消えた友人を捜せ 解説編※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・人によっては怖くないかも
・お化け屋敷に関しての裏設定の話ばっかり
・監督生の性別は曖昧
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
マジカメで予告されていた通りの時間、深夜十二時に監督生の配信が開始された。スマホで撮っているらしく、少々画面は荒いが、観られない程では無い。何度か音声テストと撮影テストをした後、「え~、では、始めまーす」と呑気な口調で今回のお化け屋敷について話し始めた。
エースは最近、同室のデュース、オクタヴィネル寮寮長アズール、ノーブルベルカレッジの生徒会長であるロロという奇妙なメンバーで行った記憶が新しい。あの時のことを思い出しては青くなる日々を送っていたが、それもこれも今日でお終いだと思うと、いっそ懐かしさすら覚える。何故なら、エースにとって恐怖の正体を知るということは攻略法も同時に知ることになるからだった。攻略法さえ分かってしまえば、それまでただただ怖かったものもあら不思議、全然余裕で受け流せるくらいには思えてしまうのだから、解説動画に需要があるかと訊いてきた監督生には感謝しかない。
そんな背景もあり、うきうきとした調子でスマホをイヤホンに繋ぎ、光が漏れないように頭からタオルケットを被って、解説を聞く姿勢になっていた。
「まず、今回のお化け屋敷のテーマですが、ズバリ簡潔に『山の怪異』です。今回は山の怪異をたくさん出したくて、色々設定とか考えました。まず、今回のお化け屋敷のタイトルにもなってる『消えた友人を捜せ』ですが、結論から言いますと、結局プレイヤーの皆さんにはそんな友人なぞ最初からいないんです。皆さんはただ普通に登山を楽しんだ後、山の麓の喫茶店に入って、お茶を飲んでいると急にそんな気がして山に向かうだけなんです。いもしない友人を捜しにね。今回の舞台になった山は、そういう人を騙す山なんです」
いきなり、何言ってんのこいつ。いつもと同じように口に出しそうになったが、慌てて口を噤む。同室の奴らにバレたら、後が面倒だ。突っ込みたい気持ちは大いにあるけれど、取り敢えずは監督生の言い分を聞いてやろうじゃないかという気持ちでイヤフォンを通して淡々とした口調で語られる話に聞き入る。
「遠い昔にあの山で戦争が起こったというのは物語上紛れもない事実ですが、首が宙を飛んだという話は戦争が終わってからの当時でも眉唾ものでして、実際首塚らしいものもありません。ですが、一歩でも入れば必ず怪異に出会うと言われている曰く付きの山。あの山はそういった性質を持つ山なんです。……あ、何か質問あれば、コメント欄にどうぞ」
その一言で、ある質問がぽんっと軽い通知音と共に投稿される。内容は「あの山にいた怪異は何だったのか。名前はあるのか」という内容だった。その質問を視界に入れて監督生は真顔で「う~ん……」と考え込む。いや、この顔は実際に考えているのかいないのか、よく分からない。そうしていたかと思うと、「ありますよ」と言った。……えっ!? あるの?
「今回の怪異ちゃん達は、自分の世界に伝わってるお話だったり、ネット上で有名なものだったりするんですけど、一応名前ある子もいれば、無い子もいます」
『怪異ちゃん』という単語が出てきた瞬間、コメント欄では「怪異にちゃん付けて……」とか「お前の友達かよ」、「ぅゎ監督生っょぃ」等々、怪異に対してちゃん付けする監督生に色々衝撃を受けているようだった。エースもそのうちの一人だ。やっぱり、あいつの肝は体の三分の一占めているのだと。
「最初に皆さんが必ず出会う女の子ですけど、あの子はネット上のお話の子で、『顔を覆う少女』というお話に出てきます。キャンプをしに来たある高校生三人組が出会うんですけど、あの子の顔を見ると奇声を発した後、気絶してしまうんですね。三人のうち、一人がそうなっちゃって慌ててテントに避難してから内一人が助けを呼ぶ為に一人で森を抜けるっていうお話です。そのお話の中でも女の子の正体も顔も分かりません。ただ、その子の顔を一瞬でも見てしまうと激しい頭痛と衝撃に襲われ、ただ何の理由も無く、『死にたい』と思うようになってしまう。そういう話の通じない子です。刃物があれば、迷い無く斬る対象になりますね。今回はもう一つ似たような性質を持つ『邪視』というお話の要素も少し入ってます。一応、『邪視』の方は撃退方法があるんですけど、聞いたら多分、美意識高い方々は卒倒しちゃうと思うので、ここでは言えません」
この回答にまたぽん、と質問が投げかけられる。「そんな小さな子に斬りかかるなんて、できない。何か別の方法は無いのか?」と。それを「はあはあ」と無感情な声で読んだ監督生はあっさり言ってのけた。
「無いですね。そんな都合の良い方法は」
相変わらずのコメントの鋭さにエースは頭を抱えた。この配信大丈夫か? 炎上しないか?
