ウインクの応酬「初対面のときにあなたがやってた、片目だけ瞑るアレをやってみたいの!」
会って早々、モアナは興奮気味にマウイに言った。
「ウインクか?別に難しくないぞ」
「やってみようとしたんだけど、両目を瞑っちゃうの。コツとかあるかしら?」
「コツは聞くより自分で掴むもんだろ?見せてみな」
モアナは彼にウインクしようとした。だが彼女の両目は瞑ってしまっている。
「まぶたに力が入ってるな。あまり力入れないほうがやりやすい」
そう言ってマウイが左目だけ閉じて手本を見せる。それを見て再び彼女はウインクしようとした。今度は脱力し過ぎてまばたきのようになってしまった。
「それじゃまばたきと変わんないな」
ミニ・マウイもモアナ姿のタトゥーにウインクの指南をし始めた。タトゥーのほうは上達が早く、すぐにウインクを習得した。モアナもそれに早く追いつこうと何度もウインクの練習を重ねてていく。
「わかったわ!」
ようやくモアナが両手で拳をつくって歓声をあげた。とうとうコツが掴めたらしい。
「わかったの!見ててね!」
モアナは改めてマウイに左目を瞑ってウインクした。
「どうかしら?」
目を丸くしたマウイを見て、モアナは上手くいったという手応えを感じた。だが、彼はすぐに顎を左手で押さえてこう言った。
「……今更だけど、なんで急にウインクなんかやりたくなったんだ?」
何故かマウイはしかめっ面になっている。モアナは怪訝な表情になるも、マウイの質問に答えた。
「語り聞かせのときにあなたを演じようと思って」
「話を聞かせるだけなら、わざわざ演技する必要ないんじゃないか?」
モアナの答えを聞いて片頬をゆるませてはいるものの、マウイの言葉は素っ気ないものだった。
モアナは下唇を噛む。あまり出来の良くないウインクだったのだろうか。それとも初対面のときにモアナを洞窟に閉じ込めたことを話したと思ったのだろうか。
「洞窟に私を閉じ込めたくだりは飛ばしてるわ。あなたが舟を奪うことは話しちゃってるけど……」
「そうなのか……。いや、話しても大丈夫だ。事実だしな。それにウインクも上手かったよ」
モアナの表情に気づいたのか、マウイは誤解を解くように弁明する。だが、弁明する彼の目は泳いでいる。
モアナはマウイの様子に違和感を覚えた。こういうときは正直なほうの彼に質問したいものだ。だが運悪く、マウイが左手で顎を押さえているため、小さな正直者の姿は左腕に隠れてしまっていた。
彼女は気づいていない。小さな正直者は、運悪く左腕に隠れているのではなく、マウイ本人がわざと隠していることに。
左腕の下に隠れた彼の左胸には、彼女のウインクを見てから胸を押さえて倒れたままのミニ・マウイと、慌てた様子でミニ・マウイを起こそうと体を揺すり続けるモアナ姿のタトゥーがあった。