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    財ユウ 「水曜日の朝」 昨日、した。
     両親と兄家族が旅行でいなくなるから、とユウジ先輩を家に誘ったのは俺だけど、こんなに沢山するつもりはなかった。一緒に夕飯を食べて、借りてきたアベンジャーズのブルーレイを見て、風呂に入って、おやすみなさいって枕を並べて寝る。言葉通り、寝るだけだ。何せ、俺たちは高校生ですから。
     それで、朝食を食べながら、「今日も映画借りてきませんか」ってさりげなく連泊の誘いをして、学校帰りに待ち合わせをして、一緒に観る映画を選んで、二日目を過ごす。その時は、キスくらいしたい。
     そんな計画を立てていたはずなのに、現実は、ディスクをプレーヤーに入れるより先、コトを始めていた。
    「……」
     真夏日の予想通り、気温は朝から三十度を越えていて、家を出て五分も経っていないのに、額には汗が滲んでいる。チラと隣を見れば、先輩の首筋を汗が伝っていくのが見えた。その行く先には、ワイシャツに隠れて見えないが、鬱血痕が二つある。
     俺が、つけたやつ。
     鎖骨の、根元の辺りに今も二つ並んどるんやろな。
     そこから視線を動かさずにいれば、「なに?」と、先輩が少し不機嫌そうな顔を向けてきた。
     今日も映画借りてきませんか?、なんて言える雰囲気ではない。映画借りてきませんか?が、セックスしませんか?と同義に思えてきてしまい、その誘いをゴクンと飲み込んだ。
    「……いや、別に」
     それから、先輩の視線を避けるよう、プイと顔を横に向ける。
    「なんやねん……」
     先輩の声はカッスカスで、バカが引くので有名な夏風邪でも引いたかのような酷い有様だ。でも、それはウィルスのせいじゃなくて昨日のアレのせいだ。そんな具合に、夏をそのまま絵の具にして塗り上げたような青空の下、いやらしい夜の痕跡をそこかしこに残して、家から駅まで十分の道のりを二人で歩く。
     太陽がギラギラと照りつけてくるのを首の後ろに感じながら、どろりと溶け出しそうな濃い灰色をしたアスファルトへと視線を落とす。石ころじゃないんだから、話題のきっかけが道端に転がっているわけもなく、結局続かない会話を棚上げして、沈黙を間に挟んだまま、歩き続けるしかない。
     昨日、何回やったっけ?
     ただ、黙っているとどうしても昨晩のことを考えてしまう。
     何で、あんなことしたんやろ、とか。
     っちゅーか、めっちゃ恥ずいこと言った気がする、いや気がするんやない、確実に言った、とか。
     頭の中、昨晩の自分の行動と言動が次々蘇ってくるのに、穴があったら入りたいと切実に思う。だけど、柄にもなく吐いた甘い言葉を取り消すことは出来ないし、みっともなく行為に没頭した自分を亡き者には出来ない。
     いやや、って幼くぐずる顔に興奮して、エロい要求を色々として、ぐずぐずしながらも辿々しく応えてくれるのに、また調子に乗った。
     そんなこと言うか?って突っ込みたくなるような、エロ動画顔負けの台詞も口にした。
    「はあ……」
     行き場のない羞恥と一緒に、深く息を吐きだせば、「具合悪いん?」と、先輩が心配そうに聞いてくる。
    「……いや、別に」
     昨日の体位とプレイをおさらいしてました。
     とも言えず、言葉を濁す。
     それにしても、セックスをした翌日の、この羞恥心と居た堪れなさを、なんと呼ぶのだろうか。
     初めてでもないし、もう何度かしているし、恥ずかしい部分はとっくに見せ合っている。それなのに、翌朝の気まずさは未だになくならない。
     直後は、まだいい。お互い、特にユウジ先輩の方が、意識とか理性の回路が何箇所かショートしているから、恥ずかしいに愛おしいが勝つ。
     眠たいなあって、瞳をとろんとさせて俺を見てくるユウジ先輩を、眠たいなあって顔で見つめ返しながら、あくびしたり、髪の毛を触りあったり、甘えるみたいに胸元に擦り付けてくる丸い頭を撫でてみたり、可愛らしいスキンシップに興じられる。
     それでいつの間にか寝て、そうして迎える朝はさぞかし愛に満ち溢れた幸福なものに違いないという夜の期待はどこへやら、俺たちの朝は何とも居心地が悪い。昨晩の行為及び発言に対する罪悪感と後悔、羞恥に容赦なく襲われ、気の利いた一言は出てこない。先輩も、夜の甘えた様子などなかったかのよう、「眠い」と「キツい」と「腰痛い」をだるそうに呟くだけだ。次第に、眠る直前のあの、ふわふわ甘ったるい時間ですら、恥ずかしくなってくる始末だ。
    「間に合いそう?」
     そういうわけで、羞恥と戦う俺と先輩には、駅前の信号を待つ間だって会話はほとんどない。そのせいか、先輩に話しかけられ、まるで会話に飢えていたかのよう、勢いよく先輩の方に顔を向けた。
    「……ガッコ。自分の方が、遠いやん」
     ユウジ先輩が驚いたように肩をビクっと上げる。
    「次の急行に乗れば意外と余裕なんで」
     信号が、青に変わる。