「そもそも、自分の世界の人達は魔法が使えないのが当たり前です。まぁ、あっちの世界にこっちの魔法が効くかどうかは分からないんですけど、怪異に対抗できる方法って本当に少なくて。更に言うと、怪異にまともに対抗できる人間、または怪異を救える人間なんて、本当に一握りしかいなくて、一般人がこういう厄介なものに出会ったら、とにかく逃げるか、相手の苦手な物を持ち出すしか無いんですよ。……それに、相手が子供の姿をしているからって、本当に子供だとは限らないんで」
『姿が子供だからといって、本当に子供だとは限らない』。一瞬、意味が分からなかったエースだが、その後の補足説明でぞっとさせられることになる。またぽん、と質問が来る。
「『どういうこと?』。ああ、う~ん……なんて言えばいいのか。外見は子供でもその実態は違うというか……う~ん――あ、何というかアレです。マッチングアプリに似てる感じです。プロフィールの写真は可愛い女の子なのに実際はおじさん、みたいな。外見は子供だけど、実際は忘れられた神様とか」
「はは。何だよそれ」といつもの会話のように小さく言ってから、エースは頭の中で「ちょっと待てよ」と言って考え始めた。姿は子供でも実際は忘れられた神様。確かに監督生はそう言った。それが本当なら、あの時、自分達は神様に明らかに敵意を持って近付かれたということになる。元の話だって、三人が三人とも気絶させられたら、その後はどうするつもりだったのか。
「『忘れられた神様って?』。このお話の最後に、地元の人に話を聞いてみる三人ですが、地元の人でもあれが何なのか全く分からず、手掛かりになりそうなものは壊された祠が出てくるくらいで、後はなんにも分からないっていうオチなんです。なので、自分は忘れられた山の神様か何かなんじゃないかと。昔から山の神様は女性って言われてますしね」
人間一度考えると、確証を得たくて行動に移すものだ。エースは自分が至った考えを監督生はどう思うのかという一心で、コメント欄に書き込んだ。
「あ、また質問……『その話の中でもし、三人とも気絶した場合、その神様はどうするつもりだと思う?』。分かりませんよ、それは。相手は神様『かもしれない』存在なので、何を考えて近付いて来たかなんて、分かる訳ないじゃないですか。人間を気絶させて遊んでいただけなのか、それとも最悪食べるつもりだったのか。それは襲ってきたあの子以外、誰にも分かりません。まぁ、『食べる』だけで済むんなら、まだましな方ですけどねぇ」
訊くんじゃなかった。ははは、と朗らかに笑いながら回答してくれやがった監督生に、ちょっとだけ殺意すら湧いた。
「さて、じゃあ、次のお化けにしますか。皆さん、次に会ったのは、洞窟の中に避難させてくれたお婆さんだと思います。あのお婆さんは、自分の世界では結構有名な民話の妖怪でして……おわ、来ました。『妖怪ってなに?』。う~ん……これも正直、説明が難しいんですけど。そうですねぇ……皆さん、『病は気から』という言葉をご存知ですか? あちゃー、知らない人多いみたいですね。じゃあ、簡単に説明しますと、自分の世界では昔の人は、病気になるのは、目に見えない良くないものの仕業と考えられてまして、その思想から『病は気から』という言葉が生まれました。この『気』が良くないものを表しています。医学が今より発達していない頃の思想ですね。殆どの病気が人々にとって原因不明だった頃、みんな病気の原因はそういった『良くないもの』が悪さをしたからだと思っていたんですね。この『良くないもの』に名前を付けたのが『鬼』です。自分の世界ではこの『鬼』がまぁ、悪者なんですよ。病気にさせるわ、作物や天候を荒らすわ、女子供拐うわ、人食うわで。あー、寝ないでください。もう終わりますから。で、この『鬼』を筆頭に良くないものと良いもの、何だかよく分からないものをそれぞれの土地に根付く信仰によって分けられていったものの総称が『妖怪』です。なので、中には神様とかも余裕で含まれてます。かなりざっくばらんに説明しましたけど、どうでしょうか?」
