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    財ユウ 卒業の日 壇上に先輩が立った瞬間、何でか呼吸が止まった。
     なにせ「そんな」校風だから、テニスでもお笑いでも有名人だった先輩が卒業証書を受け取り生徒達の方を向くのと同時、講堂は大騒ぎ。意外とサービス精神のある先輩が得意のネタを披露した時には、右も左も大笑いして拍手して、前の方には口笛を鳴らす奴もいたりして、体育館は一気に喧騒に包まれた。
     でも、俺の耳に残るのは、その名を呼ばれ、普段よりも少し低くて少し畏まったよそゆきの声で「はい」と返事をする先輩の声しかない。周囲の笑顔も拍手もまるで現実味がなく、ただただ、息を詰めてその姿を眺めていた。



     明日、先輩がここにいない。

     *

     笑ったり泣いたり、沢山の卒業生が溢れる三年生の教室が並ぶ廊下を進んでいく。その中、見知った顔に遭遇しては写真を撮り、世話になった礼を述べれば驚かれ、目的地への最短ルートであったはずの廊下は、今日ばかりは最も時間のかかる手段となっていることを思い知る。
     丸い筒状のケースを手に持ち、友人たちと過ごす最後の時間を満喫する卒業生に一年後の自分の姿をふと重ねてみれば、まるで一年後の自分が乗り移ったかのよう、その景色に切なさを覚えた。
    「……」
     卒業の日、というセンチメンタルな空気に当てられ、妙な感慨に耽るのが嫌で、それを振り払うようぶんぶんと首を横に振った。
    「っちゅーか、早よ行かんと」
     ようやく校舎を抜け出て、部室を目指した。

