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    財ユウ+女子 「財前くんは 2」 ざいぜん

     液晶画面にそう表示されるのと同時、テーブルの上に置いてあった携帯電話がガタガタと震えた。
    「あ、」
     バイト上がり、着替えを終えたタイミングで送られてきたメッセージは後輩からのものだった。ちょうど、コールセンターでのアルバイトを終え、家に着く頃だろう。
    「でた、ザイゼンくん」
     表を上に放置してあった俺の携帯を勝手に覗き見ながら言う友人に「出たってなんや」と突っ込む。
     上京して一年と数か月。先輩の紹介で始めたアルバイトも、もう一年続いている。最寄り駅から五分ほど歩いた場所にある商業施設の一階、そこにある小洒落たカフェのキッチンで、週に三回、多い時は週に四回くらい働いている。
    「ルームシェアってどうなの? ザイゼンくんと喧嘩したりしないの?」
     本店は海外にあり、この店は日本初出店だとか何とかで、知る人ぞ知る何とからしく客入りは結構いい。カフェという場所が好きな人種の間でそこそこ有名で、そこで働いていることを同居人の『ザイゼンくん』に話した時には、「似合わんな」と鼻で笑われた。
    「週に七回喧嘩しとるけど、生活には支障ない」
     そんなだから、『ザイゼンくん』との喧嘩は絶えない。そこを切り出して言えば、友人は「毎日じゃん、よく続けられるな」と眉根を寄せた。
     ザイゼンこと財前光と俺は二か月ほど前から、ルームシェアの名のもと、2DKのマンションを借りて一緒に暮らしている。一年前、俺が先に東京に出て、二か月前に財前も東京の大学に行くからと上京してきて、話合いと喧嘩を幾つか経て、共同生活を始めた。友人に言ったことに嘘はなく、毎日喧嘩をしているが、そこも含めて財前と暮らすことに不満はない。結構楽しくやっているつもりだ。向こうは知らんけど。
    「一人で住むよりいいトコ借りられるし、生活費も割り勘出来るから、多少気が合わなくてもやっていけるもんやで」
     そう続けると、友人は「そんなもんかね」と首を傾げた。財前と俺の関係を考えると、それは少し特殊なものだから、一般的な先輩と後輩のルームシェアが気が合わずともやっていけるものなのかは分からない。
    「……って、雨降っとるって、マジか」
     そこにきてようやく届いたメールを開けば、「雨降ってて洗濯物めっちゃ濡れてた」と簡素な内容が表示されていた。
    「うっそ、さっきまで降ってなかったのに?」
     二人同時に、窓のそばに近寄り、外を覗く。
    「ほんまや」
     窓の外から聞こえてくるのはザアザアと降りしきる雨の音。キラキラとした光が夜の景色に街に線を描く。
    「最悪、傘持ってきてないっての」
    「事務所に余ってる置き傘あった気がする」
     店の奥、事務所というには些か小さなスペースに置かれた傘立てには、誰のものか分からないビニール傘がわんさか置かれている。
     それを頼りに二人でそこに向かったものの時すでに遅く、傘立てには骨が折れたビニール傘が一本、寂しげに立てられているだけだった。
    「……まあ、雨はしのげる」
     それを無理矢理に友人が開く。形は歪だけど、雨を防ぐことは出来そうだった。ただ、問題なのは。
    「家、どこだっけ?」
     この友人と、俺の家が反対方向にあることだ。駅に向かう俺と、駅とは反対方向に行く彼と。
     同じことに気づき、視線がぶつかった。
    「じゃんけん……」
     話は早い。決着は一瞬。
     俺は負けてずぶ濡れ必至の帰宅の運命。これ見よがしに喜ぶ友人に悪態を吐きつつ見送り、少し弱くなるのを待つかと商業施設の裏口へと向かえば、同じように、雨足が弱まるのを待っている、別の店で働く従業が何人かいた。
     突然の春の雨に、どうしたものか、どうにもならないと、傘を手に帰路に着く人々が前を通り過ぎていくのを眺めながら天井を見上げた。