監督生の説明を聞いても、エースにはいまいちピンと来ない。ただ、監督生の説明ではおそらく神様も魔獣も同じ枠に入っている、ということになる。そんなのおかしいじゃん、としか思えない。だって、神様は神様だし、魔獣は魔獣なのだ。そもそも生き物としての位が違う。魔獣は実際に存在しているけれど、神様はいるかどうかも怪しいもので、概念に近い。同じ枠で括ることにはひどく違和感がある。他の殆どの視聴者もエースと同じ意見が多く、コメント欄には『?』が乱舞している。それを見て監督生は「?乱舞だぁー」と無邪気に観ているようだった。しかし、それ以上説明する気は無いらしく、そのまま続けた。
「それで、今回はその妖怪の一種である『安達ヶ原の鬼婆』が襲って来ましたね。その鬼婆に関して、自分の世界に伝わるこんなお話があります」
そこから監督生が語った話は凄惨としか言い様が無かった。具体的な絵が出る訳でもなく、ただ淡々と語られるだけなのだが、誰しもが言葉を失った。
あるところに、それはそれは高貴なお姫様がおりました。お姫様は大変体が弱く、重い病にありました。調子が良い時はいつも一緒にいる乳母と外へ少し散歩に出かけたり、屋敷の中で色々な遊びをしましたが、反対に調子の悪い時は一切寝床から起き上がれません。彼女の乳母は、お姫様のことを実の娘のように可愛がっておりました。
ある時、いつもより具合が悪そうなお姫様を心配した家の者がお医者様を呼びました。とうとうこのままでは死んでしまうかもしれない、とお医者様に聞かされた乳母は、同時に薬のことも聞かされます。「妊婦の腹から取り出したる赤子の生き肝が姫様の病を治す薬になる」と。乳母は悩みに悩みましたが、大切なお姫様の為、自分の手を汚すことにしました。屋敷の者に自分が薬を取って来るよう言って、乳母は暇をもらいました。
ところで、この乳母には本当に実の娘がおり、一度家に帰った乳母は、「長い間、家を空けてしまうから、これを私だと思って持っていなさい」と古いお守りを幼い娘へ譲りました。
乳母は何とかして産まれたばかりの赤子の生き肝を手に入れる為、ある遠い山奥の洞窟に移り住みました。そこへ休みに来るだろう旅人の夫婦を狙っていたのです。しかし、そんな都合のいい二人組はなかなか訪れません。
それから何年経ったのか。十年か二十年か、ずっと洞窟の中にいる乳母にはもうよく分かりません。そんな時、ある旅の夫婦がこの洞窟に休みに来ました。女の方は丁度妊娠しておりました。これは絶好の機会だと思っておりますと、女が産気ずき、夫は医者を呼びに行こうと、洞窟を出ていきます。その間に事を済ませてしまおうと、乳母は罪悪感を覚えつつも、女を縛り上げ、鉈でその腹を裂きました。
「やった! これでやっと姫様を……」
その時、ぱさり、と殺した女の袖から何か小さい物が落ちました。
もう大半の人間がこの辺りで嫌な予感しか覚えなかった。まさか、いや、そんな訳無いとは思ったが、無情にも監督生は淡々と語る。
「こ、れは……」
乳母には大変見覚えのある物でした。血溜まりの中に落ちた小さくて古い物。それはずっと前にまだ幼かった娘へ、自分があげた筈のお守りでした。
自分は実の娘と孫を手にかけた。それを理解した途端、乳母は悲しみ、咽び泣き、絶望に雄叫びを上げ、そして、狂ってしまいました。狂った乳母は洞窟に戻って来た男を殺し、その肉を貪り、もっと、もっと欲しいと血を求めて、この洞窟にやって来る旅人を待ち構えるようになりましたとさ。
「地獄みてぇな話すんなよっ!!」
もう今、夜中だからだとか、ルームメイトがいるからだとか、そんなこと頭からすっぽ抜けたエースが叫ぶのと同時に部屋中に同じ台詞の大合唱が起こった。不思議に思って頭から被っていたタオルケットを退かすと、デュースはもちろん、他二人のルームメイト達も皆スマホ片手にイヤフォンやヘッドホンを繋げている。まさかと思い、エースが自分のスマホ画面を見せると、皆も同じようにする。見事に全員が監督生の動画を観ていた。そこからは皆開き直って部屋の電気を点け、各々の動画を閉じてデュースのスマホを窓枠に立てて視聴を始める。これからもこんな話が続くなら、皆で観た方が怖くないと思ったのもある。何も言わずとも、神妙な面持ちで全て通じてしまうところがこの部屋の良い所だなとエースは思った。
