大好きだった貴女ズートピアのある刑務所。ブタの刑務官の監視のもと、受刑者たちがテレビの前で座る。そのテレビの液晶にはライブの生中継が映っている。そこにはズートピアで絶大な人気を誇る歌手のガゼル、そしてバックダンサーのトラたちが踊っていた。
くだらない。元ズートピア市長──現ベルウェザー受刑者は液晶を睨みつけた。ただのパフォーマンスでしかない。彼女にとっては人気の歌手のライブでさえただの騒音でしかなかった。
彼女の両隣にはライブの音楽に合わせてリズムを取る巨大な受刑者が座っている。なんでこの二人に挟まれなくてはいけないのか。もう少し小さい受刑者もいたはずだろう。しばらくして受刑者の一人がベルウェザーの柔らかい羊毛を撫でた。彼女は自分の頭を撫でられる感触に苛立って巨大な手を払いのけた。みんなヒツジといえば撫でることしか気にかけやしない。手垢にまみれるこっちの気持ちは考えない。その手の主を軽蔑すると、ベルウェザーは再び液晶画面を見つめた。イタチがよく見るとスリをしている。やっぱり肉食動物はロクデナシばかりだ。彼女は見下すように鼻で笑う。実はその前に全裸のヤクが少し映ったのだが、頭を触られていたために彼女は気づかなかった。
中継の一瞬にウサギとキツネの姿が映る。見覚えがあるような組み合わせだ。忌々しい組み合わせ。自分を逮捕に追い込ませた二人組の勝ち誇った顔を思い出し、ベルウェザーは歯を食いしばった。
貴女はよく似ていた。正当な評価をしてもらえない小さな草食動物の自分と。ベルウェザーの脳裏にジュディとのやり取りが浮かぶ。
『小さいもの同士助け合わないと』
貴女はウサギ。その境遇を身に染みて理解していたはずだ。ウサギ初の警察官。彼女の話を聞いたとき、舞い上がる思いだった。素晴らしい味方になり得ると。血の滲むような努力を積み重ねたことだろう。身の丈に合わない施設に失望し、さぞうんざりしたに違いない。自分と同じように。だからこそ、彼女の理解者になりたいと思った。彼女の手助けをすることで自然と計画が進む。彼女に疑われることなく。
あの計画は完璧だった。すぐに元上司にメールを送信したのは間違っていなかった。自分の元上司が逮捕されるまでは問題なかったはずだ。でも思わぬ番狂わせがあった。捜査を共にしていたあのキツネだ。
あのキツネのせいで。ベルウェザーは自分の脚に蹄を食い込ませた。じわじわと小さな蹄に力がかかっていく。貴女はあの肉食動物と歩み寄った。ウサギとキツネなんて貴女が不幸になるだけ。今は良くても、いつその牙がかかるかわからない。そっちよりも同じ境遇を歩んできた自分の方が良き理解者になれる。もっとあいつを早く仕留めておけばよかった。運転手より優先させるべきだったかもしれない。
貴女のことが大好きだった。追い詰めたときの自分の言葉に偽りはない。ひたむきでガッツがある彼女のことをこれからもそう思うことだろう。大好きでいたかった。
だが、後悔しても遅い。皮肉にもズートピア市長が立て続けに刑務所行きとなってしまった。ライブのカラフルな照明とオレンジ色の受刑服が目に突き刺してくるような感覚を覚える。ベルウェザーは眼鏡を外して、目を休ませた。服の色を見る度、キツネの顔が思い浮かぶ。刑務官の服を見れば初々しかったウサギの警察官の姿が浮かんでくる。どちらを憎めばいいのかしら。貴女?それともあのキツネ?