日常スイッチ
ちゅるる、と麺が口の中に吸い込まれていく。その口の周りにはミートソースがこってりとした輝きを残していて、何とも言えぬ艶やかさを放っていた。
アルミンとアニはほぼ同時刻に仕事を終え、最寄り駅で合流したのち、二人でお気に入りのパスタ屋さんで夕飯の持ち帰りをしていた。
二人とも仕事はそれなりに忙しく、必ずどちらかが手作り……というような、丁寧な暮らしでは決してないが、それでも二人はそれで満足はしていた。
「うん、やっぱりソースがいいよね、ここは」
「そうだね。手軽に食べられるし、楽でいい」
アルミンが注文したのはボロネーゼ。アニが注文したのはミートソースパスタ。違いはよくわからないが、とりあえずメニュー表の写真が違うので、それぞれ頼みたいものを頼んだ。
フォークに麺の端を刺して、くるくると巻き上げていく。そうしてそれを大きく開けた口に運び……、すべてを確実に口に押し入れるように舌がそれを巻き取る。
アルミンは自身のパスタを平らげながら、アニのそんな動作から目が離せなくなっていた。……なんだろう、舌使いだろうか、その光景の何かが自分の琴線に触れていることだけはわかる。
仕事で結っていた髪の毛を無造作にばら撒いて、しかしソースがつかないように耳にかけて、気を使った動作で口に運ぶ。
次から次へと運ばれていく、ほどよくソースの絡んだパスタを眺めて、アルミンは自身の深めの紙皿の中を見てみた。
ボロネーゼとミートソースでは、若干だがソースの色も違う。おそらく含まれる材料も少しずつ違いがあるのだろう。
もうほとんど最後の一口になっていたそれを見て、
「ねえ、アニ、味見させてよ」
「え? もう食べ終わるよ」
「うん、ぼくももう終わる。最後の一口交換しない?」
そう言って、本当に最後の一口だけが残った紙皿を差し出す。麺とソースを絡める塩梅には多少自信があって、上手い具合にバランスのとれた量を残せたと思っているアルミンだ。
「……まあ、いいけど」
そうしてアニもその握っていた、深めの紙皿を差し出した。
アルミンはそれを受け取り、それの中へ見下ろす。やはり少し色合いも違うし、匂いも違うだろうか。こちらのソースのほうが若干甘い匂いがある気がする。
それを先ほどからしているようにフォークの先に巻きつけて、一思いに口に運ぶ。
やはりこれまでと味は少し違う。……違うような気がする。だが正直に言うと、自分はどちらでもよかったかもしれないというくらい、微妙にしか違いがわからない。
アニのほうを見やると、彼女もその最後の一口を頬張ったところで、ソースのせいでてらてらと光を集めている唇が動いていた。
単なるソースに含まれていた油分なのはわかっているが、そのてらてらとした唇自体がそもそも美味そうに見えてしまう。アルミンの中で、うず、と何かが反応を見せた。
「あんま変わんないかもね?」
「うーん、ぼくもよくわからないや」
アニが食べ終わった紙皿とプラスティックのフォークを目の前あったローテーブルの上に置いた。二人がけのソファに座っていて、アルミンは距離が近いことをいいことに、
「……もうちょっと味見させて」
アニの腰をきゅっと抱き寄せた。そうしてそのまま、てらてらと光っていた唇に食みついて、
「ちょっ……ッ!」
それを舐めとるように、少し粘ついた口づけをした。
驚きはするものの、押し返すわけでもないアニの口内に舌を入れて、そこに残っているソースの味を確かめるようにれろりと舐めとる。
「ッるみん……っ!」
やりすぎたのか、少し強めに腕を叩かれて「止めて」の合図をされた。それをされてしまっては仕方ない、二人の間の暗黙のルールを守り唇を解放してやったアルミンは、
「ええ……だって、美味しいんだもん」
不服であることを隠すことなく、アニの瞳を見つめた。
「アニはどう? 味はやっぱり違うのわかる?」
あくまで建前としての目的は見失っていないことを遠回しに告げる。アニは少し寄せられていた身体を押し返しながら、
