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    流星

     僕は、懐かしさの中で目を覚ました。……夢を見ていたように思う。
     目を擦ると三日目にして慣れてきた朝日が顔中に降り注いでいた。カーテンをもっと遮光機能の高いものに変えないとなとぼんやり思いながら、僕は深呼吸をし、身体を起こして身の回りを見渡した。
     昨日起きたときと同じ――段ボールが積まれた寝室だ。
     僕は立ち上がりながら、胸に溢れていた懐かしさを探った。先ほどまで見ていた夢がそうさせたのか、この久しぶりに戻ってきた家がそうさせるのか。……どちらにせよ、夢の内容は思い出せないので少しもどかしくなった。
     この家には幼少期、祖父母と両親と暮らしていた思い出が詰まっている。隣に住んでいたいくつか歳下の男の子と仲が良かったのも覚えている。顔は霞んで思い出せないが、「アルミン!」と嬉しそうに呼んでくれるその様が心地のいい記憶として残っている。
     両親が仕事の都合で引っ越さなくてはならなくなったとき、僕はなす術なく両親と一緒にこの家を出ることになった。それからしばらくは祖父母が暮らしていたが、二人が他界するとここはあっという間に空き家となった。
     大学に長い年月をかけることが億劫だった僕は、勉強に打ち込み、いわゆる飛び級を重ねて大学を二年で修了、その後大学院へ通った。修士課程を修了した時点で僕は思うことがあり、そのまま博士課程へは進まなかった。それからは研究を生業としている両親の息子というていたらくそのもので、自分勝手に資料を集めて遊び回っているような生活をしていた。
     そこへ、知人の心理士からとある高校の駐在のカウンセラーに欠員が出るので代わりをやってくれないかと両親経由で誘いがあった。僕は代わりが見つからず困っているという言葉に背中を押され、渋々とその役柄を手に入れることになった。――僕は臨床心理士の資格を持った心理学分野の、いわばオタクなのだ。
     それが今、僕が祖父母亡きあと空き家だったこの家に単身舞い戻ってきた理由だ。
     隣に住んでいた、当時仲良くしていた男の子は家族もろとも引っ越しをしていたらしく、空き家どころか空き地になっていたので何やらとても寂しくなった。……引越ししてこの地を去ったのは僕が先だというのに、なんと都合のいい感傷だろう。
     とにもかくにも、まだ引っ越しの荷解きの三割も終わっていない僕だが、今日からその『とある高校』――エルディア大学付属高校――への勤務が始まる。本業に就くのは明日からだが、もろもろの書類や準備のため、今日の朝礼などが終わった時間、つまり九時前ごろに学校へ来てくれと教頭に言われているので、のそのそと準備を始める。……恥ずかしい話だが、こんな時間に起きて活動するのは大学院卒業以来だ。

     学校へ到着すると、職員玄関の前で教頭が待ってくれていた。中年で人の良さそうな出立をしている男性教諭だ。
     簡単に職員室の中を案内され、その場に残っていた教師陣に軽く挨拶をして、僕は僕に与えられる専用の個室――相談室――に連れて行かれた。……道中で事務室や印刷室、保健室なども案内を受ける。
     ここです、と独り言のように呟きながら、職員室がある校舎の隣の校舎の一室の扉を開錠し始めた。僕はさほど多くはない荷物を肩にかけ直し、その様子を見守った。
     開錠されると、立て付けが悪くなり重くなっているらしい扉を、少し力を込めて開け放ったあと、
    「……はい、こちらが相談室です。先生に使っていただくお部屋ですね」
    「ありがとうございます」
    教頭はまっすぐにその室内の奥へ進み、真っ先にカーテンと窓を開放した。……僕の前に相談員がいたと聞いているし、その相談員がまめだったのか室内は埃など溜まっていることなく、整理整頓がなされていた。……室内の中央に円卓があり、さらに奥に小さな個室があった。
    「しかしまあ、お若いのに……何やらすみませんねえ」
    「いえ、まあ、なんとかやっていきますよ」
    「はあ」
    「それに生徒たちとも年齢が近いので、ベテランの先生たちとはまた違ったアプローチができるやも」
    「……そう……ですかねえ……」
    僕が荷物を壁際のロッカーにしまいながら応答していると、何やら腑に落ちないような声色を聞かされる。まるで僕が着任したことに、一抹の拭えぬ不安でもあるような物言いだったため、僕は動かしていた手を止めた。
    「……何か心配事でも?」
    すると教頭はしまった、という顔をして、へらへらとばつの悪そうな笑みを浮かべた。
    「え、あ、そ、そういうのでは……ただ、その……当校にもちょっとした問題児がいるものですから」
    当然それはこれから僕が任される分野だ。興味を持たないわけもなく、僕はすぐさま「問題児?」と聞き返した。
    「……はい。まあ、なんていうか、普段の素行は悪くないのですが、ときどき大きな喧嘩沙汰になる子がいて……、」
    「喧嘩沙汰?」
    「はい。三年生なんですが、この歳にもなってまあ、ちょっと、不安定というか」
    歯切れ悪く言うのは、その生徒を恥じているのだろうか。だが、この年齢の子どもたち……いや、人間にはだいたいの場合において、紐解いていける心理がある。
     当たり前だが、僕は教頭からの一方的な情報で決めつけてしまうことを避け、
    「そうですか……。その子の名前は?」
    一応アンテナを立てておくために尋ねた。
     教頭は何の惜しみもなく口を開いた。
    「はい、エ――、」
    「――教頭先生っ!」
    「わ、ど、どうした」
    突然廊下から若い男性教諭が飛び込んできた。教頭よりもかなり若いその男性教諭は、相談室の中に教頭がいることに安堵したように浅く呼吸を吸い込む。当の教頭は背後から大声で呼ばれて派手に驚いていて、その駆け込んできた男性教諭を目で追った。
    「それがっ、ちょっと大変なんですっ! あ、こちらが例の新任の先生です!? ちょうどいい!」
    落ち着きなく男性教諭は僕を手のひらで示して、それからそのまま廊下のほうへ身体を傾けた。
    「なんだ、どうした」
    「エレン・イェーガーですよ! 彼がまた大変なんです!」
    そう言ったときの教頭の表情を、僕はしっかりと捉えていた。おそらく僕に「今まさに伝えようとした生徒です」と知らせたかったのだろう、目配せをもらってしまい、慌てて駆け出した教頭らのあとをおった。
     ――エレン・イェーガー。
     その問題の生徒の名前をそう言ったか。エレンという響きを聞いて、どこかで聞いたことがあるような名前だなと思った。たいがい読んだ文献の作者なんかは記憶しているので、おそらく研究時代に浴びるように知った名前とは違うだろうと思いつつ、思い出せないのでとりあえずその思考を横に置く。
     男性教諭に案内されるままに第三校舎の階段を登ると、二階の廊下にはたくさんの野次馬と思しき生徒たちが群れを成していた。
     はいどいてどいて、と生徒たちをかき分けて、その渦中の真っ只中にある問題の教室に駆け込んだ。
     わあ、と思わず声を上げてしまう。
     教室の中は机や椅子があちこちに散乱していて、窓ガラスが一枚割れていたのだ。
     そしてその散らかった机の中に、一人の佇む生徒がいた。全身を棘で覆ったような攻撃的な空気を纏った生徒だ。たった今暴れてました、と言わんばかりに激しく呼吸をくり返して、おそらく本人が散らかした教室内を一瞥していた。
     その口元には殴られたような擦り傷と、右手の甲には鮮血が流れていた。……おそらく素手でガラスを殴り、破片で切ってしまったのだろう。
     ただ、先ほどの教頭の話を考えるとこのエレン・イェーガーは〝喧嘩沙汰〟が問題だったはずで、にも関わらず、教室内にはこのイェーガー以外ほかの生徒はいなかったことに違和感を覚えた。生徒たちは皆、廊下に避難しているようだ。
    「おい、イェーガー! お前また!」
    その室内の様子に驚いた教頭は、興奮気味に声を上げた。
     するとイェーガーという生徒は鋭い視線を教頭のほうへ向けて、「ああ? なんですか?」と低くがなった。
    「これはどういうことだね!?」
    一歩を強く踏み出した教頭に僕は内心はらはらしていたけれど、イェーガーが「お前には関係ねえだろ!?」と怒鳴り返したので止めに入るタイミングが掴めない。
    「あの野郎逃げやがった! あいつをかばいやがったやつらも全員同罪だ! くそっ!」
    イェーガーがまた近くにあった机を思い切り蹴り飛ばし、それががんっと強い音を立てて床に倒れた。どうやら喧嘩していた相手は逃げてしまったから、一人で暴れていたらしい。しかし何より気になるのは、『同罪』という言い回しだ。まるで相手が何か罪でも犯したような言い方だったため、それは僕の心に引っかかった。
    「や! やめなさいと言っているんだ!」
    先ほどまであんなに温厚そうだった教頭が声を荒げるのを聞いて、これはよくないぞと一段と緊張感が増す。
    「いい加減にしなさい!」
    どこか適当なところで止めに入ったほうがよさそうだなと探ってみても、
    「まったくその歳にもなって恥ずかしくないのかね!?」
    教頭の言葉もイェーガーにつられるようにどんどん攻撃性を増していくばかりだった。僕の信条としては、きっとイェーガーにも何かしらの理由や根本的な動機があるはずだと考えているので、そうやって強い言葉でねじ伏せようとしても意固地になるばかりで逆効果なことのほうが多い。
     僕はこれ以上タイミングを見計らっている場合ではないなと結論づけ、
    「こんなのでは君はご両親に迷惑をかけてばかりでっ、」
    「教頭!」
    ついに教頭の怒声の間に割って入った。気づいてもらえるように肩に触れたこともあり、教頭はそこで言葉を止めて、「……なんです?」と僕のほうへふり返った。……よかった、教頭のほうは大人なだけあって、かろうじてまだなけなしの理性が残っているらしい。
     僕はそんな教頭に目配せだけをして、それから改めてイェーガーのほうへ視線を向けた。
    「初めまして、イェーガーくん。僕はアルミン・アルレルトです」
    なるべく刺激にならないように、僕は自然を意識してイェーガーに歩み寄った。
     彼の眉間には深いしわが寄せられる形にはなったが、「……なんだ?」と尋ね返してくれたので好感触を得る。
    「よろしくね。……息、だいぶ荒いね。深呼吸をしてみて」
    ぱちぱち、とイェーガーが不思議そうに瞬きをくり返す。沈黙の時間があったので、おそらく言葉通りに深呼吸をしてくれたのだろう。少なくとも、呼吸に意識が向いたはずだ。
    「少し落ち着いたかな?」
    僕の次の言葉を待っているようだったので声をかけると、今度は先ほどよりはいくつか軽い調子で「誰だよお前」と返された。
     確かイェーガーは三年生だと先ほど教頭先生が言っていた。ということは、十七あたりのはずなのだが、エレンは身長は僕より既に高く、そして体つきは逞しかった。加えて長い髪の毛を後ろでまとめていて、いかにも鋭いといった目つきで僕を見ている。この視線が全身を覆う棘をイメージさせるのだろう。……だが、僕はイェーガーを恐れることはなかった。彼の瞳の様子から僕に暴力を振るう気がないのはわかったので、イェーガーの側まで歩みを進めた。
    「僕はこの学校に今日着任した相談員だよ」
    「相……談員……?」
    「そうだよ。相談室って知ってるかな? そこに常駐するカウンセラーなんだ」
    わざとそうしているのだが、僕がひょうひょうとしていることでイェーガーは少し困惑しているようだった。気になっていたのか、口元から流れる血を乱暴に拭き取ると、困ったように視線を泳がせて、それからまた僕を見下ろす。
    「……で、なんだよ」
    ほら、思った通りだ。イェーガーは僕にまで暴力を振るう気はなく、むしろしっかりと対話に応じてくれるようだ。
    「いや、落ち着いたなら、少し僕と話をしないか」
    「話すことなんかねえよ」
    「まあ、そう言わずに」
    そっぽを向いてしまったが、おそらく本当は何か主張がその胸に渦巻いているのだろうと思った。……それを今言えないというのなら、それは環境が整っていないからだ。おそらくこれまで関係性の構築に失敗している教頭たちの前では話したくないのだろうと僕は見当をつけた。
    「……知らねえ」
    イェーガーは勢いもなくぽつりとそう呟いた。今度は自身が割ったであろう窓のほうをちらちらと見ている。
     ひとまずはもう安心だと思ったが、次の心配は落ち着いたイェーガーにまた教頭たちが質問の数々で責め立ててしまうことだった。とりあえずまだ少し興奮が残る周囲と落ち着き始めたイェーガーを切り離したくて、また人目から離したかった僕は、どうにかして彼を連れ出せないかと思案していた。
    「……まあ、とりあえず窓割れたりしちゃってるし、君も怪我の具合をみないとだから。一旦僕と保健室に行こう」
    そうして教室の出口のほうへ向けて身体を傾けると、イェーガーは少しの間なにかを考えたあと、深く息を吐いてから僕の後ろにつく様子を見せた。……なんだ、案外素直な子じゃないか、と僕は嬉しいような安堵のような心持ちになった。
     とにかく、イェーガーが素直に僕に従ったことに、教頭たちも驚いているようだった。僕はイェーガーと教室を出て、廊下から事の成り行きを見守っていた生徒たちに気づき、
    「みなさんごめんね。ちょっとイェーガーくんは僕が預かるね」
    と伝え、また改めて教頭のほうへ視線を飛ばして、
    「……教頭先生、教室のことは任せます」
    付け加えてまた背を向けた。
     背後から「え、あ、わかりました」という声が聞こえたので、これで教頭のほうも教室のほうも大丈夫だろう。僕は晴れてイェーガーのことに集中できる環境が整ったことに安心して、無言で後ろについてくるイェーガーを盗み見てみた。口元の傷が気になるのか何度かそこを拭っていたが、それよりも切った手から滴る血のほうが問題だなと僕はなんとなく思った。……ガラスの破片が傷口に入ってないといいなと願うばかりだ。

