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    スガナミ反省する。やってしまった…。
    「私ももっと先生にかまわれたい」
    「先生を独り占めしたいので」
    「やなんですか?そうなんですか?」
    って、僕は百音さんに何を言わせてしまってるんだ…。いや、もちろん僕は百音さんに会いに来てて、なんなら一日中百音さんを抱きしめてたいぐらいで。でも、ここはご実家でもあるから、やっぱりそこは憚らないとという自制心を強めに持ってたところもあって。

    絶対これだけは話したいと思っていた結婚のことはお互いの意思確認ができたけど、その後はあたらめてのご両親や龍己さんへの報告とか、サメ次朗の世話とか、ご実家ご近所の来訪対応とか、サメ次朗の世話とか、百音さんの幼馴染の皆さんへのご挨拶に、サメ次朗の世話にと流れに流されていたことは否めない。ずっと百音さんが僕のそばにいてくれて、それだけで幸せだったというのもある。だけどそれに甘えすぎていたんだな。

    いつも心情を大きく吐露することのない百音さんをこれだけ盛大に拗ねさせるとは、僕はなにをやってるんだ。そりゃ、こうやって拗ねてる百音さんもそれはそれでかわいいけども、それは今考えることじゃなくて…。というか、拗ねてる百音さんのキスの破壊力…。なんとか「僕もあなたを独り占めしたい、です」と返事して、その場にへたりこむ。

    僕の返事に満足した百音さんは、ベッドに腰かけて、隣のサメ太朗に「お出かけしてくるねー」とご機嫌に話かけている。なんだかサメ太朗が僕のことあきれて見ているような気すらしてくる。はい、お出かけしてきます。

    「ちょっと母に声かけてくるので、先に車のとこ行っててください」というので、百音さんの車のそばで待っていると、何か荷物を持った百音さんが少し遅れてやってくる。その荷物をトランクに放り込んで、じゃ、行きましょう!と運転席に乗り込むので、助手席にもぐりこむ。乗り込んでから、座席位置が一番後ろなことに気づく。あぁ、こうやって図体のでかい僕を乗せる用意をしてくれてたのかな、とうぬぼれつつ、少しでも寂しい思いをさせたことにやはり反省の念が浮かぶ。

    いそいそとシートベルトをしている百音さんを見ると、にこっと笑いかけてくれる。あぁ、もう、本当にかわいい。僕がシートベルトしたことを確認して、するりと車を発進させる。こうやって百音さんの運転する車に乗せてもらうのも2年半ぶりか、と何もしらずに分かれたあの日を思い出していると、百音さんが、先生が隣にいるのあの日ぶりですね、と同じことを言う。同じこと思ってた、というと、ふわりと百音さんの表情が緩む。

    橋を渡りながら、百音さんがちらりとこちらを見る。
    「後でドライブはするとして、まず行きたいところがあるんですけど、いいです?」
    「もちろん、どこへでも」
    「はーい」

    どこに行くんだろう、と思っていると、橋を渡って10分ほど走って、車が数台停められそうな空き地に着いた。空き地に車を停め、ここです、と言って百音さんが降りるので、僕もそれに倣う。トランクに積んだ黒いケースも取り出して、こっちですと少し小高くなっている丘の方に向かった。着いた先には小さな四阿があり、海と亀島が見渡せた。四阿の柱のそばから海を眺めると、初めて来た場所なのに、なんだか見覚えがある。

    「なんだかここからの景色に見覚えがあるんですが」
    というと、百音さんが正解!とでも言いたげな笑みを浮かべて僕の隣に立つ。
    「時々送っていた空と海の写真はここから撮ったものも多いんです。だから見覚えがある、って言ってもらえてうれしい」
    あぁ、それで。と納得が行く。
    あの院内で過ごし続けた日々に、百音さんから届く空と海の景色がどれだけ慰めになったことか。百音さんが僕の手を引いて四阿の下のベンチに座らせてくれる。

    「でも、どうしてここから?」
    見上げる僕の問いに答えるように、百音さんは向かいのベンチに置いたケースを開けて見せる。その中にはぴかぴかに光るアルトサックスがあった。
    「これの練習をしに来てたんです」
    百音さんのきれいな指が、そっと輝く楽器を撫でる。
    「別に家でもできるんですけど、ひとりになりたいときに、ここで思いっきり練習して。いつか先生が来たときに聞いてもらうんだ、と思って」
    「そうでしたか」
    そこでくすりと百音さんが笑う。ん?とたずねると、そこ、と僕が座るベンチを指さす。
    「いつもはサメ太朗の場所だったんです」
    「え、サメ太朗をここにも連れてきてたんですか」