「そりゃ、そこまで深く捻りつけられたらもうよくわからなくもなるよ」
文句を言ってソファに座り直した。それから二人して並べて置いた空の紙皿を見回して何かを探しているようだったが、アルミンはどうやらそれどころではなくなっていたらしい。
「……ねえ、」
アニの注目を煽ってから、
「パスタ食べてる口元が少しえっちだなって思っちゃったぼくは変かな?」
わざと顔を覗き込みながら尋ねた。
それに対してアニはというと、顔色一つ変えずに「そりゃ変だね」と即刻の内に切り捨ててしまい、アルミンも「うわ、即答」と苦笑した。
「当たり前だろ。こっちはパスタ食べてただけなんだから、そんなので盛られちゃ身が持たないよ」
「君のほうが体力があるから大丈夫」
「そういう問題じゃない」
抱き寄せながら口説いているつもりなのに、アニは先ほどからずっと何かを探すように目をテーブルの上で泳がせている。
我慢ならずにそんなアニの身体をグッと抱え込み、
「ねえ、麺をさ、口の中に運ぶ舌使いがなんか……こう、ぐっと来ちゃってさ、」
今度は自身だけが一方的に覗き込むのではなく、アニにもその視線を繋げさせた。甘えるようにその煌めきを溶け込ませて、
「アニ、たくさんキスしたいな」
どういう声の出し方をすれば効果的なのか、一応弁えているアルミンは、少しだけ甘えたな声でそうリクエストした。
アニははあ、と深いため息を落としてから、自身の身体を囲んでいる腕を握り返して、
「……これからはあんたの前でパスタなんか食べられないね」
本当に呆れたような声ばかりを使ってそう零した。
確かに、と自身の異常なまでの衝動を振り返ったのだろう、アルミンはアニの肩に頭を埋めて、
「わかんない。今日だけかも。そういうスイッチみたいなのが入ってるだけかも。……今日だけ、許してくれる?」
さらに甘えるように懇願してみせた。
ぎゅっと身体に回されたままの腕の力で、よほど求められていることを知らされる。
もう一度ため息を落として……いや、今度は力を抜くような呼吸を吐いて、
「……私が、」
「……ん?」
「……私が、なんの理由もなくだめって言ったこと、あるかい……?」
そんな言い方しか思いつかなかったけども、ひとまずアルミンに求められることは少しも嫌な気持ちがしないことを伝えた。
アニ自身が遠回しだったせいか、アルミンは顔を上げて瞳を見つめ合せてから、
「……今日は特に理由はない?」
遠回しに最終的な許可を強請りにきた。
あったら既に押し返したり何なりしてるだろうことは、本人もわかっているはず。――けれど、決して同意について決めつけたりせず、確認をとってくれるところはむしろ好感が持てるところだとアニは思っている。……たまに察してよと思うこともないとは言わないが。
「……ないよ」
そう許可を下してやると、
「えへへ、かわいい。大好き、アニ」
いきなりまた勢いよく唇に食らいつかれる。
ちゅ、ちゅ、と触れ合う唇同士が音を立てて、いつも以上にべったりと貼りつき合うことに気づいた。心なしか残る、ミートソースのほのかな味わい。
……そうだ、とアニは思い出す。
「あのさ、一つだけいいかい」
「うん? なあに?」
キスの合間を見計らって、アルミンの動きを止める。
そもそも先ほどから自らが探していたものを思い出して、またしてもテーブルの上に視線を置いた。
手を伸ばせば、置いていた深めの紙皿の下からウェットティッシュが出てきて、それを掴み上げた。
「その、口周りだけでも拭かせてよ。ちょっと集中できない」
どうやらアルミンはこのぎらぎらに何かを感じていたようだが、アニは反対の意味でそれが気になっていた。それを瞬時に理解したアルミンは、
「そっかあ、ごめんね。拭こう、拭こう」
と従順にそのウェットティッシュを受け取り、口周りを拭ってやった。……確かに見惚れていたてらてらとした輝きはなくなってしまったし、ウェットティッシュ特有の匂いが口についてしまったが、もうそんなこと、火がついたあとでは関係のないことだった。