     式が終わって時間あったら部室に来て。

     ポケットから携帯を取り出し、昨晩送られてきたメッセージを読み返す。卒業式の後に開催される恒例行事『卒業生を笑かす会』まではまだ時間がある。あの人はまだ部室におるんやろうか。そんなことを思いながら、体育館の裏を通り抜けようとすれば、「ごめんな」と言う声が聞こえてきた。
     それは他の誰でもない、俺を呼び出した張本人、一氏ユウジのものだった。
    「……?」
     聞き耳を立てるつもりはない。でも、聞こえてしまったのだから仕方ないと、体育館の壁に背をつけ会話の続きを待った。
    「……俺、好き人おるから、自分の気持ちには応えられへん」
    「謝らんといてよ、いややわ……。ごめんのかわり、最後の一個のそれもらってもいい?」
     先輩の、シリアスな声色と口調。それとは正反対に明るい女子の声。でも、ちょっと、掠れていて、どこか白々しい。
     ああ、そっか。そういう日なのか。
     何が起きているのか、すぐに察しはついた。
    「こんなんでよければ」
     そっと、様子を窺うべく、小さな通り道を覗く。
     制服の胸元に造花をつけた小柄な女子が、ユウジ先輩から小さな何かを受け取っているのが、一瞬だけ見えた。
    「……ありがとう。宝物にする。めっちゃ嬉しい」
    「俺が有名になったらメ◯カリで売れるで、それ」
     先輩が冗談めかして言うのに、女子は笑った。笑って、それで、くるりとこちらに身体を向けて走り出した。
     うわ、こっち来た。
     背中をべったり壁につけ、飛び出してきた女子から身を隠す。でも、そんなことをするまでもなく、その人には、俺のことなんて見えていなかった。
     真横を走り抜けて行ったその人の視界は多分滲んでいて、その証明とばかり、キラリと光るものがスローモーションで地面へと落ちていく。校舎へと駆けてく後ろ姿に翻るスカートの裾が、嫌になるくらい健気で、心を抉ってくる。何か、悪いことをしてしまったような、そんな気分。
    「……覗き見かい、財前くん」
     今日は、どうも、感傷的になりやすい日だとため息を吐くのと同時、背後から聞こえてきた声に驚き、肩がビクっと跳ねた。
    「うわっ、びっくりした」
    「ビックリしたんはこっちの方や。覗き見とか盗み聞きとか、趣味悪いで」
     ムッと頬を膨らませながら先輩が言ってくる。その子どもっぽい仕草が新鮮だと思った。
    「……ここ、ただの通り道やし、部室言うてたのにこんなところにおったのは先輩の方やろ」
    「そうやったっけ?」
     とぼける先輩を正面から改めて眺めてみれば、物の見事に制服のボタンは全て消え失せていた。少し前に廊下で会った先輩達も皆同じような有様だったことを思い出す。それから、左手にぶら下げている大きな紙袋が目に入った。どうせ部活に置きっぱなしにしていた私物を引き取ってきたとか、そんなところだろう。
    「……ボタン全滅って漫画みたいやな」
    「小春にあげよ~って思てたけど、全部なくなってしもたな」
     何も残っていない学ランの『合わせ』に視線を落として先輩が言うのに、「ボタンって、そんなに欲しいもんやろか」と首を傾げた。
    「さあ、よう分からへんけど。でもええやん、卒業式に好きな人のボタンもろて大事にするって、今しか作れない思い出って感じで特別な感じする」
     俺も小春に渡したかった、なんて悔しそうにするのを「さよですか」と受け流す。
    「……それにしても、先輩に告白する人、めっちゃ勇気ありますよね」
     ただの真っ黒な羽織と化した制服を着た先輩の隣、壁際に背中をつけてしゃがみこむ。あれだけ金色先輩を追いかけ回して、金色先輩への愛だけを叫んでいた人に告白をするだなんて勇気の塊でしかない。さっきの女子も……。
    そこまで考えたところで、二日前の記憶がふわりと蘇ってきた。
    ……って、俺も告白したな、この人に。
    「え、自分のこと?」
     どうやら先輩も同じことを思いついたらしく、からかうでも冷やかすでもなく、きょとんとした顔で聞いてくるのだから、居た堪れない。
    「……忘れてください」
    「えー、忘れられへん」
     今度は、明らかにからかいの意図が混じる口調だった。
     きつく睨むと、先輩は「そない怒らんでもええやん」と肩を竦めてみせた。
    「せやかて嬉しかったもん、忘れられまへん」
     それで、そんなことを続けてくるのだから、いよいよ顔も見られなくなった。大体、『もん』って、その語尾はなんや。どういう顔をすればいいのか、やっぱり分からない。
    てか、嬉しかったんや。
    「っちゅーか、先輩の用事ってなに?」
     喜んでしまいそうになるのを誤魔化したくて、つっけんどんな口調になってしまう。
    「おお、せや!これを君に譲ったろと思うてな」
     先輩は俺のソレを特に気にするでもなく、持っていた大きな紙袋をズイと差し出してきた。
    「……これは」
    「それは一昨年の体育祭のやつで、そっちは去年のやつな、あと一昨年の文化祭のやつも入ってると思う」
     袋の口からはみ出た布を引っ張ってみれば、ドギツイ色合いの「服」のようなものが出てきた。
    「人にゴミを押しつけるとか……」
     なるほど、見覚えがある。それは、ユウジ先輩が学内のイベントで着ていた衣装だった。
    「おい、ゴミとか言うな!俺の思い出やぞ!お手製やぞ!その体育祭のやつとかめっちゃ一生懸命作ったんやからな!」
