邂逅※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・捏造注意
・ラフィットさんに遊び半分で虐められます。
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
瞼を照らす暑いくらいの陽光でプリシラは目を覚ました。ゆっくりと開いたその目はまるで熱に浮かされているようだ。ぼさぼさの髪を掻き上げ、傍にあった石ころを拾い上げる。彼女が視線を移したその先には傷がつけられた木があった。一週間毎に線でまとまった傷がつけられているその木に近づき、新しい傷を手に持っている石で作る。
「………………今日で、一ヶ月」
声を発するのも久しぶりでひどく掠れた音しか出ない。深いため息を吐いた彼女は込み上げる涙を流すまいと必死に耐えた。何故彼女が無人島で生活することになってしまったのか、プリシラは元凶を思い出していた。
彼女は貴族の両親の元に生まれたただ一人の愛娘だった。小さな頃から蝶よ花よと大切に育てられ、両親の愛を一身に受けて今まで生きてきた。毎日、清潔で可愛らしい服を着て暖かい食事をし、友人と楽しい日々を送っていた彼女は間違いなく、幸せだったのだ。一ヶ月前までは。あの事件が彼女から全てを奪っていったのだ。あの日、彼女は両親と共に少し離れた島の別荘へ行く為に客船に乗っていた。レストランの特製デザートがどれも美味しく、彼女を満足させるには十分すぎるほどだった。船には実に様々な職業、身分の者達が乗り合わせており、人当たりの良い彼女にとっては退屈知らずの船だったのだ。しかし、そんな楽しい時間も本当に束の間だった。二日目にして突如、客船は海賊に襲われ、虐殺、拉致、強奪の限りが尽くされてしまい、甲板に溢れる旅行客の重さに耐え切れず、客船は転覆してしまった。
海に落ちた彼女は必死にもがいているうちになんとかこの無人島に流れ着いたのだった。助けが来るかも分からない。両親の安否も不明のまま。彼女はたった一人で島に置き去りにされてしまった。あの日のことを思い出す度に彼女の中で渦巻く激しい感情が暴れ出す。海賊が憎い。できることなら根絶やしにしてやりたいという凶暴で当然の感情だ。こんな恐ろしい思いに囚われるくらいなら、いっそ死んでしまいたい。幾度となく繰り返してきたが、容赦なく襲い掛かって来る喉の渇きと空腹に思考力などあって無いような状態だった。未だ船一隻すら通っていない。
覚束ない足取りで顔を洗いに海へ向かう。自慢だった金髪は日に焼け、ところどころ茶色に変色してしまい、元は美しい仕立てであったシルクのドレスは見るも無残にぼろ切れと変わってしまった。痩せ細り、泥に塗れた彼女の目に映るのは絶望だけだ。ふらふらと冷たい海へ腰まで浸かり、全身を洗う。洗うと言っても海水しか無い為、肌も髪も酷く荒れてしまっていた。望みは薄いが、いつもの癖で水平線を見渡し、船が通らないか見てしまう。そうして、島の東側へ目を向けたその時、プリシラは目を疑った。
木々に隠れるように船が一隻泊まっている。何度も目を擦って凝視してみたが、やはり船が泊まっている。もしかしたら助かるかもしれない、と藁にも縋る思いでプリシラは警戒しつつ、静かに近づいて行った。
あちらから見えないように茂みに身を隠し、様子を窺ってみる。船は巨大な丸太を組んだだけのいかだ船のようだ。なんとも航海するには不安な船だが、船であることには違いない。天高く伸びているメインマストを何とはなしに見たプリシラは、その先端で翻った旗を見て心臓が高鳴り、嫌な汗が背を流れるのを感じた。その黒い旗には三つの骸骨と四本の骨が組まれた絵が描かれていた。海賊旗だ。憎い海賊の船だ!