アルミンは拭き終わったウェットティッシュをテーブルの上の紙皿に乗せると、気を取り直すようにまたアニと深くで口づけた。
「……んっ、は、」
「アニ……、」
口の周りを拭っても、口内はまだ互いのミートソースとボロネーゼの混ざった味がしている。それの何がそうさせているのか、アルミン本人もよくわかっていないのだが、とにかく何かにかき立てられて、
「……んっ、ちょっと、アルミンっ」
唇から離れたアルミンは、アニの首筋にその口元を埋めた。ちゅ、ちゅ、と可愛らしくキスを落としていき、
「あはっ、ちょッ、んっ、くすぐったいって、」
その笑い声を聞いたからか、アルミンまで楽しくなってしまい、わざと少しの吐息を混ぜて、くすぐるようにアニ触れた。
するりとアニの服の中に侵入してくる手指も、わざと指を立ててアニを笑わせようと触れる。
「ちょっ、んとっに、くくっ、アルミンっ!」
とんとんと何度もその背中を叩いてやめさせようとする。
「あはは、かわいいもん。アニの笑い声、好きだよ」
普段から大声を上げて笑うような質ではないことは自覚済みのアニであり、だからこうやって慣れないことをさせられると、異様に気疲れしてしまう。
なんとかアルミンを止めようと、その頭を両方の手でしっかりと掴み、自分の視線の前で固定して、
「キスをたくさんしたいんじゃなかったのかい?」
半ば睨みつけたまま咎めてやった。こんな触れ合いをされるなんて聞いてない。
けれど悪びれるなどということがあるわけもなく、
「キスたくさんしたいよ……身体中にさ、いっぱいしたい」
またちゅ、と唇に触れるだけのキスをされてしまったアニだ。咎めるような視線はくるりと交わして、今度は反対に熱烈な視線をアニに送る。
「……食べたばっかりだけど」
「じゃあ優しくするね」
「……もう、あんたは」
結局何を言っても、一度アルミンのペースになってしまったらだめなのだ。それをわかっていたアニは、もう為す術なしかと全身の行方を委ねるように、だらりと脱力してやった。
「うーん、大好き。アニ、大好きだよ」
ぎゅう、と力一杯に抱きしめられながら、ソファに倒される。そんなにしたら食べたものが出てきちゃうではないかと思っても、口にはしない。心地が良かったからだ。
「はいはい、わかったから。私もだよっん、」
頭を撫でてやろうと髪の毛に触れたところで、アニの唇はまた塞がれる。
隣にあるローテーブルの上には平らげたばかりの紙皿があって、きっと『お前たちよくやるなあ』とこちらを見ているのだろうと、アニはそんなおかしなことを思った。
おしまい
あとがき
ご読了ありがとうございます!^^
ヘタリアのときから仲良くしてくださっているイコカさんにお誕生日に何か献上させてください!と申し出ましたところ、
「飴広さんの書かれるアルアニちゃんが気になっているので、アルアニちゃんで」とおっしゃっていただきまして!!
(ヘタリアでも頑張って書かせていただきますぜと申し上げたのですが、このご回答!! なんてお優しい……!!)
(ちなみにイコカさんは私が進撃離れてた間もしっかりずっと追われてた方です)
大遅刻にもほどがあるのですが(お誕生日は四月)、こちらを献上させていただくことにいたしました!
ちなみに、
「どこまでいってほしいとかあります? キスとか」
とお伺いした際、返ってきた答えが、
「いやもう何もかもやっていただいて」
だったので、全年齢での皆様がお楽しみいただける範囲で、
何もかもやってもらいました!笑
しかも「『ご飯を食べる』というテーマが邪魔でしたら『何もかも』を優先していただいて」と付け加えられていたことをここに報告します。笑。
(でも先日キッチンラブ書いたばかりだったので、どうしようかなあとは正直悩みました♡笑)
もうイコカ先生本当に大好き。笑。
今年もお誕生日おめでとうございました!