     保健室の前の廊下に差しかかり、僕は先ほど教頭が言っていたことを思い出した。保健室を案内された際に、今日は保健の先生が出張でいないのだと言っていたのだ。僕はイェーガーに保健室の前の手洗い場で傷口を洗って待っているように指示をして、職員室に保健室の鍵を取りにいった。それから二人で誰もいない保健室に入る。
     まず薬品の独特の匂いが鼻をついたが、さすが保健室と思うだけで特に気にはしない。
     目の前の長椅子にイェーガーを座らせて、僕は近くにあった救急箱を手元に寄せた。
    「保健室の先生いないなんてねえ、今日に限って出張だって。勝手に消毒液借りちゃおう」
    その救急箱の中を漁ると、消毒液や絆創膏などはすぐに見つかった。
    「……ほら、切れてるところ見せて」
    まずは先に血が滴っていた手の甲を見せてもらう。
    「わあ、結構血が出てるね。服とか汚れてない?」
    「……ん」
    まだ周りについていた血をアルコールで拭って、傷口をよく観察した。……おそらく細かい破片は刺さっていないようだ。
     僕はそのままその傷口を消毒して、それから救急箱からガーゼと包帯を取り出して患部に当てた。止血してくれるようにとぐるぐる、少しきつめに包帯を巻く。看護教諭の勉強はほとんどしていなかったが、おそらくこんな感じでいいだろう。
     手の処置が終わると、今度は擦り傷のようになっている口元に目標を変える。よく見えるようにイェーガーの顎に手を当てて顔を傾けさせた。
    「ここは殴られたあとかな? さっき『逃げやがった』って言ってた人?」
    「……っ、いてっ」
    ぽんぽん、とアルコールを含んだガーゼで傷口を拭ってやると、手の甲のときは我慢して何も言わなかったイェーガーは、ついに声を漏らしてしまった。僕は「痛かったね、ごめんね」と断りを入れてから、今度は少し面積の広い絆創膏を救急箱から取り出した。
    「どうして喧嘩なんかになっちゃったの?」
    何の気なしに聞いたつもりだったが、やはりさすがにそこまで無防備にはなってくれず、
    「……話すことはねえ」
    ぶすくれたように唇を尖らせて返されてしまった。
     ちょうどそこで絆創膏を貼り終える。
    「そっか。じゃあ別にいいか」
    「は?」
    「君が話したくないって言うからさ。なら、話さなくていいよ」
    環境を整えてあげてもまだ言えないというのなら、それはただ未だ完全には整っていないということだろう。そんな中で強要してもいい関係性を築くことなんて到底できないので、僕は長い目で見て、先にこの子の気持ちを尊重して信頼してもらえる道を選んだ。
     イェーガーはというと、今までほかの大人たちにそういう態度を取られたことがないのか、またぱちくり、と瞬きをして僕をまじまじと観察していた。……僕みたいな大人が珍しいというのは少し同情するけども、でも、僕みたいな大人がいることを知ってくれたならそれでいいと思う。
     僕は救急箱に消毒液を片づけて蓋をして、元あった場所にそれを戻した。
    「……はい、おしまい。怪我深くなくてよかった。……こっちの右手は素手でガラス殴ったんでしょ?」
    いたずらっぽく笑ってみて、イェーガーが話に乗るかと見ていたけれども、彼は笑うどころか反対に思い詰めたように俯いた。
    「……俺は悪くねえもん」
    「それは僕にはわからないけど」
    正直に答えてやった。一部始終を見ていない上に、当事者からの言及もなければ、僕は本当に何が正しくて何が間違っていたかなんてわからない。イェーガーもそれには気づいていたようで、それ以上それをくり返しはしなかった。
    「……さて、君は学校の備品を壊したりしちゃったことになるから、このことはご両親に報告しないといけないんだ。いいかな?」
    座ったまま俯いているイェーガーの顔は確認できなかったけど、僕はとりあえず話題を進めるために尋ねた。
     するとイェーガーは思いのほか、しおらしく顔を上げて、
    「いいもなにも、勝手にすんだろ?」
    まだ少年のままの不安げな瞳で尋ねた。……十七ともなれば、中にはもう少し大人びた雰囲気を持つ生徒もいるだろうが、イェーガーはどちらかというと、まだ少年性を色濃く残しているなと思った。――早い話、まだ少し幼い印象を与えるような生徒なのだ。姿形は立派な大人だが、それに心が追いついていないように感じさせる。
    「君が状況を説明してくれたら、もしかしたらいろいろ判断も変わってくるかもしれないんだけど」
    説明するように諭してやると、イェーガーはまた少し眉間にしわを入れて、不貞腐れるように目を逸らした。
    「いいよ。暴れたのは俺だ」
    「あれ、認めるんだ」
    「だって事実だし。むかつくけど。俺は悪くねえけど」
    声量こそは静かなものの、まだ納得がいってないというのはその声色からわかった。納得がいっていないのに悪かった部分だけでも認めるのは、イェーガーがとても素直だという証拠だ。なんだ、かわいい生徒じゃないかと僕はつい笑みを漏らしてしまった。
    「うん、でも偉いよ。窓割ったり机投げたりしたことはちゃんと認めて、偉い」
    そして自分でも不意にイェーガーの頭を撫でてしまっていて、
    「や、やめろよ!」
    鬱陶し気に振り払われてしまった。いや、今のは僕が悪い。
    「あはは、失敬失敬。そんなに歳も変わらないんだった」
    二十二になった僕と、おそらくまだ十七くらいのイェーガーなのだから、そんなに子ども扱いされたくないだろう。そうでなくても大人への移行期なのだ。
    「……じゃあ僕は君のご両親に連絡してくるけど、君はどうする? 相談室で待っててくれると僕は安心なんだけど。……教室でもいいし」
    「……教室は、いやだ」
    「そう言うと思ったよ。じゃあ、決まりだね」
    僕はイェーガーを相談室の前まで案内して、好きなところに座って待っててよと伝えて職員室へ向かった。

     職員室に入ると、僕はまず先ほど案内してもらったときに教えられた生徒名簿があるロッカーへと向かった。イェーガーが暴れた教室のほうはもう落ち着いたのか、教頭がそこにいたので彼に断りを入れてロッカーの前に屈み込み、そのままそこを開けた。
    「生徒の情報はこちらのバインダーですか? ちょっとイェーガーくんの名簿見させてもらいますね」
    学年学級番号からすぐにどのバインダーが該当のものかわかった。僕はそれを引っ張り出し、イェーガーのクラスメイトたちの書類を早々に飛ばしていき、イェーガー本人の書類を見つける。
     まずは住所欄を確認するが、覚えがない地名が載っていたため、ここより少し遠いだろうかと見当した。両親の欄を見てみるが、両方しっかりと揃っているように見え、さて彼らはどんな人たちだろうと身構える。
     ……あれ、この人たち、どこかで……? 僕が違和感を感知したまさにそのとき、
    「先生、イェーガーの様子はどうですか?」
    頭上から降った教頭の声が僕の思考を遮った。
     早々に我に戻った僕は電話番号を探して目を走らせ、
    「イェーガーは大丈夫ですか?」
    答える間もなく再び尋ねられたので顔を上げた。するとそこにいた教頭は興味深げに僕の手元を覗き込んでいた。
    「あ、はい、落ち着いてますよ」
    バインダーを持ったまま立ち上がり、僕は適当な電話機の前にそのバインダーごと移動した。
    「僕はこれから親御さんに連絡を取って事情を聞いてみようと思います」
    見つけた数字の羅列をすぐさまその電話機に打ち込んでいき、呼び出し音が鳴り始めたのを確認した。
     はらりとイェーガーの書類をめくると裏面には彼のこれまでの成績なんかが記されており、僕はその得点と評価の高さに驚いた。なんだ、イェーガーはめちゃくちゃ成績のいい子じゃないか。教頭も『普段の素行は悪くないが』と言っていたことに納得はした。
    「あ、イェーガーのご両親は……、」
    教頭の声が横から聞こえたところで、プツリと受話器の向こうから電子音が聞こえた。
    『あー、はい、もしもし。ジーク・イェーガーです』
    なかなかに渋い声を聞いて、は、と閃くように驚いた。書類をめくり直して、イェーガーの父親の欄を探す。……というのも、たった今応対した男性の名前は、ここに記されたイェーガーの父親のものと違っていたからだ。
     予想外だったこともあり、僕は思わず怯んでしまった。
    「あの、えと、私、エルディア大学附属高校の教師のアルレルトと申しますが。エレンくんのお父様のお電話でしょうか?」
    違うとわかっていながら、誰ですかなんてことも問えず、僕は回りくどい尋ね方をしてしまった。
     すると受話器の向こうの渋い声の男性は大袈裟なまでに息を吸い込み、
    『わ、エレンの!』
    頭でも抱えるように感嘆の声を上げた。
    『もしかしてエレンまた何かやりました? ボクは兄です』
    「お兄様……ですか?」
    なんと、父親ではなく兄の連絡先が載っていたらしい。
    『はい、両親ともに海外に赴任しているもんで、ボクが預かってます』
    「そうでしたか……」
    ひとまず謎は一つ解けることとなった。僕は本題を続ける。
    「その、まだ詳しい事情は聞いてないのですが、エレンくんが教室の中で暴れたようで」
    『ええ、またかよ〜!』
    その悲痛な叫びがなんとなく面白く聞こえてしまった。確かに、預かっている弟が度々こんな騒ぎを起こしているとなると、頭を抱えたくなっても仕方がないだろう。
    『それで、何か壊したりしたんですかね?』
    「……あ、はい、窓が一つ割れてます」
    『……はあ〜弁償しますよ。また書類持たせといてください』
    「……あ、はい」
    もちろん弁償の話は学校にとって大事なことではあったが、それよりも僕が気になっていたのはイェーガーの家庭環境だった。両親がどんな接し方をしているのか以前に彼らは近くにいないと言うし、お兄さん一人で思春期の男子をどこまでフォローできているのかは謎だ。
     僕はぜひ一度詳しい話を聞いてみたく思い、
    「それはいいのですが、エレンくん今日はどうしますか?」
    あわよくばこの兄が迎えに来て、三人で面談でもできないだろうかと目論んだ。
     だが兄の声色は分かりやすく曇ってしまった。
    『どうって? えー、それ、俺が迎えに行かないとエレン帰れないやつですか? 困ったな』
    その兄が発した『困ったな』は本当に切実そうに聞こえた。――〝帰れないやつ〟というのは、警察に補導されているという発想だろうかと考え、
    「いや、別にお迎えに来られなくても帰れないということはありませんが、」
    早々にそれは否定してやった。もしかすると以前には警察に厄介になったこともあるのかもしれない。
    「ただ、できればご家庭の方にもお話聞いておきたかったなと。……『困った』とは?」
    切実そうな困窮の詳細を尋ねると、イェーガーの兄は『うーん』と少し難しそうに唸ったあと、
    『いやね、ボクも今出張中で。帰るの来週なんですよ』
    「……そうでしたか……」
    彼にとってまずい状況にあることを説明してくれた。
     ということは、イェーガーはしばらく家に一人になってしまうということだろうなと気づいたとき、僕は漠然とした不安を感じていた。
     現在のイェーガーはおそらく不安定な状態だ、教室で暴れてしまうほどなのでそれは容易にわかることだろう。そんな彼を一人ぼっちの家に返してしまったら、いったいどうやって今日やってしまったことの反省を吐露できるだろう。
    『なので、弁償も来週になります。振り込みでよければすぐでもできますけど』
    イェーガーの兄はそのまま弁償の話を続けていたけれど、僕はもう次の思考に移っていた。僕はこの学校の事務員でもなければ経理係でもない、僕は相談員であるから、本業は生徒の安寧を模索すること。
    「あ、はい。あの、あなたが戻られるまで、エレンくんは家に一人ですか?」
    早合点にならないよう、念のためそう尋ねると、
    『そうですけど? もう十七だし、そんなことどうってことないでしょう』
    けろっとした声使いでイェーガーの兄は言った。……まあ、確かに、成長や情緒に問題がない十七歳であれば留守番の一つや二つしても問題ないだろうが、今はあのイェーガーの話をしているところだ。
     一人にしてしまうことを避けたかった僕は、先ほどからちらちらと脳裏に浮かんでいた提案を、イェーガーの兄にしていた。
    「……あの、もしよかったら――、」

