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    テニスコートの底から ストレッチ、ランニング、ストレッチ、ストローク練習、(ストローク球出し)、ラリー、ボレー練習、サーブ打ち込み(球拾いの下級生に当ててしまった。わざとではない。)、試合形式(俺が出る試合と言えばダブルスがほとんど)。 
     合計三時間だ。 
     毎日三時間、同じ練習を繰り返し行って、同じように流れていく時間だけど、季節が変わればそのサーブ練習をする頃には暗くなっていて、コートにナイター用の照明が灯る。夏は逆で、試合をしている時でもまだ明るくて、練習が終わった頃に初めてコートの照明が光る。秋はコート脇の銀杏並木が黄色い葉を散らして、コートを散らかす。大きな銀杏の葉を踏んで滑って転ぶ部員多数。冷たいコートに膝を打ち付けると相当痛い事を知っている俺も、葉っぱを踏んで転んだ大勢の中の一人。 
     大勢の中の一人。そうだ。俺は大勢の中の一人だ。俺がいるコートには、特別がいたけれども、俺は特別でも何でもない沢山ある中の一つだった。 
     俺らがこのコートに初めて立った時から、それはいた。 
     その日が来るまで、俺は自分が大勢の中の一人だなんて思ったこともなかった。自分という人間は、何か目には見えない絶対的な力、神様とか運命とかそういうものに選ばれた人間だと信じていた。疑うことなんてなかった。だって、それは、俺の中では俺が男であるとか仁王家の長男であるとか、そういうことと同じレベルの話だったのだから。 
      
      
     
     中学一年生の、春。 
     その日がくるまで、俺は確かにコートの上に立っていた。 
    「ゲームセット、ウォンバイ幸村。ゲームカウント6-1」 
     コートに響いた審判をやっていた上級生の声は、コートの上に立っていた俺を一気にその底まで突き落とした。コートに底なんてない。けど、ある。目には見えないけど、あるのだ。 
     底は何層にもなっていて、俺はその最下層まで落下した。何となく見上げた空が、今までよりも、ぐんと高い位置に見えた。そして、コートを照らしていた太陽の光がずいぶんと弱くなっているのを感じた。 
     俺は、今、どこにいるんだ? 
     コートの底に落ちたことを理解出来ていない、あの日の俺は、そんなことを思ったのだ。 
     それから自分が底にいるのだと自覚できるまで一週間くらいの時間を要した。 
     気づいた時には、俺はいつの間にか団体戦ではダブルス要員として認識されていて、シングルスからはずいぶんと遠く離れたところに立っていた。 
     まさに、そこは底だった。 
      
      
      
     あれから二年経った今、俺は底にどっぷりと浸かっていた。 
     二年もいると、底は底で、なかなか悪くは無いと思えてきて、割り切ろうという自分もいる。大体、俺が勝手に底だと決め付けている場所は、他の連中にとっては底ではないようで、例えば同じ学年の丸井ブン太なんかは、そこを底だとはこれっぽっちも思っていないのだろう。 
     不思議なことに、俺も丸井が自分と同じ場所にいると思ったことはない。丸井は、間違いなく底ではなくコートの上に立っている人間だ。太陽の光が降り注ぐコートの上に立っている。 
     同じ境遇なのに、どうしてこうも違うのか。 
     俺自身、底も悪くないと思いながら、ダブルスにそれなりに楽しさを見出しているというのに。どうしてなのだろうか。 
     考えても、それが俺の幸村や真田に対する嫉妬や、俺がかつて立っていた場所への未練をずるずると引きずっているからだということは、自分でもよく分かっていて思考がそこまで行き着くたびに結局ずいぶんと遠くにある空を仰ぎ見て溜息吐いた。 
     そうこうしている間に時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか一つの終わりが目前まで迫ってきていた。 
    「あー、いよいよ、最後……っかー」 
     雨上がりの蒸し暑い道を走りながら、隣に並ぶ赤毛が言う。 
    「実感わかねーよな。」 
     息も絶え絶えに走って喋る丸井とは対照的に、その少し前を走るジャッカルは息も切らさずに言った。体力あるな。 
    「勝ちてー。勝って終わりてぇーっ」 
     唐突に大きな声で言い出す丸井に、その後ろを走っていた赤也が「当たり前っすよ」と、丸井ほどは疲れを感じさせない口調で返した。 
     その会話を聞きながら、俺は体力を少しでも使わないようにと黙々と走り続ける。 
     次が、最後の試合だった。 
     最後といっても、中学生活で最後というだけだ。 
     恐らく、高校に入っても俺はテニスを続けるだろうし、まだこの先も試合はある。他の連中だって、恐らくはそうなのだろう。 
     それでも、明後日行われる試合は、誰にとっても一つの区切りの試合となるのだろう。俺にとっても区切りとなるに違いない。  
      
