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    財ユウ 「ユウジ美容室」 細くて長い指。その先にある一重の瞳、あまり長くない睫毛、スッとした鼻筋、薄い唇。
     普段にはない真剣な眼差しに、心臓はいつもより早く脈を打つ。
     落ちたらおしまい。そんな崖っぷちに立っているかのような緊張感に、ごくりと唾を飲み込む。
    「んー、ちょっと、動かんといて……」
     無意識に顔を引いてしまい、見るからに器用そうな指に挟まれた前髪をグイと引っ張られ、元の位置へと戻される。少し上目遣いの視線を向けられ、頬が熱くなる気がした。
     赤くなってたらはずいな。
     そう思いながら、前をチラと窺う。
     放課後の空き教室に二人きり。校庭から聞こえてくる野球部の威勢のいい声が、いつもより遠く聞こえた。


    *


    「財前、前髪長すぎとちゃう?オシャレもええけど、目ぇ悪くなるで」
     相談したいことがあると言えば、受験生だというのに、元部長、白石さんは「夕方までなら」と快く応じてくれた。
    「……こんなもんちゃいます?」
     秋冬の練習メニューや、冬休み前に行われる運動部の予算割の会議のこと。
     今日聞きたいと思っていたことは一通り聞けた。ノートに走り書きした内容を簡単ではあるが清書していると、元部長、白石さんが話しかけてきた。
     十一月もそろそろ終わる頃の放課後の教室は少し寒くて、首元にマフラーをぐるぐると巻きつけた。
    「『こんなもん』ちゃうな。俺の知る財前は前髪がもうちょい短い」
     微妙な、おそらく俺のモノマネを交えながら白石さんが言うのに、「まあ、そんなかもしれません」と適当に返す。実際、少し伸びたなと思っていた。とは言え、部長というのは結構忙しく床屋に行く時間もなかなかないし、自分で切ろうと思いながらも帰宅すればネット見たりテスト勉強したり部活のこと考えたりしているうちに面倒になってきて、結局、放置してしまっていた。
     相変わらず、よう見とるな。
     感心していれば、バタバタと騒がしい足音とともに謙也さんが教室に入ってきた。
    「お、白石、おったおった!」
     財前もおる、と謙也さんが右手を上げてくる。ども、と頭を下げようとしたけど、マフラーに顎が埋まって上手く出来なかった。
    「おつかれさん、謙也。委員会終わるの早かったな」
    「話すことないしな、って財前は何でここに?」
     俺たちが座る席のすぐそばの椅子に腰を落ち着けながら謙也さんが聞いてくる。
    「テニス部の引き継ぎやで」
     俺の代わり、白石さんが答える。
    「なんや部長っぽいな。財前が似合わんことしとる」
    「ぽい、やなくて部長ですからね」
     開いたノートをパタンと閉じながら言う。
    「ところで。財前の前髪長いと思わん?」
     まだ気になっていたのか、白石さんが謙也さんに尋ねた。謙也さんはと言えば、そう言われてみれば、と俺の前髪をじっと見つめた。
    「前髪くらいならユウジに切ってもらったらええやん」
     すると、謙也さんが名案とばかり両手を顔の前でパンと合わせながら言った。
     なんのことだと眉を寄せる俺をよそに、白石さんが「おお!それや」と頷く。
    「ユウジて、ユウジ先輩ですか?」
    「うん、ユウジ。俺らもたまに前髪とか切ってもろてるけど、アイツ器用やから、ええ感じにしてくれるで」
    「ユウジ美容室、評判ええよ」
     机の上に肘をついた白石さんが、そこに頬を乗せてニコリと笑った。
    「……へえ」
     あの人、髪の毛切るのうまいんや。
    「モノマネ以外にも特技あったんですね」
     出来るだけ抑揚なく言う。
    「財前も切ってもろたらええよ、まだ教室におるんとちゃう?」
     衣装作りがあるからって教室残ってたで、と白石さんが言うと、隣にいた謙也さんがポケットから携帯を取り出した。
    「よしゃ、そうと決まればユウジ召喚や」
    「は?」
     液晶を素早く操作し、携帯を耳元に当てる謙也さんを見れば、「まかせとき」とばかり、へったくそなウィンクを寄越してきた。
    「お、ユウジか?おつかれさん」
     謙也さんが、電話越しに話し出す。一言ごとに話題が変わっているような気がするが、通話はすぐに終わった。
    「ユウジ、今から来るって!」
     それで、そんな結論を口にするものだから、今の会話のどこに、ユウジ先輩が俺の前髪を切る、というくだりがあったのかはまるで分からない。
    「ユウジ美容室な、腕は確かやから」
     ポカンとしている俺を、ユウジ先輩に前髪を切られることを不安に思っていると勘違いしたのか、白石さんは「大丈夫やって」と苦笑いを浮かべた。
    「ほなら、俺たちはそろそろ行こか」
     白石さんが、椅子にかけていた学ランを羽織り立ち上がる。
     そうだ、夕方から冬期講習の説明があると、白石さんが話していたことを思い出す。謙也さんも、恐らく同じ用事なのだろう。
    「あ、今日はありがとうございました……」
    「どういたしまして。また分からんことがあったらいつでも聞きに来てな」
     立ち上がる白石さんに続いて、謙也さんも立ち上がる。ん、いや、ちょっと待てよ?
    「え、ユウジ先輩がこれから来るんとちゃいます?」
    「うん、そろそろ来るんとちゃう?」
     二人が帰ってしまったら、俺とユウジ先輩は二人きりになる。それに気づき、焦る。ユウジ先輩とは、趣味や嗜好が意外と合うことが多くて、話していて退屈になることはない。
     ただ、話していると、心臓をくすぐられるような、つまり気恥ずかしいような、照れくさいような、あと一つ進んだら大きな穴に落っこちてしまいそうな、そういう危機感を覚える瞬間がたまにある。
     だから、二人きりなるのは少々まずい。一人静かに焦っていれば「おーい」なんて暢気な声が扉の方から聞こえてきた。
    「なんや自分ら帰るんか?前髪切るんやろ、誰の?」
     そこには、手にハサミを持ったユウジ先輩が立っていた。
    「お、ユウジ、財前の前髪を切ったってほしいんや、目ぇ悪くなりそうやからな」
    「財前?」
     同級生の二人ばかりを見ていたユウジ先輩の視線が、ようやく俺に向けられる。
     気づくの遅すぎや、腹立つ。
    「どうも……」
     それを口には出さず、軽く会釈した。
    「財前か。ええけど、注文と文句多そうやな」
     先輩の口から、依頼を断るような台詞が飛び出して来なかったことにこっそり安堵して、「よろしくおねがいします」とマフラーの中からくぐもった声で言った。
    「ほな、頼んだで、ユウジ」
    「かっこよくしたってな」
     二人がユウジ先輩に声をかけながら教室を出て行くのを見送る。かわりに入ってきたユウジ先輩に「ほんまに上手いんですか?」と挑戦的な言葉を吐けば、先輩はフンと鼻で笑い、「前髪だけで笑い取らせたるわ」と不穏なことを口にした。