     すっかり日も沈み切った住宅街を僕は歩いていた。半歩後ろにはあのイェーガーが歩いている。――そう、僕はこれから数日間一人で過ごすことになるというイェーガーの環境を聞いて、ならば兄が帰るまでの数日間は僕の家に滞在してはどうかと提案したのだった。
     始めこそお兄さんは驚いたような反応だったものの、本人が問題ないならお願いしますと託してもらうまでに至った。それからそれをイェーガー本人にも尋ねたが、案外すんなりと了承されて逆に肩透かしにでもあった気分だった。いつからかはわらかないが両親も近くにいないというし、イェーガーはどこかで寂しさを感じていたのかもしれない。
    「もうすぐだよ」
    「……おお」
    相変わらず会話は弾んだりしていないが、僕の家に来ることを了承したことを考えると、おそらく嫌われてはいないのだと思う。僕は落ち着きなく周りをきょろきょろと見回しているイェーガーから視線を放し、改めて行く先を見据えた。
     僕の家路に乗る前に一度イェーガーの家に寄って、生活必需品のいくつかを用意したこともあり、帰ってくるのがこんなに遅くなってしまっていた。僕も持つのを手伝った鞄にはテキスト類でも入っているのか、少し手ごたえを感じる。
     そうこうしていると、ようやく僕の家が見えてきた。薄暗い街灯にぼんやりと照らされて浮かび上がる、古びた一軒家だ。先ほどの角を曲がったあたりからイェーガーの落ち着きがさらになくなったような気がするが、おそらく緊張がそうさせているのだろうと気づかないふりをしてやった。
     そうして、ようやくだ。
    「――……ここが、僕の家なんだ」
    僕はその古びた一軒家の前の、古びた門扉の前に立って見せた。
    「えっ、」
    「ん? どうかした?」
    やけに驚いた声を出すものだから門扉の中から振り返ると、イェーガーはぽかんと口を開けたまま、僕の家を見上げていた。それからゆっくりと視線は僕のほうまで降りてきて、
    「……さっき、歳あんま離れてないって。先生、何歳?」
    随分藪から棒な質問だなと思いながらも、「僕? 僕は二十二だよ」と軽く答えてやった。それを聞いたイェーガーは、途端にぱっと目を見開いて、眉根を上げた。
    「……あ、あ!」
    「ん?」
    「もしかして、アルミンって、あのアルミン!?」
    何故だか僕の名前をくり返しながら、門扉の中まで歩を進めていた僕に駆け寄った。
    「え? なに? アルミンだよ?」
    その表情には満面とまではいかないが、これまでの態度からは想像もできないほどの緩み切った笑みが浮かべられていて、
    「違う違う! ほら、小さいときよく遊んでただろ!」
    「え?」
    「俺ん家、ここだったんだよ!」
    僕の予想をすべて打ち砕くように、隣の空き地を指し示したのだ。
     当然のこと、僕は心底驚いてしまった。瞬時にはそれが何を意味するのか理解できなかったほどだ。
     まず、隣の空き地を思い浮かべて、そこに家が建っていた様子を思い出す。そしてそこから駆け出してきていた男の子が一人――
    「え!? ええ!? あ、え、エレンくん!?」
    ようやく僕の中でも合点がいった。
     そう、イェーガーは――いや、エレンは、僕の記憶の中で心地のいい存在として刻まれていた、あの隣に住んでいて仲良くしていた男の子だったのだ。今日、初めて『エレン』という名前を聞いたときに、何やら聞き覚えがある気がしたのも、僕が彼と幼少期に遊んでいたからだったのだ。
    「そっか、エレンか! わあ、大きくなってたから気づかなかったー! あのエレンだったの!?」
    僕に駆け寄ったエレンと同じような勢いで、僕もエレンに飛びつく勢いで聞き返してしまった。
     だって信じられない。僕が数日前にこの隣の空き地を見て、もう会うことはないのかと落胆した気持ちがわかるだろうか。それがまさか、こんな形で再会していたなどと誰が思うだろう。
    「はは、アルミンも雰囲気変わってたから気づかなかった! また会えてうれしい!」
    エレンはその笑顔を絶やすことなく、そのまま僕の身体を抱き寄せた。ぎゅう、と力いっぱいに抱きしめられて、僕もトントンと背中を抱き返した。本当に夢のような奇跡だと愛おしくなった。
    「はは、なんか不思議だね。急に友だちになったみたいだ。元気だった? とりあえず入ってよ。段ボール以外何もないけど」
    僕はしゃべりながら急いで玄関の鍵を開けて、その扉を開け放った。先にエレンに入るように誘導して、エレンが入ると僕も中に入って電気を点けた。
    「お邪魔しまーす! うわあ、懐かしいー! こっちに帰ってたんだ?」
    玄関の戸締りを済ませておく。大きな声と大きな仕草で僕のほうへふり返ったエレンに応えるべく、僕は靴を脱ぎながら笑い返していた。
    「うん。元々祖父母の家だったんだけど、しばらく空き家で。今回の仕事のことがあるから、僕が借りたんだ」
    「そっかあ」
    エレンもそこに靴を脱ぎ、丁寧に揃えて廊下に立った。僕がエレンの荷物を居間に置く様子を、エレンはそこから嬉しそうな顔で眺めてから、我に戻ったように僕に駆け寄った。
    「へへ、なあアルミン、ずっと何してたんだよ」
    エレンも居間に本人の鞄や荷物を投げ出し、僕がキッチンに入るそのあとを追った。
    「え、そりゃあ、学校行ってたよ」
    冷蔵庫から冷やしていた水を取り出して、二つのコップをかき集めてそれを注いだ。
    「卒業してしばらく独自で研究……というか、ほぼお遊びの資料収集をしていたんだ。そんなときに、学校に空きが出たから入ってくれないかって連絡をもらって」
    「そっか。……はは、ほんとうれしい」
    水が入ったコップの一つをエレンに差し出すと、彼は未だに嬉しそうな顔を浮かべたままそれを受け取り、そこにあった食卓の椅子に腰を下ろした。
    「そうだね。僕も懐かしいよ。僕が引っ越したのが十歳のときだったから……君は、」
    「六歳だった」
    僕もエレンの向かいに腰を下ろす。改めて見やると当時のことを思い出してしまったのか、
    「突然引っ越すから、俺、置いてかれたんだってしばらくすげえ寂しかった」
    見る見る内に笑顔は窄んでしまった。声も心なしか芯をなくしてしまい、僕もつられてあのころのことを思い出してしまった。
     あのとき、あの引っ越しは本当に急だったのだ。当時の僕はよくわからなかったけど、両親が研究しているものに関する貴重な検体が見つかったのがどうとかで、数日以内には既に場所を移っていた。エレンに引っ越すことになったと伝えて、気持ちが整わないまま二、三日後にはもうお別れだったのだ。
    「そうだったね。急だったね。僕も君と離れて寂しかったよ」
    当時のことをふり返り、僕も胸が痛み声が小さくなった。六歳のエレンを置いて行ったこと、僕のせいではなかったけど、どうしても申し訳なさが残った。
     ちらり、とエレンを盗み見る。エレンは落としてしまった視線でコップの中の水を眺めていた。
     六歳のときの別れを未だに覚えているというのは、もちろん彼の記憶力の良さが関係しているのだろうが、自分はよほど彼にとって大事な存在だったのだろうと思えて、少し胸が苦しくなった。
     そんな彼とはそれ以来、十一年来の再会となったのだ。埋めるべき空白は山のように積み上がっていた。――例えば、今日のこととか。
    「……で、どうして君は喧嘩なんかしちゃったの?」
    あのころの幼馴染であるとわかったことを盾に僕は、改めてエレンに尋ねていた。今の僕になら教えてくれるだろうという打算があった。
     エレンは何度か僕の顔を確認していたけど、なかなか口を開こうとはしない。
    「……エレン?」
    僕が再度促してやると、エレンは重たい口を開くように勿体ぶって僕のほうへ顔を上げた。
    「今朝、見たんだよ」
    「え?」
    「あいつ、公園で猫いじめてたんだ」
    「……猫?」
    『あいつ』というのはつまり、『逃げやがった』と言っていたエレンの喧嘩相手のことなのだろう。
    「おう、学校の裏の公園に子猫がいんだよ。野良の。ときどき様子を見ていたけど、ここ最近怪我してること多くて。それで、今朝あいつが蹴って遊んでるのを見ちまった」
    「……うん」
    なるほど、それで『逃したやつも同罪だ』だったのか。僕はそれをようやく理解できて、少し頭の中がすっきりした。
     先ほどまで楽しげで、嬉しそうで、柔らかく笑っていたエレンは、その光景を思い出していたのかどんどん顔を顰めていく。
    「そのとき、すっげーむかついてさ、ぶん殴ってやろうと思って『おい』って声かけたら逃げやがって。そんで、学校で鉢合わせしたから、カッとなっちまってさ、気づいたら手が出てた」
    記憶の中で追体験しているような険しい顔をしていたので、
    「なるほど。経緯はわかったよ」
    僕はすぐさま声をかけて、こちらに意識を呼び戻した。
     僕がすんなりとエレンの言い分を受け入れたことに驚いたのか、ぱちぱちと何度か瞬きをしてみせられた。けれど今度はそれを良しとしたのか、また険しい表情を作り、「だから、俺は悪くねえ」と続けた。
    「……あいつはもっと痛い目を見るべきだったんだよ。それが、事情も知らねえやつらが寄ってたかって逃しやがって」
    怒りを露わにしているし、その怒りも理解はできるが、かと言ってその喧嘩相手だった生徒を逃がしたクラスメイトの心情もわかる。なんてったって、エレンの言い分ではいきなり彼らの前で殴りかかったことになるわけで、人間として〝被害者〟を逃がそうとするのは当たり前の心理だろう。
     だから僕はわかりきっていたことだが、エレンは理解していないようだったので、
    「クラスメイトから見たら、君がいきなり殴りかかったように見えたからじゃないかな?」
    その視点をエレンにくれてやった。
     不思議なことにエレンはその言及に驚くような反応は見せず、ただ小さく「……むかつく」とだけ呟いた。おそらく頭では薄々理解できていたのだろう。それなのに感情が勝ってしまい、引っ込みがつかなくなってしまったのだろうなと僕は終止符を打った。
     ――『おい、お前ら! 覚悟しやがれ!』
     ――『エレンいいよ、やめてよ』
     ――『いいわけねえだろ!』
     僕の頭の片隅に、もういつのものかも思い出せないふんわりとした情景が浮かぶ。そう言えば僕は見るからに弱虫だったせいか、上級生にいじめられることが度々あった。しかしそんな僕の前にエレンは立って、上級生とは一回りも身体の大きさが違っていたのに、守ろうとしてくれていた。……ああ、懐かしいな、と、この場には不相応だが、当時の溢れるような感情を思い出していた。嬉しくもあり、申し訳なくもあり、もどかしくもあり、そして愛おしくもあり、とても複雑だったあの感情だ。
    「……はは、小さいときも君はそうだったね」
    僕はその思い出を抱いたまま伏せていた目を上げて、苛立ちを思い出していたエレンに向けて放った。
    「弱い者のために立ち向かってくれるんだ、君は」
    それは僕が一番よく覚えているし、知っていることだろう。君は変わっていないんだね、と嬉しさのようなものが胸をいっぱいにした。
     目の前に座っているエレンは、意外なものでも見るような目で僕を見返していた。少し照れたようにも見えるその間の抜けた表情を見て、でも今なら彼を守る術を僕は知っていることを閃いた。――当時、弱く無知であった僕を守るために彼が傷つけられることがもどかしかったが……、今はもう、僕は弱くても無知ではない。
    「……でもさ、エレン」
    僕はエレンの注意をさらにこちらに向けるべく、呼びかけた。
    「君はもう、身一つで戦わなくちゃいけない子どもじゃないんだ。もっと自分の身を守る戦い方をしてほしいな」
    「……身を守る……」
    エレンがちゃんと聞いていることを教えてくれるようにくり返した。
    「うん。今回なんかは特にさ、動物愛護法って知ってる? 動物をいじめる人は法的に罰することができるんだ。だから、極端な話、君が直接身を危険に晒してまで報復しなくていいんだよ」
    それに対してエレンは返事や相槌をしなかった。その表情を見ていれば、本人の中で思い当たることがあるのはすぐに分かる。
     そこから僕も憶測を広げた。……きっとエレンは、こんなことはとっくに承知していたのだろう。ただ、それでは自分の気持ちが治まらなくて自ら手を出したのだ。つまり、エレンが傷つかずに相手に制裁を加える方法はあるし、その方法をとってほしいが、それには肝心のエレンが自らの意志で拳を収める必要がある。
    「……そういう意味だよ。君が〝あのエレン〟だとわかったから確信が持てたんだけど、君はきっと不道徳な理由で暴力を振るわないよね。だからなおさらさ、そんな自分を傷つける方法を取るのをやめてほしいな」
    暴力を振るってしまえば、遅かれ早かれ後悔や罪悪感を抱くこともあるだろう。周りに叱る大人がいれば、彼らの言葉に納得したり傷ついたりもするかもしれない。……けれど、大切な人にそんな想いはしてほしくないことも、理解してほしい。そうやって大切に想っている人がいることも、理解してほしいのだ。
     エレンはしばらく沈黙してしまった。彼の中で僕の言葉を処理している時間なのだろう。僕はそれを静かに見守った。
     顔を上げると同時に、はあっとエレンは息を吸い込んだ。
    「俺、でも、何か許せないことがあるとカッてなって、前が見えなくなっちまうんだよ……もうずっとそうなんだ……そういうとき、周りの大人は話なんて聞こうともしないしさ」
    エレンはそうやって自身の稚拙さを結んだ。これまで彼に対しての周りの大人たちの対応が間違っていたところも確かにあるのだと考えられる。だからエレンは意固地になってしまって、今日も学校でやったように、喧嘩のちだんまりをくり返してしまうのだ。
    「……これからは僕が聞いてあげるよ」
    だから僕は、エレンにそう諭した。それを言い訳にも逃げ場にもできないように、ちゃんと気持ちを受け止めて聞いてあげられる存在を作ってあげるべきでもあるからだ。そうすれば彼もすぐに心を開いてくれるはずだ。なんて言ったってエレンは聡明でとても素直な子なのだから。
     僕の言ったことに対して、エレンはもごもごと何かの感情を噛み潰すような仕草を見せた。目を泳がせて、それが僕のほうへ戻ってきたかと思うと、「あ、アルミン」と僕に何かを投げかけようとした。
    「……うん? どうしたの?」
    けれどエレンはそれ以上のなにかを教えてはくれず、「なんでもない」とそれだけを言って俯いてしまった。
     彼が話してくれるよう気持ちが整うまで待つつもりの僕は、
    「うん。話したいことがあったらいつでも聞かせてよ」
    当たり障りのない返答を彼にくれてやった。
     エレンはまたなにかもどかし気に唇を引き結んだあと、
    「……風呂、借りてくる」
    そそくさと立ち上がって、荷物を置いた居間のほうへ駆け出してしまった。僕も「え、あ、うん」とあとを追い、彼が入浴の準備をし始めたのを見て、風呂場のほうを整えてやった。簡単に我が家の古く癖のあるシャワーの使い方を説明してから、僕は改めて食卓のあるキッチンへ戻った。
     ひとまず今日の喧嘩沙汰の真相が聞けたのはよかったと思う。頭ごなしに叱らなくて正解だったなと肩の力が抜けた。……その公園の子猫をいじめていたという生徒にも話を聞いて、そちらのケアも必要だろうなと今後の計画を頭の中に立てていく。
     学校用に準備したノートに、エレンのことで気づいたことを書き連ねた。今後のカウンセリングに使用するために買ったノートのその一文字めに、まさか昔隣に住んでいた男の子の名前を書くことになるなんて、夢にも思わなかったなと想いに耽る。……とりあえず、再会できたことは本当に嬉しい。
     ぐるる、とお腹が鳴った。ふと時計を覗くともう夜の八時をすぎていたので、そういえば夕飯をどうするか決めてなかったなと思い至った。何か作れるものはあっただろうかと思い出しかけたところで、廊下のほうから人の気配がした。
     ちょうどそこにエレンが風呂を終えて上がってきたようだった。先ほどまで後ろに束ねていた長髪を無造作に流して、少し熱り赤らんでいる頬を見て、僕は思わず目を逸らしてしまった。
     あれ、いったい僕は何を意識しているんだと我に戻りすぐに視線を戻したが、かなり不可解な行動に映っただろう。
    「あ、上がったんだね。じゃあ僕もお風呂入ってくるよ。好きに寛いでてよ」
    「あ、おう」
    逃げるようにキッチンから出て行く僕は、さらに不可解さを重ねていたに違いない。
     けれど、自分でも説明のつかない激しい鼓動に追い立てられて、僕は部屋を出るしかなかった。
     ドクドクと自らの鼓動が脈打つ音が聞こえてきそうだった。まだ濡れた髪の毛から覗く、きらりと光る鋭い瞳が僕を捉えたとき、僕は激しい動揺に苛まれてしまった。これは一体なんなんだと混乱した。
     しかしその混乱のせいで、忘れていたことを一つ、思い出してしまった。いや、これは本当に失念していたのだ。長い間色恋にはご無沙汰だったため、本当にこれは下心は関係ないのことだった。――僕は小さいときから、同性に惹かれてしまうことが時々あったのだ。
     自分の思考を振り払うように浴室に飛び込んだ。全開にしたシャワーから出てくる水が温かくなるまで、手のひらで温度を測る。
     ――そう、僕の恋愛対象は男だった。それをよりにもよってエレンを見て思い出してしまうなんて……と焦ったが、そもそも僕が初めて経験した淡い憧れのような感情は、歳下であったエレンに向けられたものだ。
     ああ、嫌なことを思い出してしまったなと頭を抱えた。できればあのまま何も気にせずいたかったのに、まさか僕がそんな目でエレンを――生徒であるエレンを――見てしまうなんて……これは、まったくもって予想外であるし、倫理観の欠如と思われても仕方がない案件だ。
     シャワーを浴びながら、僕は一人で頭を悩ませてしまった。なぜかずっと自らに言い訳するように、こんなつもりはなかったのだと脳内でくり返した。
     最終的にはちゃんと僕とエレンは先生と生徒であるからに、いくら先ほどドキリとしてしまったからと言って、何か間違いが起こるわけがないと決めてしまうことにした。そうだ、エレンがその気でないなら、何も変に意識してしまうことはない。いやいや、もちろん僕自身にもその気なんてないのだから。
     僕は腹を括ってシャワーを出た。それからいつものように服を着て髪の毛を乾かして、エレンが待っているであろうキッチンのほうへ向かった。

