Log21-1【きっと君は、まさしく/セスタとウェズ】
「もしも世界が滅亡の危機に瀕したら、ウェズはどうする?」
「は?」
「いいからいいから」
「まあ……そうなったら自分にできることをやるだけだな」
「アナタにしか救えない、って言われても?」
「そう言われたらむしろちゃんとやるだろ」
「なんだかんだ使命感に燃えちゃうかぁ」
「いや出来るならやりたくねえ。ただ放っておけないだけで。ってかこの質問なんなんだよ」
「食堂で先輩たちが話してたんだよね。で、ウェズならどうするのかなーって」
「どうしたらメシの時にそんな話題になるんだか」
「案外もりあがってたよ。荷が重いから無理っていうひともいれば、英雄として名を残してみたいっていうひともいた」
「……英雄」
「うん?」
「あー、さっきの答えはちょっと訂正する。やるにしても裏方でひっそりだ。おれが関わってることは世間に対して隠し通す。絶対に」
「急にどうしたの」
「おれの名前がそれなんだよ」
「『それ』?」
「察しろ。でも口には出すなよ」
「……ああ! アルバローサの始祖にして災禍期に民を守り復興に貢献した英雄、ヴァレスさま。彼女にちなんだ素晴らしい名前だよねーウェールズファルツ」
「いちいち言わなくていい」
「なまえの意味は“永久の安寧を築きし者ヴァレス”だっけ?」
「言うなっつってんだろうが!」
「うける。でもさ、だったらむしろ表立って世界を救うべきじゃない?」
「恥をさらせって?」
「違うちがう。世界を救って、立派な名前に恥じない活躍をすれば、さすがに名前負けしてるなんて言えないでしょ」
「それは」
「ね?」
「……駄目だ」
「なんで」
「その発想を認めると、遠回しに世界の危機を望んでることになっちまう」
「本気で言ってんの?」
「だってそうだろ」
「あはは、飛躍しすぎ。ウェズって偶にものすごくばかになるよね」
「喧嘩売ってんのか?」
「現状すでに名前負けしてないと思うんだけどなあ」
「ん? いま小声でなんて言った?」
「ウェールズファルツ愉快だなーって」
「おい」
【にぎった手/khED後ユクリエ】
「わたしがおとなになったら結婚してほしいの!」
ちょうどユクシルが自宅の裏で園芸道具の片付けを終えたときだった。
顔なじみの少女がわざわざ自宅までやってきて、どうしたのかと思えば、彼女は駆け寄るや否や、鉢を置いたばかりの手をぎゅっと握った。
意図の読めない突然の行動だったが、ユクシルはそれを振り払わず穏やかに「どうした」とわけを尋ねた。少女は勢いよく顔をあげ、まなこをきらきらと輝かせながら、そうして言ったのである。
ユクシルは左目をゆっくり瞬かせた。
「俺と」
「そう!」
少女は弾けるような笑顔で応える。普段どおりのはつらつとした調子であった。まるい頬がうっすら染まっているなんてこともない。
しかし十二、三歳のこどもとはいえ、自身の発言が意味するところは理解しているだろう。ユクシルに将来を誓ったひとがいることも知っているはずだ。
結婚を申し込むに至ったいきさつなど、詳しい話を聞いてみたい――が、なにはともあれ、まずは返事をするのが先だ。
ユクシルはしゃがみ、少女になるべく目線を合わせてから口をひらいた。
家の居間で、先ほど庭先で起きた事の顛末を説明すると、隣に座るリエラは眉尻を下げて笑った。
「二人目でかまわないから迎えてくれ、とは」
「フロレイさんのお父さまができてるから大丈夫って言われると、困っちゃうわね」
「他に適任がいるだろうに。ともあれ、場の流れにまかせた発言だったようでよかったが」
「かっこよくて優しくて、そのうえ誘拐されたところを助けてもらってるんだもの。友だちと将来の話になってそれを思い浮かべたら、まっさきに候補にあがるわ。……いつかそのうち、本気になってもおかしくないのかしら」
言葉の終わりはひとりごとめいた声量だった。
リエラは膝をそろえてソファの背もたれに身を預けていたが、ふいに体を起こした。なんとなしにその様子を見ていると、彼女の両の手はこちらの腿のうえへ伸びて、左手から黒い手袋を抜き取る。