「実はこのお話、まだ続きがあるんですけど、それ入れちゃうともっと長くなっちゃうので、また別の機会に話せたら、話しますね。と、ここまでは鬼婆の成り立ちをお話しましたが、今回のお化け屋敷では、鬼婆が襲って来るタイミングにトリガーが二つありまして、洞窟に放置されている時に血の付いた包丁を見つけることでも、鬼婆は奥の間に来るんですが、別に包丁を見つけなくても奥の間にある人骨山を見つければ、横道から鬼婆が襲って来ます。自分の先輩に虫が苦手な方がいるので、人骨山にはネズミと蛇だけ仕込みました。と言っても、多分あれに近付いた人って殆どいないと思うので、気付かなかったかもしれませんが」
『血の付いた包丁』という単語が出てきた辺りでエースとデュースは互いに顔を見合わせた。オレら見つけたよな、と。逆にルームメイトの二人は「え、そんなのあったの」と言いたそうに手で口を押さえている。妙に乙女っぽい仕草だ。そして、監督生の話では、包丁を見つけても見つけなくても変化は無かったと聞かされ、損した気分になるエーデュースだった。一方で、コメント欄には仕込まれていたネズミと蛇に関して「いやいや、あんな前面に配置してたら、嫌でも見つけるわ」と有り難いご意見があった。
「んでは、次です。次は滝ごと学園長に魔法で作って頂いた飛び降り自殺の女性ですね。これは滝の上から裸の人間が何人も落ちてくる『滝から落ちてきたもの』というお話からインスパイアして作った幽霊さんです。昔からよくある落ちてきた人と目が合っちゃってもう下に行けねぇ! っていうパターンを入れてみました。ずっと見てても女性が落ちる間隔が早くなるだけで、別に怖くも何ともない休憩ポイントですね」
「何言ってんだ、こいつ」
「ごめん。今、監督生何言った?」
「分かんない。オレらには理解できない言語で話してる」
「大丈夫か。多分共通語だぞ。おそらく、きっと、おおよそ」
デュースが蹲って動けなくなったところを『別に怖くも何ともない休憩ポイント』と言われ、一気に立場を無くした彼は、すっかり光の無くなった目つきで「はは……」と乾いた笑いを零す。そんな彼に却って「ドンマイ」とも何とも言えず、ならせめて何も言わないでおいてやろうとエースは普段見せない優しさを発揮した。
「後、何件かあったんですけど、この落ちてくる女の人がじっとこっちを見てくるって報告がありまして、学園長に確認取りました。結論から言いますと、学園長は『そんな設定はしていない』ということです。因みに自分も知りません。自分がデバッグしてる時はそんな現象はありませんでした。……まぁ、世の中広いんで、そんなこともあるでしょう。では、次ー」
「うっっっそだろっ!!?」
「なんで今の、さらっと流せんのっ!? ほんとに人間!?」
「やっぱ、あいつアンコウじゃん……」
「はは……休憩……ははは……」
阿鼻叫喚の四人部屋を置き去りに監督生は淡々と続ける。話題は既にあの毛むくじゃらの物の怪に移っていた。
「次はぁ……あ、森の中で会う毛むくじゃらの芋虫みたいな子ですね。あれはですねぇ、こっちの世界では『シシノケ』って言われてる化け物です。妖怪なのか、神様なのか、いまいち分からない子なので、化け物って呼んでおきます。元はネットに上がってた有名な怖い話でタイトルはまんま『シシノケ』です。体験者は当時大学生だった男の人で、愛犬と一緒にキャンプしていたところを襲われてます。今回はそのお話の中で、体験者がシシノケと初対面したシーンを森の中に再現して頂きました~」
説明している監督生の背後で、何か影のようなものが揺らいだ気がした。画面が小さいので、何か背景にある物を見間違えたかと思い、もっとよく見ようと全員が画面に近寄ろうとした時だった。コメント欄に「うしろっ!!!!」と一言だけ投稿される。監督生がそれを読み上げるのとほぼ同時に、それは彼のすぐ背後に現れた。
「うわぁああっ!? いるっ! いりゅよぉっ!!」
ルームメイト達と四人仲良く抱き合って恐怖の叫びを上げるエース達。一瞬にして、彼らの精神をショタにまで戻した元凶は監督生の隣に来て、その巨体を彼に押し付ける。コメント欄は阿鼻叫喚を通り越して阿鼻地獄と化している。「監督生が喰われるっ!!!!」の大騒ぎだ。しかし、シシノケが監督生に擦り寄る度、硬そうな毛に覆われた見た目からは程遠い「ぷにぷに」とした弾力ある音が出た。何とも言えない間抜けな音に、エース達もコメント欄も一時停止する。
「………………え?」
