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    【静怜】半歩先で待っていて 持てる力はすべて出した。
     後悔しかけた気持ちも静馬の平手と言葉で消え去った。
     けれど感情と理性は別物で、意識の奥の奥へ刻み込まれた記憶はときどき大きな牙を怜治に向ける。
     暗闇の中、ふと気がつけばそれが見える。
     半歩先を走る背中が見えるのだ。
     それは方南のジャージでもあり、あるいは椿町のジャージでもあり、それが夢の中で怜治の半歩先を走っている。
     髪の色も足元も見えない。ただジャージの背中だけが見える。どれだけ怜治が走っても距離は縮まらない。誰かの背中は怜治を嘲笑うかのように揺れるだけ。
     三年間、ずっと追いつけないでいる。
     ストライドをしているときは喜びという光に包まれているのに、夢では暗闇の中、怜治ひとりがもがきながら走っている。走っているつもりだけれど、走れていないかもしれない。脚はいつも途中でもつれてしまうのだ。
     そうして気づけば現実で叫び声をあげている。背中はベッドから離れ、両手は毛布をちぎれるほどに掴んでいる。荒い呼吸が暗い室内に満ちて、こめかみを流れ落ちる汗はひくことがない。
     己の叫び声で目覚めてからは、窓の外が明るくなるまでベッドに横たわって過ごすしかない。まぶたを落とせば同じ夢がやってくることは経験上わかっているからなおさら眠れない。
     夏が終わり、秋が近づいてきても怜治の夢からそれは離れなかった。



     諏訪邸前の定められた場所で車を停め、運転席から降りた静馬が後部座席のドアを開ける。いつものように礼を言いながら怜治は両足を地面へ下ろした。
    「怜治」
     呼びかける静馬に怜治は顔だけ向ける。
    「なに、静馬くん?」
     モードの切り替わった静馬はいつもより難しそうな顔をしていた。
    「今日、泊まりに来ないか?」
     控えめなようでいて、有無を言わせないお伺いに怜治は苦笑する。
    「珍しいね、静馬くんからのお誘いなんて」
    「まぁな」
    「しばらくご無沙汰だったから、俺が恋しくなっちゃった?」
     からかう怜治に静馬が近づく。顔を上げた先で静馬と視線が合った。まっすぐに怜治を見つめる静馬の目つきを見て、ああ、まずいなあと怜治は思う。
    「このところ、ちゃんと寝ていないだろう、お前」
     案の定、怜治が恐れていた言葉を静馬は口にした。こうなればごまかすことはできない。ごまかそうとしても、白状する時間が早いか遅いかだけの違いでしかなく、怜治にとっても静馬にとっても意味をなさない。
     それでも怜治が素直にうなずけないのは、矜持なのか、意地なのか。
    「季節の変わり目だし、仕方ないんじゃないかなぁ」
    「怜治」
     呼びかける静馬の声は低く厳しく、怜治の背筋を伸ばさせる。この場で今すぐ問いただしてもいいのだと静馬の瞳は危険な光を宿していた。
    「……それなら、静馬くんが来てよ」
     ため息とともに怜治は視線を落とす。静馬と視線を合わせられないわけではないけれど、こうでもしないと収まらないことを怜治は経験で知っている。
    「遊馬には聞かれたくないんだ」
     真夜中に上げる悲鳴も、飛び起きたときの乱れた呼吸も、心配をかけたくないから聞かせたくない。ほんとうは静馬にだって聞かせたくはないのだけれど、運命共同体みたいな男だからどうにか許せる。
    「わかった」
     うつむいた怜治を気遣ったのか、さっきの引きずり倒してでも連れていくと言わんばかりの口調は消えた。あえてうつむいた怜治の演技にもしかしたら気づいていたのかもしれないが、お互いに何も言わない。今の静馬にとって必要なのは怜治の睡眠をサポートすることであって、その目的が果たせれば細かい部分は流せるのだ。怜治にとっても静馬の怒りを鎮められればよかった。
    「二十三時頃に行く」
     いつもと同じ静馬の声が顔を上げない怜治の髪を撫でていく。
    「うん」
     それまでに食事と入浴と学校から出された課題をこなしておけばいいのだろう。頭の中で時間配分を組み立てながら怜治は短くうなずいた。



