7月の雨7月になったというのにまだ梅雨明けしない。
今日も朝から雨が降り続いて蒸し暑い。
東海林は区役所のロビーで傘を閉じ、ビニール袋に押し込んだ。
戸籍住民課へ向かい、受付を済ますと鞄から一枚の紙を取り出した。
―離婚届と緑色に書かれた紙を。
今日は休みを取ってあるので、ゆっくり休もうと区役所内の喫茶店に入る。
蒸し暑いのでアイスコーヒーにしようと思ったが、エアコンが効いていて
一気に寒くなったのでホットコーヒーを注文した。
椅子にもたれて窓の向こうの景色をぼーっと眺める。
数年前まで、漠然といつか結婚して子供を作って家を買って幸せな家庭を
築くだろうと考えていた。
それなのに、こんなあっけなく終わってしまうなんて。
(まぁ…俺が全部悪いんだけどな)
今でも目を閉じて考えるのは、元奥さんの事ではない。
「あいつ…今どうしてんだろうな」
ポツリと独り言がこぼれると、ウェイトレスがコーヒーを運んできた。
カップの中に真上のライトが反射して映り込む。
まるで満月のように見えて、二人で過ごした日々を思い出す。
満月の夜に、手を繋いで自分の部屋へ向かったこと。
新潟までの出張で、一緒にトラックに乗りSAで朝まで寝た事。
バレンタインにチロルチョコを貰って浮かれていたら
家の冷蔵庫にチョコケーキが入っていて、その日に全部食べて
体調を崩してしまったり。
誕生日プレゼントであげたエプロンで、裸エプロンをして欲しいと冗談で言ったら
本気でやろうとして引き止めたり。
なんてくだらない毎日何だろう、と思いながらも
それは全部忘れたくない幸せな日々だった。
コーヒーを口に運ぶと、有線から聴いたことのある曲が流れてきた。
キレのある女性の声、誰だっだっけ…そうだ、シンディローパーだと東海林は思い出す。
確か学生時代、友人の車でよくかかっていた。
シンセサイザーの音が少し古く感じたが、サビの訴えかけるような
歌声がなぜか心に染み込んできた。
英語は得意じゃないが、何となく歌詞の意味はわかる。
”あなたを失っても あなたをまた見つける
何度でも 何度でも
あなたの悲しみを 私は受け入れる
何度でも 何度でも”
家に帰り、パソコンで和訳を調べてみたら
今の自分の状況に似すぎていて、思わず声を上げた。
「なんだこれ…俺の事を見て詞を書いたのか?」
そんな訳はない、1983年に発売された曲だ。
「それとも、シンディローパーも俺みたいに好きなのに別れて
忘れられない相手がいたのかもな…」
東海林はパソコンの電源を切り、CDプレーヤーのリモコンを手にする。
帰る途中にレンタルしてきたCDをかけてベッドに倒れこんだ。
「Lying my bed i hear …」
一緒に口ずさみながら、哀調を帯びた音楽に浸った。
窓の外の雨はまだやみそうにない。