舌鼓を打ちながらとある島の夜。この島は人間が到達してしばらく経っている。しかし、島には未だに拓かれていない大きな森があった。そのなかを歩く二人の男女がいる。女は松明、男は果物が山積みになった籠を抱えていた。男の体は並外れて大きく、女が後ろに回れば彼女が隠れてしまうほどであった。木々の隙間から星々の光が漏れる。まだ道のできてない未開拓の森。しかし星の光により、森には朧げな道標ができていた。星の明かりが照らす先には段差が見えてくる。段差は女の背丈ほどの大きさがあった。男が籠を置いて先に降りる。女も松明を段差の上に挿して、大きな段差を軽々と飛び降りた。男は満足そうに女を見つめると、段差の上に挿した松明を女に渡した。続いて段差の上に置いた籠を抱え直した。
村人が入ってこられないような入り組んだ場所に着く。二人は岩場に座り込んだ。
「そういえば、この前変わった魚を見たの!」
モアナは松明を土に深く挿した。そして身を乗り出してマウイに言った。
「へえ」
マウイは籠のなかの果物を物色しつつ、相槌を打った。彼はよく熟したマンゴーの赤い色に目を止めた。ヘタに付いている葉も新鮮そのものだ。
「大きくて肌がすべすべなの。サメによく似てたかな。でも細い嘴があって……聞いてる?」
マンゴーをかじるマウイを見てモアナは首をひねった。
「もちろん」
マウイは口周りについた果汁を腕で拭き取って答えた。彼は葉とヘタを残して一個めを完食すると、二個めを探し始めた。
「ほんとに?」
モアナは腕を組んだ。眉の寄った彼女の表情も気にせず二個めのマンゴーを手に取る。それも新鮮な葉がヘタに付いていた。
「ああ」
二個目をかじりながらマウイは答えた。
「……その魚は鳥に似ていたかな」
モアナは目を細めるも続きを話すことにした。
「ふーん」
二個目を食べ切ると、マウイは次にバナナに手をつけた。彼はヘタと葉を掴んで籠のなかに入れる。そして籠のなかで手を動かした。こんな様子では話す気力もなくなってしまう。モアナは不満を言いたくなった。
「あのね……」
「その魚って」
マウイはモアナの言葉を遮り、籠から手を出した。その手には黄色い何かが握られていた。
「こんな感じのやつか?」
マウイが手に持っているものを見てモアナは目を見開く。果柄の長いバナナに、マンゴーのヘタが二つ押し込められている。果柄は少し裂け、嘴が開いているように見える。さらにバナナのヘタ近くに入った一対の切れ込みにはマンゴーの葉がそれぞれ一枚差し込まれている。黄色い体、茶色い目、緑色のヒレの魚といった姿だ。その大きさと派手な体色を除けば、モアナが見た魚とそっくりだった。
「てっきり話聞いてないかと」
モアナは眉尻を下げて軽く息を吐いた。
「『イルカ』だ」
「……『いるか』?」
「確かこんな風に鳴く」
そう言って、マウイは得意げに似ても似つかぬ鳴き真似をしてみせた。
「そんな声だったかな?」
モアナは無理やり高い声を出すマウイに思わず吹き出した。
「やるよ」
マウイはニヤリと笑ってモアナにバナナを手渡した。
「テ・フィティから採ってきたから味は保証できる」
「ちょっと食べにくいかな」
ヘタでできたイルカの目を見つめ、モアナは少し罪悪感を感じた。このイルカは別に生きているわけではない。それに普通の魚なら問題なく食べるというのに。モアナはバナナでできたイルカの鼻を摘んでは離す。
「剥き方を忘れたか?」
マウイがからかうように言った。
「そうじゃなくて」
モアナはイルカを見つめて苦笑した。
「なんかもったいなくて。なくなっちゃうのが」
「腐っちまうのが一番もったいないと思うけどな」
「確かに」
モアナはイルカの目を「早く食べて欲しい」という眼差しだと解釈して皮を剥き始めた。白いところを少しかじる。ほんのり甘く、ほどよく熟していた。
「おいしい」
「だろ?」
モアナはテ・フィティに心を返した後、舟に食糧を積んだときを思い出した。モトゥヌイに帰る途中で食べたバナナはこんなに美味しかっただろうか?
「伝言しとく」
マウイは果物を頬張りながら、そう言った。彼も果物がいつもより美味しく感じていた。テ・フィティに礼を言う必要がありそうだ。マウイはココナッツに手をつけた。それを見てモアナはある提案をした。
「お腹空いてるなら今度神殿に来ない?少し前に言ってもらえれば料理も振る舞えるけど」
モアナは最近できたマウイを祀る神殿について話した。
「温かい料理にありつきたいときとか。あと料理も教えるから」
モアナはマウイの持ってきた籠を見る。中はすべて果物でタロイモやパンノキなどはなさそうだった。
「じゃあ次来たときにでも頼むか。痩せた鶏の蒸し煮」
マウイはいつの間にかついてきていたヘイヘイを見てそう言った。彼は籠の中にあったココナッツの容器を手に取る。そのなかから木の実をいくつか取ってヘイヘイの目の前に置いた。ヘイヘイは木の実たちをひたすらつつき始めた。つつくだけで木の実が減っている様子はなかった。
「あら、痩せた鶏なんて通ね」
モアナはマウイの冗談を聞き流した。
「魚も悪くなかったな。前に食べたやつ」
マウイは旅の途中の腹ごしらえに魚を捕まえたときのことを思い出した。
「ね、あのときまで魚なんて食べられないと思った。いまの島にもよく似た魚がくるよ」
モアナは祖母の話からテ・カァが魚を追い払っていると聞いていた。それだけに旅の間に食べた魚はこのうえなく美味しく感じた。
「魚の蒸し煮にするか」
「わかった。タロイモは要る?」
「タロイモ?固くないか?」
「生で食べるからじゃない?加熱すると柔らかくなるよ。すり潰した料理もあるし」
自然のことなら全て知っているマウイだが、料理に関してはモアナの方が詳しいようだ。
お互い、二人並んで食べているときが一番美味しく感じていることに二人は気づかなかった。