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    1月7日【1月7日】

     ふっと気がつくと、橋の上に立っていた。ここはどこだろうかと辺りを見渡すと、それをきっかけにして周りの景色が移り変わり始めた。見る見るうちに時代が巻き戻っていく。

     1942年。

     コンクリート製の無粋な橋が、朱色の木橋へと変化していることに気がついた。
     路傍では、綺麗な着物を着た人々が、赤いチラシを片手に列を成して踊っている。

     戦争に勝とう!兵隊に志願しよう!今こそ、この国の威厳を取り戻そう!

     歓声の溢れる中で、自分だけが異物であった。
     過去に飛ばされた理由もわからないまま、橋のたもとから動けず、踊り歩く人々を眺めている。戦争を始めれば、多くの人が死ぬ。伝えたいが、伝えてはいけないと直感的に分かって、開きかけた口を閉じた。
     突如、空がどんよりと曇り、雲がいやに赤く染まった。それを反射して、川も赤に染った。見渡す限りの赤い景色だ。そこへ、何やら黒い豆粒が迫ってくる。

     川を遡るように、敵機が迫ってくる。

     それにいち早く気が付いて、咄嗟に左手に見えた商店街へ逃げ込んだ。逃げ惑う人々の悲鳴と爆撃の音が、走る私の背中を刺した。

     商店街の中は人っ子一人見当たらない。やけに真っ暗だった。見える限り、どの店も閉まっているようである。
     商店街の外から見つからないように、空いた建物の中に隠れた。ここならば敵に気づかれることは無いと、感覚がそう訴えてきた。
     そうこうしていると、どう入り込んだものか。小さな敵機が商店街内の大通りを通り抜けて、生きている人間が居はしないか、しらみ潰しに探しているのが窓から見えた。
     幸いにも、この建物には窓はひとつしかなく、見つかることはなかった。息を殺し、室内を見回す。お世辞にも広いとは言えない。家具などもほとんどないか、あっても古びている。床にはホコリが溜まっていた。
     部屋の端に、玩具のような木製の小さな青い扉が何枚か落ちている。ひとつ拾い上げてみる。何かに使うのではないかと、もう一度注意深く室内を見回す。あった。入口の扉の横の、左下の一部分だけ色が変わっている。拾った青い扉を当ててみた。寸分の狂いもなく噛み合った。


     視界が眩んだ。


     客船の一室に閉じこもっている。ちょうど、先程までいた部屋と似たような構造をしている。
    何をしたらいいのだろう。私は、どうすればいいのだろう。
     じっとしているのも居心地が悪くて、室内を歩き回る。何もわからない。耳をすましてみると、外から慌ただしい足音が聞こえることに気付く。
     そういえばここには、兄のように慕っている人と、その友人達と一緒に来たのだった。私一人だけ別の階になってしまって、部屋に戻っていたところだった。
     彼らの居る場所に行ってみよう。何かの手がかりが見つかるかもしれない。そう思い立ち、部屋から出て、上の階に向かおうとして、足音の正体を知った。大勢の人が私と逆方向の、安全室に向かって走っていくのである。誰の顔にも、焦りや恐怖が浮かんでいる。疑問を抱きつつも、流れに逆らって階段を上った。
     なんとか甲板の上の展望台に辿り着いた。知り合いが手すりにもたれて海を眺めていた。居るのは私と彼の二人だけであった。彼の隣に並んで、手すりに掴まって景色を眺めようとして、気がついた。前方には岸が見えているのに、客船は相当な速さで進み続けている。
     もしかすると、いや、そうではないと思いたいが。この客船は、制御不能の状態に陥っているのではないか?


     意識が飛んだ。


     ふと気が付くと、先程の商店街の建物の中に居た。
     手元を見ると、壁の変色した部分にぴたりと当てはまったままの青い扉があった。これもきっと、何か意味があるのだろう。
     青い扉の取っ手をつまんで、本当の扉のように開いてみる。控えめに開けた扉の先には見たこともない空間が広がっていた。この時空とは、別の場所だろうか。しかし、通るには少々小さすぎる。
     躊躇っていると、先程よりも近くで爆音がした。悲鳴が上がっている。こうなっては、なりふりかまっていられない。小さな扉を開けて、無理やり中に入った。

     通り抜けた先の部屋は、先程までいた部屋と同じような間取りをしていた。しかし、窓の外は明るく、入口の扉の磨り硝子からも優しい光が射し込む。ほこりの積もった床もすっかり綺麗な木の色を取り戻していた。

    「待っていた」
     声をかけられて振り向く。私の背丈よりも遥かに小さい、紳士姿の猫が立っていた。彼が窓を開けると、外の塀に座っていた一羽のカラスも部屋の中に入ってきた。
     待っていたとは、どういうことだろう。猫が口を開く。彼の言うことには、ここは終戦後の世界で、人々が安らかに休める場所だと。彼岸と此岸の橋渡しをする役目があるらしい。
    君はいついつのなにそれ行きのフェリーに乗っていたね、と尋ねられる。頷くと、猫は続けた。
    「あの客船は、制御不能に陥ったまま港の近くの海岸と衝突して、乗客の中の約千三百人ほどが命を落とすのだよ」
     その言葉を聞くやいなや、まるで走馬灯のように記憶がなだれ込んできた。


     急激に水位が上がった。船の最上階に位置する展望台ですら、手すりが海面の下にすっぽり埋もれてしまいかけた。万が一にでも流されないようにと、知り合いが自分の身体に鎖を巻き付けて手すりに繋げる。船の揺れに体勢を崩した彼が、海に投げ出された。手を伸ばした。息ができなくなる。
     岸が見え始めたのに、客船は一向に止まる気配がない。沈みきることもない。


     世界が白む。


    「来客だ」
     猫の声と、彼が外に出る音で意識が戻った。
     しばらく、呆然としていたようだった。これまで黙っていたカラスが、諭すように語りかけてきた。
    「別に俺達は意地悪をしたいわけでも、過去を変えてほしいわけでもない。起こったことは変えられない。ただ、何があったのかを思い出してほしいだけなんだ」
     この彼岸と此岸の狭間の世界では、大きな事件や事故で亡くなった人を供養する際に、同じ乗り物などに乗ってもらい、事故が起きた場所までゆっくり、ゆっくりと移動する乗り物の中で、宴を開いて死者をもてなすそうだ。そうして自分が死んだことを自覚し、受け入れ、未練を抱かずに彼岸に渡ってもらうのだと、カラスはそう語った。
     黒い羽根が床に散らばっている。拾ってくれとカラスに頼まれて一枚手に取ると、あの客船がゆっくり、ゆっくりと海の上を行く姿が見えた。
    「やるよ。お守りに持っておけ」
     艶やかで立派な風切羽である。
     客席はゆっくりゆっくり動いている。止めることはできない。乗客も周りの人も、海岸に衝突するその瞬間を待つしかできない。運命は変えられない。
     私もそうして死んだんだろうか。


     客船が、あの場所へと辿り着いた。


     海の音が聞こえる。私は一人、砂浜に倒れていた。
     起き上がって海を振り返ると、横転して大破した客船の先端が見えた。船体の大部分は海の中にあった。あれでは助からないだろう。

     私は?

     四肢はすべて繋がっている。小さな切り傷以外の負傷は見当たらない。立とうとすれば、すんなり立ち上がることができた。死んでいない。生きている。

     では、あの世界は一体なんだったんだろう
    縣 興夜 Link Message Mute
    2022/12/09 19:58:30

    1月7日

    1月7日の夢
    #創作 #夢日記

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