粗方島を探索した結果、無人島だということが分かった。食料も思ったより少なく、航海士ラフィットは思わず、溜め息をついた。
「なんだ、ラフィット。無人島なのは分かってたことじゃねぇか!」
操舵手バージェスの一言にラフィットはまたも溜め息で返した。少し苛立たしげにわざと靴音を立ててみるも、当の本人は不思議そうにしているばかりだ。
「ええ、そうですよ。分かっていました。しかし、ここまで何も無いとは思っていなかったのですよ。バージェスさん。こんなところに一日足止めされることほど、退屈且つ無駄だと思えるものはありません」
「それも巡り合わせ。日々の行いの賜物である」
二人の間を悠々と通り過ぎながら狙撃手オーガーは言い残す。船の端に座り、鴎を撃ち落す姿にラフィットの苛立ちは諦めに変わりつつある。そういえば、書きかけの海図があったなと思い、部屋に籠ろうと踵を返した時、子供のようにはしゃぐ船長の声を聞いた。
「お前ら喜べ! 人がいたぞ!」
それを聞いたバージェスが船長ティーチと同様、嬉しそうな声を上げる。〝そんなばかな〟と思いつつ、いったいどんな人間がいたのだろうとラフィットは甲板へ戻った。猫の子を摘まむようにしてティーチが連れて来たのは、薄汚い痩せ細った少女だった。野良猫とあまり変わらないような状態だ。警戒しているらしく、強気な目でこちらを睨んでいる。その目は恐怖とほんの少しの安堵、憎悪と嫌悪が滲み出ていた。どのような経緯でこの島に滞在しているのかは彼には簡単に予想できた。つい先月、この辺りの海域で転覆事故があったと新聞の一面に出ていたからだ。しかし、そこには生き残りなどいないと書かれていた筈だった。
〝まさか……あの事故の生き残り、ということでしょうか? いや、そんな筈は……〟
正確には、行方不明者多数と書かれているだけだったが、彼は信用していなかった。大抵の場合、行方不明と書かれている者達は遺体が上がらないだけだ。と、思案に暮れていたところに船医ドクQの咳き込む音で我に返る。少女を診察しているらしい。
「……ゴホッ。栄養失調だ。……はぁ、お前は運が良い。立ってんのが不思議なくらいだ……」
ドクQの診察結果に特に反応するでもなく、少女は無言で返した。随分と愛想が無い。しかし、こんな状況では当然の反応だろう。いきなり、得体の知れない男達に囲まれているのだから。彼女は相変わらず、警戒心を剥き出しにして威嚇するように睨みつけてくる。
「ホホホ。船長、私には現地人というより遭難者に見えますが」
「そう言うな、ラフィット。こいつ構ってれば一日なんざあっという間だぜ?」
「はぁ……。全く、相も変わらず物好きな……」
何気なく少女を見ると、彼女は相も変わらず殆ど威嚇しているような目つきでこちらを見つめ返してくる。そんな彼女にラフィットがこれ見よがしに溜め息を吐いて見せるも、彼女の態度が変わる訳も無かった。取り敢えず、ラフィットはただ一つ関心を持っていることについて訊いてみることにした。
「あなた。もしかしてですが、あの転覆事故の生きのこ……」
その瞬間、彼は口を噤んだ。少女の目の色が変わったからだ。先ほどまで恐怖と猜疑心から威嚇しているようなものから明らかな激しい憎悪と嫌悪、軽蔑の色がそのラズベリーのような瞳を支配した。
「あんた達がやったの?」
人を射殺さんばかりの眼光を放ちながら少女は初めて口を利いた。唇は栄養失調のせいで色が無く荒れており、その声は渇き切って掠れ、とても年相応の少女の声ではなかった。しかし、その一言の内に彼女の今の心境全てが集約されていた。激しいまでの憎悪に嫌悪、深い悲しみと絶望、虚しさ。それらが綯い交ぜになってやっと出て来た一言だった。彼女の目を見てラフィットは怯むどころか、心が躍った。自分の数倍もある男相手にこんな小さな少女が敵意も嫌悪も、感情を剥き出しにして立ち向かおうとしている。その姿がどこか滑稽で可愛らしくていじらしくて、同時に酷く虐めたくなった。
試しに、と少女の両頬を親指と人差し指でむにゅっと摘まんでみる。無言で噛み付いてこようとしたので、「おっと」と言いつつ、軽く平手打ちをすると、そのままの勢いで少女は少し後ろへ吹き飛んだ。
「おや、これは失礼。加減を間違えましたかな?」
「どうも小さな方と接する機会はあまり無いもので」と悪びれもしないラフィットに少女は眼光鋭く立ち上がり、「殺してやるっ!」と声高らかに言って飛びかかってきたが、所詮小さな少女の脚力などたかが知れている。ラフットの足にしがみ付くのがやっとの少女に、「ホホホ」と思わず笑みを零した彼はいきなり彼女の胴を掴んだかと思うと、自分が見えやすい位置まで持ち上げて上から顔を覗き込む。
「案外、楽しくなりそうですね」
自分より遥かに体格の大きいラフィットへの恐怖に震えながらも、少女は拳を作って振り上げようとしたが、いとも簡単に彼に押さえ付けられ、うっそりとした笑みを向けられた。