「あ、聞こえました? そうなんです。万が一の事故防止に見た目はトゲトゲしてますけど、この子はぷにぷに素材で出来たゴーレムなんですよ。この素材がウツボ先輩が言ってた『何かぷにっとした!』の正体です」
詳細は分からないが、監督生の拙い物真似からおそらく同じバスケ部に所属している方の先輩だろうなとエースは思った。ぶつかったんだ、あの人……。戦慄すら覚えながら、エース達は画面の向こうにいる監督生に疑いの眼差しを向ける。当の本人はシシノケにすりすりされながら呑気に話を続けている。
「チッ……チッ……イトッシャノウ……」
「はいはい。イトッシャノウだねぇ」
お化け屋敷にいた時と全く変わらない不気味な鳴き声をこんな至近距離で聴いてしまって、コメント欄はいよいよ混乱を極めている。そんな中、監督生だけが物凄く冷静にシシノケをあしらっているので、ここまで来ると、狂気しか感じられない。近くにグリムはいないらしく、いつもならお化けやゴーストに叫びまくる声は入らない。随分、監督生に懐いている様子のシシノケの相手をしてやりながら、彼は「あ」と思い出したように言った。
「『いとっしゃのう』って言葉なんですけど、自分の故郷の方言でして、意味は確か……気の毒にねぇとか、可哀相だねぇっていう意味なんですよね」
殺す気満々だったんじゃねぇか。そんなこと言いながら迫ってくるあの姿は本当に怖かったし、追う立場から言われると完全に殺意を持って追いかけてきたという風にしか聞こえない。滅茶苦茶怖い。しかし、監督生の見解は違うようだった。
「この子も正確な出自は不明なんですが、分かっているのは元々この子がいた土地には間引きという一種の風習がありまして……ん~、多分聞きなじみが無いとは思います。自分の世界ではまだ世の中領地争いが絶えなかった頃、ある村で飢饉があった時なんかに行う風習なんです。その……簡単に説明すると、限られた食料を村人全員に行き渡らせる為、子供や老人を……ね」
そこで監督生は細長い物を構えているようなポーズを取り、真下に振り下ろすようなジェスチャーをする。それを意味しているところを理解したネット住民達は騒然となった。皆一様に「嘘でしょ?」とか「マジかよ」と言葉を失っている。それまで薄く微笑みを浮かべていた監督生は神妙な面持ちになり、ただ語る。
「主にそういう状況になった時はまだ幼い子供や労働力にならない老人、生まれつきそういった傾向を持つ子供達が犠牲となりました。自分の世界の悪しき風習ですね。この子は、その犠牲者の中の誰かだったんじゃないかって言われてるんです。正確にはその誰かがその土地に元々いた神様と混ざって出来たのがこの子シシノケなんじゃないかと言われています。…………自分は、この話を最初聴いた時、この子が繰り返す『いとっしゃのう』って言葉は生前、間際に言われた言葉なんじゃないかと思ってます。気の毒に、可哀相にって言われて神様と混ざっちゃったんじゃないかなって。哀しい子ですね」
そう聞くと、監督生にすりすりと猫のように頭を寄せている姿は、幼い子供がする仕草のようにも見える。ただ、そこに潜む異様な恐怖はどうしても拭えなかった。
「『でも、怖いし、不気味で同情できない』。しなくていいと思いますよ。この子はきっともう簡単には救えない魂ですから」
傍らにいて自分に明らかに懐いているシシノケを見ずに、監督生はいっそ冷酷に聞こえる口調で言った。少しだけしんみりする空気を断ち切るように、彼は一度だけ手を叩く。
「はい。では、次に行きましょう」
「ええっ!? そのまま続けんのっ!?」
「監督生ってバカなのっ!?」
「キツイキツイ! 画面がキツイって!」
シシノケに恐怖のブーイングを飛ばすエース達だが、当然それが監督生に届く筈も無く、彼は平然と続ける。最早監督生の心臓は鋼を通り越して、オリハルコンで出来ているとしか思えない。
「次は大量のスマホと子供のわらべ唄だと思います。確か。これもネットにあったお話で『無数の携帯電話』と『山中で響くかごめかごめ』というお話を合体させて、無限ループ仕様にしたやつです。子供の歌が聴こえてくるまでは脇道が現れない仕掛けになってました」
「イトッシャ……ノウ……」