     一斉に歩き出す人々に流されるまま、俺と先輩も道路を渡り、駅の中に入る。ラッシュの時間帯は少し過ぎているが、それでも構内は混み合っていて、気を抜けばすぐにでも人波に呑み込まれそうなほどだった。
     改札を通り抜けたところで、バイバイと別れればいいものを、この気まずい時間が終わるのを嫌がるみたいに、俺たちは自動販売機の横のスペースに寄った。話すことも言いたいこともあるのに、昨晩の記憶が邪魔をする。
     今日も、うちに来ませんか?
     ちゃうな、今日も映画借りて観ませんか?いや、昨日のアベンジャーズもまだ見ていないやろ。
     ポンポンと浮かぶ誘い文句は、しかしダメ出しが得意な本性に阻まれ口から飛び出ることはない。
    「……ほな、またな」
     特に会話もないし、時間もない。先輩がホームへと続く階段の方に身体を向けた。
     ユウジ先輩は、このまま、俺がつけた痕を鎖骨に残したまま学校に行って、教室で授業を受けて、歴史の授業は寝て、休み時間は友達とアホな話をして笑って、そういう一日を過ごす。俺は俺で、先輩と大差ない一日を別の場所で別の人間と過ごす。
     夜は息の音も聞こえるくらいに近い距離にいたのに、今朝は離れ離れだ。
    「……うん」
     それが、とても寂しくなる。
    「財前?」
     ホームへと向かおうとしていた先輩が振り返り、名前を呼んでくる。
    「……え?あ、いや」
     無意識に先輩の腕を掴んでいたことに気づき、その手をパッと離した。
    「……えっと、身体、大丈夫です?」
     そうだ、聞いてなかった。
    「は?突然なに?」
     俺としては気にしていたことだけど、唐突感は否めなくて、先輩は怪訝そうな顔になった。
    「……いや、だから、昨日、ちょっと無理なことしてしもたし、」
    「無理なことって……」
    「せやから、先輩けっこう身体柔らかいから、こう、グッてしたり、ガってしたり……」
     アレちょっと痛そうやったな。
     両手を宙で動かし、何かを大きく開かせたり、その何か思い切り持ち上げて二つに折り畳む動きを再現して見せる。
     記憶を辿りながら、昨晩のことを正確に再現しようとすれば、その手を思い切り叩かれた。
    「いって、」
    「お、お前、こんなところで再現すな……!」
     朝から何しとんねん、と、俺の腕を無理やり下げさせようとワタワタと手を振る先輩の首が、顔が、みるみる赤くなっていく。
    「だいじょぶやった?」
    「もう慣れたから、平気やって」
     慣れたって、なんか、いやらしい言い方だ。慣れるほどの回数をした裏付けみたいだ。でも、確かに、慣れているみたいな『コト』をするようになったな、とは思う。って、そうやない。
     また昨晩のことを思い返してしまい、俺まで、頬が熱くなってくる。
    「平気やから……って、あ、電車来るかも」
     先輩の学校がある駅を通る電車が、そろそろやってくることを告げるアナウンスが駅の構内に流れ出す。
    「ユウジ先輩」
     人波へと足を向ける先輩に声をかける。「なに?」と振り返る先輩の手を、もう一度掴む。
    「今日、学校まで迎えに行こか?」
     車もバイクも持っていない身の上で何の提案だ。冷静な自分が、頭の中で突っ込む。
    「……自分も電車と徒歩で来るんやろ、あんまり変わらへん」
     先輩も同じことを思ったようで、一瞬の後、頭の中の俺と同じ台詞を口にした。
    「まあ、そうなんやけど」
    「それに、うちのガッコまで来たところで、どうせまたすぐに駅でお別れやで」
     反対方面やろ、と先輩が人差し指を顔の前で交差させる。
    「……それやったら、一緒に帰ればええんとちゃいます?」
     俺の家まで。
     少し変化球になってしまったが、ようやく出てきた、俺の家で、今日も映画を観ませんか?に繋がる一言は、計算でも計画でもない只の閃きだった。
    「一緒に帰るって、どこまで帰るんやっちゅー話や」
     言葉の意図するところに気づいたのか、先輩が目線を斜め下に逃がしながら聞き返してきた。
    「俺の家まで。まだ、家族帰ってこないから」
    「え?」
     すると、先輩が急にそわそわ落ち着かない様子になった。もしかして、そういう誘いと取られてしまったのだろうか。いやいや、ちゃいます、と何も言われていないのに首を横にぶんぶんと振った。
     違くて、そんなことがしたいんやなくて、ただ映画でも観ませんか?って言いたかっただけで。いや、待て待て、昨日だって『映画でも観ませんか?』って誘ったやん、そう言っておいてセックスしたんやから、信用に欠ける。じゃあ、何て言えばええんや。
    「いや、今日は……、ちょっと」
     やめとく、と。そう続きそうになるのを、「そうやなくて、」と少し大きな声で遮った。
     今日はうちで映画を観ませんか?はあかんくて、いや、あかんくなくて、いっそストレートに言ったほうがよくて、てことは、せやから。
    「もう、電車くるし」
     ホームの方を気にする先輩に、「今日は、」ともう一度言い直してから、息を一つ吸って思い切り吐き出すのと同時、言った。

