちらを見る。
「何だ?」
「「その手があった!!」」
「……馬鹿だろう、お前達。」
思わず苦笑したユーリに二人も笑う。
と、城の固定電話が鳴り響く。
「あ!姫のお仕事終わりカナ!?」
ガタン!と音を立ててスマイルが電話口に出た。
「ハイハーイ!こちらユーリ城でっす★
……ん?うん…うん。
…え??何でー??
…えーと、いや、チョット待って?
二人に聞いてみるカラ。」
スマイルが受話器を手にしたまま二人を振り返る。
「何スか?」
「如何した?」
アッシュとユーリがそう問いかけたのは同時だ。
「ミミチャンからなんだケド…今から三人でカフェに来られないかって。」
「は??」
「何故だ?」
「それが教えてくれなくて。
ただ姫も仕事終わったら来ることになってるってさ。」
「何なんスかね??」
「……ふむ。
…まぁ…たまには良いだろう。
どの道モエを迎えに行くのだからな。」
「ん!わかった!
モシモシー?あ、聞こえた??
リーダーがOKだってさ。
これから向かうヨ♪」
じゃーねー!と告げてスマイルは受話器を置く。
「……苺のお菓子が…」
「帰ってから二人で作れば良いだろう。
その方がモエも…」
「そっスよね!そうしますっ!」
「食い気味ウケる~!」
ケラケラと笑ったスマイルが
じゃー出かけよう!と宣言した。
カランカランと心地よいベルの音に出迎えられて入ったカフェはいつもより賑わっているようだ。
「あっ!きたきたー!
みんなー!Deuilが来たよー!!」
出迎えたリエが大きな声でそう告げると聞きつけたメンバーが二階席からも降りてくる。
「わ!ほんとに来た~!」
「Deuilだ…!!Deuilだよぅ!!」
「すっげぇな。鶴の一声ってやつ?」
「だから言ったじゃん!マイスイートは凄いんだって!!」
「「「………。」」」
すっかり見世物になったような気がするが…
気を取り直したユーリがそこで自慢げにふんぞり返っているミミに声をかける。
「ミミよ、何か用があったのでは無いのか?」
「うん!そうなんだけど…まだ時間じゃないの。」
「時間??ナニソレ?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。
折角なのでお座りください?」
そんな風にサナエから促されて三人は奥まったテーブル席に腰を据えた。
「よぉ、おじいちゃん。」
「…Mr.KKか。貴殿は何故ここに?」
「いやー、レアなもんが見られるって聞いてよ?」
「レア?」
何やらよく分からないが…何かイベントでもあるのだろうか。
「しっかし…随分賑わってますね…。」
「お前らよぉ…もう少し嬢ちゃんを解放してやれよ?」
「は?ドユコト?」
「お前らが嬢ちゃん独占し過ぎつってんの。
まー…ユーリはもう仕方ねぇけどよ。
リエやサナエ…他にも色々
寂しがってんぜ?」
なるほど。とユーリは納得して二人を見遣るが二人は全く意味が分かっていないようである。
それは何処か滑稽だ。
「ダメだな、こりゃ。」
「その様だな。ふふふっ。」
「なぁユーリ。
今度飲みに行こうぜ。
嬢ちゃんも込みで。」
「ああ、構わんが…モエに酒は厳禁だぞ。」
「おー。分かってるって。
じゃ、後で予定詰めるか。」
「良いだろう。」
いつの間にかユーリはすっかりメンバーに馴染んでいる。
しかも個人的に飲食を共にする約束まで…。
「ユーリ、ほんっと変わったよねぇ。
もえちゃんのお陰?」
そんな風にサナエから問われて二人は揃って頷いた。
カランカラン!と勢いよくドアベルが音を立てた。
それに振り向けば『よーっす!!』と右手を上げた神がいる。
「お前ら、待たせたな!」
神の登場にメンバー達は湧いた。
それを見ながらスマイルがぽつりと零す。
「…意外と人気ダヨネ、神。」
それにはアッシュが『ですね。』と相槌を打っていた。
一体何が始まるのか。
Deuilの面々も興味津々だ。
「ネェ、何が始まるのサ?」
「今日は三月三日だろ?」
「…それが何か?」
「毎年三月三日にはちょっとしたイベントがあんだよ。
…お前ら初めてだから知らなくてもしゃーねぇか。
それにカフェでやるのは初めてだしな。」
KKは意味ありげにニヤリと口角を上げた。
再び歓声が湧く。
「今年のモデルは五人。
着付け、メイク監修は紫だ。
んじゃ、まず紫と二人呼び出すぞー!」
そう言って神は足元に転移魔法の陣を浮かび上がらせる。