まるで相槌のように鳴くシシノケに内心ビビりつつも、だからか、とエースは納得した。通りでいつまで回っても先に進める道が無かった訳だ。お化け屋敷で強制耐久戦とか、何考えてんの? 一周回ってバカなんか? ここに本人がいたら、間違いなく言っていたことを自分の体裁の為にぐっと飲み込む。もう遅いかもしれないけど、それでもエースはイガイガする言葉を飲み込んだ。
「かごめかごめっていう唄は、自分の故郷では誰でもが知ってるわらべ唄です。小さい頃、みんな必ず一度はやったことある遊びで、顔を隠した一人を輪になって囲み、ぐるぐる回ってこの唄を歌って、歌い終わった時にしゃがみます。唄が終わったら、真ん中の子は自分の背後にいる子の名前を当てるっていう遊びなんですが、一時期、この遊びにまつわる怪談が流行りましたね。この遊び自体が降霊術っぽいとか、いつの間にか一人増えてるとか減ってるとか。歌詞が実は怖い話だとか。まぁ、歌詞は正直、意味不明なんですけど……『歌って』? えー、皆さん、聴いたでしょ。そんな急かされても…………分かりました、歌います。でも、自分あんまり上手くないので、期待しないでくださいね」
自嘲気味に苦笑してそう言うと、監督生はかごめかごめを歌い始めた。独特のメロディーに乗せて紡がれる歌詞は確かに意味不明だ。お化け屋敷体験中は気持ちに余裕が無くて、歌詞までは気にしていなかったが、静かな夜中の部屋に響くわらべ唄は、監督生の平坦な歌声と言えど、どこか不気味な雰囲気を持っていた。
ごく短い唄が終わると、「これを回る度に歌うんですよ」と彼は言った。彼が歌い始めた辺りからシシノケは飽きたのか、画面外に引っ込んでいる。良かった、もう二度と出てくるなよ。
「ここも当初は休憩ポイントにしようかなと思ってたんですけど、何か完成したら、あんまり休憩にならなかったみたいで。あ、だいたいの方がこの辺りで自分が渡した手鏡、見てくれたみたいなんですけど、クラスメイト全員に『追い討ちかけんな!』って言われました。よく分かんないですけど」
おい、こいつ。下手したら、もう一回やるぞ。やや殺意の込められた目つきでエース達は互いに顔を見合わせた。あいつ、全然反省していない。明日、絶対所持金すっからかんにしてやると固く決意して、皆視聴を続けた。明日からもやしと雑草生活を強いられることが決定した監督生は、呑気にコップに汲んできた水を飲んでいる。ここまでずっと喋り通しで、流石に少し疲れたようだ。
「そもそも山に手鏡って、持って行っちゃいけないものなんです。鏡はあの世とこの世の出入口になる物とか、異界を映すと言われている物なんで」
「お前が持って行けっつったんだろっ!?」と一致団結して叫ぶエース達。その声がそのまま飛んで行ったかのように、コメントが飛ぶ。
「え? 『渡されたから持って行っただけ』? 断ることもできましたよ」
悪魔かぁっ!? こいつは悪魔かぁっ!? 更に叫びたい衝動に駆られたエース達だが、そろそろ静かにしないと、寮長が突撃! お前は就寝刑! にされるかもしれないと思うと、上がったテンションは徐々に沈静化する。
「次行きます。あ、わらべ唄はうちの親分の声を加工して使いました。で、次で実質怪異は最後ですが、小屋に入って出てくる怪異。これは『牛鬼ヶ淵』という民話の牛鬼です。牛鬼も自分の世界では有名な妖怪ですね。皆さん、結構ここで躓いてプリンセスになってました。一応、攻略法は牛鬼が話しかけてきた時、テーブルの上にあった鉈を持って何かしら脅せばそのまま立ち去ってくれます。あそこは時間制限があるので――あ、『何秒?』。え、秒ではないですよ。秒だと多分、クリアできる人限られてくるので、一分は取ってます。一分以上だとちょっと緊迫感無くなっちゃうし、早過ぎても酷い仕掛けになっちゃうので」
エース達はロロのお陰で一発クリアだったが、クリアできなかったらしいルームメイト二人が「一分!? そんなにあった!?」と衝撃を受けている。
「元のお話は鉈ではなく、鋸だったんですけど、暗い中、鋸は扱いにくいし、危ないってことで、鉈になりました。因みにあの鉈はドワーフ鉱山の持ち主デイビッドさんからお借りしてます」
「ありがとうございましたー」と画面に向かって手を振る監督生。多分、デイビッドさんはこの配信を観ていない。何故なら、おじいちゃんだからだ。さらっと終わって監督生は牛鬼ヶ淵の話に戻る。彼が話したのは、こうだ。