    *


     それで、今、俺はユウジ先輩の細長い指に前髪を挟まれている、というわけだ。
     絶対に変な風にせんといてくださいよ。
     なんて念押しは不要だったようで、ハサミを手にしたユウジ先輩はふざけなかった。
    「適当でええですよ」
     それどころか、髪を切るということにこだわりがあるらしく、その動作は慎重で、前髪を切るだけなのにかれこれ十分は経っている。
     教室の窓際、椅子を二つ向かい合わせに並べて座る。時折、ガタガタと椅子の位置をずらし、先輩がグイと身体を寄せてくる。そのたび、心臓がひゃっくりしたみたいに飛び上がった。
    「こだわり強そうなのに意外とざっくりなんやな」
     すぐ、本当にすぐ前にいるユウジ先輩が、目線を俺の前髪に置いたまま言う。
    「俺が?そうです?」
    「うん、洒落た美容室に通ってそうなイメージや」
    「いや、美容室やなくて近所の床屋やし、床屋いけない時とか自分で適当に切るし」
     そうしている間にも、慣れた手つきでハサミを扱うユウジ先輩は、本物の美容師みたいだ。美容室行ったことないけど。
    「ユウジ先輩は、器用っすね」
     前髪の毛先、ハサミを縦に入れるのを目で追いかけながら言う。
    「ま、不器用ではないなあ……」
     顔を少し傾け、長さを確認するためか、先輩が俺の顔を覗き込む。横に倒した人差し指を俺の眉にあてて、「もうちょい切ってもええかなあ」と、再び俺の前髪を指に挟んだ。
    「……」
     先輩が俺の方に椅子を寄せ、その顔をぐっと近づけてくる。前髪にハサミをあてる顔は真剣そのもので、俺の心臓はこれ以上ないくらい早く鼓動を刻み出す。
     やばい、まずい。
     胸の奥がくすぐったい。
     僅かに開いた唇が、ふと視界の端に映った瞬間、触ってみたいと無意識に顔を近づけていた。
    「ん、財前?」
     先輩が不思議そうな顔をする。
     大きな穴に落っこちそうだって、今までで一番強く思った。
    「先輩、」
     鼻先が触れ、そのすぐ後に、柔らかなものが、唇に触れる。その瞬間ーー。

