5月26日【5月26日】
祖母の家を探索していた。私の記憶にあるそれよりも遥かに広くて驚く。押し入れに入って、天井裏を開ける。通路が見えた。更に上へと続いているようだ。綺麗なコンクリート製の通路を歩いて、また天井裏を開ける。
そもそも、なぜ小さな借家に隠し通路があるのだろうか。この家の住民が亡くなってそれなりに時間が経過しているというのに、誰かが掃除しているかのような適度な清潔さを保っていた。
歩いているうちに、バルコニーのような場所に出た。ここはどうも、どこかの山の上に位置するようだった。物干し竿には洗濯物が干されたまま、放置されている。
足元に置いてあった外履きのスリッパを履く。庭と呼ぶには自然が勝ちすぎている。草の生い茂った砂利の上を歩けば、切り立った斜面の下に海が見えた。どす黒くて、透き通った海である。
洗濯物も、落ち葉も、雨で汚れた外履きも、この景色も、その全ての時間が止まっているように思えた。
ここだけは、あの日のままなのだ。
携帯を取り出して、海を撮ろうとして、何故か気が付いた。これは、夢なのだと。今から撮る写真も現実には持ち込めない。それでもいいと思った。それでも撮りたかった。
画面越しの海は、青く光り輝いていた。私の目には、暗い色しか映らないのに。笑ってしまった。笑えるのに無性に泣きたくなって、携帯をしまってから静かに泣いた。
「どうして泣いているの」
振り返ると、赤い目の、尖ったような髪をした生き物がいた。バルコニーの手すりにもたれて指を組み、こちらをじっと見ている。
「理由なんてない。ただ、泣きたかっただけ」
「そうかい」
それだけ返すと、その生き物は海の方に目を向けた。それ以上の言葉を交わすのは野暮な気がした。袖で目元を拭って、私も同じように海を見た。
次に振り返ったときには、あの生き物はもう居なかった。
外履きを脱ぎ捨てて、室内に入る。少しでも、あの人の痕跡が見つかればいいと思った。歩き始めてすぐに違う部屋を見つけた。
何か奇妙な胸騒ぎがしたが、そのまま扉を開く。中には、大きな姿見があった。それしかなかった。
なんだ、これだけか。部屋を出ようとして、はたと足を止めた。開け放していたはずの扉が閉まっている。他の扉を探そうと振り向いた。
姿見の中の私の足元に、女が縋り付いていた。鏡越しに、女と目が合った。それは血を垂れ流したままの目を歪めて、にたりと笑った。瞬きをした次の瞬間には消えていた。
扉は開いていた。