牛鬼ヶ淵という深い淵がある山に、年寄りの木こりと若い木こりが入った。一日の仕事を終えた二人が山小屋で休んでいると、戸口に一人の男が立っていて、少しだけ顔を覗かせ、話しかけてきた。
「何をしとるんじゃ?」
その男に嫌なものを感じた年寄りの木こりは鋸の手入れをしていたので、そう言うと、男は「それは木を挽く為の物じゃな?」と言って一歩、中に入ろうとした。しかし、年寄りの木こりは冷や汗を流しながらも付け加えた。
「確かにこれは木を挽く為の物じゃが、この三十二枚目の刃は鬼刃と言って、鬼を挽き殺す為の物じゃ」
と言うと、男は残念そうに立ち去って行った。その言い表し難い異様な男に、年寄りの木こりは牛鬼じゃないかと若い木こりに言ったが、若い木こりは信じようとしなかった。
次の日もその男は同じことを訊いてきて、また同じことを年寄りの木こりが言うと、やはり残念そうに立ち去って行く。
その次の日、一際硬い木を挽いていると、あんまり木が硬いものだから鬼刃が折れてしまった。年寄りの木こりは鋸を直しに近くの村まで降りて行き、山小屋には若い木こりだけが残った。
若い木こりが酒を飲んでいると、またあの男が現れた。
「何をしとるんじゃ? 今日は一人なんじゃなあ」
若い木こりは鬼刃が折れたことを口止めされていたが、酒が入っているせいもあって、つい「年寄りの木こりは鬼刃が折れたから直しに行っている」と言ってしまった。
その瞬間、男は巨大な牛鬼に変わり、雄叫びを上げながら入って来た。
「鬼刃は無いんじゃな!!!!」
ここでルームメイト二人がトラウマを発症したのか二人共床に蹲って「ウ……ウァァ……」と泣き出した。その有様に思わずエースが「泣いちゃった!」と取り乱すくらいには衝撃的な光景だった。普段の二人はエースやデュースがいくら注意しても、己を曲げない上に更に悪ふざけをするタイプだが、今この時は本気で泣いている。只事ではない。デュースはあれからすっかり心を閉ざして、お行儀良く体育座りをしている。
「翌朝、年寄りの木こりが戻って来ると、牛鬼ヶ淵の畔に若い木こりが着ていた上着が引っかかっていましたとさ。めでたしめでたし」
何一つ目出度くない話を終えた監督生の下には、死屍累々のコメントが続々届いている。精神攻撃限定の死神か何かか?
「元のお話と同じで、制限時間内に正しく対処できないと、問答無用で扉を突き破って牛鬼が入って来ます。でも、たとえ牛鬼が入って来たとしても、諦めないで探せば、後ろの扉から出られる仕様にはなっていたんですけど、本当に数人しかその方法でクリアしてなかったみたいです。それも不屈寮の人ばっかり」
「流石不屈の精神ですね」などといらんことを言う監督生。もう黙ってろと言ってやりたいエースだが、明日色んな人から怒られろとも思う。ふわぁ、と欠伸をした監督生は最後の仕掛けに言及する。
「最後はまたシシノケなんですけど、ラストのシシノケは怖くなかった時の為の保険みたいなとこがあって、追いシシノケしようと思って追加した子です。実はスタート地点から結構近い山頂で鳴いてたのもシシノケですし、森の中と最後の平原で合計三体いました。それで、ラストシシノケがお化け屋敷終わってV先輩が思わず『何が異文化交流よっ!』って言っちゃった子です」
怒られリストにポムフィオーレも加わった瞬間だった。そんなことになっているとは一切知らない監督生は、「次でラストです」と宣言する。
「お化け屋敷を無事に全てクリアした方は、鏡を通ってお店に戻って来られたと思うんですが、皆さん、気が付きましたかねぇ。行きとは違うお店になってること」
そこでデュースは、「え?」と虚をつかれた顔をした。漸く戻ってきた彼の様子にエースが「お、戻った」と零す。未だ監督生の言っていることが理解できないデュースは不思議そうに「どういうことだ?」と小首を傾げる。
