君と見る夢
「ジャン……――ジャン?」
目を開くと、そこに見慣れた顔が覗いていた。太陽の光を背負って、柔らかな眼差しで俺のことを見ていた。夢うつつのような曖昧な、ふわふわとした視界の中にいる。
「んっ……アルミン……?」
「おはよう。こんなところでうたた寝?」
その言葉を理解して初めて、はた、と意識が鮮明になった。
「え、あ、おれ、」
身体を上げて周りを見回せば、いつも自分が使っている机に突っ伏して寝ていたようだった。しかもそれまで読んでいた参考書を抱えて。
「……珍しいね。お昼寝しちゃだめとは言わないけど、せめてベッドに行きなよ」
今日は休みだったのだ、だから温かな陽気の中で読書をしていて……溜まっていた日々の疲れのせいか、いつの間にか寝落ちたようだった。
目の前で俺の顔を覗き込むアルミンに視線を戻す。何かがいつもと違う気がして、きり、と胸の中が痛んだ。
そういえば、俺は何か途方もない夢を見ていた気がする……待って、と。置いてかないで、と。そんな風に思ってしまうような夢だった気がする。
「なんか、寂しい……夢を、見ていた気がする」
「……寂しい、夢?」
ぱちくり、アルミンの長いまつ毛が瞬いて見せた。心配げに俺を見ているのかと思いきや、やはりどこかがいつもと違うこいつは、なんとなく心許なくこの目に映る。
「……どんな夢?」
「あや、もう覚えてねえや」
とりあえず自分の目を擦って、少し視界をすっきりさせようとした。夢の延長線上でアルミンが心許なく見えているだけなのかもと思ったからだが、
「……もう起きる? もう少し寝る?」
そう尋ねるアルミンは、やはり少し頼りなく見える。……なんだろう、この違和感は。もしかして少し、調子でも悪いのだろうか。
未だ俺の顔を間近で覗き込んでいたアルミンを少し避けさせて、俺自身が立ち上がるだけのスペースを作らせた。ぐっ、と身体に力を入れる。
「いや、元々寝るつもりなかったし、顔洗ってきて起きる」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
立ち上がってしまえば、こいつの視線は俺のよりかなり下に位置する。俺は立ってからその顔を眺めて、どうしても先ほどから気になっているこいつの調子を確かめようとした。
一方で俺を送り出すつもりで声をかけたアルミンは首を傾げて、まじまじと瞳を見つめる俺を見返す。
「……まだ少しぼおっとしてるね?」
声にも少し元気がないようだ。微々たる変化でも、そこに確かに変化があることがわかって、俺はその肩に手を置いた。
「アルミン、何かあったか?」
いつもより心許なく見える眼差し、張りのない声色……勘違いかもしれないが、そうでないかもしれない。俺はその距離感のまま、アルミンに視線を降らせた。
当のアルミンは少し身体を後ろに寄せたかと思うと、今度は困ったように笑って「え、どうしたの急に。何もないよ」と俺に教える。
……いや、これはおそらく隠している。そんな気がしたが、隠したいというのなら無理に掘り返すこともない。
「……それならいいが」
俺はアルミンの頭を乱暴にわしゃわしゃと乱してやって、「わあっ」というアルミンの声を聞きながら洗面所へ向かって踵を返した。
「じゃあ、顔を洗ってくる」
「う、うん。……ジャン」
「うん?」
廊下を数歩も歩かないうちに呼び止められる。静かに振り返れば、アルミンはそこで立ち止まったまま微笑んでいた。
「……ありがとう」
優しい声がそう紡ぐ。きっとやはり、少し何か思うことがあったのだろう。
「おう」
力になれたのなら嬉しいと思いながら、俺は改めて向かっていた手洗い場を目指した。
――……顔を洗って、また先ほどの机に戻る。読書の続きでもしようかと思っていたら、参考書を持ち上げたところで、向かいに座っていたアルミンが立ち上がった。
ふらりと俺の元に歩いてきて、眩しいものを慈しむような眼差しを繋げた。ゆっくりと身体を屈めて、その流れから、あ、と腑に落ちて、そのまま瞼を閉じた。……これからアルミンがすること、しようとしていること。
「――んっ」
優しく肩を撫でられ、少し熱すぎるくらいのキスが交わされる。急ではあったが、その眼差しを見ればそうしたがっていたのはすぐにわかった。
ぐ、とアルミンの唇がさらに奥を目指して力を込める。どちらともなく零した吐息の隙間に舌が滑り込み、あっという間に唾液を絡ませ合うような濃厚な口づけになっていた。
「ん、ん、じゃんっ」
「るっ、みん……っ」
頭の芯がぼう、と熱を持ち始める。鼻の奥から貫くような甘さが走る。
アルミンは足りないと思っているのか、どんどんこちらに重心を向けてきて、深くに押し入ろうとしていた。俺はもうふわふわと浮かぶような意識の中で、必死になってそれを受け止めていく。
「はあっ、すき」
アルミンが愛の言葉を呟き、それがまたじり、と脳みそまで甘さを運んだ。
「んっ、ぁ、」
熱い、身体が熱くなっていく。
俺もアルミンの言葉に応答しようと思ったが、それが叶う前にアルミンに「……ねえ、ジャン」と呼びかけられた。絡んでいた唇が止まり、俺はそこから「ん?」と気の抜けた相槌を返すばかりだった。
「……どんな夢見たの?」
先ほどのうたた寝のときのことだとすぐにわかる。どうしてそれがそんなに気になっているのかはわからないが、生憎と一度伝えた通りだった。
「覚えてねえって」
「……そっか」
ふうわりとアルミンが優しく微笑む。
「君はいつも優しいけど、起きてから特別優しかったからさ、気になっちゃった」
そうして今度は、力強く俺の身体を抱きしめた。まるでそうすることで何かを確かめているように、しっかりと身体を寄せた。
俺としてはアルミンの様子がいつもと違ったから少し心配して声をかけただけだった。それを『優しい』と感じてくれてだけの話だろう。
「お前が……なんか、しけた面してたから」
ただ、どうしてそうやって声をかけたかは教えてやってもいいかと思い、アルミンの背中に腕を回しながら答えた。
アルミンは深く呼吸をして、
「……上手く隠せてたつもりなのにな、やっぱり君には敵わないね」
しっかりと刻み込むように、俺の身体を抱きしめ続けた。
やはり俺の見当をつけた通り、アルミンには何かが引っかかっていたのだ。俺がうたた寝している間に何があったのか、今度は俺のほうがそれが気になった。
「で、お前こそ、何があったんだよ」
「話すほどのことじゃないよ。少し上手くいかなかっただけ」
そう言ってゆっくりと身体を放し、
「……そうか。んっ」
笑いかけたかと思うと、今度は触れるだけの柔らかいキスを降らせた。それでも、力強い口づけだった。
「っジャンが、ぜんぶ消してくれたから……もう大丈夫だよ」
アルミンはぽんぽんと俺の肩に触れて、それからゆっくりとまた、向かいにある自分の席のほうへ戻っていく。
「……わかった。そういうことにしとく」
それを目で追いながら、俺とアルミンは二人で静かな午後を過ごした。
おしまい
あとがき
ご読了ありがとうございました^^
アルジャンが猛烈に書きたくなって、試行錯誤して書きました……!
うう、君たち尊い……尊いよ……!(顔から出るもの全部出しながら)