    「今日、うちで、セックスしませんか?」

     てん、てん、てん。
     って、そういう間があった。
     あ、しまった。いっそ、冷静に思う。
     映画でも観ませんかって、そう言ったつもりだったのに。頭上から、電車が滑り込んでくる音がする。先輩が乗る予定だった電車だ、多分。
    「し、しません」
     驚きのあまり、先輩は電車を乗り逃したことにも気付いていない様子だ。しかも、敬語。どこから、何を言い訳すればいいのかも分からない。
    「ハイ、うん、そうやな」
     今日は、ダメな日だ。色々と。そう思い、こんな日は大人しく過ごそうと、「ほな、また」と先輩が乗るのとは反対側の電車に乗るべく、階段の方に足を出す。
     それと同時、後ろからシャツの背中の部分を引っ張られた。
    「……?」
     振り向くと、先輩が困ったような、何かを探しているような、拗ねたみたいな、そんな顔で俺のシャツを掴んでいた。
    「なに?」
     三十秒前の失言も、昨日の恥ずかしいあれこれも、とっとと風化してほしい。早く十年後になってほしい。そう思うのに、引き留められれば、このまま時間が止まればいいのにとすら思う。
    「……セックスは、せぇへんけど、」
     探り探りといった様子で、先輩が話し出す。
    「財前ん家で、昨日のアベンジャーズ観る」
     一瞬、言われたことの意味が分からなくて、「は?」と聞き返してしまった。
    「せっかく借りたのに見てないやろ、今日は観る」
     昨日、何度も何度もやったせいで、頭の中で考えてることがリンクするようになってしもたんやろか。同じことを、ちゃんと、望んでいる。
    「それはあかんの?」
     エッチやなあ、なんて、少し余裕を取り戻した先輩が唇の端を吊り上げて言ってくる。
    「あかんくない」
     それに、口を尖らせた。というか、俺も、それを言いたかった。今となっては何を言っても言い訳にしかならないから、もう言えないし、言わないけど。映画でも、セックスでも、本当は二人で一緒にいられれば何でもいいって思っている。
    「あ!次こそ、電車乗らな……」
     ハッと顔を上げて先輩が言うのに、「俺も行かな」と電光掲示板を見上げた。「ほな、また」と、先輩は俺が俺のシャツを離し、その手を軽く振りホームへと向かって歩き出す。
    「あ、せや」
     と思えば、何か言い忘れたことがあるのか、すぐに振り返ってくる。

    「やっぱ今日、迎えに来てや」

     それから、本人にそのつもりはないのだろうけれども、甘えるみたいに小首を傾げて言った。
     このまま二人で家に戻りたいって気持ちが込み上げてくる。そんな欲求をゴクンと無理やり飲み込み、「……別に、ええですけど」と普段通りを装って返す。
    「ほな、よろしくなー」
     俺の返事に、先輩は満足げに笑うと、今度こそ混雑の中に先輩が飛び込んでいった。その頭のてっぺんが完璧に見えなくなるのを見送って、早く放課後になれと、天を仰いだ。
    tamapow Link Message Mute
    2019/05/24 0:18:54

    財ユウ 「水曜日の朝」

    #財ユウ
    朝の風景、二人とも高校生くらい。

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