     僕がキッチンへ入ると、エレンは食卓の上にノートと教科書を広げていた。どうやら宿題をやっていたらしいとわかり、ひどく感心したものだ。やはり成績がいいのは伊達ではないというわけだ。
     僕も食卓についたあと、エレンと相談して夕飯は出前でも取ろうかという話になった。お恥ずかしながらここへ越してきて数日、料理という料理をしていなかった僕は、調理器具を揃えるところからなのだと白状した。エレンは笑って了承してくれて、結局二人分のラーメンを注文した。
    「――その、アルミンは彼女とかいるのか?」
    彼が宿題を解いている様子を見ながら、雑談をしているときだった。
     何の前振りもなく、エレンは唐突に僕に恋愛遍歴を尋ねてきた。無防備だった僕は驚いて、
    「え、まあ……。大学生の早い時期に少しだけね。すぐ別れちゃったんだけど」
    何とも素直に答えてしまった。もう四年も前の話だ。……僕はこの彼女と付き合ったことで、自分の趣向が異性よりも同性に向いていることを確信したのだった。――そんなこと、エレンには到底言えないけれど。
    「……そっか。……そいつのこと、好きだったのか?」
    エレンが興味津々ですと顔に書いたまま、僕への質問を続ける。
    「ええ、なんでそんなこと聞くんだよ。そりゃあまあ、付き合ってたんだし、嫌い……ではなかったと思う」
    「ふうん」
    またしても素直に答えてやったというのに、エレンは僕の回答を聞くや否や、突然興味なんて元々なかったかのような態度に変わった。シャープペンを握り直し、ノートに向けて目線を落とした姿を見て、これは逃げているんだなと気づいた僕だ。
    「ちょっと、不公平だよ! 君はどうなんだ。君、背も高いしかっこいいし、ちょっと悪いときもあるからモテるんじゃないか?」
    そうやって今度は僕からおどけて尋ねてやった。逃がしはしないぞ、とふざけるように笑っていたのだが、エレンはちらりと僕を見たあと、少しも笑うことなく視線をまた手元に落とした。
    「……初恋以来好きなやつなんかいねえよ」
    その声の張りがあまりにも静かで真面目だったため、僕は茶化さないほうがいいのだと感じ取った。すぐさま「そっか」と相槌を打ち、態度を切り替えた。
    「……その初恋の人がとても素敵だったのかな? どんな人だったの?」
    茶化してほしくはないが、話したくないわけではないのだろう。僕は自分の興味もあったが、どちらかというとエレンが吐露したいことを話せるように、控えめに問いを投げかけた。
     エレンはまたしてもちらりと僕のことを盗み見る。それからまた少し沈黙したかと思うと、シャープペンを握ったまま口を開いた。
    「優しかったよ。頭もよくて、柔らかい人だった」
    どこからどう見ても激情型のエレンが、いかにも自身と正反対な属性を挙げるものだから、
    「へえ、意外だね。そう言う人がタイプなんだ」
    僕は具体的にどんな人だったのだろうとさらに興味の割合を増やした。
     エレンはそこでは止まらない。僕の問いが何か引っかかったのか、少し語調を強めてさらに言葉を重ねた。
    「さらさらの金髪で、海みたいな青い眼で。小柄だったはずだけど、俺には大きく見えたな。少し歳上だったんだ」
    そんなに具体的に描写されるものだから、僕は思わず〝その人〟を思い浮かべてしまった。優しくエレンに微笑みかける金髪で青い眼の柔らかい女の子――それが、エレンが初めて恋をして、そしてきっと忘れられないでいる人なのだろう。……考えたら少しもやもやと胸が苦しくなってしまった。なんでこんな不快な感覚を抱いたのか自分でもわからない――というか、わかりたくないが、とにかく、意識して笑っていないと表情が崩れてしまいそうなほど、僕の胸はぎり、と軋んだ。
    「……そっかあ。素敵な人だったんだろうね。僕も会ってみたかったな」
    エレンの初恋の話なのに、僕がこのもやもやしたものを顔に出してはだめだと必死になって隠した。
     きっと僕とエレンが離れたあとに出会った人なのだろう。僕の記憶の中にそんな子はいなかったし、……なんて言ったって、僕とエレンの間には十一年にも及ぶ空白が存在しているのだから。
    「……ん? エレン?」
    視線を感じてエレンを見返すと、彼がじっと僕のことを見ていたことに気がついた。何かまだ言い残したことがあったのだろうかと思い、エレンに先を譲ったものの、エレンはふい、と顔を背けてしまった。
    「……なんでもねえよ」
    「そっか。何かまだ隠し事がありそうだね、その初恋の人のこと」
    あまり深刻になりすぎないように、今回は少しいたずらでもするように問い詰めてみたのだが、それにもエレンは乗ることはなかった。その代わり、それまでと変わらない真面目な口調で再び口を開いた。
    「……男だった」
    「え?」
    「その人、男だったんだよ」
    突然のカミングアウトに驚くのは当然だ。今はそういうことを気にしない時代になったとは言え、未だに自らそれを発表するのは勇気がいることだろう。けれどエレンはためらいなく……いや、もしかしたらあったのかもしれないが、軽々しく僕に教えてくれたのだ。――信頼されているということだろうか。
    「……へえ、そうなんだ」
    深く考えていなかった僕は、そんな言葉を返していたと思う。けれど頭の裏側では先ほど思い浮かべた金髪碧眼の柔らかそうな女の子がかき消されて、その代わりに金髪碧眼の柔らかい男の子を想像すべく、脳みそが活発に動いていた。
     ――ん、待てよ。
     そこでようやく、僕はエレンの話の違和感に気づいた。『金髪』で『青眼』で、しかも『少し歳上』……?
     それらがすべて僕に関わりのある文言だとわかった瞬間、雷のような衝撃を伴って、僕の中に閃きが走った。それって、待って。まさか、そんな。……頭で考えるよりも先に、一気に体温が上昇して顔から火を吹いたのかと思うほど熱くなった。
     ――ピンポーン
     そこで玄関のチャイムが鳴る。僕はそれが頼んでいたラーメンなのではとすぐに思い至り、既に駆け出しながら「あ、あぁ、出前、かな。もらってくるよ」とキッチンを飛び出していた。何も考えつかない、ただ本能でその場から逃げ出したくなって僕はそうしたのだ。キッチンを出る前のエレンの顔はわからない、見ることができなかった。
     僕は廊下に出てキッチンの扉を閉めたあと、その場で思わず自分の顔を覆ってしまった。……熱い、熱い、顔が燃えるように熱い。
     金髪で、青い眼で、少し歳上の男の子なんて、まさか、あれは僕のことを言っていた――?
     そんな特徴の男子なんて世の中に何千万といるというのに、僕は恥ずかしげもなくそんな風に思ってしまったのだ。いや、それは僕の期待とか思い上がりとか、そんなものもあったかもしれない。ただ、それを告げたときのエレンの眼差しが、もしかしてそうなのかもと思わせたのだ。
     いや、でも、そんなことあるのか。考えすぎなのではないのか。
     僕は落ち着くように自分の顔を目がけてパタパタと手を仰いだ。落ち着け、熱よ冷めろ。
     もし仮にその初恋の人が僕だったとしても、エレンと僕が離れたのはエレンが六歳のときのことだ。そんな幼い日の憧れなんて、今はただの思い出に過ぎないだろう。そう、未だに僕のことを想っていると言われたわけではないし、僕はもっと落ち着くべきだ。
     ――ピンポーン
     またしても玄関からチャイムが聞こえた。……僕がこんなところでうだうだしていたから、痺れを切らしてしまった配達のお兄さんがまた鳴らしたのだろう。
     僕はぱちん、と一度自分の両方の頬を叩いて気を引き締めた。しっかりするんだアルミン・アルレルト。お前はもう二十二歳の大人だろう。
    「は、はーい」
    僕は気を取り直して玄関に向かった。二人分のラーメンを受け取り、そしてエレンが待っていたキッチンへ戻った。
     エレンはしっかりと食卓を片づけてくれていて、僕がそこにラーメンを置く様子を目で追っていた。そのせいなのか、……いや、エレンの視線を熱く感じてしまうせいなのか、僕はぎこちなさ極まれりの状態で箸などを準備してしまった。なんとかエレンの視線を意識しないように努めてみるも、こちらから目が合わせらないという失態をかましてもうにっちもさっちもいかない。
     僕はなんとか食べている間に持ち直そうと、普段通りを意識して「いただきまーす」と声をかけ、そしてエレンを待てずにラーメンをすすった。だが僕の向かいに座っているエレンも同じようにしてラーメンをすすり出したので、これでなんとかなるだろうと自分を落ち着けた。
     始めは意識をエレンに奪われていたせいかよく味がわからなかったが、だんだんそこにこってりとした味を取り戻し始めて、僕は自分がようやく平常心に戻ったのだろうと安堵した。ちらりとエレンを盗み見ても、エレンはラーメンを夢中で頬張るばかりで僕を見ている様子はない。……ふう、と心の中で緊張の糸を解した。
    「うん、このラーメン悪くないね。僕出前のラーメンなんて初めてだよ。この間まで住んでいたところはそういうの近くになくてさ」
    「俺も初めてだ。意外といけるな」
    「うんうん」
    そうして食べ終わるころには気持ちはちゃんと落ち着いていた僕だ。あまり意識しないように食べ終わったお椀を少し奥にずらして、「あ~美味しかった」と手を合わせた。エレンも「美味かった」と笑いながら僕を真似た。
    「さて、今日はエレンは居間に寝てもらおうかな」
    僕はラーメンを食べ終わったままのテンションでエレンにそう告げた。よくわからないがなんとなく同じ部屋で寝るのはだめな気がしてそう提案したのだが、エレンはぱちくりとその長めのまつ毛を瞬かせたあと、「……え?」と疑問符をこぼした。
     それに対して僕も「ん?」と聞き返してしまい、ようやくエレンの疑問符の真意が明かされた。
    「あ、いや。ほら、何度かお泊まり会しただろ? そんときみたいに雑魚寝するのかと思ってたから」
    「それも楽しそうだけどね。僕たちはもう大の大人だ、隣同士に寝ていたら窮屈だろう」
    尤もらしい理由を付け加えてエレンを説得してみせたが、内心自分でもその理由は大変疑わしかった。案の定エレンからも「……そんなことねえと思うけど」と返ってきたのだが、僕はあえてその意見は拾わないことにした。
    「よし、じゃあ簡単にお皿洗っちゃおうか。学校の話もっと聞かせてよ」
    立ち上がりながら、先ほど食べたラーメンのお椀を持ち上げた。それを流しに持っていき、二人で洗おうという提案で、エレンも「あ、おう」と引かれるように立ち上がった。
     僕の提案通り、二人で肩を並べて炊事場に立つ。洗うものと言えば先ほど食べたラーメンのお椀と、僕が今朝使ったものを含めた箸を数膳、あとはそれぞれが飲んだコップをいくつかなものだ。
     そんなに量はなかったが、僕たちはだらだらと雑談をしながらやったため、いくつかの話題は網羅できた。
     例えば、エレンの家族のこと。――高校に入ったくらいのタイミングで両親が海外に行くことになり、それ以来、そのとき初めて顔を合わせたという腹違いのお兄さんの世話になっていること。そのお兄さんはひょうきんで大切にしてくれているけど、ちょっと度が過ぎていることなど。そんなことを話してくれた。
     僕たちはそれから寝る準備をして、実際寝るまでの時間でまたいろいろと語り合った。
     エレンの好きな科目や〝気に入らない〟クラスメイトの話、それが終わると今度は僕に話題は移り、大学生活や専門の話になった。
     気づいたときには夜の十一時を過ぎていたため、僕はまだ眠くないと文句を垂れるエレンを諭して、事前に伝えていたようにそれぞれの部屋で就寝とした。

     そうして、迎えた翌朝だった。
     ――僕はなんという失態を犯してしまったのだろう。
    「……え、エレン?」
    「あぁ……? あ、おはようアルミン」
    僕は目の前で眠そうに目を擦っているエレンを見下ろして、信じられないスピードで脈を打つ自分の鼓動を落ち着けるのに必死だった。なんと、昨晩別々に就寝したはずのエレンが同じ布団の中で眠っていて……ぼ、僕は寝ぼけて彼の温もりにすり寄っていたのだ。それに気づいたのはすり寄った先でエレンが僕の髪の毛を撫でつけたからで、僕の頭の中は昨日に勝るとも劣らずの混乱状態に陥っていた。
    「お、おはよう。どうして君が、びっくりした」
    「え、覚えてねえ? 夜中にここにきて布団に入れてもらった」
    あっけらかんとしてエレンはそんな爆弾を投下する。けれど言われてみれば夢うつつの中で、エレンを布団の中に招き入れたような気もする。慣れない場所で眠れないとでも言われたんだっけか。
     ――ああもう、人はどうして寝ぼけるとこうやって……!
     のっそりと起き上がったエレンは、わしわしとめんどくさそうに自身の長髪を手櫛で梳いていく。
     そんな落ち着き払ったエレンとは裏腹、僕は先ほど自らすり寄ってしまった事実も、エレンが僕を受け入れるように僕の頭を撫でた事実も処理できていない。身体中の体温がみるみる内に上がっていくというのに、それに留まらず、まだ眠そうなエレンが異様に色っぽく見えていることにも動揺していた。寝間着代わりの薄着のせいで露わになっている、学生服の上からではわからなかった彼の逞しい体格にくらくらしてしまう。
    「と、とりあえず学校の準備をしよう」
    僕はその場に留まることなんて到底できず、これも昨日と同じでとにかくここにいたくないという本能に任せて立ち上がった。
    「僕の家に泊めておいて遅刻なんて笑い話にもならない」
    あとから言い訳を付け足したが、まあ、それっぽく聞こえていたと思うのでよしとする。
     エレンはまた面倒くさそうに大あくびをかまして、
    「……はあ、そうだな」
    僕のあとを追って布団から一歩を踏み出した。