    「あ、あの」

     すると、すぐそばから女の子の声が聞こえてきた。
    「私、駅方面ですけど入りますか?」
     声がした方に顔を向ければ、ビニール傘を持った女の子が少し緊張した様子で聞いてきた。
    「あ、」
     四月から新しく入ったアルバイトの女の子。男連中が可愛いと騒いでいた子だ。ホールを担当している女の子と顔を合わせる機会はあまりなく、顔をちゃんと見たのは初めてだったが、なるほど、可愛いなと思う。
    「覚えてないかもしれないんですが、同じとこで働いてるハネザワです」
     茶色くてまん丸な瞳と長い睫毛、ピンク色の頬と唇は見るからに柔らかそう。
    「覚えてます……って、ええの?」
     しかも、こうして待ちぼうけしている自分に声をかけてくるあたり、優しい子なのだろう。男というのは、意外と傷つきやすいもので、可愛くて優しそうな子、人当たりのいい子が飛びきり好きな生き物なのだ。同僚達が騒いでいた理由を目の当たりにして、頷いてしまう。
    「はい、もちろんです。もしかして雨で帰れないのかな、と思って」
     いやはや、大した知り合いでもないのに、ええ子やなあ。そんなことを思いながら、表情を緩めるハネザワさんに「その通りでした」と返す。
    「ありがとう、駅まで入れてもらってもええかな。俺ん家、駅からすぐやから」
     実際、駅から十分ほど歩くが、まあ、そこからは走ればいい。
    「あ、てか、自己紹介してなかったよな。一氏です」
    「はい、知ってます。よろしくお願いします」
    「ほな、傘、俺が持つんで」
     ニコリと微笑んで、ペコリと頭を下げるハネザワさんに、手を差し出す。まさか、女の子に傘を持たせるわけにはいかない。
    「あ、はい、こちらになります……」
     やけに丁寧な仕草で差し出された傘を受け取り、従業員口の扉を出てそれを開く。
    「……失礼します」
     どこか緊張した様子で傘の中に入ってくるハネザワさんからは、甘く、初々しい女の子の匂いがした。それを苦手で嫌いだと思う自分が嫌で、一つ咳をしてその劣等感を誤魔化した。
    「よしゃ、ぼちぼち行きますかね」
     気持ちを切り替えるよう、明るく言う。
    「天気予報だと晴れの予想だったのに」
     すると、隣からそんな声が聞こえてきた。大学一年生ってことは、財前と同い年か。財前の隣の席に座る女の子も、こんな匂いがするのかもしれない。嫉妬をすることはない。諦めがあるだけ。傷つきたがり、と。財前は俺の性質をそう評する。
     実際、そうなのかもしれない。女の子の隣を歩くだけで、こうもネガティブになれるのだ。すっかり濡れて、水溜りが出来始めたアスファルトを歩くスピードを彼女の歩調に合わせながら、そんなことを思う。
    「ほんまやな。ツイてないよな」
    「はい!」
     ツイていない。の返答にしては元気な返事を寄越してくるのに「元気やな」と笑ってしまう。
    「今日は学校でいいことが沢山あったので」
     すると、ハネザワさんが、両手を顔の前で合わせて言った。
    「いいことかあ、なんやろ」
     『いいこと』を思い出したのか、うふふ、と笑いを漏らすハネザワさんは可愛い。くるくるとよく動く丸くて茶色い目を、ピンク色の頬を、大体の男は可愛いと思うのだろう。俺だって思う。ただ、「好き」の対象にならないだけで、女の子が可愛いことは俺が一番よく分かっている。柔らかくて可愛くて甘くて、とても魅力的なものを沢山、俺が逆立ちしたって何をしたって手に入れられないものを沢山、沢山、持っている。
    「私、同じ大学に好きな人がいるんです」
     例えば、同じものを欲しがったから、俺は簡単に負けてしまうのだ。そういう風に出来ている。
    「おお、唐突やな」
     こんな風に、突然に堂々と恋心を口に出来るのは、女の子が女の子だからだ。こういう時、彼女たちにぼんやりと憧れてしまう。女の子になりたいわけじゃないけど、ないものねだりは誰にでもある。
    「一氏さん、話しやすくて、ついつい……」
    「話しやすいとかあんま言われたことないけど、その好きな人がどないしたん?」
     話しやすい、だなんて東京に出てきてから言われるようになったことだ。関西人だから? 喋り方のせい? 財前も同じかな? 帰ったら聞いてみようか。傘を囲む檻のよう、直線を描きながら降り注ぐ雨を見て、それからハネザワさんを見た。俺よりも十センチくらい背が低い。その肩が濡れないよう、そっと、彼女の方に傘を寄せた。
