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    スナイパースガナミ百音が森林組合に就職して2年目の夏、登米夢想の外庭で縁日が開催された。近隣の親子連れや小学生も多く参加する夏恒例のイベントで心待ちにしている人も多い。森林組合もよねま診療所も運営に動員されている。百音はあちこちと資材を運び、子供たちの相手もし、と動き回っており、その週に勤務が当たっている菅波はと言えば、暑いながらも白衣を羽織り、救護と書かれたテントの下で外庭広場全体を見渡しながら、前に置かれた長机にもたれて、その様子を見るともなくみているのだった。

    森林組合の木工ワークショップや食べ物のコーナーと共に、ヨーヨー釣りや輪投げなどのコーナーも設けられ、子供たちでにぎわっている。救護テントの真横では、射的が設置され、佐々木がそこを取り仕切っていた。やはり小学生男子に人気で、中学年から高学年ぐらいの子供たちが入れ替わりたちかわり訪れている。まぁ、あれで大けがすることもなかろうが、体格の小さい子供がレバーで指を挟んだりするかもは気を付けておかないとな、と見ていると、そこに小学生数人に手を引かれた百音がやってきた。「モネちゃんもやろーよー!」と言われており、どうやら子供たちに捕まったようだ。

    懐かれてるな、と面白く見ていると、あまりやったことがないらしく、レバーを引く手もコルクを装填する動作もおぼつかなく、ぎゅっと片目をつぶって銃身もぶれていて、もちろん全く的に当たらない。規定の5回を散々な結果に終えた百音が、小学生に「モネちゃんへったくそじゃん!」などとはやし立てられているのが面白い。百音も特に気を悪くするでなく、笑っている。小学生とあはは、とひとしきり笑う百音を見ていると、菅波と目が合う。

    「せんせぇ~!」と無邪気に百音が寄ってくる。「射的、全然だめでした!」
    「たまたま見てましたが、まぁそりゃ駄目だなという感じでしたから、仕方がないのでは」
    菅波が淡々と答えると、百音が頬を膨らます。
    「えー。じゃあ、先生はできるんですか?やったことあるんですか?」
    「子供の頃にやった記憶はあります」
    「それじゃあ今できるか分かんないじゃないですか」
    百音が反論していると、いつの間にか寄ってきた小学生数人が、そーだそーだ、などと言い出す。

    「少なくとも、片目をつぶったら物との距離感が狂いますし、銃身はブレないように脇を締めるものかと」
    「えー」
    「えー」
    「えー」

    百音のブーイングと小学生のブーイングが重なってにぎやかになる。
    菅波はため息をついて立ち上がった。すたすたと射的の前に行き、佐々木に1ついいですか?と尋ねる。佐々木がうなずくと、空気銃を手に取り、レバーを引いて、品定めしたコルクをぎゅっと詰め、脇を締めた姿勢をとって左手で引き金を引くと、景品台の菓子の箱がポトリと落ちた。

    「え!先生!すごいです!」
    百音が食い入るように見上げてくるので、菅波は少しのけぞりながら持っていた空気銃を渡す。
    「やっぱり何回もやったことあるんじゃないですか?」
    「いえ、成人してからは初めてかと。結局、ポイントをどう押さえるかだと思いますよ」
    「どういうポイントですか?」

    ですから…と菅波が説明モードに入ると、百音はふんふん、と頷きながらその通りに動く。
    「まず、空気銃ですからレバーを引いた空気圧で発射するわけでしょう。先にコルクを詰めるとその分、圧が減るから、レバーを引いてからコルクを詰める。詰められたコルクは空気圧をできるだけ逃さないように、欠けたりヒビが入っていないものを選んで、できるだけ奥に詰めて初速が落ちないようにする」
    百音が言われた通り真剣にやるのを、周りの小学生もいつのまにか真剣に聞いている。

    「とはいえ空気銃で大した威力がないわけですから、まっすぐには飛びません。放物線を描いて飛んでいくことを踏まえると、当てたい場所を狙うのではなく、その上数センチを意識すると、当てたい場所に当たる確率が高くなる」

    「狙う時には、左目と右目の位置の違いでズレが生じるので、両目を開けた状態で狙う必要があるでしょう。その際、利き手とそうじゃない方の特性を考えると、力がある利き手で銃身を支えて、利き手じゃないほうで軽くトリガーを引いた方が銃身がブレるリスクを抑えられる」

    「まっすぐ狙っているつもりでも手元と銃口は一定の距離があってズレやすいので、銃口の先の出っ張りと、手元側のくぼみが視線上で一直線になるように構えて。とにかく見る時は両目で。的の重心を考えて、狙うのはバランスを崩しやすい上部角。構える時には、銃床を肩にあてて脇を締めて、肩と両肘の3点で固定するイメージ」

    つらつらとした菅波の理屈一辺倒の説明を、百音はふんふんと聞いて言われた通りにやってみると、見事に景品が落ちた。
    周りの小学生から歓声が上がる。
    「すっげえ!モネちゃんすげえ!」
    「かっけー!」
    百音も嬉しそうにしながらも、「先生が教えてくれたからだよ」と教えた菅波に花を持たせようとする。
    「うん、おじさんの説明すげー!」
    「お、おじs…」
    若さに絶対的な価値を置くつもりは毛頭ないが、かといってまだおじさんと呼ばれる自認はなく、菅波が戸惑っているうちに、小学生が我もわれもと群がってくる。

    「僕にも教えて!」
    「おれも!」
    「僕も!僕も!」

    わたわたとその場を離れようとすると、百音が手をぱんぱんと叩く。菅波が助かった、と思う間もなく、「はい、みんな、ちゃんと並ぶよ!」とその場の小学生を列に並べる。へっ?と菅波が百音の顔を見ると、「先生、お願いします!」と元気よく言われ、いやいやいや、と顔の前で手を振るが、百音も小学生たちもわくわくした顔をしている。「あの、救護所の仕事が…」と言い逃れようとするが、だれも訪っていない無人のテントに説得力はない。

    誰か来るまでですからね、とため息をついて、先頭の小学生が空気銃を手にとる横にしゃがみこむ。百音につらつらと話したときとはうって変わった、子供に分かりやすい語彙と口調で、適宜手を添えて説明し、その子が景品を獲得すると肩を叩いてやる。ひとり一人、丁寧に教える様子を百音が嬉しそうに見ていると、佐々木がこそりと声をかけた。

    「なんだかんだ、面倒見いいねぇ」
    「ですね」

    結局、たっぷり1時間ほどかけて小学生の列を菅波がさばききる頃には、射的の景品は根こそぎという状態でなくなっていた。こりゃあ、片付けが楽だわ、と佐々木が笑う。では、と菅波は救護テントの自分の持ち場に戻るのだった。

    翌々日、診療所の仕事で近隣の小学校の集団検診に赴いた菅波は、想定外の熱烈な歓迎を受ける。射的の手ほどきを受けた子供たちが、スガナミ先生だ!と大盛り上がりし、なになに?と聞く同級生に、あの先生、すっげー射的うめぇの!プロ!プロスナイパー!と盛られた話が伝播する。畏敬の表情で粛々と検診を受けに来る小学生たちに、菅波は気づかず、なんだか今年は列がスムーズだな、という感想を抱くにとどまる。

    その年以降、菅波の射的の教えは近隣の子供たちに口伝で拡がり、あの地域の子供たちは妙に射的がうまいと業者の間で噂になり、子供たちは射的のコツを「スナイパースガナミ」と呼んで代々伝えていったとかどうとか。
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    2022/08/08 19:10:15

    スナイパースガナミ

    #sgmn

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