ふたつの果実「やっぱり好きだ!!」
東海林の口から、硬いレモンをきつく絞り出すように出た言葉。
果汁が頬に当たり、背を向けていた体を180度回転させた春子。
閉店した店内に沈黙が流れる。
東海林はただ俯いてこちらを見ない。
「…私は嫌いです」
静寂の中、心臓が逸る音を聞かれたくないと
春子は腹から声を出して東海林に伝えた。
「そっか…そうだよな。悪かった、いきなり告白なんかして…」
東海林が諦めたような表情で呟く。
同時に、春子の中にあった熟れすぎた果実が
弾けてしまい地面に叩きつけられた。
春子は東海林を抱きしめた。
「私は…正直になれない私が、嫌いです」
スーツの後ろをぎゅっと握りしめて
東海林の胸に顔を埋めた。
思っても見なかった行動に、東海林は動揺して
「え…?どういうことだよ」
両手を震わせて上下に振っている。
春子はここまで言ってもわからないのかー。
そう思い、つま先を立てて唇を触れ合わせた。
昔、バス停でキスされた時に、突然何をするのかと動揺したが、人って理性が壊れると口より体が先に動くものなのかとその時春子は感じた。
5秒たって、東海林もやっと理解したのか
春子の腰に手を当てて、舌を入れてきた。
首を傾け、深い、深いキスをどのくらい続けたろうか。
気がつけば東海林の手が春子の水色のシャツの中に入り込み、素肌を撫で回していた。
春子は一度唇を離し、濡れた口まわりを手で拭った。
「私の部屋に…来てください」
東海林は黙って頷き、春子は東海林のスーツの袖を掴み二階へと上がっていった。
そして、暗い部屋の中でとろけるような甘い時間を2人で共有した。
翌日、会社では東海林が前日と同じ服装だったことに誰も触れずにいた。
もしかしたら気付いていたのかもしれないが敢えて何も言わなかったのかもしれない。
ただ、東海林と春子の間に何かあったことはフロアにいた全員がわかっていた。
「おい…とっくり。この書類まとめてくれないか?」
東海林が横を向きながら、片手で書類を差し出している。
「東海林しました、承知課長」
春子も目を合わさず手を伸ばして乱暴に受け取る。
「お、おいおい…逆になってるぞ、おおおまえ、はるこさんよ」
「大前春子ですよ?」
明らかにいつもとテンポが違う。
しかもいつもあんなに顔を近づけているのに、お互い目をそらしている。
それはまるで、両思いになったけど恥ずかしくて不自然な中学生カップルのようだった。
(かわいいな…あの2人)
(明らかに不自然でしょ?)
(やっぱり昨日の夜何かあったんだ!あとでこっそり聞いてみよう)
(東海林課長の頭、今日はやけにきれいにセットしてるなぁ)
(中学生かよ!!)
(いい歳してあんなに照れちゃって…意外とウブなんですね)
(お昼ご飯、何食べようかな?)
様々な思いが交錯していたオフィスだったが
東海林と春子は、自分のことでいっぱいいっぱいでそれに気がつくことはなかった。