     俺は、三年間追いかけ続けた場所を手に入れることなく終わりを迎えるのか。 
      

     それは三年生に進級した頃から思っていたことだった。 
     地区予選(あってないのと同じようなもんだけど)、市大会、県大会、関東大会、全国大会。 時間の流れと一緒に、俺の中に生まれてくるのは焦りだった。 焦る自分を押し殺すように、テニスボールを追いかける。 誤魔化しながら消化してきた日々だったが、一日だって自分の中にある期待や夢や欲望や羨望や嫉妬を誤魔化しきれたことはなく、いつだって何処かで特別だと称される同級生達の背中を(他人から見ればさぞや羨ましそうな目で)、見つめていた。 
     じんわりと額に浮かぶ汗を拭う。 
     ふと空を見上げれば、二年前よりも近くにあるような気がした。 
     そういえば、俺は今どこにいるのだろう。 
     あの日感じた、幸村との絶望的な差は少しは縮まっているのだろうか。分からない。もう終わってしまうというのに、分からない。あの日から今まで、幸村や真田と直接対戦をしたことはない。望めば、いつだって応えてくれたのかもしれない。 
     それをしなかったのは、怖かったからだ。 
     絶望的な差が少しも縮まっていないことを知るのも、皆を欺きながら必死に努力してき自分の苦労がただの滑稽な飾り物だと分かってしまうことも、挑戦して敗北することで今まで守り続けてきた馬鹿馬鹿しいほど脆いプライドがこなごなに壊れてしまうことも。 
     怖かった。だから、何か言い訳を探しては向き合うことを避けてきた。 
     それなのに、最後を前にして、俺の胸の中は最後を迎えた後に感じるであろう後悔、いわば未来の後悔で一杯なのだ。 
     俺は、今、どこにいるんだ? 
     入学したての頃、桜が舞い散るコートで感じた疑問が蘇ってくる。 
     蘇る季節とは裏腹に、俺が今走る道は蒸し暑くて、木々の緑の蒸されたような匂いが鼻についてとても不快だった。 
      
     お前は、まだ逃げ続けるのか。 
     誰かが、頭の中で言ったような気がした。 
      
      
      
     目が覚めると、白い天井が一面に広がった。 
    「……?」 
     どこにいるんだって思っていたけど、物理的な意味で俺はどこにいるんだろう。 
     確か、校舎のまわりを走っていたはずなのに。 
     よく見れば、真っ白なシーツが敷かれたベッドが自分の下にあり、白いシーツが自分の上にかかっていた。一体どうなっているんだと、ゆっくりと起き上がると少し眩暈がした。 
     ぼやける視界の回復を待つように、手のひらを額に持っていき支えていると、ドアがガラガラと開く音がした。 
    「目、覚めた?」 
     入ってきたのは、我が立海テニス部の部長、幸村だった。二年前、俺を底に突き落とした張本人。恨んだりはしてないけど。 
    「ふふ。何だか少し前とは反対だね。ベッドに寝転がっているのは俺の専売特許だったのに」 
     笑って良いのか悪いのか微妙な冗談を言いながら、俺がいるベッドへと歩いてくるその姿をぼんやりと見つめた。 
    「ランニング中に倒れたんだよ。貧血?明後日は決勝戦だけど、健康管理はしっかりしてくれないと。」 
    「ああ、……すまん」 
    「いや、いいよ。別にお小言を言いに来たわけじゃない。身体は?どっか痛いところとか、ない?怪我でもしてたら大変だ」 
     言われて、俺は腕を軽く回したり、膝から下をバタバタとシーツの中で軽く動かしてみたりした。 
    「あ、特には。何も痛いとかないし」 
     シーツの中で、軽くグーパーしながら感触を確かめる。痛いところも、違和感も、何もない。 
    「そう。それは良かった」 
     そう言って、ベッドの横に置いてあるパイプ椅子を広げて座った。
    「部長さんが、こんなとこ来てもええんか?俺は、別に見はられてなくても適当にコート戻るし」 
     何せ、試合は明後日なのだ。一分一秒でも練習したいところだ。 
    「ああ、真田に言ってきたし大丈夫。仁王に話もあったし」 
    「俺に……?」 
     幸村が俺に何の話があるというのだろうか。覚醒したての回りがいつもよりも遅い頭で考えたけれども、何も思い浮かばなかった。 
     そんな疑問を孕んだ表情で幸村を見つめれば、幸村はそっと笑った。 
      