     二十三時になった瞬間、玄関のドアを怜治は開ける。予想していたのだろう、ドアから少し離れたところに静馬が立っていた。
    「夜分遅くに申し訳ありません、怜治様」
     夜遅いせいか、静馬の声はいつも以上に控えめだ。
    「いらっしゃい。俺が呼んだんだから、構わないよ」
     静馬は大きめのトートバッグを提げていた。膨らんだ中身が気になり、チラリと視線を投げる怜治に静馬は微笑むだけで答えない。
     部屋に入り、ふたりきりになった途端に静馬のモードが切り替わる。
    「怜治、髪がまだ濡れてる」
     静馬の美しい指先が怜治の毛先を軽くつまんだ。
    「大丈夫だよ、もうだいたい乾いてるし」
    「風邪をひいたらどうするんだ。座れ」
     有無を言わせぬ語調に怜治はおとなしく従う。提げていたトートバッグから静馬はドライヤーを取り出した。
    「さすがすぎるよ、静馬くんは」
     ドライヤーを取ってこいと言えばいいのに、と苦笑する怜治に静馬は真顔で答える。
    「俺が持ってきた方が早いだろう?」
     静馬は正しい。表向きは静馬がいるのに怜治にドライヤーを取りに行かせるわけにはいかないだとか、平気と言い張る怜治を説得する時間がもったいないだとか、そんなことを考えての持参なのだろう。
    「他に何が入ってるの?」
    「秘密だ」
    「なにそれ。……あ、静馬くんの着替えか。まさか枕までは入ってないよね?」
    「いいから、頭を出せ」
     電源コードをコンセントに繋ぎ、静馬は怜治の前に立つ。おとなしく頭を差し出せば、ゆるやかな温風とともに静馬の指が怜治の髪をかきあげるように撫でていく。
     ドライヤーの音でかききえてしまうから会話はなかった。けれど怜治の髪を大切に扱う静馬の指はとても気持ちがよかったし、温かな風がそれに上乗せされる。自分で髪を乾かすのとは気持ちよさがまるで違う。静馬にしてもらうことはなんだって気持ちがいい。
     毛先まできちんと乾いたことを確認し、ようやく静馬がドライヤーのスイッチを切った。手櫛で髪を整えられ、頬を撫でるようにたたかれる。
    「怜治様、終わりましたよ」
    「ん……」
     うつらうつらしていた怜治から一度離れて静馬はドライヤーを片づける。すぐに戻ってくると、今度はひざまずき、怜治の右手を取った。
     なにをするんだろうとぼんやりしながら静馬を見る怜治に静馬は小さく微笑んだ。そのまま、と制する視線を向け、静馬がゆっくりと怜治の手を揉んでいく。爪の先、指の腹、つけ根、手のひらと時間をかけて丁寧に丁寧に揉まれる。右手が終わると次は左手を。
     手のマッサージだけなのにひどく気持ちが良かった。
    「気持ち良いな……」
     身体から余分な力が抜けていく感じがして、それは静馬にも知られているはずだ。それでも静馬に心地の良さを怜治は伝えたい。嬉しいこと、良いなと感じることは相手に言いたいのだ。
    「はい」
     ふわりと静馬が微笑む。静馬モードになっているのも気にならないくらいに気持ちが良い。ゆるんだ身体は座っているのが難しくなり、怜治の上半身は前へ傾いていく。
    「怜治様」
     静馬が優しく肩を押して怜治をベッドへと沈める。タオルケットをかけ、怜治の頬を数回撫でると静馬が立ち上がった。
    「しずまくん……?」
     眠気でちゃんと静馬の名前を呼べていたのか怜治にはわからない。それでも静馬はちゃんと応える。
    「おやすみなさい、怜治様」
     穏やかな海のような瞳が怜治を見つめている。重たくなったまぶたが下りていく中、静馬が照明のリモコンを手にしたのが見えた。
     その瞬間、怜治は跳ね起きる。
    「待って静馬、それはだめ」
    「……怜治?」
     全身を包んでいた温かくてやわらかい空気はあっという間に消え失せる。怜治の背中を冷たいなにかが駆け抜けていく。
     身体をこわばらせる怜治を見つめながら、静馬はリモコンのボタンを一度だけ押した。小さな電子音が鳴り、部屋が薄暗くなる。けれど静馬の顔が見えるていどの明るさは維持されている。
     それだけで怜治は己の失態を悟った。
     静馬はとっくに気づいていたのだ。
    「どうして、って顔をしてるな」