好きなようにさせる気しかないので、そのまま眺める。リエラは関節のやや太いユクシルの手を持ちあげると、一瞬ためらいをはさんでから、てのひらを合わせるように指を絡ませてぎゅっとにぎった。
「わたし、自分で思ってたよりずっと大人げないみたい」
にぎにぎ、と表現するのが正しいだろうか。感触を確かめるような、あるいは確かめさせるように、リエラは自分の手をもむ。
「妬いちゃったわ」
リエラはうつむき、はしばみ色の髪が流れて顔を隠す。しかし手をにぎにぎするのはやめないらしい。そのようすに胸の奥からじわりと広がる熱を覚えるが、すこし不思議な行為の意味するところはわからない――いや。
自身は嫉妬といった感情に縁のないユクシルであるが、なんとなく、なんとなくわかったような気がした。
「リエラ」
「……なあに?」
「この手は」
彼女から直に答えがほしくて問いかける。ひかえめな声で、上書きしてるの、と返事がかえってきた。
語尾には甘やかな恥じらいがにじんでいる。
すっかり空いていたもう一方の手を、彼女の頬のあたりに添えた。顔をあげるよう、やさしく促す。
「不安にさせるのは本意ではないが」
さっきぶりに交わった青にうかぶ表情を確認すれば、いよいよたまらなくなる。ユクシルは握り返した左手を自分のほうへ寄せて、その指先にかるく口づけた。
「可愛い」
【カノンのゆううつ/どこかの時空の飲み屋】
「すみません、〈静寂〉元素の応用で触手プレイは可能でしょうかー」
なにを言ってるんだおまえは。思わず、口に入れたばかりのナッツを噛み砕いて、ヴァルをにらんだ。
「そもそも、触手プレイとは」
ユクシルはベーコン巻きアスパラガスを食おうとした手をいったん止めて、ぱちり、と目を瞬かせた。
いや、僕だってちゃんと知らない。知らないが、単語からしてろくでもないことだけはわかる。
「ご存知ないんです? では説明しますね。どうぞ食べながら聞いてください」
説明しなくていいんだが。記憶の本に「触手プレイの詳細を知った日」のページなんて要らない。本当に。こちらとら一度書いたら二度と消せないんだぞ。
耳を塞いでもそれこそ嬉々としてあとから聞かせてきそうだ。ああ、認めるのはなんとなく癪だが、席を設けてほしいという、こいつの頼みをしぶしぶ聞いてやった僕が浅はかだったのだ。
【まれにある、なんてことないやりとり/774ヴァルとカルミエ】
「ちょっと……やめてったら!」
「お嬢さん?」
「どこ噛んでるのよ」
「どこって、お嬢さんの太ももです」
「そうじゃなくて」
「開発がうまくいったやわらかい内ももです」
「そういう意味じゃなくて!」
「なにをそんなに嫌がるんですー?」
「万が一だけど、癖になったらどうしてくれるの」
「僕がずっと一緒にいるんですから問題ないです」
「あんたが今そのつもりでも、どうしようもないことだってあるじゃない」
「ああ、急に不安になってしまったんです?」
「別にそういうわけじゃ」
「お嬢さんを置いていったりはしませんよ。絶対に」
「ヴァル」
「僕のしぶとさはいやというほど知ってるでしょうから、そうですねー、僕がお嬢さんを愛しているからこそ気が変わるかもしれない、といったところでしょうか」
「……面倒くさくて悪かったわね」
「いいえまったく。ただそれでしたら、途中までやってみましょうかー。僕は極力やりたくないですが、それでお嬢さんが安心できるなら」
「それは……やらなくていいわ」
「いいんです?」
「また変な癖つけられたらたまらないし」
「変だなんてとんでもない、首締めはわりと初歩的ですよー」
「あんたの常識は世の非常識なのよ」
「ねえ、念のため言っておくけど、仮に手こずっても世界ごと終わらせるのは無しよ」
「駄目なんです?」
「当たりまえじゃない」
「お嬢さんって真面目ですよね。そんなところもかわいいですー」
「か、かわいいって言えば誤魔化せると思ったら間違いなん、っあ、ちょっと」
「まあ僕としても、その他大勢との心中なんてお断りですけどねー。……さ、カルミエお嬢さん。口をあけて」