いじわるといじっぱり
私がシャワーから上がると、アルミンはリビングのソファで熱心に本を読んでいた。濡れたままの髪の毛にタオルを巻いて、「上がったよ」と伝えると、一旦は本から目を離して私を見上げ「うん、おかえり」と言ってくれたものの、すぐにまた本に視線を落とした。
別に何かを期待していたわけではないけれど、あまりにも素っ気ないので少しムッとしてしまった。
私はアルミンが座ってるソファの隣に腰を下ろして、テレビをつけてやった。わざと少しだけ音量を大きめに設定して、アルミンの反応を見る。……見ようと思ったのに、何やらとても熱中しているらしく、特に文句を言われる気配はない。
私はそれがさらに気に入らなくて、でもどうしていいかもわからずテレビをなんとなく眺め続けた。別に面白い番組でもない。
お互い仕事から帰ってようやく二人の時間ができたというのに、本の世界に熱中とはずいぶんと余裕だなと横目で見てやった。
本に走らせている眼差しがきらきらしていて、またそれが気に食わない。……せっかく隣に座ってやったのに、それすら特に構う気配がない。私より本ですか、とちょっと思ってしまった。
――ようやくこの時間がきたってのに、私には構ってくれないの。
なんだかだんだんと気に食わなさが大きくなっていって、意地でもこちらに構わせてやると意固地になった。
私は既にパジャマを着ているので、生脚を行儀悪くアルミンの膝の上に乗せて、そのままソファに横になった。……どうだ、これで本も読みづらいだろう、そう思いながらも、今度はあえてアルミンのほうは見らずに、テレビに集中しているふりをした。
「……ねえ、アニ、」
ようやくだ、ようやくアルミンから声がかかり、
「お行儀悪くない?」
しかしそれは少し呆れるような声色が混ざっていた。
私が散々隣で待っていたのを無視してくれていたというのに、
「あんたそんなこと気にするの?」
「さすがに読んでる本の上に脚を乗せられるとねえ……」
少し不満そうだ。
でも私はやっとこちらに向いた意識に満足して、少し気分が良かった。これまで私のことを放っておいたのだから、私がここにいることに気づいたのなら、ちゃんと私の相手をしてくれるよう、期待した。
なのにアルミンはゆっくりと、余裕のある動作で本を閉じてそれを反対側の床に置くと、
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなよ?」
少し挑発的な眼差しで私の脚を捕まえながら言った。
――こいつ、私の思っていることに気づいてる。そう確信した。でなければ、こんな挑発的に『思ってることを言いなよ』なんて言わない。
「あんたのそういうところ、ほんといい性格してるよね」
「ええ? なんのこと?」
今度はそれに少しの笑みを混ぜて、あえてとぼけて見せられる。……あくまで、私が私の口からアルミンと時間を過ごしたいと――構ってほしいんだと、口にするまで譲らないつもりだ。
……でも、そんな、構ってほしいなんて、私の意地にかけても言えるわけがない。苦肉の策で「……暇なんですけど」と伝えると、また楽しそうに「テレビ見てるじゃない」と指摘してきやがる。
それから、にやにやと私のことを見ているものだから、なおさら意地を張ってしまって、言葉が喉に詰まる。――『構ってよ』って、それを言えばいいだけなのはわかっている……けど、けど……!
何度か本当に言ってやろうかと試みはした。けれど、何度も何度も喉に突っかかって、上手く言えない。……そ、そんなの察してよ! と最終的には耐えられなくなって、ふい、とテレビのほうへ顔を向けた。
そんなに私ばっかりが構ってほしいみたいに思われるのもなんとなく癪だ。今度は反対に意地でも言ってやるもんかと思ってしまった。……大人気ないのはわかっている。でもどうしても言えないのだ、構ってほしいなんて、そんな恥ずかしい一言は。
私が完全に防衛体制に入ったことに気づいたのか、くふ、っとアルミンのほうから笑みが漏れたのが聞こえた。
「――わかったわかった。ごめんってアニ」
アルミンが唐突に私の頭を乱暴に撫でてくる。
ほら、やはり私が言いたいことをわかっていて、意地悪くそれを言わせようとしていただけだったのだ、この男は。
「……でも、そんなに言いたくないものなの? 『構って』って、それだけなのに」
自分でもわからない。なんでこんなに意地を張ってしまうのか。『好き』も『キスしたい』も『構って』も……どれも、そういう類の言葉はどうにも自分では口にできない質なのだ。私だってどうしてなのかわからない。
「これは純粋な疑問なんだ」
アルミンの声が少し近づいた。私はそれでも意地悪をされたことに腹を立てていたので、アルミンのことは無視してやった。
私がこんな質だって、わかってるくせに。
「ねえ、アニ……?」
今度はアルミンがあまりにも構って欲しそうな声使いをするものだから、
「『言いたいことがあるなら、はっきり言いなよ』」
私は食らった言葉をそのままオウム返しで返してやった。どうだ、それを言われる気分は、と思う間もなくアルミンは口を開いて、
「好きだよ、アニにたくさん構ってほしい」
思わず向けてしまった視線をしっかりと絡めとりながらそう答えた。
自分は恥ずかしくないからって、そんな見せつけるように! 本当に意地が悪い!