    サメ太朗かわいがられすぎだろ。うらやましい。
    「サメ太朗は先生のサメなので。でも、今日はそこに先生がいる」
    ぴょんとやってきて、座る僕をきゅっとハグして頭を撫でてくれる。そのハグにそっとこたえていると、百音さんがくすくすと笑う。
    「あー、やっぱりサメ太朗もせっかくだから連れてきたらよかったかな」
    ハグを少しはなしていたずらそうな顔で言う百音さんに、おもいっきりしかめ面をして見せる。
    「ダメです。今日これからの時間は僕が百音さんを独り占めするので」
    「仕方ないので、独り占めさせてあげます」

    笑いながら、百音さんがアルトサックスを置いたベンチに戻る。
    「聞いてもらっていいですか?」
    「もちろん、聞かせてください。リモートであの卒業コンサートを聞かせてもらってから、ずっとあなたの演奏を直接聞きたいと思っていた。あわよくばその演奏を独り占めしたい、とも。なので、それがこんなにすぐ叶って、本当に嬉しいです」

    では、と百音さんがセッティングをする様子を見つめる。あまりに僕がずっと見つめたからか、そんなに見ないでも、って言ってくるけど、こうやってやっとあなたを独り占めできてるんだと自覚させておいて、見ないでって言うのはどだい無理な話だよ。

    セッティングが済んで、おもむろに百音さんが演奏の体勢に入るので、僕も居住まいを正す。最初の数小節でなんの曲か分かった。もう遠い昔に感じられるあの日、宮田さんが僕たちに演奏してくれた曲。ゆっくりと奏でられるその曲が、あの日二人で「一緒に」を語り合ったことを思い出させる。百音さんの背中を押して、前に進ませてくれた曲を、百音さん自身が演奏している。自惚れた言い方だけど、僕だけの為に。

    最後の一音を吹き終えて、百音さんがぺこりとするのに、僕は心からの拍手をする。お互いの目があって、何も言わなくても、あの日から今日まで、百音さんと僕が乗り越えてきたものを慈しむ気持ちが共有できる気がする。しばらくそうしていると、おもむろにまた百音さんがマウスピースを咥えて、別の曲を演奏し始める。さっきの曲とはうって変わったテンポの曲は、あの卒業コンサートで演奏していた曲だ。

    楽器越しでも分かる百音さんの笑顔が夏の太陽に照らされて本当にきれいだ。思わず体が左右に揺れる。僕がそうして演奏を楽しんでいるのがまた百音さんに伝わって、楽しさが倍増している気がする。本当にこんな時間が訪れることを、疲弊しきった一年前の僕に教えてやりたいぐらいだ。

    演奏が終わって、また精一杯の拍手を送る。吹き終えた百音さんもとっても嬉しそうで、額に輝く汗すらきらきらしている。あの卒業コンサートの曲ですね、というと、これは絶対、会った時に直接聞いてもらわなきゃと思って!とにこにこしている。両手を延べてありがとう、と言えば、その手を取ってぶんぶんと上下に振ってくれた。

    そうして二人で笑っていたら、百音さんが静かな笑みになって、あともう一曲、ここで時々吹いてた曲があるんです。聞いてくれますか?と言う。もちろん、と頷くと、じゃあ、と体勢を整えて、演奏が始まった。

    一曲目を思わせる静かな始まりに耳を傾ける。どこかで聞いたことがあるその調べには、一曲目と同じアイリッシュの薫りがする。少し女性的な雰囲気もあるその曲を一心に吹く百音さんの表情には祈りのような静謐さも漂って、本当に目が離せない。

    吹き終えた百音さんが一礼するのに拍手を送ると、ふわっと笑って、僕のとなりにすとんと座って見上げてくる。
    「この曲、知ってました?」
    「聞いたことはあるな、と思っていました。あの曲と同じアイルランドの曲?」
    「そう」
    「どうしてこの曲を?」

    僕の問いに、百音さんはスマホを取り出してぽちぽちと何かを検索すると、そっとその画面を見せてくれた。二人でその画面をのぞき込と、そこにはその曲の意味と歌詞が紹介されていた。