      
    「仁王、俺と試合をしてみないか?」 
     唐突に幸村が言った。 
    「本気で」 
     いつもの、丸井辺りに言わせれば優しい笑顔のまま幸村が続けた。 
    「そんなに、驚くことかな?」 
     勘繰るように見つめる俺を見て笑う。 
     笑ってはいるけれども、冗談を言っているような表情でもない。三年間も一緒にいたのだ。よく分かる。 
    「ダブルス?」 
     それでも、分かりきったことを聞いてしまうくらいには、相手の提案の意図が読めない。 
    「まさか。シングルス。練習以外で試合したことないだろう、俺達」 
    「意味あんの?」 
     保健室の固いマットレスに乱暴に仰向けになって言う。ベッド脇のパイプ椅子に座る幸村は、俺の様子を見て笑って「あるさ、もちろん」と答えた。 
    「確実に勝てるオーダー組みたい」 
    「それやったら、シングルスはお前と副部長と参謀で決まりじゃろ。もしくは、赤也」 
     言いながら、心の中にいる自分がペッと唾を吐く。 
     僻みっぽくて、他人を妬んでばかりの、俺が嫌いな俺。 
     這い上がろうと必死になっているくせに、探しているのはいつも足元に転がっている言い訳ばかり。適当なものを見つけては、拾って、ちょっと使ってみて、やっぱり気に入らなくて、結局はまたコートの上を目指して必死になってみた。その途中、コートに立っている人間が躓いて転ぶのを下から見て、ちょっと笑って「ざまあみろ」って思って、そんな事を意地悪く思う自分が嫌いで、俺は俺をやめたくなった。 
     けど、やめるなんて無理な話だった。だから、結局は、俺はまたあの場所に立って、底を抜け出そうともがいた。 
     もがいては諦めて、またもがいては諦めた。 
     テニスコートの底で、ひっそりと夢見ていた。誰にも気づかれないように、ひっそりと。 
    「本当に、そう思っているのか?」 
     だから、幸村が疑うような口調で言ってきた時、俺は自信満々に答えた。 
     答えるのと同時、湧き上がる「それでいいのか」という思いを堪えた。 
    「ああ、思っちょるよ。嘘は吐かん」 
    「よく言う」
     幸村が、どこか面白そうに言った。 
    「……何が、言いたい?」 
    「柳は赤也とダブルスで出すつもりなんだよね。」 
     パイプ椅子にゆっくりと凭れながら幸村が言った。 
     柳と赤也が、ダブルスだと? 
     幸村が言った言葉の意味がすぐには分からなくて、何度か口の中で呟いた。 
    「じゃあ、シングルスは?」 
    「俺と真田と、あと一人」 
    「それは?」 
    「まだ、決めていないけど。ブン太をシングルスで使うわけにはいかないから、候補はジャッカル、柳生、そして仁王」 
    「まあ、丸井は、確かに」 
     丸井のプレイスタイルを考えれば、そういうオーダーになるのだろう。 
     何しろ、俺とは違って丸井は入学した当初からダブルス希望で、「俺はダブルスやるために生まれてきた」とまで言っていた人間だ。一年生の頃からダブルスに特化した練習ばかりしてきた丸井が今更シングルスはない。 
     そんな事を呑気に考える頭の片隅で、また、このまま終わるのか終わっていいのかと囁く自分がいるのを、大きく息を吐くことで誤魔化す。 
     そんな俺の心を見透かしたように、幸村は笑って言った。 
    「焦らない?」 
    「は?」 
    「いや、焦らないのかなあと思って。俺が仁王の立場だったら焦るから。」 
    「何を?」 
    「次の試合でいよいよ最後なのに、一年の頃から狙ってきたシングルスでは出れそうにない。いや、下手したら試合そのものに出られないかもしれない。だとしたら、一体俺が目指してきたものは何だったんだろうって具合にね、焦るかな。」 
    「……」 
    「図星?」 
    「……部長は悪趣味じゃ。」 
    「はは、知らないとでも思ってた?自分の座を狙っている部員の存在に気づかないほど鈍感じゃないよ、俺は」 
    「鈍感な部長が良かった」 
    「それは副部長に任せてあるんだ」 
    「ふうん」 
     誰もいない保健室にチャイムの音が響く。 
     授業などとっく終わった時間帯になるチャイムの音はどこか間抜けに校舎に響き渡る。 
    「最後の試合だ。」 
     保健室の窓の外を眺めながら幸村が呟いた。 
     俺に向って言ったのかどうかは分からない。 
    「もちろん勝って、全国三連覇を果たす。」 
     求められているかどうかは分からなかったけれども、頷いた。 
    「勝つためのオーダーを組みたい。そのために、お前の力を知りたい。」 
    「……」 
    「だから、もし俺と試合をすると言うのであれば、今持っている力を出し切って試合をしてもらわなければ困る。今までみたいに、切り札を隠して試合をされたんじゃあ、意味がないからね。時間と体力の無駄だし、わざわざ試合なんてする意味がない」 
     切り札という言葉に、少し反応を示した俺に、幸村は真剣な面持ちで半ば睨みつけるような視線を俺に向けて続ける。 
    「勝つための試合だ。俺との対戦も、青学との決勝戦も」 
    「ああ、」
     そりゃそうじゃろうな。 
    「本気で、俺とやってみないか?」 
     そして、始めに言った言葉を繰り返す。 
     保健室の白いシーツの中、気づかないうちに拳を握り締めていた。強く握り締めたせいで、指のツメが手の平にきつく食い込んだ。柔らかい肉に食い込むその痛みは、三年間、俺が抱いていた気持ちとよく似ていた。 
      