     そうやって朝の支度の時間はあっという間に過ぎて行き、僕たちは二人で肩を並べて登校した。
     この先の道をまっすぐ行くと昨日話した公園がある、などとエレンに教えてもらいながら、僕らは校門を過ぎたところで分かれた。僕は職員玄関へ、エレンは生徒靴箱へ向かう。
     僕はまず、全体朝礼という全生徒が集まる朝会で大変大袈裟に紹介された。その効果あってなのか、昼になるころには僕への面談希望の生徒たちが各担任経由で知らされ、ド肝を抜かれた。――いや、相談室の利用者というのは、こんなに多いものなのか……僕が想像していたのは、多くても五名くらいの生徒だった。やけに女子の名前が多いなと思いつつ、僕は数日先までの面談スケジュールを組んだ。これがもし思い上がりだと非常に恥ずかしいが、朝会の際の僕を見て『若くて頼り甲斐がありそう』と多くの生徒に思ってもらえたなら嬉しい限りだ。――ただ、このことを後ほど自宅でエレンに伝えると、エレンは何やら不機嫌そうだったのが面白かった。もしそんな〝モテモテ〟な僕に嫉妬しているのなら、かわいい子だなと思わざるを得ない。
     僕としてはエレンから聞いていた『猫をいじめていた生徒』とも早く面談がしたく、その生徒のスケジュールも含めて数日をこなした。例の生徒は部活や家の事情と言ってなかなか会ってはくれなかったが、それが叶ったのは、エレンが出張から帰宅したお兄さんの元へ戻ってからだった。
     ……余談だが、エレンがお兄さんの元に戻るまで、何故だか僕たちは毎日布団をともにした。毎晩言いくるめられている辺り、僕はそうとう意志が弱いのかもしれない。ただ、誰かの隣に寝ることがこんなにも温かいものだったのだと、僕に思い出させてくれてもいて、それは本当に心地が良かった。
     とにかく。『猫をいじめていた』と言われていた生徒とも面談した。
     話を聞けば、やはり彼も家庭内でのプレッシャーから逃げるためにストレス発散としてやってしまったと言っていた。エレンに殴られたこともあり、考え直したらどんどん罪悪感が湧いて出てきて、もうあんなことはする気はないとも言ってくれた。ただ僕は念のため、改めてそれはいけないことだと注意をしたのち、僕のほうで彼の家庭環境の改善に何かできないかと相談に乗った。
     その面談を終えた日、僕はしばらく気になっていたのでエレンに教えてもらった〝裏の公園〟に行ってみることにした。まだ見ぬその子猫をどうしようか、僕の心は既に決まっていたように思う。
     公園に到着すると、子猫はベンチの下に隠れるように身を縮こまらせていた。毛並みのことはよくわからないけれど、黒くて顔がすっきりとした美人な子だ。僕を見て警戒するような体勢をとったものの、逃げることはしなかったので、僕はその子猫を抱き上げた。始めはもぞもぞと居心地が悪そうだったが、何度か撫でてやっている内にそれは落ち着いて、僕の腕の中にすっぽりと収まった。――うん、そうだな、やっぱりそうしよう。
     僕はそのままその子猫を家に連れて帰った。
     とりあえず家の中に山ほどある段ボールの中から、少し小さめのものを一つ取り出して、タオルを敷き詰め、子猫の寝床を作ってやった。それからインターネットで猫の飼い方というのを調べて、次の日の放課後にいろんなものを揃えてしまう。
     家に帰ると作ってやった寝床ですやすやと眠っている子猫を見て、ああもうかわいい生き物だなと愛おしさが湧いた。そしてこれで、エレンも心配事が一つ減ることだろう。……名前考えないとな、と浮かれ切った思考のまま、僕は生活を続けた。
     あれから時々学校でエレンを見かけたが、エレンは何故だかあまり僕と関わろうとはしてくれなかった。だから子猫を保護したことも伝えられないままだ。
     ……〝教師〟と親しくしているところをほかの生徒に見られるのが嫌なのだろうかと僕は考えて、また彼から相談があるときにそこにいてあげられればそれでいいかと思うようにした。……僕から目を逸らして立ち去っていく背中を見て、きり、と痛んだ胸には気づかないふりをした。……何度か布団をともにしたときに見た、穏やかな彼の寝顔を思い出してしまったりして、ええい忘れろ、と何度も自分を律した。なんて言ったって、彼はまだ年端もいかぬ高校生なのだから。これでいいのだ。
     ――それからまた数日後のことだった。
     この日も僕は組んでいたスケジュール通りに、生徒の女の子と面談をしていた。
     相談室のさらに中にある小さな個室で、一対一で彼女の相談事を聞いていた僕の元に、「アルレルト先生はいますか」と三年生の主任の先生が顔を出した。その女子に断りを入れて話を聞くと、どうやら至急校長室へ行くのに同行してほしいとのことだった。当然のこと僕は先約があるから待ってほしいと伝えたのだが、そこに座っていた女子も「私はまた後日でもいいので」と了承してくれたので、僕はその主任の先生と一緒に校長室に向かうことになった。
     道中で主任の先生にも「急にすみませんねえ」と何度か謝られたけれど、それだけ重大な何かがあったのだろうと憶測して「いえ、大丈夫ですよ」と返答した。それから僕が「それで、何が起こったのですか」と尋ねたのだが、もう既に校長室目前だったこともあり、主任の先生は校長室の扉を開きながら言った。
    「イェーガーがね、また喧嘩ですよ」
    校長室の中にいたのは、たった今名前を呼ばれたエレンだった。
     誘導されるがままに校長室に入ると、ものすごい剣幕の教頭と困り果てたような校長がエレンを囲んでいた。僕が現れたことに驚きを隠せていなかったエレンだが、すぐにぐっと歯を食いしばってから校長に向けて声を上げる。
    「……お、俺は悪くねえって!」
    「しかし手を出したのはお前が先だろう!」
    「でもあいつがっ」
    「お? なんだ?」
    「くそっ、何でもねえよ」
    おかしなことに、この校長室の中にはまたエレンしかいない。話しぶりからして今回も相手がいたものと思われるが、その相手はどこだろうか。……とりあえず今はそんなことより、目の前のエレンかと僕は思考を絞った。
    「……エレン? どうしたの?」
    だがエレンは僕とは目を合わせようとはせず、
    「お前も行けよっ! ほかの生徒が待ってんだろ!」
    威嚇するように声を張り上げるばかりだ。
     まるでお互いがあの幼馴染であったと知る前に戻ったみたいで、少し寂しかったし、どうしてだろうと怯みもした。
     けれど、ここは僕が強く引いてあげなくてはと気を持ち直す。
    「エレン。今僕にとって大事なのは君だ」
    ゆっくりとエレンの元に歩み寄りながらそう伝えると、エレンは深く眉根を寄せた。何かわからないが、エレンの中で辛い感情が渦巻いているのがわかる。僕はそれを、なんとかして軽くしてあげたいだけなのだ。
    「話を聞かせてくれないか?」
    「……い、いらねえ」
    力なく呟くエレン。僕はそう簡単に諦められもしないので、さらに対話を試みる。
    「僕は君の話を聞くって約束しただろ?」
    「いらねえよ!!」
    校長室の外まで聞こえそうなほど、エレンの切実な声が飛び上がった。どうしてか、エレンの瞳は水気を帯びていたことに気づく。よほど何かを抱えているのだと悟り、同時に僕も胸が苦しくなった。そんな切なそうな、苦しそうな姿は見ていられなかった。
     ここでだめなら、また二人きりになれるところで話を聞くようにしようと僕は方向を転換した。
    「……アルレルト先生、」
    教頭が何か僕に言おうとしたが、その文章は完結することがなかった。
    「校長先生、教頭先生、すみません」
    だから今度は僕から先生たちに呼びかけた。先生たちとエレンの間に立つように彼の肩に手を置いて、
    「事情はまた詳しく報告します。今は少し、時間をください」
    僕はエレンの味方だよと伝える代わりに寄り添った。
     校長たちは特に僕の行動に不満はないらしく、「アルレルト先生がそうおっしゃるなら」と全面的に信頼してくれた。その判断に深く感謝をして、僕は校長たちに小さく頭を下げてまたエレンのほうへ顔を向ける。
    「ほら、エレン。一緒に行こう?」
    「……なんでだよ」
    未だはらはらと瞳に溜めた涙を輝かせながら、エレンが僕のことを一瞥した。この状況だ、僕は迷わずに答えた。
    「なんでって、君は大事な生徒だからだよ」
    しかしその返答はエレンの望んでいたものではなかったらしい。エレンは僕の言葉を聞くや否や、悔しそうに涙を飲み込むような仕草をした。それからいっそう視線が鋭くなり、「くそ!」と暴言を零して走り出してしまった。
    「あ、エレン!? ちょっと待って!」
    追いかけようと思って駆け出した僕だが、エレンはあっという間に校長室から飛び出して廊下を駆け抜けて行ってしまった。
     足が遅いどころか、運動が得意でない僕は走って追いかけることをやめた。……いや、この段階で走って追いかけたところで、エレンの気持ちの足しにはならないだろう。さあ、どうしたものだろうと、僕はそこでため息を零してしまった。
     ――『君は大事な生徒だからだよ』
     僕だってこの返答には違和感というか……何かもやもやしたものを抱いてはいるんだよ、エレン。
     今伝えられないから、心の中だけで投げかけた。……エレンが苦しそうなら側にいてあげたい。それはほかの生徒に対しても同じことではあるけれど、でも、……エレン、君に対しては少し違う。ほかの生徒の問題が解決できればいいと思う、けれどそれは僕でなくていい。けど、エレン、君の辛さを解くのは、僕でありたい。――僕は今さら、そんな小さな欲求に気がついた。
    「僕、ちょっと探してきますね」
    観念して顔を上げた。呆気に取られていた校長たちにそう告げて、早々に踏み出さそうとした。
    「アルレルト先生、」
    呼び止められてふり返ると、教頭先生が心配そうに僕を見ていた。
    「熱心なのは嬉しいのですが、どうぞお気をつけて。イェーガーがいつ先生にも手をあげるか、私はヒヤヒヤで……」
    エレンがまったく信用されていないことはわかった。とりあえず僕にはそれが想像もできないし、おそらくエレンはそんなことはしない。僕に拳を向けるというのなら、もうとっくに校長や教頭も殴っていただろうし、いくら成績がよくても退学など処分を受けていただろう。エレンは僕が〝アルミン〟だと知る前から、僕に対して拳を握ることはなかった。それは今回だって同じだ。エレンは理由もないのに無暗に手を挙げたりしない。
    「それはおそらく大丈夫ですよ」
    僕は改めて駆け出した。
     まず初めに〝裏の公園〟へ行った。いるとしたらそこだろうと思ったのだけど、そう簡単なことではなかったのだと思い知る。エレンは公園にはおらず、僕はそこでどうしようかと途方に暮れた。
     次に僕は学生が行きそうなところを考えた。近所の商店街やゲームセンター、ほかの公園なども探し回った。しかしどこにもエレンの姿はなかった。仕方がないので僕はエレンのお兄さんであるジークさんに電話をした。彼の行き先に心当たりはありませんかと尋ねると、見当もつかないねと笑っていた。その内お腹を空かせて帰ってくるから大丈夫ですよ、と言われたけれど、本当にそうだろうかと僕は疑問だった。駆け出したエレンはきっと、誰かに見つけてほしいという希望や期待を持っているはずだ。待っていれば帰ってはくるだろうが、それではエレンの信頼を失ってしまう。もしかしたら、もう以前のように僕と接してくれないかもしれない。
     ――『アルミン!』
     幼い日に嬉しそうに呼んでくれていた僕の名前。今思い出すともう、少し前に一緒にラーメンをすすったときの光景に代わっている。朝起きたときに側にあった温もり、僕の家でだけ見せてくれていた優しい笑顔も思い浮かぶ。
     そう、それでは――待っているだけでは、僕が嫌なのだ。
     僕はそれからも学校に戻り校舎の中や図書館、相談室を探してみたり、あちこちを走り回った。そこにいないとわかると、今ならいるかもとまた裏の公園に行ったり商店街を探したり。とにかく僕は自分でエレンを見つけ出したい一心で探し回った。――けれど、エレンはどこにも見当たらないのだ。……僕はすごく焦った。先ほども考えたように、ここでエレンを見つけられなければ、エレンは心を塞いでしまうかもしれない。それは嫌なのに、思ったところはどこも外れだ。
     すっかり日が暮れてしまい、夜の九時前になってジークさんに『そろそろ諦めてくださいよ、明日も帰らなければ警察に言いますから』と諭された。つまり、ジークさんのところにも帰っていないらしい。
     僕も疲労が限界だったこともあり、苦渋の決断としてエレン探しを諦めることにした。……どこに行ってしまったのだろうと心配は尽きない。
     もう一度だけ学校に寄ってみようかとも思ったが、もう既に戸締りを終えている時間だろうと諦めることにした。
     そうやって道中、何度も何度も『あ、あそこ見てないや』とか『今ならいるんじゃないか』と脳裏を過った。どうしても見つけたかったのだ。……けれど、もう歩き疲れて足が棒になりそうで、ここはまた次にエレンと会えたときにしっかりと話をするしかないと自分を落ち着けた。
     薄暗い街灯が照らす、僕の家の前の道を歩く。さすがにお腹が空いてしまったな、昨日カレーを作っておいてよかったと、あえて明るいほうへ思考を持って行こうとしていた僕は、自宅の門扉の前に来てようやく、目の前の光景に気づいた。
     なんと、僕の玄関の前に蹲っていたのだ……エレンが。僕はその光景を目に焼きつけて、深く呼吸をした。一気に肩から力が抜け落ちて、反対に愉快な気持ちなった。ずっと街を探していた僕の家の前に、彼がいてくれるなんて……人って本当に面白いなあと感慨深く思った。
     エレンは門扉の前に立っている僕にまだ気づいていないようだ。僕は驚かせないように静かに門扉を開けて、ゆっくりとエレンほうへ歩み寄った。
    「……ここにいたの」
    声をかけるとエレンは驚いたように顔を上げて、しぱしぱと何度か瞬きをした。どうやら寝起きらしい……僕がなかなか帰らないから寝落ちてしまっていたのだろう。……まったくもう、君って子は。
    「あ、アルミン!」
    「うん。お待たせしちゃったね」
    エレンが慌てたように立ち上がったので、僕は何事もなかったように彼に笑いかけることにした。
     本当は大人として、心配をかけたことを咎めるべきなのだろうと思ったけれど、目の前で縮こまるエレンを見ていたら、そんな気にはなれない。むしろ、僕の家の前で待ってくれていたことを褒めてあげたいくらいだった。
    「お、俺」
    「うん」
    「その、悪かった。自分がすごくみっともなく思えてさ、逃げちまった。でもよく考えたら逃げてるほうがみっともないなって気づいて……」
    「それで、待っててくれたんだ」
    暗闇の中で立ち尽くす大きな子どもは、こくりと深く頷いて見せた。そんな風に言われてしまうと、僕はなんて返せばいいのだろう。やはり一言二言叱るべきなのはわかっていたが、そんなことはもうどうでもよかった。僕が通った不安に気づかないのであれば、もうそれはそのままでいいという気持ちだ。とどのつまり、僕は嬉しかったのだと思う。――エレンが逃げ出したあと、帰る先が僕の家だったこと。
    「はは、とりあえず中へ入ろう」
    「……はい」
    僕は彼の後ろにあった玄関を開錠した。エレンも入れるように大きく扉を開け放って家の中に入り、電気を灯した。あっという間に眩い光が玄関の中を照らして、エレンがしっかりと施錠したところまで確認する。
    「君も夕飯は食べてないんだろう?」
    「うん、まだ」
    「そっか」
    靴を脱いで廊下に上がりながら、僕は少しだけふり返ってエレンを先導するように家の奥へと進む。
    「……あの、先生」
    居間の扉を開こうと手を伸ばしたところで切実そうな声が落ちた。僕はまたしても何事もなかったよう振る舞い、「うん、なあに?」とエレンのほうへ注意を向けた。
     彼はひどく思い詰めたような顔をしていた。僕がその話を聞くまで動かないつもりなのか、玄関前の廊下で拳を握って、まるで何かに怯えているようだ。
    「本当に、俺、悪くなくて…………いや、殴りかかったことは、悪かったかも……」
    どうやら今日のことを話してくれるらしい。……そういえばエレンが飛び出したあと、追いかけてしまったから詳しい経緯を教頭から聞きそびれてしまっていた。
     とりあえず彼の証言からエレンが殴りかかったことはわかったので、「どうして殴っちゃったの?」と尋ねてみた。今回は素直に答えてくれるだろうかと見守っていると、案外軽くその口は開く。
    「猫、いなくなってて」
    「……ん?」
    「あの、前話した子猫だよ。ここ最近公園で見かけなくなって、だからあいつがまたなにかしたんだ。きっとまたいじめて……っ」
    思い出した憎しみのせいなのか、拳を強く握り込むエレンを見て、僕が感じていたのは焦燥だろうか。その話を聞いて、その『子猫』ってもしかして……と焦ってしまった。
    「え、えと、」
    「ん?」
    どう伝えようか思いつかないまま、僕は居間の扉を開いてみせる。するとそこから、ここ毎日と同じように黒い子猫が廊下へ飛び出してくる。そして僕の足元でよじよじと上ろうとしているのだ。
    「……え!? え、こいつ、なんでここに……!?」
    「ごめん、君の話が気になって、僕が保護したんだ。数日前に」
    僕はその子猫を抱き上げて、エレンのほうへ連れて行った。顔を見せるように抱いてやると、エレンはぱちくり、と驚いたあと、何度も僕の目とそのふわふわの子猫を見比べた。
    「じゃ、じゃあっ!?」
    「そうだね。彼がまたいたずらをしていたというのは、誤解だよ」
    静かに彼の過ちを言葉にしてやると、彼ははあ、と大きな息を吸い込んでひどく衝撃を受けたように自身の頭をかき乱した。
    「……そ、そんな……! 俺、誤解で、殴りかかっちまって……うわ、悪いの俺じゃん……」
    そのままエレンはまた玄関前でやっていたように、頭を抱えたまま蹲ってしまった。子猫は動けないことを不便だと思ったのか、ひょいと僕の腕の中から居間に向かって跳んで行った。
    「いや、でも、あいつも疑われるようなことしてたからっ」
    「エレン」
    本人も自分が全面的に間違っていたとわかっていながら、逃げ道を作ろうとしていたので、その思考を止めてやった。しっかりと我に戻ってくれて、ため息を零したあと、エレンは静かに立ち上がってから「……ごめん」と呟いた。
    「うん。偉いよ」
    そんな風に自分と戦っているエレンを、僕は応援してあげたい。
    「……明日は彼に、謝れるといいね」
    できる限り優しくエレンの頭を撫でてやり、あ、しまった、と思ったが、今回は振り払われることはなかった。まるで僕が頭を撫でていたことに気づいていないような、切実そうな顔のままだ。思い詰めたような声色も深くなるばかりで、「……情けねえ……」と零してまた肩を竦めた。
    「そんなことないよ。君はあの子が心配だったんでしょう? 立派だよ、大丈夫」
    きっと自分がやってしまったことを恥じているのだろう、それくらいの経験なんて程度の差はあれど、案外誰にでもあるもので、僕はとんとんと背中を叩いて落ち着けようとした。
     だけどエレンはぐっと涙を溜めた顔を上げて、
    「そんなわけねえだろ! どこが立派だよ!? こんなガキ臭えやつ、なにも大丈夫じゃねえだろ!」
    そんな自分に対して声を荒げて喉を詰まらせた。
    「ううん、大丈夫。君はまだ途上なんだ、誰にだって勘違いや思い違いはあるし、……自分のことがひどく劣って見えることも、何度も何度もあるものだよ」
    ついにその瞳に溜めていた涙は一つの粒になって、そのきめ細やかな肌を伝って落ちた。僕は彼が必死に抑え込もうとするすすり泣きを静かに受け止め、背中を撫で続けてやった。
     エレンがずず、と鼻を啜る隙間で「……っ、ばか、みてえ……っ」とさらに自分を追い込もうとする。
     なにか話題を変えようと思い、人類誰しもが興味のある話題を見つけた。……空腹を思い出したからだ。
    「とりあえず夕飯にしようか」
    僕は最後にエレンの背中を一撫でしたあと、キッチンに向けて動き出した。
    「今日は昨日の残りでカレーがあります。それでいいかな?」
    尋ねると、またずず、と鼻を鳴らして涙をすすったエレンが、ちらりとその瞳を覗かせた。
    「……先生が作ったカレー?」
    「はい、残念なことに、先生が作ったカレーです」
    おどけてそう返してやると、エレンは彼本来の素直さで持って「食べる」と即答してくれた。本当にかわいい子だなと思ってしまい、勝手に笑顔になってしまった。キッチンのほうへ身体を向けたから、笑ったのは見られていないはずだ。
    「うん。よかった、そんなにまずくはないと思う。そこに座ってて」
    キッチンの中に入り、食卓を示して僕は冷蔵庫から鍋を取り出した。それをコンロの上に置いて、早速と火にかける。それから少しだけ泣いて喉も乾いているであろうエレンのために、コップに水を注いであげた。
    「――ところでエレン。どうして急に僕のことを『先生』って呼ぶようにしたの?」
    コンロで温まったカレーをレンジで温めるご飯にかけてエレンに振る舞ったあと、僕たちが対面に座って食べているときに僕はエレンに尋ねた。実は今日帰ってからエレンがずっと僕のことを『先生』と呼んでいたことに気づいて、少し寂しかったのだ。
     しかしエレンは僕を見ながらも、しばしの間は沈黙を保った。
    「そりゃ、学校で名前呼ばれたら困っちゃうけど、ここでは『アルミン』でいいのに」
    押しつけがましくならないように、笑いながら愚痴を零すと、エレンは持ち上げていたスプーンをお皿に下ろした。
    「……だって、俺は生徒だから……」
    やけにしおらしくそんなことを言うエレンを見て、僕も思い出していた。今日の校長室での、あの少しもやもやしてしまった言葉だ。――『君は大事な生徒だから』と、校長先生たちの手前、僕はエレンのことをそう呼んだ。
    「……もしかして、校長室でのこと、気にしてるの?」
    どうやら図星らしく、エレンはわかりやすく動揺して口にカレーを含んだ。本当に素直な子だなと眺めたいところだったけど、だからこそ慌てて手元に視線を落とした。
     それから自らの言葉がエレンに影響を与えているのだと知って、じわじわと悲しくなってしまう。……僕だって好きで言ったことではないのだからなおのこと。
    「ごめんね。あのときはさ、ほら、そう言うしかないじゃない。校長たちの前で『友だちです』なんて言えないし」
    少し声のトーンは下がってしまっていたと思う。エレンは僕の言葉を確認するように「……友だち?」とくり返した。まるでほかの言葉を待っているようだと思ったけれど、僕はあくまで「う、うん。友だち」と肯定した。
     エレンの真っ直ぐ刺さるような瞳が僕を捉えている。ぞくぞくしてしまいそうなほど、きれいな瞳だった。
     とく、とく、と静かなはずの鼓動が少し耳障りに聞こえる。何をそんなに意識しているのか、自分でもわからないふりをして目を逸らした。
     エレンは一度スプーンを置いて、わしわしと本人の後頭部をかいた。動きにつられてまたエレンのほうを向いてしまった僕に、少し照れたように瞳を覗かせて、
    「……じゃあ、アルミンって呼んでいいのか?」
    僕の反応を窺った。こういう仕草は本当にまだ子どもだなと思いながらも、そのきらきらと美しい瞳に吸い込まれそうだった。僕はあえてそれに逆らうように、「もちろん!」と大袈裟に声を上げて自らの気を逸らした。
    「僕も君に再会できたこと、本当に嬉しいんだよ、エレン」
    「……よかった」
    そう言って難しそうに笑ったエレンに、僕の心臓がどくりと高鳴ったのがわかる。控えめで、可愛くて、憎めなくて……愛おしくて。これまで何度も釘づけになりそうな自分を必死に制御してきたというのに、僕は彼の存在に負けそうだった。必死の抵抗として、そんな自分を誤魔化すように「えへへ」と笑った。
     ――これ以上エレンに変な情を抱いてはだめだと、カレーを頬張りながら自分を戒める。僕とエレンは教師と生徒で、それはとても重大なことなのだ。エレンだってそんな気もないのに、信頼している僕からそんな下心のようなものを向けられては傷つくだろう。……いや、下心なんてないけれど、そうだ、そんなものはない。
     僕はカレーを次々に頬張りながら、何度も何度も鼓動が打ちつける度に、何度も何度も自分に言い聞かせた。目前のエレンは、ずっとどこか嬉しそうにカレーを頬張っていた。