    「一氏さんと同じ話し方をするんです、私の好きな人」
     その口から零れる「好きな人」という単語に、バイト仲間たちのガッカリする顔が容易に浮かんだ。
    「へえ、関西出身なんや、好きな人って」
    「はい、大阪出身って聞きました。もう、すっごく、めちゃくちゃかっこいいんですよ」
    「ほんまに? 大阪にそんなイケメンおったかなあ」
     冗談めかして言えば、ハネザワさんは「いたんですよ〜」とクスクスと笑った。
     恋をするのが、している今が、楽しくて仕方ないといった感じだ。その初々しさが眩しくてくすぐったい。
    「一氏さんも、かっこいいって皆さん言ってましたよ。ただ……、」
    「お、なんかええこと聞いてもうたな〜、『ただ』の続きが気になるけど」
     明るい関西の人。そんなキャラを演じている気分になる。
    「彼女いるんですよね、一氏さん。指輪してるって女子たちの間で噂です」
     顔を覗き込まれるのに、一瞬、ひやりとした。何か隠さなければならないことを隠せていないような、妙な不安に駆られた。
    「ああ……」
     いや、指輪くらい、誰だってする。色気づいた大学生がいかにもやりそうなことだし、このくらいの年代のカップルが相手に指輪を渡すのは、珍しいことでも不思議なことでもない。隠すようなことではない。
    「仕事中はしてないのに、よう見とるな」
     右手の甲を上に向け、ハネザワさんが見える位置に持っていく。
    「わあ、素敵ですね!いいなあ、彼女さんとお揃いですか?」
    「ううん、俺だけもらった」
     一年前、「右につけとき」って、突然渡された。意図とか意味とかは考えず、俺は言われた通り、それを毎日毎日右の薬指に嵌めているだけで、彼女が考えているような、ロマンチックな経緯やエピソードは実はない。
    「え?彼女さんにもあげないと」
     彼女なのか、彼氏なのか。
     微妙なところではあるが、彼氏の方が色んな意味でニュアンスが近い。でも、それを言う必要はない。
    「うん、せやな」
     いずれにせよ、ハネザワさんの反応が当然だ。貰った分は、返さないといけない。愛情表現だということは分かるものの、じゃあ俺もと、同じように愛情の証を渡すことが一年が過ぎた今でも出来ていない。
     だから、憧れに目を輝かせるハネザワさんが、もう一度「いいなあ」と言ってくるのに、「いいのかな」と首を傾げてしまう。
     当たり前のように、愛してるに愛してるを返せないこの関係がいいものなのか、未だに分からない。
    「彼女さんといると楽しいですか?」
    「喧嘩ばっかしとるけど、まあ、楽しいんやろな」
     通りを一つ渡り、坂を下ると駅前に出る。可愛い女の子と一つ傘の下で二人きり、バイト仲間の誰もが羨むこの時間も、もう終わる。
    「一氏さんが楽しいなら、それでいいんだと思います」
     踏切が、見えてくる。
    「……」
     ハネザワさんの言葉に、いつか財前にも同じようなことを言われたのを思い出す。
     カンカン、カンカンと。雨音を掻き消すよう、踏切のサイレンが夜の街に鳴り響き、雨で滲む街並みにぼんやりと赤いランプが浮かんでいた。
    「これ、私の好きな人が言っていたことなんです。真似っこしちゃいました」
     雨の夜に似合わない明るい笑顔を浮かべるハネザワさんは、やっぱり楽しそうだった。
    「……うん、俺の好きな人も同じようなこと言っとったなあって。って俺の話はどうでもええな」
    「いえ、一氏さんの彼女さんも素敵な人なんだなって思いました」
    「うーん、性格はあんまりよくないけどな……って、駅着いたけど、ハネザワさんどっち側から電車乗る?」
     電車の行き先によって、踏切の手前と、向こうと、改札が別れている。俺と財前が暮らす築二十年のマンションは、踏切の向こう側にある。
    「あ、こっち側です」
     ハネザワさんが答えるのと同時、ポケットの中、ぶるぶると携帯電話が震え出した。
    「……?ごめん、ちょっと、電話出てもいい?」
     震える携帯を取り出し、液晶に表示された名前を確認してから、電話に出る。

