1500キロ名古屋の営業所へ来るのはもう6年ぶりだろうか。
出張で尾張の取引先へ来た東海林はかつて左遷された先の名古屋の配送センターへと向かった。
事務所へ入ると、綺麗に整頓された棚とデスクに床もピカピカに磨かれていた。東海林が初めて来た頃とは雲泥の差だ。あの時はタバコ臭く埃が舞って物が散乱していた。
それがこんな風に変わったのも、きっと春子のおかげだと思った。
「東海林さん、お待ちしてました!」
事務所の社員やパートたちが東海林のいる入口に掛けてくる。
「東海林さんが来るって聞いて、かえる饅頭買って待ってたんですよ」
「本当に!?嬉しいなぁ。みんなも元気そうで安心したよ。これ、東京土産のねんりん屋のバウムクーヘン」
「やった!さすが東海林さんわかってる!!」
思い出の場所へ戻ってくると、なぜかタイムスリップしたような気分になる。あの頃の自分はまだ未熟で最初はプライドが邪魔して打ち解けることができなかった。でも、それを変えたのも春子だった。
春子が名古屋に来てから、配送センターを改革するために3ヶ月必死で翻弄した。あの3ヶ月があったからこそ春子のことをずっと思い続けられたのだろう。
まずは汚れた営業所を徹底的に綺麗にして、掃除当番を決めて、毎日花を飾っていた。疎ましく思っていた従業員たちもいつしか積極的に動くようになり、事務所だけでなく倉庫や作業所も綺麗に整頓されて、結果的に効率があがった。
そんな配送センターは今もそれを維持している。それはきっと従業員たちの努力だろう。
「なんか…ここにいると色々思い出して泣きそうだな」
東海林は目を赤くして鼻をすすると、今は所長を務めている以前係長として勤めていた東海林よりも年上の男性が
「私も感動してますよ、東海林さんが今は本社で課長をつとめてるなんて…旭川へ行くと聞かされた時は…本当に悔しかったです」
やるせない顔をする所長の姿を見て、今度は辛いことを思い出してしまった。あの時、大事な仲間を失ったことをー。
「おっ、東海林!やっときたのか?あとで酒でも飲もうや」
事務所を出て、仕分け場に向かうと土屋がいた。
以前より痩せて髭も濃くなっていて色黒なのは相変わらずだった。けれど髪の毛の半分が白くなっていて、それが時の流れを感じさせた。
「よっ、ツッチー久しぶり!元気してたか?」
「元気に決まってんだろ!でなきゃ運ちゃんなんか勤まらねぇよ」
背中を強く叩きながら東海林に寄り添う土屋は嬉しそうな表情を浮かべている。
「東海林さ、せっかくだし1泊していけよ」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、明日プレゼンがあるから最終で帰るよ」
「じゃあ帰るまでみんなで飲み会でもしようや!」
「ああ、あとその前に…寄りたいところがあるんだけど連れて行ってくれるか?」
東海林はお土産と一緒に抱えていた紙袋を土屋に見せた。
「ああ……あいつに会いに行くのか」
配送センターから車で20分走った所にある霊園へ2人はやってきた。
さっきまで続いていた会話も、故人を弔う場所では無言になる。
「…山下くん、もう6年も経つのか」
墓石の前で東海林は呟くと、土屋もいつもより張りのない声で
「この間まで一緒に働いていたと思ってたのにな…年を食うとあっという間だぜ」
「山下くんの親族は元気なのか?」
「ああ、1番上の子供ももう高校生だ」
山下という人物は、東海林がいた頃に土屋と同じトラック運転手をしていた男だ、若くして結婚して3人の子供がいた。
けれど、6年前に山口県の高速で玉突き事故に巻き込まれ、他の車の中に閉じ込められた人を助けていたら他の車にはねられて亡くなってしまった。
しかも山下はその日山口に行く予定はなかったのだ。風邪をひいた後輩の仕事を肩代わりしていたのだがそれを東海林に報告せずに運転をしていたため、過重労働ではないかと親族に訴えられた。
「あん時さ、俺たちを庇ってお前が責任を取るって言い出した時は殴ってやろうかと思ったよ」
土屋は墓石に水をかけながら空を見上げる。
広がる雲の隙間から青空が見え隠れしていた。
「ツッチー俺のこと殴ってたぞ、覚えてないのか?1人だけカッコつけるなって言いながら…」
線香に火をつけ、灰色の煙が立つと手で仰ぎそれを土屋に一本渡して香炉に立てた。
「旭川はどうだった?辛くなかったか?」
「ぜんぜん、北海道の人は穏やかな人が多かったからな。それに取引先の人もいい人ばかりでさ」
「悪かったな、名古屋はガラが悪くて」
「確かに最初の1年はマジ辛かったわー」
名古屋でも、いつか本社に戻るために必死で頑張ってきた。そろそろ本社に…という話も名古屋支社の社長から打診があった矢先に部下の死が襲ってきた。
その責任は全て自分にあると報告すると、旭川へ移動するよう告げられた。あの時の自分は仲間の死から逃げたくて、それをあっさり受け入れたのかもしれない。
線香の煙は空へ向かい真っすぐ伸びていく。
しばらく2人は手を合わせてその場に佇んでいた。
帰りの車で土屋はタバコを吸いながらずっと聞きたいことを尋ねた。
「それで、春ちゃんとはどうなったんだ」
ラジオからは名古屋のAMラジオが流れていた、少し電波が悪いのかノイズ混じりでDJの語りが流れていた。
「来月入籍するんだ、あいつと」
窓の向こうを見ると空港から飛びだったばかりの飛行機が見えていた。
それを見つけて、ふとここから旭川へ旅立ったことを思い出す。
(今日は振り返って思い出してばかりだな)
「結婚式するなら俺たちも呼んでくれよな、トラックで駆けつけるから」
「こんな派手なトラックで来られるのはちょっと困るなぁ」
いつしか2人の笑い声はDJの声をかき消していた。