モストロラウンジの実態※※キャプション必読です※※
闇の鏡を通り、ノーブルベルカレッジから帰ってきた一同は、鏡の間で解散となり、皆各々が所属する寮へ帰っていく。その中の一人、アズール・アーシェングロットはほくほくとした気持ちを抱きつつも、少しだけ心配なことがあった。
「まぁ、ジェイドやサミュエルさん、ロランドさんがいるので、大丈夫だとは思いますが……」
一つは自身が経営しているモストロ・ラウンジの状態だ。出かける前、くじで外れを引いたフロイドが「モストロ・ラウンジをめちゃくちゃにしてやる」と宣告していたからだ。あの男は気分さえ乗れば、徹底的にやるだろう。もう一つはヒオウギガイの三つ子。一番上のピーノは真面目な優等生だが、その下二人が大変性質の悪い悪戯好きなもので、寮の廊下に火の玉の罠を仕掛けたり、校舎の中庭に落とし穴を掘ったりととにかく余計なことしかしないので、自分が不在の間に何かやらかしてないか心配だ。最後に寮長である自分が不在なのを良いことに、ロランドが寮長面をしていないかどうかだ。先程、比較的しっかりしている者の名前として挙げたうちの一人だが、隙あらば自分を蹴落とし、寮長の座に就くことを狙っている生意気な夜光貝だから、油断ならない。まぁ、そう簡単に隙を見せてやる気も無いがと思いつつ、オクタヴィネル寮へ繋がる鏡を抜け、自分の荷物を自室へ置いてから寮服に着替え、土産を持ってモストロ・ラウンジへ足を運んだ。
「あ、ジェイドせんぱーい。ズルいうちの寮長帰って来ましたよー!」
開店前に入ると、ヒオウギガイの三つ子ピーノ、ティーノ、ルキーノが肩車の格好で水槽のガラスを拭き、アズールの姿を見つけた途端、一番上にいるルキーノがこのような台詞をカウンターでグラスを磨いていたジェイドに投げかけた。それを聞きつけたジェイドの片割れフロイドも掃除の手を止めてアズールを出迎えた。
「お帰りぃ、アズール。どうだったぁ~? 楽しかった? オレはねぇ~、ヒオウギちゃん達と食器でキャッチボールすんの超楽しかったぁ~。あは」
「お帰りなさい、アズール。どうでした? 僕達を置いてまで行った花の街は?」
「根に持ちすぎだろ、お前ら」
アズールの一言に肩車から降りて来たルキーノが口を挟む。
「そりゃ、持ちますよ。ボク達はずっとラウンジでロードーしてるのに、寮長は彼女と二人で花の街デートとか。……虫唾が走りまくりですよ、クソが」
「ルキーノさん、ここは紳士の社交場ですよ。別にデートという訳でもありませんでしたよ。二日目の夜は大変でしたし……」
「え~? なになに~? それって何か面白いこと?」
「寮長、お土産くらいはありますよね?」
「こら、ルキーノ。寮長に失礼でしょう」
「寮長、スタッフルームの電球一個切れてたんで、変えときました」
「おや、ありがとうございます。ティーノさん。お土産は寮生全員分ありますよ。一人一つ、1000マドルですからね」
「金取るんかい」
土産を寮生達に配るよう三つ子に頼み、「土産話は後です」と言って自分も開店準備に取りかかろうとアズールはVIPルームへ入った。
「ああ、お帰り。アズール」
「あら、お帰りなさい、アズちゃん」
「退きなさい、ロランドさん」
入って早々、図々しくも寮長の席に座っているロランドを注意すると、当の本人は白々しく大袈裟に溜息を吐いた。心底残念そうな演技にアズールは片眉を上げる。
「嗚呼、聞いたかい? ジョット。支配人がいない間、僕がここをしっかり守っていたというのに、労いの言葉一つ無いなんて、酷いと思わないかい? 僕は心底思うのだけど」
「仕方ないわよ、ロランド。アズちゃんってば、監督生ちゃんと旅行デートできるって張り切ってたんだから」
「お前らもか」
ジョットとロランド。この二人もくじで外れた当時、「暴れていいか」と「後のことは任せてくれ」と言っていたが、前者はともかく、後者は乗っ取る気満々の顔をしていたので丁重に断ったし、あの双子がいるので、ロランドもあまり大きな動きはできないが、それでもこの有様である。不在の間に溜まっているであろう仕事を片付けようと、ロランドを退かして席に就くアズール。そこに書類の束を手にサミュエルが入ってきた。
「アズール、お帰り。帰って来て早々悪いが、この書類に目を通してもらいたい」
「只今、帰りましたよ。サミュエルさん。本当にあなたは余計な一言が無くて、嬉しい限りです」
「……花の街はどうだったんだ?」
「とても良いところでしたよ。今度、サミュエルさんもご一緒に……」
「監督生とはその後、どうなんだ?」
「…………」
「……? アズール?」
見ると、アズールは俯き、わなわなと肩を震わせていたかと思うと、たった一言叫んだ。
「うるせぇ〜!!」
「きゃ〜、アズちゃんがキレたわ〜!」
「薮蛇だったようだな、サミュエル」
「僕が悪いのか?」
「どいつもこいつも、デートだの、彼女だのっ! ……ええ! ええ! そうですよっ! 旅行デートできると思いましたよっ!! 課外授業に託けて監督生さんとゆっくり街歩きするつもりでしたよっ! ですが、蓋を開けてみれば、監督生さんと僕は別の班……!! べ・つ・の・班!! デートのデの字も無く、二日目には紅蓮の花騒動!! あの騒動さえ無ければ、二日目は各自自由行動だったのに……!!」
「まぁ、可哀想ね。アズちゃん」
「ははは。僕らを置いて行った罰が当たったんだろうね」
「そんなもん当たって、堪るかぁーーーーーーー!!!!」
「……紅蓮の花?」
叫び散らかして興奮状態から徐々に冷静になったアズールは、はぁはぁと息を切らし、やがて取り繕うようにズレた眼鏡を直す。
「ふん……。ですが、次はこうは行きませんよ。次こそ、花の街で監督生さんと旅行デートの計画。僕は実現させてみせます! この責任は取ってもらいますからね。ふふ、ふふふ……」
「あーっはっはっは」と何故か悪役のように高笑いをするアズールを、一同は冷めた目で見ていた。
「アズちゃん、監督生ちゃんとデートするだけなのよね?」
「その筈だが、何故高笑いをしているのだろうね」
「……アズール、早く判子押してくれ」
アズールがキレ散らかした引き金の張本人であるサミュエルは、「我関せず」のスタイルを押し通そうと、デスクに書類を置いた。