「あんたって、ほんっっと!」
悪態を吐こうとしたのに、それすら遮られてぐっと身体を寄せられる。ハッと気を取られている間にも「もっと言う?」と、吐息がかかるくらいの距離で見つめられた。
「構ってほしいのに素直に言えないところも可愛くて大好きだよ。ぼくの膝の上に脚を乗っけるのも、触れていたいのかなって思っちゃって、本当はドキドキしちゃった」
間近で見る瞳が、先ほど本の上を走っていたときのような輝きを帯びていた。……いや、それ以上かもしれない、きらきらきらきら、じっと見つめられてあっという間に頭の芯から熱が滾った。
「ちっ、近い近い!」
「だって、キスしたいもん。好きだよ。キスしていい?」
そうだよ。こいつはほんと、私がためらって言えないことを、なんでもすぐに言えてしまう。こんな近くに寄られて、キスしたくないわけがないのに、それも言わせようとするからさらにカッと熱くなってしまった。
「す、好きにすればいいだろ! んっ、」
私が認めた瞬間には既に唇が重ねられていて、
「んっ、ふ、」
何度も何度も、ときには食むように唇を触れ合わせられる。その間にも私が自らアルミンの膝の上に置いてしまった脚に、さらりとアルミンの手のひらが触れて、ゆっくりと撫でていく。
びりびりとした微弱電流のような感触が身体をくすぐって、思わず身を捩ってしまった。頭のてっぺんにまでその電流が駆け抜けていく。
キスが離れて、それでもその瞳はまた目の前でその位置を止めた。ぐつぐつと滾る熱を隠すことなくじっと私のことを見つめて、
「かわいい」
その一言を言うために、深いため息のような吐息を溢した。
どんな顔をして見返していいのかわからない。そんな熱視線に晒されて、私は身動きすら取れなくなったように錯覚した。
「……ッそ、そんなに……見ないでよ」
なんとか顔を背ける。溶けそうなほどに熱くなっている顔だ。きっと今、これ以上ないほどに紅潮しているに違いないと自分でもわかった。
「こんなにかわいいのに見逃すなんて損じゃないか」
――ああ、もう、なんでこんなに両極端なんだ。
私は心の中で叫んでいた。確かに構って欲しくてちょっかいを出していたけど、ここまでするほどのスイッチを押したつもりはない。
「……アニこそ、こっちを向いてよ」
アルミンは静かな声でそう呟いた。……言いたいことを素直に言える人は、羨ましいとも思う。アルミンは今、私と視線を繋ぎたいんだとちゃんと伝わるし……私も、それに応えることができる。
ふらふらと迷いながらも、なんとかぴたりとアルミンの視線と自分のを重ねた。
その瞳から溶け出している熱は未だに止まるところを知らず、ゆらゆらと燃えているように見える。――好き、と思ってくれているのが伝わってきて、また身体の芯から熱くなってくる。
「……好き」
アルミンがそう呟いて、また唇を寄せようとした。
私は何を思ったのか、素直に、言ってみようと……そこまで好きを伝えてくれるなら、私も、やってみようと……、
「構って……欲しかった」
極々小声でそう訴えた。
消え入りそうな声量だったけど、この距離だ。聞こえたはずで、
「…………わ、私も……」
『好き』と、ただそれを言うだけなのに、どうしてこんなに意識してしまうのだろう。私だって、素直に伝えられたらどんなに楽だったか……。
「す、す……、」
最後の『き』までちゃんと紡げたのか私ですらわからないくらいの間合いで、ちゅ、とアルミンに唇を塞がれていた。アニ、と茹だった声で呟かれて、また脳みその真ん中からびりびりと電流のようなものが身体を巡る。
「んっ、ふ、るみんっ」
「あにっ、すき、もう……っだい、すき……!」
止めどなく降り注ぐ愛情を受け止めることで精一杯だった。何度も何度も唇を食まれ、何度も何度もそれを食み返す。時折、唇が離れてぎゅう、と抱きしめられ、そうしてまたキスが再開する。
しばらくそうやって互いへの触れ合いは止まらなくなり……当然、それだけで終わるはずもなく、私たちは夜が深く耽るまでずっと、互いに触れ合い続けた。
おしまい
あとがき
アクアさんお誕生日おめでとうございます〜!!
というわけで、お誕生日のお祝いとして書かせていただきました!
ご読了ありがとうございます!
リクエストの『イチャラブアルアニちゃん、胃もたれするくらい』でした!笑
いかがでしたでしょうか……!
純粋なイチャラブが逆に難しくてこれであってる!?ってなってしまってました……!(≧∀≦);
少しでもお楽しみいただけていたら幸いです!
それでは改めまして、お誕生日おめでとうございます〜!