それは淡い水色の輝きを徐々に強めて円柱を作り出した。
やがて光が収まるとその陣の中に三人の女性がいた。
一人は神が言っていた紫。
そしてベルとリゼットだ。
紫はいつも見かける普段着の和服だが、他の二人は艶やかな振袖を纏っている。
メンバー達はおお~!!!!とまた湧き立つ。
スマイルとアッシュも例に漏れず。
「コレは…ナカナカですネ。」
「良くお似合いですねぇ。」
慣れない衣装でおすましした二人は周囲から持て囃されてやや緊張している様だ。
「んじゃ次な。残り三人いくぞー!」
再び転移魔法を発動したその陣から現れたのは
ニャミとポエット、そしてもえだった。
やはり三人とも和服を着ていたが
ニャミともえは振袖では無い様だ。
ポエットは振袖の上に被布を纏い
まるで七五三の様である。
「「…ひっ…姫ー!?!?」」
勢いよく立ち上がった二人は賑わう人垣の中に飛び込んでいった。
「……だから…遠慮しろってー…
おじいちゃん、止めようぜ?」
「止めて聞くような二人ではない。
特に…モエが絡むと余計にな。」
「達観!」
結局アッシュとスマイルが乱入したお陰で
更にてんやわんやのイベントになったようである。
「「「ひなまつり???」」」
ドタバタのイベントを終え
メンバー達に囲まれたもえを掻っ攫うかのようにして城へ帰ってきたDeuil面々は
まだ和服を身に纏ったままのもえを囲んでやや遅い午後のティータイムを楽しんでいる。
「はい。
今日は三月三日。
桃の花が咲く頃という事で桃の節句とも呼ばれ
日本では女の子の健やかな成長を願って雛人形を飾る風習があります。
ある国では…
桃が邪気を払い不老長寿をもたらすとされていて縁起がいい様ですよ。」
「…そう言えば…
いつだったかめばえのお二人がなんかそんなこと言ってた気が…」
「へー!オモシロイネ!」
「女の子のお節句ですので
こちらではMZDさんが毎年モデルを選んでお着物でお披露目するんだそうですよ。
あ、撮影会もあったので後日フォトブックくださると仰ってました。」
どこか恥ずかしそうに頬を染めてもえはそう告げた。
「和服は日本の伝統衣装なので
特別感ありますけれど
私は見るのも着るのも好きですから嬉しいです。
…でも、本当は
ミミさんに着て頂きたかったんですけれど…」
「え?ナンデナンデ?」
「今日、お誕生日じゃないですか。」
「「あ!!そうか!!」」
「ご本人は今日MZDさんとニャミさんポエットちゃんとで
ご馳走食べるって嬉しそうでしたけれどね。」
「…オレ、すっかり忘れちゃってました…
後日でも良いっスかね…お祝い…。」
すっかりしょぼくれて耳を垂れ下げているアッシュにもえは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。
ミミさんなら喜んで下さいます。」
と、フォローする。
「ミミさんご本人も、ひなまつりの方が強いからよく忘れられるんだなんて
笑ってらっしゃいましたよ。」
にこにこと笑みを絶やさない今日の彼女は一段と嬉しそうだ。
「うん。姫カワイイ。」
「姫可愛いっスね。」
しみじみ呟く二人に照れ笑い、ありがとうございます。と返した。
「帯がとっても素敵で一目惚れしちゃって。」
「「「帯?」」」
「はい。
お太鼓…
背中のここの所と、前のワンポイントに綺麗な真紅の薔薇の花が描かれていて。
ワンポイントは蕾ですけれど、
白の帯に映えてすっごく可愛いです。」
そう言った彼女は頬を上気させてこの上なく幸せそうに微笑む。
「「……なるほど……」」
赤い薔薇は彼女の中で彼のイメージなのだろう。
…否、Deuilの乙女たちの共通認識であろうか。
『恋人』の立場であると知っていながらも嫉妬してしまいそうになるほど幸せそうである。
「それと、この深い緑の帯揚げと
群青の帯締めも一目惚れだったんですよっ♡」
綺麗でしょう?と無邪気に笑う。
その無意識な言葉に秘められた『意味』を
妖怪たちは敏感に感じ取り悶えるばかりだ。
「「「………。」」」
「…あ、あの…
どうかなさいましたか?
あ。お話、つまらなかったですか?」
「いや。その様なことは無い。」
「そ、そうですか…?」
「「…………と、尊い……!!
姫がっ!!
尊いーーっ!!」」
「えぇ…?」
「…モエ。
二人のことは放っておいてやってくれ。」
「えと…わ、分かりました…」
この後二人の兄はいつにも増して
激甘だったとか…。