    『駅まで迎えに来たんすけどー』

     耳にあてると同時、不機嫌そうな声が聞こえてきて、「なんで?」と驚き混じりに返す。
    『遅いからどうせ傘持ってないやろなと思って、まあ、コンビニに用事あったからついでっすわ、今どこ?』
     カンカン、カンカンと。踏切の音が受話器の向こうでも鳴っていた。
    「踏切の手前んとこ、上り側にバイトの子とおるから、そっちまで行く」
    『……そしたら踏切の前んとこで待ってますけど、あと一分で来てください』
    「一分って……!?」
     驚きと理不尽な要求に思わず大きな声を出せば、隣にいたハネザワさんの肩がびくっと跳ねたのが分かった。
    『はい、ろくじゅー、ごじゅうきゅー……』
     電話の向こうで始まるカウントダウンに、「おい、待てや」と突っ込み、今度はハネザワさんに「そんなわけで」と声をかける。
    「えーと、友達が、駅にいるらしいから、俺はここで失礼するな。傘、入れてくれてありがとう」
     持っていた傘の柄の部分を、ハネザワさんに渡す。傘から出れば、たちまち、背中と肩を容赦なく雨が打ちつけてきた。
     本当に、ひどい天気だ。
    「大丈夫ですか?そこまで行きますよ?」
    「あ、ダイジョブダイジョブ、走ればすぐやから」
     携帯をポケットにしまい、「ほな」と右手を上げて走り出す。
    「おつかれさまでした!」
     明るい声が背中から聞こえてくるのに、「おつかれさん」と振り向き手を振って、いよいよ閉まり始めた踏切を一気に走り抜けた。買ったばかりのスニーカーで水たまりを飛び越えた先、人と車とバスと、色んなものでごった返す雨の日の駅前の風景に目を凝らす。
     探しているのは、不機嫌な顔に傘を余分に一本ぶら下げ俺を待つ、後輩で同居人の『ザイゼンくん』。
     コンビニに何の用事があったというのか。
     急行電車が、踏切の中をゴオオと夜を切り裂く音を立てながら、勢いよく走り抜けていく。
     振り向いても、ハネザワさんの姿はもう見えなかった。
    「あ、おった」
     それで、前を見れば目当ての人物はすぐに見つかった。その前に立てば、携帯に落としていた視線を上げ、「おそいっすわ」と開口一番文句を垂れてきた。
    「一分以内やったろ、セーフセーフ」
     それに、汗を拭うよう前髪を伝い落ちてく水滴を濡れたパーカーの袖口で拭いながら言う。
    「って、めっちゃ濡れとるやん、バイトの人と一緒やったんやろ」
    「踏切んとこまでな。そこから走ってきたけど、普通に濡れた」
    「踏切んとこで待ってればよかったのに」
     財前が眉を顰めながら、持っていた傘を俺に差し出してきた。その手にぶら下がるコンビニの袋に「何買うたん?」と尋ねれば、「ぜんざい」と少しバツが悪そうな顔を見せた。
    「どんだけ好きやねん」
     それに笑って、「ほな、おじゃまします」と、差し出された傘を受け取ることはせず、代わりに財前が持つ傘の中に入り込む。
    「ほな、ってなんや。俺まで濡れる」
     嫌そうな顔をしながらも、ピタリと身体を寄せる俺を突き放すこともせず、傘から追い出すこともしない。思わず笑ってしまう。
    「うーん、なんやろ」
     俺が受け取らなかった傘を脇に降ろした財前が、「こっちが『なんやろ』や」と、顔を顰めた。
    「ふふふ、今夜は相合傘して帰ろうや、財前くん」
     出ていく気配のなどまるでない物言いに、「意味がわからん」と怪訝そうな顔のまま言う。
    「いや、バイト先の女の子がな、好きな人がおんねんて。それをめっちゃ楽しそうに話すから、なんかええなあって思って、こっちまで初々しい気持ちになってしもたんや」
     寄りかかるほどに身体を寄せれば、財前が少し右によろついた。ついでに、小首を傾げ、甘えるみたいに財前の肩に頭を乗せてみる。