     静馬くんモードに再び戻った静馬が冷静な声で指摘する。思わずうなずくと、苦笑まじりに静馬は教えてくれた。
    「去年も一昨年も似たような状態だったからな」
     静馬が言う。
    「え?」
    「毎年、EOSが終わるとお前は眠れなくなるんだ」
     静馬の言葉に怜治は目を大きく開く。
     そうか、そうだったのか。
     去年も、一昨年も、西星は優勝できなかった。怜治が西星でストライドをした三年間、ずっと勝てなかった。夢に出てくるあの背中は、毎年見ていたものだったと思い出す。ジャージが変わっただけで、悔しさを噛みしめるのはいつも同じだった。
    「それと、部屋がずっと明るかったからな。眠れないんだろうと思っていた」
     今年は特にひどいと静馬はつけたす。
     一年生、二年生のときは、来年こそはと思える余裕がまだあったからだろう。三年生である今はもう何もない。今年こそはと誓い、今年のメンバーならばと誇りと自信を抱いていたからこそ、三年目に見る夢が一番堪えるのかもしれない。
    「……そっか……そうだよね……」
     毎朝怜治を起こしに来る静馬が明かりを点ける。それがわかっているから怜治は早朝に消していたのだけれど、もしかしたら外から、たとえば静馬の部屋からは見えたのかもしれない。
     静馬を魔法使いとは怜治は思っていない。冷静に、慎重に、繊細に怜治を見てくれている静馬の努力を怜治は知っている。
     知られたくないと怜治が思っていても、静馬はその努力で的確に見抜くのだ。
    「静馬くん」
     ベッドを叩くと、静馬がゆっくりと怜治の隣へ腰を下ろした。怜治が望んだ通りに隙間なく。
     触れる肩から流れてくる静馬の体温が心地良い。
    「怒ってる?」
     静馬が怒っていないことは怜治もわかっていた。それでも聞いてしまうのは、静馬に隠していた後ろめたさかもしれない。
     静馬の腕が伸び、怜治を優しく抱き寄せる。軽くもたれかかる怜治の頭上で静馬は否定した。
    「心配なだけだ」
    「ごめん」
    「なぜ謝る?」
    「静馬くんに心配かけたから」
    「それはいつものことだろう」
    「ええ、ひどいな」
     苦笑いするしかない怜治の頭頂部へ静馬がキスを落とす。
    「心配はする。でもお前ならちゃんと俺が必要なときを見極めるから安心もしてる」
     フォローするようでいて、その実、だからちゃんと助けを求めろと釘をさされている。静馬くんのそういうところが大好きだけど嫌いだなと怜治がぼやく。
    「俺はどんな怜治だって好きだぞ」
    「……だからそういうとこだって……」
     至近距離で突然告白してくるのはドキドキしすぎて心臓に悪いからやめてほしいとため息をつく。
    「でも、知ってるよ。ありがとう」
     半歩後ろに静馬がいてくれるから怜治は迷わず走っていられる。
     ごめんなさいはもう言わない。怜治と一緒に走ってくれた仲間に失礼だとわかっている。許しを請う言葉を飲み込んだ怜治に静馬が呼びかける。
    「怜治」
     穏やかな視線が怜治に向けられている。怜治の好きな目だ。わずかに顔を持ち上げまぶたを閉じる。唇にやわらかなものが触れる。静馬の首筋に両腕を回して唇をゆるませる。舌を入れてくるだろうという怜治の予想に反して、静馬はただ下唇を甘く食んでくるだけだった。気持ちはいいが、もどかしくもある。
    「静馬くん」
     キスの合間に呼びかけ、まぶたを持ち上げると静馬の甘さを含んだ視線が目に入る。
    「どうした?」
    「しないの?」
    「しないよ」
     否定の声はひどく優しい。怜治の問いを静馬は正しく理解していた。このところお互いに忙しい日々が続いていたので肌を合わせる機会はほとんどなかった。寝不足なのはバレているにしても、怜治がねだれば静馬だって応じるだろうと思っていたのに意外だった。
     親指で怜治の唇を撫でながらゆるやかに静馬が微笑む。
    「怜治が弱っているときに手を出すほど飢えてないからな」
    「出してくれていいのに」
     静馬に身を委ねれば満足感と充足感で眠れるかもしれないという怜治の淡い望みを静馬は冷徹に突き放す。