    戦いに赴く恋人を想い嘆く女性の心境の歌。歌詞には、丘の上で涙して、自分の涙で水車も回ると嘆き、自分の大切なものを手放してでも恋人のための鋼を手に入れ、無事の戻りを、と呼びかける言葉が英語とゲール語交じりで書かれていた。

    I wish I was on yonder hill
    'Tis there I'd sit and cry my fill
    And every tear would turn a mill
    Is go dté tú mo mhuirnín slán (And may you go safely, my darling)

    Siúil, siúil, siúil a rún (Come, come, come, O love)
    Siúil go socair agus siúil go ciúin (Quickly come to me, softly move)
    Siúil go doras agus éalaigh liom (Come to the door, and away we'll flee)
    Is go dté tú mo mhúirnín slán (And safe for aye may may darling be!)

    I'll sell my rock, I'll sell my reel
    I'll sell my only spinning wheel
    To buy my love a sword of steel
    Is go dté tú mo mhúirnín slán (And may you go sagely, my darling)

    自惚れでいい。これは、百音さんが僕のことを思って演奏してくれてたんだ。会えないだけじゃなく、なんなら連絡もつかなくて生きてるか死んでるかも分からないような、そんな僕をずっと理解しようとして、自分の気持ちを曲に乗せて。あぁ、もう、本当になんてかなわないんだろう。

    胸いっぱいになって百音さんを見ると、百音さんも一人でこれを演奏していた時を思い出したみたいに泣き笑いの表情で僕を見てる。

    「ありがとう」
    万感を込めた一言に、うん、と力強くうなづいてくれる。思わず、やわらかな頬に手を添えてキスを贈れば、その細い手を僕の手に重ねて応えるこの人を、僕は一生手放しちゃいけない、と改めて泣きそうになる。自分でもあきれるぐらい長いキスの後、それでもこぼれた数滴の涙を、そっと優しい指が拭ってくれる。

    「やっと聞いてもらえて、ほんとにうれしい」
    心からの笑顔でそう言ってくれる百音さんが本当にきれいだ。

    二人で手をとりあって、しばらく四阿から海を眺める。ずっと百音さんが一人で眺めていた海を。ずっと画面越しにしか僕が見られなかった海を。丘の上に吹く、森と海の香りが混ざった風が僕らの髪を揺らしていく。胸いっぱいにその空気を吸っていると、百音さんもその香りを楽しんでいるみたいに目を細めて。こうして同じ空気を楽しむなんて些細なことが、僕たちにとって本当に幸せなことで。

    「二人の時間を作ってくれて、ありがとう」
    改めて礼を言うと、百音さんがわざとらしく頬を膨らませてみせる。
    「先生がサメ太朗とサメ次朗お構いしすぎるんだもん」
    「それは反省シテマス」
    「ほんとに?」
    「ほんとに」

    深々と頭を下げてみせれば、両手で僕の顔を持ち上げて「許します」って笑う、かわいいひと。
    ほんとに、一生、この人にはかなわないんだろうな。でも、それでいいや、って思えてしまう。

    百音さんがひょいと立ち上がって、アルトサックスを仕舞い始める。
    「じゃあ、この後どこ行きましょっか」
    「あなたと一緒なら、どこでも」
    「丸投げはよくないー」
    「でも、ほんとにこの辺のこと知らないし」
    「暑くなってきたし、車戻って相談しましょっか」
    「そうしましょう」

    手を繋いで車に戻る間も、百音さんはさっきの曲を口ずさんでいる。
    うろ覚えでそれに合わせてみたら、全然違う~とけらけらと笑う百音さんがとても楽しそうで、その調子はずれを続けてしまう。

    その呑気さとのどかさが、この夏の日差しによく似合う、なんて柄にもないことを思えるのも、隣にこの人がいてくれるから。サメ太朗とサメ次朗ばっかり構ってごめんなさい。これからも、僕と一緒に、いてください、お願いします。
    ねじねじ Link Message Mute
    2022/07/28 12:31:35

    スガナミ反省する。

    #sgmn

    作中の歌詞引用は下記サイトを参考にしました。
    オリジナルは不明だそうなので、似通った歌詞がいくつもありますね。
    https://portiabridget.wordpress.com/2018/03/17/siuilsiuilsiuil-a-run-a-bit-of-irish-history-in-a-folk-song/

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