    「初心に戻って、目が合ったらドキドキ、手が触れ合ってドキドキみたいなことしてみたくなったんや」
     傘をさしているおかげで人目にあまり触れることもないし、見られたところで、誰も俺たちの関係に気づいたりはしない。と思う。ふざけ合っているだけって、そういう風にしか見られない。
     だって。俺は、かわいい女の子じゃない。
    「今、ドキドキしてます?」
    「今更せえへん」
     身体をくっつけたまま、悪びれず返す。ドキドキはしない、ただ嬉しいだけだ。
    「ふうん」
     財前が、ふと立ち止まる。
    「なに?」
     それに合わせて、俺も足を止めた。傘の中、視線がぶつかった。雨音が、ぽつぽつと、頭の上を弾む音が聞こえた。
    「ユウジ先輩」
     名前を呼ばれるのに、「なに?」ともう一度言うと、財前は二人の真上を覆っていた傘の位置をずらして、道路側に傾かせた。
    「ん?」
     それから、春の雨に隠れて、そっとキスを落とされた。
     これは不意打ちだ。驚くのも仕方ない。
    「……」
     触れるだけ、数秒で離れていく感触に目を細めた。そういえば、初めてのキスも不意打ちで、こんな風に一瞬だけ触れ合う、幼いものだった。その時のことを思い出したかのように心臓がドキリと鳴った。
    「ドキドキしました?」
     夜の空は真っ黒で、降り注ぐ雨は街灯の眩さを吸い込んだように四方八方に光を散らす。足元を跳ねる雨粒はキラキラと光り、水たまりを跳ねるそれは星みたいだった。
    「せえへんよ」
     二人を隠す傘の向こう側を、車が走り過ぎていく。その音が、とても遠い。
    「俺は、今でもドキドキしますけど」
     そんなことを、いつもと同じ表情と口調で言うから、思わず、「俺も」と返しそうになった。すんでのとこで、それを飲み込み「変なやつやな」と代わりに言う。
    「先輩に言われたないわ」
     あれから、もう何度もキスをして、それ以上のことだってしているというのに、触れ合うだけのキスにドキドキするだなんて、俺も財前も、ちょっとおかしい。ちょっとおかしくて、だから目を合わせ笑ってしまった。
    「わかった、ハグでもしたらドキドキするかも」
     照れ臭くなってきて、それを茶化して誤魔化して、手を広げておちゃらける。傘から飛び出した右手、薬指にある銀色が街灯の光を帯び、雨に混じって光を散らした。
    「そんなに言うなら、帰ったらハグしてやってもええですわ」
     笑顔のままそう言って歩き出す財前に、「あはは、やっぱいらんわ」といつもの調子で返し、その隣を歩き出す。二人で歩く時の、いつもの歩調で、ペースで、水溜りを避けながら築二十年の我が家をのんびりと目指す。雨の夜も、悪いもんじゃない。
     ハネザワさんは、もう家に着いただろうか。好きな人のことを考えながら、電車の窓を流れる景色を見ているのだろうか。可愛らしい恋ごころを思い出し、あんな子に想われる男は幸せだろうなと思う。
     それで、俺だって、財前に、こういう風に好きになってもらえたことは、(本人には言わないけど)やっぱり幸せなんだと思った。

     俺は、かわいい女の子じゃなくて、いつかそういう日が来た時には必ず負けてしまう存在だけど。
     でも。
     今、今日、この瞬間は——。

     財前くんは、優しくて(時々たまにほんの少しだけ)かっこいい、俺の恋人です。
    tamapow Link Message Mute
    2019/04/10 23:42:01

    財ユウ+女子 「財前くんは 2」

    #財ユウ
    財前くんは の続き。
    財前に恋する女子と、財前と付き合っているユウジ。大学生設定。

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