    「それはお前の問題だろ」
     静馬とのセックスを現実逃避の道具にするなと言外で叱られた。
     たとえ運命共同体であっても、怜治のために動いてくれる存在であっても、静馬は譲らないところは譲らない。怜治自身で乗り越えるべき問題には手を出さない。
    「静馬くんは厳しいなぁ」
     ため息をつきつつも怜治は静馬に顔をこすりつける。怜治の頭を静馬はなだめるように撫でていく。厳しいけれど、撫でる手はとても優しい。
     信頼されているのだ。
     怜治が乗り越えられることを。
     怜治のためになると静馬はわかっているから突き放す。半歩先で、怜治が走ってくるのを待ってくれている。
    「ときどきお前は忘れるみたいだけどな」
     ぽつりとつぶやきながら静馬が怜治の顔を両手で持ち上げる。至近距離で覗き込まれ、怜治はなんだろうとまばたきした。
    「俺は嫉妬深いんだ。だから俺だけを愛してくれなきゃ困る」
     夢のことも、敗北への悔しさも、なにもかも手放して、心も身体も静馬だけに抱かれて欲しいとねだられている。
    「するときは、俺だけを愛してくれ」
     言葉とともにキスが降ってくる。
     触れるだけなのに、熱を移すかのようなキスは怜治を芯から薄紅色に染めていく。
     飢えていないだなんて静馬は嘘つきだ。
     すぐに怜治は悟る。こんなに情熱的なくちづけをする男が怜治を欲していないわけがない。なにもかも怜治のために我慢してくれているのだ。
     愛してほしいと怜治が望めば静馬は愛してくれるけれど、静馬だって怜治に愛されたいと思うのは当然だ。
     上唇に軽く噛みつくと静馬が顔を離す。
    「やっぱりしたいなぁ」
     怜治を愛してくれている静馬を愛したい。ふたりで愛をわかちあいたい。上目遣いで訴えると、ぐ、と静馬が身体を固くした。欲求と理性が静馬の中でせめぎあっているのが見える。そのまま流されろ、と怜治は願ったけれどだめだった。小さく息を吐き出しながら静馬は頭を左右に振った。
    「しない」
    「静馬くんは頑固だなぁ」
     静馬とのキスで身体は火照る。見るかもしれない夢への恐怖ではなくて、静馬のキスで眠気が吹き飛んでしまった。どうしてくれると苦笑しつつ、今夜の静馬はどうしたって手を出さないだろうからと怜治はねだった。
    「それじゃ、一緒に寝てよ」
     抱きしめてくれるなら幸せな気持ちで眠りを迎えられるだろう。落ち着くまではほんの少し熱を持て余してしまいそうだけれど。
     それならばと静馬がようやく頷いた。
     照明はどうするかと問われ、怜治は首を左右に振った。
    「静馬くんがいるなら大丈夫。でも明るい方が静馬くんの顔を見られるからいいか」
    「俺の顔なんか見ててもしょうがないだろう」
    「ええ、静馬くんの寝顔は貴重だよ?」
     背中に体重をかけて静馬ごとベッドへ倒れ込む。ふたり分の重みでスプリングが軋んだ。
    「それにさ」
     額をくっつけながら怜治は笑う。
    「好きな人の顔を見られるって、俺はとっても幸せだけどな」
    「……それは俺も同じだよ、怜治」
     苦笑まじりなのはどうしてかなと笑いながら怜治は静馬を抱きしめた。

     今夜もまたあの夢を見るかもしれない。
     いやだなあと怜治は思う。走っても走っても足元が崩れていく感覚に悲鳴をあげてしまうかもしれない。
     それでも目を開けた先に静馬がいてくれるなら安心できる。
     待っていてくれる人がいるとわかっていれば怜治は強い。自分のためにも、静馬のためにも乗り越える。
     一歩を踏み出す勇気はいつだって静馬がくれる。だから静馬にまた背中を押してもらうために怜治は深く息を吐き出しながら目を閉じた。
    藤村遼 Link Message Mute
    2018/08/05 9:08:46

    【静怜】半歩先で待っていて

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    #静怜
    #腐向け
    #2次創作

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