     ジョキン。

     勢いよく何かを切る音がしたのと同時、マフラーの上に短な毛が散った。視線を更に落とせば、髪の毛が上靴の上にハラハラと落ちていくのがスローモーションで見えた。
    「……?」
     そこに残る感触を確かめるよう唇に触れ、その手をそのまま前髪に持っていく。
    「お、おお……、えっと」
     ハサミを顔の横に掲げた先輩が、丸くしていた瞳を元に戻し、しまったって顔になる。
    「か、かっこええよ、かっこええ!よっ、男前」
     口元に手を添え、囃し立ててくる先輩を無言で見つめ、机の上に置いた携帯のカメラを起動させ、姿見代わりに、自分の姿をそこに映す。
    「あ……、」
     液晶に映る俺の前髪は、視力が落ちる心配なんて不要とばかり、一部だけがパツンと短くなっていた。
     幼いというか、なんというか、間が抜けた感じだ。
    「財前くんクールやなあ、前髪も夏らしくクールな感じになってええ感じやで」
     めっちゃ男前やな!と、先輩が親指を立てる。
    「はあ、冬休み前にピッタリっすね。前髪だけで笑い取れそうや」
     前髪を指で摘みながら、乾いた笑いを漏らす。
    「ハハハ、……下手くそ」
     ついでに、文句も。
    「……いきなり驚かしてくる方が悪い」
     誤魔化し笑いを浮かべていた先輩が、たちまちムッとした顔になる。
    「せや、自分!何してくれとるんじゃ」
     突然思い出したかのよう、立ち上がってどんどんと地団駄を踏み始めるユウジ先輩を見上げ、俺も自分がしでかしたことを思い出す。
    「何って、キスですけど……」
    「開き直るな!しれっと言うな!」
     開き直っていないし、しれっともしていない。心臓は相変わらずうるさいし、耳も熱い。先輩が、気づいていないだけだ。
    「なんっで財前にキスされなあかんねん」
     先輩が騒がしすぎるせいで、俺の騒ぐ隙がない。
    「めっちゃ男前になった俺にキスしてもらえてよかったですね」
     すっかり短くなってしまった前髪を触りながら言い返すと、先輩は言葉を詰まらせた。
    「いいい、言うとくけど、お前がキスなんてしてこなければ、かっこよく仕上がってたんやからな!」
     自業自得やからな、と先輩が言う。
    「かっこよく……?」
    「せや、かっこよかったんや!途中までやけどな!」
     俺のことかっこええとか、思うんや。
     先輩が頭を両手で抱えるのを眺めながら、「そうなんや」としみじみ漏らす。俺だって男だ。気になる人に「かっこいい」と褒められるのは悪い気がしなくて、むしろ、嬉しいと喜んでしまう。間抜けな前髪になってしまったことなど、簡単に忘れてしまうくらいには。
    「それをお前が、キキ、キスなんかして邪魔しよるから、そんなおもろいことになってしもたんや」
     こっちは初めてやぞ!なんて凄んでこられても、頭がふわふわしていて、憎まれ口を返せない。
    「俺かて、初めてや」
     代わりにそんなことを返せば、先輩は「知らんわ、俺のを返せ」と俺のマフラーを掴み、顔を寄せてきた。

     ユウジ先輩とキスをした。

     先輩よりもだいぶ遅れてその事実を認識する。赤くなっているのが自分でも分かるほど、頬が熱を持つ。
     教室の窓の外を染める夕陽が、頬の色を誤魔化してくれますように。
     神頼みをしつつ、もう一度したいな。なんて気持ちが込み上げてくるのを飲み込む。
     完全に、穴に落っこちた気がする。
     間近にある先輩の顔を見つめながら、そう思った。
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    2019/05/11 18:59:41

    財ユウ 「ユウジ美容室」

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    #財ユウ

    ユウジが財前の前髪を切ってあげるお話です。謙也と白石も出てきます。

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