「気が付く人は半々くらいでしたけど、あのお化け屋敷はオンボロ寮込みで一つのアトラクションにしました。行きのお店では自分のエプロンを緑色に、帰って来た時は茶色にしてました。内装もすこーし変えてます。これはどういうことかと言うと、プレイヤーの皆さんは山ではなく、お店にいる時点で物の怪に騙されていたという訳です。お店の設定としては、確かにあの喫茶店は山の麓にありますが、昔、周りが緑に囲まれているので、緑色のエプロンは目立たなくて分かりにくいから変えて欲しいというお客様の声にお応えした結果、今の茶色のエプロンに落ち着きました。でも、あの店員さんは確かに緑色のエプロンをしていた筈ですよね? これはどういうことでしょう? 自分の世界では、昔からそういう目に遭うと、こう言います。『狐に化かされた』と。人に化ける物の怪の仕業だったのかもしれません。昔から山には人を騙す化け狐や化け狸がいた、と自分の世界では有名なお話ですから」
さて、とコメント欄の空気を完全に無視して、監督生は締めに入る。
「とまぁ、今回のお化け屋敷はこんな感じでした。ちゃんと怖かったですかね? 初めてだし、ちょっと自信無かったんですけど、楽しんでくれたなら幸いです」
「では、これで配信終わりまーす」とあっさり真っ暗になる画面をエース達は呆然とした表情で見つめていた。そのままベッドに横になってみるも、配信中の色々を思い出してしまい、全く寝付けなかった。
翌日、憎たらしい程元気な挨拶をする監督生に、エースとデュースは憎しみ半分怒り半分で静かに宣言した。
「今日から三日間、モストロ・ラウンジ行くからお前絶対奢れよ」
「なんでっ!?」
それから放課後まで監督生はリドルに苦言を呈され、サバナクローの生徒に絡まれ、モストロ・ラウンジでは『監督生被害者の会』を開かれ、カリムに泣かれ、ポムフィオーレのお説教コースを楽しんだ後は、暫くイグニハイドを出禁になり、リリアの手料理を少しだけ振る舞われた。ロロには手紙で「あの配信はアーカイブ等残さないように」と念を押された監督生は「人生一番の厄日過ぎて笑った」と虚無顔になっていた。
後に教師陣にも配信の感想を訊いてみたが、皆で協力して製作に当たったお陰か、生徒達よりは大人の対応を受けたが、学園長には注意を受けた監督生だった。
「怖い配信するなら、怖いって事前に言って下さいっ!!!!」
監督生
「知りたい!」って言われたから「いいよ!」って懇切丁寧に教えたのに、色んな人から怒られた。解せぬ。
大事なタイミングでいらんこと言うタイプ。最近、やらかしたことは数mgでも狂ったら、爆発すると言われていた魔法薬学の授業中、どうしても思い出せなかった買い物を思い出し、「あっ!!」とクソデカ大声を上げて教室を無に帰した。
グリム
監督生がやらかすタイプなので、慎重にならざるを得ない親分。いつの間にか後方親分面がデフォルトになった。
学園長
シシノケと滝の女を作った人。自分で作った物は可愛く思えるけど、他人が作ったホラー系は苦手。山姥のお話が一番怖かった。自分が作ったものなら、血が付いてようが、グロテスクだろうが、何でも可愛い。
クルーウェル先生
顔を覆う少女を作った人。着物にはめっちゃこだわったけど、どうせ仔犬共は見ないと思って幻覚魔法の精度を上げた。普段、クソ生意気な仔犬共が続々プリンセスになっていくので、見てて楽しい。V様から「あの着物、良いじゃない」と言われて密かに嬉しい。ただ、最後の最後に可愛らしく作った顔をデカい一つ目にして欲しいという要望を出した監督生に、思わず「正気か?」と言ってしまった。
トレイン先生
山姥を作った人。元の話に忠実に作ったら、めちゃくちゃ怖くなったけど、本人は大満足。包丁は危ないので、万が一生徒が捕まっても防御魔法が仕事するようにしておいた。え? そもそも使わせないようにしたらいい? 居眠りの代償はデカい。
バルガス先生
牛鬼を作った人。筋肉の赴くままに作ったら、元の話よりだいぶデカい牛鬼が出来てしまい、小屋に入らなかったので、何度か調整に苦労した。
サム
ただ怖いだけの手鏡を用意した人。お化け屋敷に託けて、さり気なく店頭に置いた魔除けのお守りが地味に売れ始めてウキウキ。小鬼ちゃん、またやらないかなと思っている。
オルトくん
大量の壊れたスマホを色々なルートで集めてくれた子。みんながお化け屋敷を楽しんで(笑)いるので、僕もドキドキしてみたい! と思っている。兄さんは暫く恐怖と筋肉痛でお布団から出てこれなかった。
マレウスくん
子供の唄を風に乗せた妖精さん。自分は製作に関わっていたから入れないかもとちょっと気にしていたけど、同寮のみんなと行けてハッピー。色んな物の怪と出会えて楽しかった。