    「こんなんもろても俺には何の役にも立たへん」
    「役に立つやろ、それ着るだけで人気者やで」
     お前、地味やし大人しいからそれくらい着ないと目立たへんで。なんて、真顔で言ってくる先輩を真顔で見つめ返す。
    「キャラ変にも限度があるわ」
     奥に入っていた衣装も一応取り出してみる。ひらひらと揺すれば春風にふわりと舞う薄い布は、春に似合わぬ原色で、妙な羽飾りがうざったかった。
    「相変わらずノリ悪いなあ」
    「生まれ持った個性っすわ」
     衣装を紙袋にしまうため、雑に丸められていたそれを畳み直そうとすれば、ころころと何かが転がり落ちていった。
    「ん?」
     スニーカーのつま先で動きを止めた小さな丸い物体を拾い上げ、目の前に持ってくる。
    「あー!!そんなところに」
     先輩の大きな声が、校舎の裏に響いた。
    「ボタン……?」
     四天宝寺の四文字が上下左右に並んだ金ボタンは、俺の学ランにもついていて、先輩の学ランにもついさっきまでついていたものだ。
    「去年失くした思って、結局見つからなかったんやけど、こんなところに紛れてたんやな」
     先輩が、ボタンを持つ俺の手元を覗き込んでくる。
     近いって。
     こめかみのあたりに当たる前髪に、ドキリと心臓が鳴った。
    「それ確か二番目のボタンやったんよ、それがこんな日に見つかるなんてすごない?」
     先輩が、ボタンに向けていた瞳を俺に向けて、その目を輝かせて言う。
    「……たしかに」
    「よっしゃ、でかしたぞ財前!それ、小春に渡そ!」
     先輩の手が伸びてくるのに、ボタンを持っていた方の手をスッと上げた。
    「何すんねん、返せ!」
    「一応、聞きますけど、さっきの女子に話してた、先輩の『好きな人』ってだれ?」
     ボタンを取り返そうと先輩が立ち上がるのに合わせて、俺も立ち上る。
    「そんなん決まっとるやろ、こは……っ、んがっ」
    「……」
     分かりきっていたことだけれども、予想通りの答えを口にしようとする先輩の口をボタンを持つのと反対の手で塞いだ。漫才がしたいわけじゃない。いや、先輩は本気かもしれないけど。いやいや、俺だって本気だ。
    「これ、俺にください」
     人差し指と親指で摘み、先輩の目の前に持っていく。
    「……?」
     なんで?って風に、俺に口を塞がれたままの先輩が目をぱちぱちと瞬きさせた。
    「卒業式に好きな人のボタンもらって大事にするの、なんかええなあと思ったんで」
     先輩の口にあてていた手をパッと離し、ボタンを奪い返されぬようぎゅっと握りしめる。
    「そんなに欲しいもんやろかぁ??、とか言うてたやろ」
     俺のモノマネしながら返してくる先輩に「欲しくなったんです~」と俺のモノマネをする先輩を更にマネて笑ってみせれば、先輩は鼻のあたりにぎゅっと皺を寄せて「へたくそ」と、むず痒そうに言った。
    「あと。将来、先輩が有名になった暁には、これメルカ〇で売ったら儲かりそうやし?」
    「お前はほんまに売りそうやな」
     ぜったいに売るなよ、と念押ししてくる先輩に、売るわけないやろと声に出さず呟いて、「そろそろ行った方がええんとちゃいます?」とちょうど聞こえてきたチャイムの音に、校舎へと視線を向ける。
     笑かす会、という、この学校らしく賑やかなイベントが待ち構えている。
    「あ、ほんまや」
     卒業ライブの準備をしていると、楽しそうに話していた、あの四十七分間が蘇ってくる。まだ先だと思っていたのに、きてしまった。
     いよいよ、終わりが来たことを実感する。卒業は、本当にやってきた。
    「ユウジ先輩」
     前を歩き出す先輩を呼び止める。
    「んー?」
     あとで悪目立ちしそうだし、母親にも怒られそうやし、しない方がええのは分かっとるけど。
    「これ、来年一番になくなると思うから、今のうちにあげときます」
     胸元、上から二番目のボタンを外す。意外と外しにくくて、時間がかかってそれがちょっと間抜けだった。
     振り向いた先輩の方にそれを投げる。
    「わっ、なに?」
    「今しかできない思い出です」
     少し慌てた様子でキャッチした先輩が、その手の中をじっと見つめる。それで、三秒後には「財前が全国優勝して有名になったら、メル〇リで売れるやろか」と呟いたから、「ぜったいに売るなよ」と先ほどの先輩のセリフをそのまんまお返ししてやった。


     明日、先輩がここにいない。
     俺たちは、別々の場所で明日を迎えて、それで。
     ボタンをぎゅっと握る。
    「春休み、何しよか」
     先輩が笑いながら聞いてくるのに、「何しましょうかね」とボタンを握った手をそのままに伸びをする。

     春が、やって来る。

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    2019/04/01 23:38:58

    財ユウ 卒業の日

    #財ユウ
    47分間はつこい(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10911750)の後日談。卒業式の日の二人です。

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