ラロタイの来訪者 タマトアは仰向けになったままだった。
縄張りに侵入した者をあの世行きにし続けたことが災いした。ラロタイに棲む怪物は誰もタマトアの縄張りに入ってこないのだ。
他の作品の悪役なら助ける手下がいるだろうが、タマトア自身には手下という存在は不要だと考えていた。そもそもラロタイには話の通じる者は少ないし、交渉しようものなら食われるのがオチだ。
とはいえ。タマトアはぼんやりと上を眺めた。魚どもがのんきに泳いでいる。なんとか体を起こすことはできないだろうか。
「おやおやおや」
タマトアが途方に暮れていると寝ぐらの出入り口から忌々しい声が聞こえてきた。その声の主はマウイであった。
「お困りのようだな?」
マウイは釣り針を構えて不敵に笑っている。
「何しに来た?オレを笑いに来たか」
「いや」
マウイはそう言うと、タマトアによく似た巨大なヤシガニの姿へと変わった。全身には元の姿と同じタトゥー、そして右の鋏には釣り針型のタトゥーが刻まれていた。
釣り針を使えるようになったのか。形勢が不利な今の状態では足一本で済まないだろう。タマトアは半ば諦観していた。
しかし、タマトアの予想は外れた。マウイは前脚の鋏を使ってタマトアを起こした。タマトアの甲羅に飾られていた宝飾品がいくつも落ちる。
「だいぶ落ちたじゃねえか、どれだけ手間かけたか知ってんだろ?」
タマトアは言った。
「また仰向けにするぞ」
文句を言うタマトアに向かってマウイは前脚の鋏を構えた。
「釣り針使えないままだったらお前を存分に痛めつけられるんだがな」
タマトアはそう言いながら自分の甲羅から落ちた宝飾品を1つ1つ巨大な鋏で器用に拾っては飾り直していく。
「そういえば」
タマトアは続けた。
「あの人間はどうした?」
「あの人間?」
マウイは眉をひそめる。
「とぼけんな。お前が囮に使った人間のことだよ」
「なんでそんなこと聞くんだ」
「あの人間は思ったより頑丈で賢かったからな。食うには惜しいし、俺の新しいコレクションに......」
タマトアがそう言いかけたその瞬間脚に痛みが走った。マウイが鋏でタマトアの脚を掴んだのだ。タマトアの関節にマウイの鋏がじわりじわりと食い込んでいく。タマトアは僅かに呻いた。
「......冗談だ」
タマトアが絞り出すように言うとマウイはタマトアの脚を離した。
「食材にしようと思ったが残念だ」
マウイはそう言うと巨大なヤシガニの姿から元の姿へ戻った。
せっかく起き上がれたのに、これ以上脚を失くして立てなくなるのはごめんだ。
タマトアは失くなるところだった脚を見つめた。
「随分と人間にご執心のようだな」
タマトアは再び落ちている宝飾品をちまちま拾い直しながら言った。
「何を今更」
タマトアの姿を見ながらマウイは顔をしかめた。
「いや、語弊があったな。訂正しよう。ついさっき言っていた『あの』人間に、だ。しかし、ご執心の人間を囮に使うとは驚きだな」
タマトアの言葉にマウイは黙った。
「あるいは弱ったところを助けてくれてから入れ込み始めたか?ちょろいやつだ」
「何が言いたいんだ?」
マウイは苛立ったように訊いた。
「その人間が、お前の体に刻まれるに値するかわからないってことだ」
タマトアはモアナの姿のタトゥーを見つめた。ミニマウイはモアナの姿のタトゥーの前に立ってタマトアを睨んだ。
「せいぜい気をつけるんだな。人間はすぐに変わるからな。友からの忠告だ」
タマトアの警告に対してマウイは黙ったままだった。
「まあ、それはさておき」
タマトアは急に明るい口調で話題を変えた。
「次来るときはその嬢ちゃんも連れてきてくれ。新曲で手厚く歓迎しよう。お前には手荒く歓迎してやるがな」
「誰が連れてくるか」
マウイは吐き捨てるように言って寝ぐらの出入り口へと去って行った。
「『誰が連れてくるか』……だって?どの口が言うんだか」
マウイがラロタイから去ったあと、タマトアはマウイの言葉を復唱した。
「もう少しカマをかけるべきだったな」
タマトアはカマ、もとい自分の巨大なハサミをカチカチと鳴らす。そして寝ぐらの出入り口にマウイとは別の人影が見えていたことを思い出しながら、大声で笑った。