     夕飯を摂り終えた僕たちは、また以前のように順番に風呂……というかシャワーに入った。今日はエレンの替えの服なんかは準備していなかったので、僕の服を貸してあげた。……まあ、悲しいほどパツパツだったのだけど。ちょっと面白かった。
     ジークさんへはエレンがシャワーに入っているときに連絡をした。僕の家の前にいたことはなんとなく伏せて、帰路で保護したことにした。今日はそのまま僕の家に泊まることの了解も得る。
     今日一日、走り回っていた僕はシャワーを浴び終えたころにはもう限界に到達していた。時間が十一時前だったこともあり、もう寝ようと提案すると、エレンは僕の寝室までついてきて、一緒に寝ていい? と尋ねた。
     今日逃げ出したことも、僕の家にいたことも、すべてがエレンが僕に甘えてくれている証拠だったけれども、このときほど強くそれを感じたときはなく、僕はあっという間に絆されて、彼を自分の布団の中に招いていた。
     どの道先日までこうやって同じ布団で寝ていたのだ。今さらなにかが起こるわけもないし、と僕は布団に潜り込んできたエレンにそれをかけてやった。
     狭い布団だ、いかんせんシングルのそれなのだから、僕たちはそれまでのように身体を寄せ合った。僕は目を閉じて、肌に触れる隣の温もりを意識してしまっていた。今日起こったこと、エレンが走り出したときの辛そうな瞳、どうしても自分でエレンを見つけたくて滑稽にも走り回っていた自分。玄関の前で顔を上げた少し寝ぼけた顔も、居間の前の廊下で涙を零す姿も、いろんなことが思い出されて頭がいっぱいになった。――そして必然か、僕を見つめたきれいですっきりとした瞳に僕の心は移ろいでいく。
     肩に触れた温もりがもぞりと動いて、なぜか鼓動を速くしていた。隣にエレンがいて触れているのかと思ったら、どういうわけか身体が熱くなっていくように錯覚する。あの瞳を持ったエレンが、僕の隣で無防備に眠っている、それをひどく意識して眠れなくなってしまった。
     ……ああ、そうだ、隣にエレンがいる。けれど、そんなこと今さらじゃないか。それを意識するなんて馬鹿げている。
     僕は寝つけない中で、エレンに気づかれないように自分にまた言い聞かせた。
     すると、するりとなにかが髪の毛に触れたのがわかった。それはくり返し、するすると僕の髪を撫でるように遊んでいる。ぼんやりとした手つき、寝ぼけたエレンが僕に触れているのだとわかった。僕の胸中はふわふわとした曖昧な気持ちで飽和して苦しくなる。――その手に触れ返したいと過った。自らのその気持ちに気づかなかったことにするのは、とても困難だった。
     そのエレンの手つきは心地よくて、僕は始めこそ驚きや切なさに心臓が跳ねていたものの、次第に鼓動が緩やかになっていくのを感じた。――安らぎだ、触れられている安らぎを享受して、僕はだんだんと眠気に誘われた。とても心地が良く、静かに安寧へと案内される。
     うとうとと夢心地で意識を掴んでいるのか手放しているのかもわからなくなったころ、僕はどこからともなく響く声を聞いた気がした。
     ――「……すきだ……アルミン」
     その声はエレンの声のように聞こえた。優しく響いて、僕は思うがままに僕もだよなんて、意識の中で応えていて――……って、え!?
     僕は性急な覚醒を経験した。
     いきなり、まるで反射運動のように瞼が開いて、僕は上体を起こしていた。
    「え、え、エレン!? あのっ、えと、」
    エレンも僕と同じで半分寝ていたようで、僕が突然飛び上がったことで、状況を掴めない様子のまま顔を上げた。
     ――今、エレンはなんと言った? あ、アルミンと僕の名前を呼んだのか。す、す、すき、と言ったのか。
     エレンの初恋の人の話を聞いたとき以上の速さで僕の顔は火を吹いた。茹で上がってくらくらしているのに、エレンは呑気な顔で僕を見上げている。
    「ん、えと。ごめん、俺なんか言った……?」
    問われて、エレンが無意識だった可能性を悟る。けれど、僕はもうそれどころではなくて、はっきりとエレンの声で聞こえた告白にただ動揺した。
    「えと、その……っ、今の、聞き間違いかもしれないんだけど、君、」
    僕はそこで言葉を詰まらせた。はっきりと続きを口にできない。いやもしかして、本当にエレンは何も言ってないのか。僕が夢と現実とを履き違えてしまったのか。いや、そんなはずはない、だってあんなに鮮明に聞こえてきて、あんなに、優しくて。
     エレンがむずむずと居心地が悪そうに唇を引き結んだ。それから観念したように小さくため息を吐き、のろのろと重たい動作でその場に身体を起こす。
    「……寝ぼけてた、かも……よく覚えてない……」
    「寝ぼけ……?」
    エレンも動揺しているのか、自身の髪の毛に触れていた。それから僕の瞳を捉えて、そしてその視線は僕から離れない。僕もこの暗闇で微かに光る瞳から離れられなくなり、静かに見つめ合ってしまった。
     どくどくと鼓動がうるさい。少女漫画とかで『相手に聞こえそう』と心配するシーンがあるが、まさにそんな気分だった。僕のこのうるさい心臓の音が、エレンに届いているのではないかと僕を責め立てて、また無駄に僕の羞恥を促す。
     ……だって、今僕は確実に好きと言われた、エレンに。エレンに、言われた。寝ぼけていたと言われても、はいそうですよねと流してしまえるほど、僕にとってそれは軽いものではなかった。
     ああ、だめだ。僕を見ているエレンから目が放せない。視界がぐらぐらと揺れている。思考がぼんやりしてなにも真っ直ぐに考えられない。目の前にいるエレンで僕の視界はいっぱいだった。
     髪の毛に触れていたエレンが、意を決したようにその手を下ろした。それから僕のほうに身体を向け、思い切ったように口を開く。
    「ごめん、口に出す気はなかった……けど、寝ぼけて言っちまった、かもしれない……。なんか、ずっとアルミンのことばっか頭に浮かぶし……学校でもさ、ほかのやつらと話してると、すっげーむかついてさ、これでも抑えるのに必死で……」
    まるでエレンの言葉を邪魔するように、僕の心臓の高鳴りは最高潮に達していた。内容よりもエレンが一生懸命に紡ぐ姿に胸の苦しさが増していく。
    「アルミンと一緒に横になってたら、なんかすげえふわふわして、心地よくて、あー好きだな……って、思っちまって……」
     ――『好きだなって』
     ぞく、と僕の背中に電撃が走った。まただ、またエレンに、『好き』と言われた……! 僕はもう頭が回らなくて、なにも言えなくなっていた。熱い、熱い、身体が熱い。
     今回は寝ぼけてなんていない、ちゃんとしたエレンの言葉で紡がれた、僕が好きだという彼の言葉。だめだ、だめなのに、身体中が歓喜に沸き立つのがわかる。こんな、絶対受け入れてはいけないのに、エレンがそう言ってくれるだけで、僕を包むすべてがざわざわと肌をくすぐる。
     一度目を泳がせたエレンが、恥ずかしそうに僕を見る。また、そのきれいでまっすぐな瞳で。
    「……アルミン、俺、お前を独占したいとか思っちまってる、かも……」
    だめだ、だめだ。これは、だめなんだ。
     僕は一方で自分の胸が歓喜で溢れていたことに気づいていながら、もう一方で常識や倫理観が割って入って自らを制止しようとした。そうだ、これは、そんなはずがない。いくら僕がエレンの初恋だったとして、いくら初恋のあとに恋なんてしたことなくたって……いくら僕を見つめる熱い眼差しをいくつも思い出せたって……そう、理屈なんてどうでもよくて、ただただ、この二人が互いにそんな情を持つことは、許されないのだと再確認する。
    「……それはっ、その、」
    僕はなんとかしてエレンを傷つけずにこの場を収めようとした。エレンが僕を好きだと言った気持ちも、そうだ、きっと勘違いなのだ。
    「憧れ、だよ」
    真っすぐに僕を見つめているエレンに向かって、僕はそう笑って見せた。こんなことは許されない、だから、こんなことはきっと、全部勘違いなんだ。
    「……そう、なのかな……」
    「はは、よくある話じゃないか。歳上の人に対する憧れを、きっと履き違えてるんだよ」
    僕が言い聞かせていたのはエレンに対してだけではなかったのも、気づいている。こういうとき、無駄に頭が回る自分が恨めしい。必死になってこの場を流そうとしている自分を俯瞰して見えて、それが滑稽でならない。けれど、それをやめられなかった。それこそ必死だった。
    「だってそうじゃないか、君が僕のことを好き、なんて」
    ――『好き』
     またその言葉を口にしただけで先に詰まってしまった。エレンの声を思い出して、性懲りもなく僕の脳みそが茹で上がっているのではと思うほど、熱くて、苦しくなる。
    「好き、なんて?」
    まるで僕の動揺を見透かすようにエレンはそう問い返した。じっと僕を見つめる瞳は、変わらずまっすぐできれいで、そして今はとても熱っぽかった。完全に気づかれているのがわかった、僕が必死なこと。
    「……好き、なんて」
    問いかけをくり返しただけで、僕はもう耐えられなくなった。熱く燃えるような頬のせい、絶対に顔が真っ赤になっているに違いない。恥ずかしくて、そしてまっすぐ見られて、見透かされているのが我慢できなくて、僕は慌てて自分の顔を手で覆った。これ以上僕のことを見透かさないで、これ以上、僕を暴かないで。……でないと、これ以上はもう、自分を言い聞かせられない。
     少しだけそのままでときが過ぎる。相変わらず僕の鼓動はうるさくて鬱陶しい。きっとまだエレンが僕のことを見ているから、いつまでも治まらないのだ。
     すると、僕の肩にエレンの腕が触れたのがわかった。そのまま力が込められ、ぐっと身体を引き寄せられる。心臓がはち切れそうだ。顔を隠していた僕の両手の手首が掴まれて、隠していたみっともない赤面がエレンに暴かれる。だめ、お願い、見ないで――願っても、喉が詰まって声にならない。
     ぐっとエレンの気配が寄った。唇を寄せられているのがわかって、僕は急いで顔を背けた。今キスなんてされたら、上手く抵抗できるかわからない。抵抗する自信がない。
    「……だ、だめだよ。僕ら、今は教師と生徒なんだから」
    「さっき、ここでは関係ないって言ってたじゃん」
    「でも、これはっ、その、だめだよ」
    僕が言葉を発したことはさしたる問題ではなかったらしい。エレンはそのまま僕の腕を引っぱった。
    「……んっ、」
    そして、触れた。
     僕の唇に柔らかいものが重なって、ついに触れてしまった。しかも触れただけでなくて、エレンの唇は僕の唇を放し、今度は下唇を食み直した。ゾク、と身体にまた電気が走る。
    「んふ、ん、」
    何度も食み直されて、吸いつかれて、僕はやはり抵抗なんてできなかった。
     ――だめだ、これは、だめなのに。
     頭がふわふわした、そして喉の奥、脳みその芯まで届くような甘い電流がびりびりと僕の思考を麻痺させる。まるで劇薬を飲まされたような、幻覚でも見ているような浮遊感が身体を包んだ。
     ――こんなのは、だめ、なのに。
    「……っ、」
    「まっ、待って」
    僕は掴まれていた腕で、なんとかエレンを引き剥がした。あまり強く押さえつけられておらず、一度抵抗するとすぐに開放されたから押し返せたようだ。僕と未だ至近距離にいるエレンの呼吸は浅くなっていて、僕も、落ち着かない呼吸のままエレンの熱い眼差しを見返した。
     ぐつぐつと熱情が瞳の奥で滾るエレンを見て、僕はたちまち胸が苦しくなる。――僕を好きだと思ってくれた瞬間があったことは、とても幸せだと認めてしまう。……けれど、これは、許されないから……。
    「ほら、……なんていうか、僕は、君にとって流れ星のような、存在になると思う」
    僕はエレンを傷つけたくない一心で、彼の髪の毛を撫でながら諭した。
    「流れ星……?」
    「君の若い人生の中で、僕の持つ輝きは、たぶん一瞬なんだ。きっとすぐにさ、太陽みたいな人が現れるよ。……そんなとき、僕のような微かな光を愛したことを、きっと省みてしまうから……」
    そう、高校を卒業してもっと大きな世界を見て……そしたら、僕なんかすぐに忘れてしまうくらい素敵な人と出会うはずだ。今僕との許されない恋を無理に通す必要はないはずなのだ。
     自ら抱えた大きな矛盾に、もちろん僕は気づいている。僕は、エレンに好きと言われて歓喜したのだ。そんな僕が、エレンが太陽のような誰かと出会うことを、素直に願えるはずもなかった。……けれど、僕たちはきっと、すれ違う運命なのだと思う。幼くして離れ離れになったことも、教師と生徒という今の肩書も、それらを物語っている。
     するり、とエレンの手が僕の脇の下を通って背中へ回った。それからぎゅっと抱きしめられて、僕は先の読めないエレンの行動に驚いてしまった。エレンはそのまま僕を愛しそうに抱いてくれて、僕の中では切なく痛みを伴う温もりが溢れていた。
     ――僕はエレンと、
     そこでわざと思考を止める。だめだ、今渇望に任せて考えてしまったら、引っ込みがつかなくなる。
     エレンがゆっくりと身体を放して、「……知ってるか、アルミン」とまた僕の顔を覗き込んだ。
    「太陽は願いも叶えてくれねえし、じっと見続けていると目に毒なんだぜ」
    唐突に抗議されて、僕はきょとん、とエレンを見返してしまった。
    「お前が流れ星だってんなら、俺はその流れ星を捕まえたいと思う。アルミンがいれば、どんな願いも叶う気がする」
    自分が言いたいことを言って満足したのか、エレンは僕がなにかを言うよりも先にまたぎゅうっと抱きしめた。
     僕は慌ててそれに反論をしなければと、エレンの腕を掴み返した。
    「違うんだエレン、だから僕はっ、」
    ――口を塞がれた。
    「ん、ん、」
    先ほどよりも力強く、エレンは僕の唇を捉えた。今度は身体ごと捕まえられていて、抵抗なんてできやしない。ただでさえ強くなった痺れのせいで、先ほどよりも力が入らないというのに、先ほどよりも力強く、エレンは僕を捉えていた。
    「っふぅ、ん、」
    けれど、それはあまりにも心地がよかった。
     先ほど思考を麻痺させていた微弱電流が、今度は身体の隅々まで巡る。甘くて、熱くて、気持ちがよくて……僕はもう、抵抗する意思をはく奪されていた。
     ――そうか、これが好きな人とするキスなんだ。
     そう思ってしまったが最後、もう止められなかった。止める術を知らなかった。こういう経験については、僕はいくらも教師と呼ぶに足りず、むしろまだまだ幼い子どものようだった。
     一度認めてしまったら、もう溢れ出す、次々に、好きだとただそれだけが。頭の中を埋め尽くす熱情に歯止めが効かない。好きだ、好きだ、好きだ、エレン。
    「んっ、んん、」
    キスがどんどん深くなる。僕の唇を美味しそうに食んでいたエレンは、それだけでは足りず舌を押し込んでくる。僕は驚いた、この子はどこまで僕を追い詰める気なのかとぞくぞくする。
     こんなことはだめだとあれほど思っていたのに、もう身体がいうことを効かなかった。……いうこと? むしろ、脳から送り出される指令が既に、『エレンを受け入れよ』に変わっていたような気さえする。
     そして僕たちはそのまま、拙くも互いの身体を隅々まで触れ合った。足のつま先から髪の一本まで、余すことなく愛で合ったのだ。