      
     最後、だ。 
     立海大付属の桜が咲いていたコートの底に落ちてから三年間、ずっと見上げていた場所が目の前にあるような気がした。 
     自分がどこにいるのか分からない。 
     だけど、この目の前にいる男と、ネットを挟んで対峙すれば、再び戦えば、それが分かるのだろうか。自分が底にはいないことを確信できるのだろうか。それとも、やはり絶望するのだろうか。分からない。 
     一つ確実なのは、これが、あの日から目指していた場所に立つ最後のチャンスだということだけだ。 
     そう思った時、自然と頷いていた。 
      
      
    「俺も、仁王と戦ってみたい」 
     自分を見据える幸村の視線に負けないように、顔を上げた。 
     何秒かの間、黙ったままお互いを見つめて、それからふと幸村が笑った。 
    「そう。じゃあ、明日の朝。部活が始まる前にやろうか。朝は苦手ってのは、言い訳として認めないから」 
     有無を言わせぬ口調でそう言った。 
    「厳しいのう」 
     肩を竦めて言った。 
    「ふふ。さて、と。他の連中もしごいてくるかな」 
     ギシ、と軋んだ音を立てながらパイプ椅子から立ち上がった幸村が大きく伸びをする。 
    「詳しい時間は、あとでメールでもするよ。」 
     そう言って、ドアの方へと歩いてく。 
    「分かった」 
     その後姿は、相変わらず、ムカつくくらい堂々としたもので、やっぱり眩しかった。 
      
      
     幸村が出て行った後、シーツの中から手をそっと出した。 
     握り締めていた拳をゆっくりと開く。 
     血液が末端までじわっと流れていくのを感じる。手の腹に食い込んでいた爪は、くっきりとその後を柔らかい部分に残していて、小さいな曲線は赤く滲んでいた。 
     「血ぃ、出とる」 
     そんなに強く握り締めていたのだろうか。 
     流れることもなく、ただ爪の痕にくっきりと滲む赤い血を見て呟いた。 
      
      
     明日、何かが変わる。 
      
      
     手のひらに残る傷痕を見る。少し笑う。 
     「逃げんよ。俺は」 
     誰もいない部屋で言う。 
     本当は、ぶつかってみたかった。逃げることなどせずに。怖がらずに、真っ直ぐに。 
     それを汲み取ってくれた(のかどうかは分からないけれども、本当に立海の勝利しか考えていないってのも、あの男のことだから十分に有り得るし)彼に、少しばかり感謝して、彼を信じて全てを出し切ってやろうと決意する。あいつが言う通り、勝つために向き合う。 
     滑稽な俺を、曝け出してやろうと心に誓う。 
     目指していた場所に立つために。



    tamapow Link Message Mute
    2020/02/17 1:11:12

    テニスコートの底から

    仁王くんと幸村くん、その①。全国大会前の二人のやりとり妄想。すごーーーーく昔に書いたものです。

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