ふふくなホットライン菅波と二人で実家に顔を出したのがつい先日。その時、百音は亜哉子との教材の相談に終始し、菅波は龍己や耕治と過ごしている時間が長かった。ああして、実家の男性陣と菅波が馴染んでいるのを見て、それはありがたいな、いいな、と思ったものだった。
それから一週間たった休日。菅波が出先でみかけたという彩雲の写真をスマホで見ながら、二人で椎の実ブレンドを飲む昼下がり。コーヒーがマグに半分になったところで、菅波が牛乳取ってくる、とスマホを置いて席を立った。お願いしまーすと見送って、見るとはなしに菅波が卓上に放置したスマホがタイムアウトでホーム画面に変わるのが目に留まり、百音は我が目を疑う。
少し前までサメだった背景が人物写真になっている。むしろ、自分の。中学生の頃の。えっ?と体を乗り出し、改めてスマホを覗き込もうとすると、さらにタイムアウトで画面がブラックアウトした。牛乳パック片手に戻った菅波が、テーブルの上に体を乗り出している百音を見て怪訝な顔をする。
「どうかした?」
あまりにその自然な受け答えに、自分が見たものは気のせいだったかと思うが、そんなはずもなく。しかし、配偶者とはいえ人のスマホを勝手に触るのはできかねるので、百音はおずおずとそれを指さした。
「あの、それ…」
「僕のスマホ?」
「見間違いじゃなかったら、私の、昔の写真…だったような…?」
「あっ」
すこし焦った様子で菅波がスマホを手に取り、見間違いではなかったと確信を持つ。なぜそれを待ち受けにしたのかと言うのはさておくとして、なぜ菅波が出会う前の写真を持っているのか。答えは一つしかない。
「父からもらいましたね?」
「お義父さんがくれました」
微妙に主語が異なる短文がテーブル上を飛び交う。長い付き合いを経て、すっかり我が物にしたチベスナ顔で、百音が菅波を見る。スマホを手にした菅波は、口をとがらせた。
「先週、島のご実家に行ったでしょう。その時に、お義父さんが昔のアルバム見るか、って見せてくれたんですよ」
「あぁ、あの時」
「で、その時は一冊だけだったんですが、お義父さんが、あれもあったこれもあるぞって写真を送ってくれるようになりまして」
「へぇ…」
それを聞いても崩れないチベスナ顔で、どんな写真送ってきたか見せてくださいと百音が要求すると、菅波はいくつか画像を見せる。百音がむぅと唇を寄せるのを、菅波が上目遣いで見上げる。
「おこってますか?」
「おこってません」
「それにしては、ふふくそうですが」
「それ!ふふくです!もー、お父さんったら!」
ぷんすかとする百音がそれでもかわいいと思う菅波が笑いながら言う。
「百音さんだって、僕の母から僕の昔の写真もらってるでしょう」
「あれは、お義母さんがくれてるんですー。…あっ」
「ね、同じです」
ニヤリとする菅波が、あのチアリーダーの画像消してくれるなら僕も考えますが、というが、それも百音には応じがたく、義理の父息子に知らぬ間に芽ばえていた絆にギブアップするしかないのであった。
「それにしても、それを壁紙にするなんて」
牛乳をたっぷり入れてカフェオレにしたマグを両手で持って飲みながら、百音が菅波を見る。
「なんだか知らない頃の百音さんとの時間を共有できる気がして」
なんだか開き直って悠々とカフェオレを飲む菅波を不服げに見ながら、百音が問う。
「さっきのほかに、どんな写真があったんですか」
「これとか、かわいかったんだぞってお義父さんのコメント付きで。さすがに壁紙にはしませんでしたが、これから秘蔵します」
画面にうつる写真には、明日美と共にミニスカート衣装でバンド演奏している百音の姿が。
「あーこれ、すーちゃんコーデでみーちゃんと着る着ないで大騒ぎしたやつー。あー、それは消してー」
思わずスマホに両手を伸ばすが、菅波がひょいとそれを頭上にあげれば、座った百音では手が届かない。
「誰にも見せませんから。それか、さっき言った通り、僕の写真も消してくれれば」
「えー。それはヤダ…」
父と夫が仲良すぎるのも考え物かも。
百音は恨めし気に唇を尖らせて菅波を見て、そんな百音に菅波はそらっとぼけた顔をして見せるのであった。