     翌朝、僕は絶望とともに目を覚ました。
     一糸まとわぬ姿で隣に横たわるエレンを見て、同じく一糸まとわぬ姿で起き上がった自分に落胆した。
     ――完全に十七歳の性欲を舐めていた自分がここにいる。いや、二十二歳の性欲もだ。僕の敗因はおそらく完全にそこにある。『何も起こり得ない』などと甘く考えず、厳しく言って布団を分けておくべきだったのだ。
     もう取り返しがつかない。僕は熱に浮かされて、ここにはもうエレンと身体を重ねてしまったという事実ができ上ってしまった。……〝生徒〟であるエレンとの情事だ。こんなことが学校側に知られてしまったら、僕だけでなくおそらくエレンもただでは済まないだろう。あまつさえ罪を僕が被るとして処罰されようものなら、エレンが大暴れしそうだなと至ったほどだ。
     ちらりと視界に入った幼気な寝顔を見下ろす。まったく人の気も知らないで、すやすやと気持ちよさそうに寝ているから質が悪い。――僕が思い出してはいけない、昨晩の満たされたような心持ちを思い出してしまったからそう思った。あの、限度を知らない恐怖すら覚える、底なしの、貪欲な、愛おしいさ。僕がこんなに激しく誰かを愛せるとは思いもしなかった……それだけ、情熱的な重なりだったのだ。
     エレンの長い前髪がはらりと落ちる。それによって我に戻った僕は、じっと見つめてしまっていたエレンから視線を外した。
     とりあえず今日も学校なので、僕は先に朝ごはんの支度でもしようと立ち上がった。携帯電話の端末で時間を確認するが、まだ急ぐような時間でもない。僕はエレンをその場に残してキッチンへ降りた。
     料理はからっきしな僕は基本的にはインスタント食品だ。僕はエレンに飲ませるスープを用意するために鍋にお湯を沸かし始めた。それから目玉焼きくらいは自分でも作れるつもりなので、小さなフライパンを取り出す。エレンが起きてきたのはそれくらいのときだった。
     僕が貸したパツパツの服を来て「おはよう~」と大あくびをしながらキッチンに入ってきたエレンは、「おはよう」と返すためにふり返った僕の元へ一直線へ歩んできた。何やらにこにこと嬉しそうな気がする。……機嫌がいいというのだろうか。
     エレンはそんな優しく明るい雰囲気の中、僕の隣に立ち寄って、
    「飯、作ってくれてありがと」
    そして肩をぶつけるくらい身体を寄せた。機嫌がよさそうというのは間違いないようだ。
    「あ、うん。もう少しだから待っててよ」
    「……おう」
    かと言って、肝心の僕は昨晩のことを思い出してしまって、ろくにエレンの顔が見られなかった。にこにこと嬉しそうなエレンはかわいいし、ずっと見ていたいと思うのに、上手く視線がエレンの顔に定まらないのだ。
     エレンはそんなことは気にも留めていないように、今度はひょいと身軽に身を翻した。そのまま居間に繋がる通路まで歩いていき、なにをするのだろうと見守っていた僕の前で、そこまで来ていた子猫を抱き上げた。
    「俺が餌あげていいか?」
    その腕に収まった小さな命を、ふわふわと撫でながら僕に尋ねた。
     その大きく逞しい姿と、妙に懐いている様子の子猫がなんとなくちぐはぐに見えて面白かった。僕の緊張感は呆気なく解れて、それまで見られなかったエレンの顔を容易く捉えることができた。――なにやら、付き物でも落ちたような清々しさで猫に話しかけている。
    「うん、いいよ。そこに缶を置いてあるから、それをお皿に装ってくれ」
    僕はそう指示を出したあと、出したフライパンに向き直った。油を引いて卵を二つ落としていく。ああ、そうだ、と思い出して食パンを二枚、トースターにセットした。これだけあれば朝ごはんとして事足りるだろうと、流れてもいない汗を拭う。
     二人で食卓に座ってそれらをいただいているときは、子猫がかわいいとか、目玉焼きが美味しいとか、そんな他愛のない会話で流れていく。そのどれもずっと機嫌がよさそうなエレンから提供された話題で、僕は気の利いたことはなにも言えなかった。
     それもそうだ、僕にはずっと気になっていたことがあったからだ。
     ――笑顔のエレンを見る度に、その笑みをいつまでも守りたいと思う。そしてそれは、僕たちの関係に釘を刺すことが必要だということだった。……昨晩は流されてしまったけど、僕とエレンはあくまで教師と生徒であって、それは壊されてはならない均衡だ。……少なくともエレンが学生の今の内は。
    「……その、昨晩のことなんだけど」
    「うん」
    だから、本当は『昨晩のことは、一旦なかったことにしよう』と言うつもりだった。本当だ、信じてほしい。僕はエレンを僕に縛り付けたくなかったし、僕がここにいることでエレンの将来に傷をつけたくなかった。
     けれど、『うん』と僕に返事をしながら幸せそうに微笑むエレンを見てしまったら、言葉が出てこなかった。頭の中に用意していた建前がすべてどこかに飛んでいってしまったようだ。そして代わりに頭の中に現れた思考は、何ともシンプルなものだった。
     ――もうこれでいいか。
     そう、思ってしまったのだ。実に軽率だけれど、エレンが今ここで笑ってくれていることが、なによりも大事な気がした。
    「……どうした?」
    呼びかけるだけ呼びかけて何も言わない僕に、エレンは言葉を促した。
     僕は、僕もいつの間にか溢れていた幸福な気持ちから我に返って、エレンにできるだけの心を込めた笑顔を見せた。
    「……その、がんばって、捕まえててね」
    僕がもし流れ星であるなら、捕まえたいと言ってくれたエレンに対する僕なりの返事だった。何のことと聞かれても、この気持ちが別に伝わらなくても、それはそれでもいいと思って、こう言葉を紡いだ。……けれどエレンは思いのほか鋭くて、「ん? 流れ星?」と尋ね返された。さすがエレン、頭の回転が速くて侮れない。
     僕がそれに対して「うん」と答えると、エレンは勝気な笑顔を作って拳を握った。
    「当然、嫌って言われても放す気ねえから!」
    高校生らしい自信満々な姿にまた頬が綻んでしまった。
    「はは、だろうね。僕昨日、だめだって言ったし」
    少し咎める気持ちもありつつ、エレンを少しだけ責めてみると、エレンはなにを今さらとでも言いたげな顔で瞬きをした。
    「……でも、嫌じゃなかっただろ?」
     言われた途端、ゾク、と昨晩身体中に溢れていた甘い痺れが背中を貫いた。
     ――『ん、ん、アルミンっ』
     脳裏にエレンの甘ったるい声が響いていたからだ。寄りにも寄って〝最中〟の光景を思い出してしまった僕は、気が気でなくなっていた。なんでそんな簡単に思い出すんだ、僕の馬鹿……!
    「……う、うん……嫌じゃ、なかったよ」
    言いながら熱が耳の穴から吹き出していくような、頭がくらくらするような感覚に襲われて僕は視線を逸らした。
     僕がこんなにかき乱されているというのに、当のエレンはあっけらかんとしていて、「なら、いいだろ」とパンを頬張るだけだった。いったいどういうメンタルしているんだ、もう。
     そのときにふと、連想ゲームのように学校が意識の中に浮上した。そうだ、大事なことは釘を刺しておかないとと、僕は慌ててエレンのほうへ身を乗り出した。
    「あ、でも、学校では秘密だよ! あ、あんなことしたって知られたら、僕そっこークビだよ! 下手したら裁判沙汰だ!」
    「大丈夫だよ。そんなことわかってる。誰にも言わねえよ」
    エレンは事の重大さを本当に分かっているのか心配になるほど明るくそう約束した。それから食べ終わって空になったお皿を流し台に運びながら、
    「あと半年とちょっとしたら俺は卒業するから、それまでの辛抱だ」
    などと抜かしている始末だ。
     ――本当にわかっているのか。
     そう心配する気持ちは単なる建前で、本当は、エレンの中に当たり前のように存在している僕との未来に胸がいっぱいになっていた。半年後、学校を卒業してもエレンと僕は一緒にいるようだと知れて、くすぐったいのに、幸せがぴりりと痛んだ。

     この日を境に、エレンはすっかり学校での態度が変わった。
     その朝だけだと思われた〝機嫌のよさ〟のようなものは、程度はあれどそれからも続いたのだ。
     まず誤解で殴りかかってしまった生徒に対して、思っていた以上にすんなりと謝罪をしたことに始まった。僕と一緒に校長と教頭へ事情を説明しに行くときもやたらと素直で、あとで教頭に『どんな魔法を使ったのですか』と笑われたくらいだった。それからというもの、『アルレルト先生に任せていれば大丈夫でしょう』なんて言われるようになってしまったから、僕は大変だ。元々全力を尽くすつもりではあったが、なおさら気が抜けなくなってしまった。
     エレンの態度の急変には教師陣だけでなく、生徒も驚いていたようだ。彼の身に一体何があったのだろうと憶測が飛び交うこととなり、もしかして飛び切りかわいい恋人でもできたのではと噂されたときは僕はひやひやしてしまった。
    「――あ、先生」
    「エレン!」
    相談室の前の廊下でエレンに声をかけられた。
     ほかの人には見せないような人懐こい笑顔を浮かべて、僕の元に走り寄ってくるエレンは、いつ見ても自慢したくなるくらいかわいいと思っている。
    「今日、先生ン家行っていい? 明日休みだろ!」
    「あ、うん。いいけど。お兄さんにはちゃんと伝えた?」
    「もちろん!」
    僕の家に遊びにくることが決まったときのエレンの笑顔も格別だ。
     ……あれ以来、エレンが僕の家に入り浸ろうとするので、お泊まりは休日だけというルールを決めた。そして僕はエレンが卒業するまでの半年、思いのほか順調に捕まえられ続けることとなった。


    おしまい

    あとがき

    いかがでしたでしょうか。
    ガッツリBLのエレアルは初めて書きました。
    拙いところがあったらすみません。

    実はプロット打ち始めるまで、ずーっとエレアルにするかアルエレにするか決め切れず、悩みまくりました。
    私は推しを攻めにしたい人間なので、攻めミン書きたいなと思いつつ……最終的に「いや、アルミンはエレンに対しては受けでもいいと思ってるだろうな」と結論が出て今の形になりました。笑。

    アンケートで決まったテーマにうまく沿えているかは謎ですが……。
    あと、なんだろ、私の中でエレンはちょっと未発達な部分があるような印象なので、それを意識して書いてみました。
    皆さんにはどう映っていたのか気になるところではあります。

    本当はアルレルト先生が、男色家の主任の先生に言い寄られちゃうお話も思いついていたのですが、そんなに詰め込んだらいよいよ短編とは! になっちゃうので我慢しました。
    あと、エレンとのことが噂になって、あることないことで誹謗中傷されちゃうアルレルト先生の苦悩とか、あーもうそれ連載だわってなってやめました( ;∀;)
    ぜひ合わせて妄想してください。笑

    ここ最近はHLが圧倒的に多いので、久々にBLが書けて楽しかったです。
    エレアル尊い……。

    これは私の、ただの願望なんだがな……私、この設定のエレアル絵が見たい~~!!!!
    私の画力が足りないばかりに、キー!!!!
    どなたか、気が向いたらこの設定はフリー素材なのでどんどん描いて、そして見せてください。笑。

    それではお付き合いくださりありがとうございました。
    またお見かけくださった方はよろしくお願いします!
    飴広 Link Message Mute
    2023/07/19 22:51:43

    流星

    【エレアル】

    <こちらの作品は前半を2022/08/31に、後半を2022/09/04にSONARSに上げた作品です>

    お題「君の棘は全部抜いてあげる」

    現パロのエレアルちゃんです。

    同率だったお題の内の一つ「正義なんてまやかしだ」もお題としてめちゃくちゃよかったんですけど、活かしきれなかったので、今回はこちらのお題で書きました^^

    よろしくお願いします〜!

    Pixivへの掲載:2022年12月9日 17:40

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    • マイ・オンリー・ユー【web再録】【ジャンミカ】【R15】

      2023.06.24に完売いたしました拙作の小説本「ふたりの歯車」より、
      書き下ろし部分のweb再録になります。
      お求めいただきました方々はありがとうございました!

      ※34巻未読の方はご注意ください
      飴広
    • こんなに近くにいた君は【ホロリゼ】

      酒の過ちでワンナイトしちゃう二人のお話です。

      こちらはムフフな部分をカットした全年齢向けバージョンです。
      あと、もう一話だけ続きます。

      最終話のふんばりヶ丘集合の晩ということで。
      リゼルグの倫理観ちょっとズレてるのでご注意。
      (セフレ発言とかある)
      (あと過去のこととして葉くんに片想いしていたことを連想させる内容あり)

      スーパースター未読なので何か矛盾あったらすみません。
      飴広
    • 何も知らないボクと君【ホロリゼホロ】

      ホロリゼの日おめでとうございます!!
      こちらはホロホロくんとリゼルグくんのお話です。(左右は決めておりませんので、お好きなほうでご覧くださいませ〜✨)

      お誘いいただいたアンソロさんに寄稿させていただくべく執筆いたしましたが、文字数やテーマがあんまりアンソロ向きではないと判断しましたので、ことらで掲載させていただきましたー!

      ホロリゼの日の賑やかしに少しでもなりますように(*'▽'*)
      飴広
    • ブライダルベール【葉←リゼ】

      初めてのマンキン小説です。
      お手柔らかに……。
      飴広
    • 3. 水面を追う③【アルアニ】

      こちらは連載していたアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 3. 水面を追う②【アルアニ】

      こちらはアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 最高な男【ルロヒチ】

      『現パロ付き合ってるルロヒチちゃん』です。
      仲良くしてくださる相互さんのお誕生日のお祝いで書かせていただきました♡

      よろしくお願いします!
      飴広
    • 3. 水面を追う①【アルアニ】 

      こちらはアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 星の瞬き【アルアニ】

      トロスト区奪還作戦直後のアルアニちゃんです。
      友だち以上恋人未満な自覚があるふたり。

      お楽しみいただけますと幸いです。
      飴広
    • すくい【兵伝】

      転生パロです。

      ■割と最初から最後まで、伝七が大好きな兵太夫と、兵太夫が大好きな伝七のお話です。笑。にょた転生パロの誘惑に打ち勝ち、ボーイズラブにしました。ふふ。
      ■【成長(高校二年)転生パロ】なので、二人とも性格も成長してます、たぶん。あと現代に順応してたり。
      ■【ねつ造、妄想、モブ(人間・場所)】等々がふんだんに盛り込まれていますのでご了承ください。そして過去話として【死ネタ】含みますのでご注意ください。
      ■あとにょた喜三太がチラリと出てきます。(本当にチラリです、喋りもしません/今後の予告?も含めて……笑)
      ■ページ最上部のタイトルのところにある名前は視点を表しています。

      Pixivへの掲載:2013年7月31日 11:59
      飴広
    • 恩返し【土井+きり】


      ★成長きり丸が、土井先生の幼少期に迷い込むお話です。成長パロ注意。
      ★土井先生ときり丸の過去とか色んなものを捏造しています!
      ★全編通してきり丸視点です。
      ★このお話は『腐』ではありません。あくまで『家族愛』として書いてます!笑
      ★あと、戦闘シーンというか、要は取っ組み合いの暴力シーンとも言えるものが含まれています。ご注意ください。
      ★モブ満載
      ★きりちゃんってこれくらい口調が荒かった気がしてるんですが、富松先輩みたいになっちゃたよ……何故……
      ★戦闘シーンを書くのが楽しすぎて長くなってしまいました……すみません……!

      Pixivへの掲載:2013年11月28日 22:12
      飴広
    • 落乱読切集【落乱/兵伝/土井+きり】飴広
    • 狐の合戦場【成長忍務パロ/一年は組】飴広
    • ぶつかる草原【成長忍務パロ/一年ろ組】飴広
    • 今彦一座【成長忍務パロ/一年い組】飴広
    • 一年生成長忍務パロ【落乱】

      2015年に発行した同人誌のweb再録のもくじです。
      飴広
    • 火垂るの吐息【露普】

      ろぷの日をお祝いして、今年はこちらを再録します♪

      こちらは2017年に発行されたヘタリア露普アンソロ「Smoke Shading The Light」に寄稿させていただきました小説の再録です。
      素敵なアンソロ企画をありがとうございました!

      お楽しみいただけますと幸いです(*´▽`*)

      Pixivへの掲載:2022年12月2日 21:08
      飴広
    • スイッチ【イヴァギル】

      ※学生パラレルです

      ろぷちゃんが少女漫画バリのキラキラした青春を送っている短編です。笑。
      お花畑極めてますので、苦手な方はご注意ください。

      Pixivへの掲載:2016年6月20日 22:01
      飴広
    • 退紅のなかの春【露普】

      ※発行本『白い末路と夢の家』 ※R-18 の単発番外編
      ※通販こちら→https://www.b2-online.jp/folio/15033100001/001/
       ※ R-18作品の表示設定しないと表示されません。
       ※通販休止中の場合は繋がりません。

      Pixivへの掲載:2019年1月22日 22:26
      飴広
    • 白銀のなかの春【蘇東】

      ※『赤い髑髏と夢の家』[https://galleria.emotionflow.com/134318/676206.html] ※R-18 の単発番外編(本編未読でもお読みいただけますが、すっきりしないエンドですのでご注意ください)

      Pixivへの掲載:2018年1月24日 23:06
      飴広
    • うれしいひと【露普】

      みなさんこんにちは。
      そして、ぷろいせんくんお誕生日おめでとうーー!!!!

      ……ということで、先日の俺誕で無料配布したものにはなりますが、
      この日のために書きました小説をアップいたします。
      二人とも末永くお幸せに♡

      Pixivへの掲載:2017年1月18日 00:01
      飴広
    • 物騒サンタ【露普】

      メリークリスマスみなさま。
      今年は本当に今日のためになにかしようとは思っていなかったのですが、
      某ワンドロさんがコルケセちゃんをぶち込んでくださったので、
      (ありがとうございます/五体投地)
      便乗しようと思って、結局考えてしまったお話です。

      だけど、12/24の22時に書き始めたのに完成したのが翌3時だったので、
      関係ないことにしてしまおう……という魂胆です、すみません。

      当然ながら腐向けですが、ぷろいせんくんほぼ登場しません。
      ブログにあげようと思って書いたので人名ですが、国設定です。

      それではよい露普のクリスマスを〜。
      私の代わりにろぷちゃんがリア充してくれるからハッピー!!笑

      Pixivへの掲載:2016年12月25日 11:10
      飴広
    • 赤い一人と一羽【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズの続編です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / プロイセン【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのプロイセン視点です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / ロシア【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのロシア視点です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / リトアニア【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのリトアニア視点です。
      飴広
    • 「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズ もくじ【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのもくじです。
      飴広
    • 最終話 ココロ・ツフェーダン【全年齢】【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の最終話【全年齢版】です。
      飴広
    • 第七話 オモイ・フィーラー【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第七話です。
      飴広
    • 第六話 テンカイ・サブズィエ【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第六話です。
      飴広
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