海神と恋人 41※※ご注意※※
・世界観捏造注意
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
それから一週間程、過ぎて千栄理は再び下層へ降りようと、ポセイドンに言った。人間達の街の様子を見る為、またポセイドンへの土産の変更をお願いする為だ。正直、自分のせいであの国は災害に見舞われたせいもあって、行きにくいと感じてはいるが、このまま知らない振りもできない。せめて、自分にも何かできることは無いか、訊きに行こうと思ったのだった。
それには、何としてもポセイドンに下層へ行く許可を貰わなければならない。自分も彼も今日の仕事を終えて、寛いでいる今が絶好の機会なのではないかと思った千栄理は、そっと訊いてみた。
「ポセイドンさん」
「なんだ?」
「この前のお土産の件なんですけど、そろそろ変更の申し込みをしに行きたいです」
つい、とポセイドンは読んでいた本から千栄理へと視線を移す。「ダメですか?」と首を傾げる千栄理を見て、何か言いたげな顔をしていたポセイドンだったが、やがて何かを堪えるように一度きゅっと口を引き結んでから言った。
「貴様。愛らしい真似をすれば、余が許すと思っているだろう?」
「? ……何のことですか?」
心底よく分からないという顔をする千栄理に、ポセイドンは何も言えなくなった。何となく話が続かなくなってしまったので、無理矢理話を戻す。
「下層へ行きたいのだったな。供をつけてやりたいが、どうするか」
その時、紅茶の用意をしてきたプロテウスに連れられてグレムリン達が入って来た。小さな妖精達を見た瞬間、ポセイドンは千栄理の供をグレムリン達にしようと決める。
「此奴らに任せるか」
「グレちゃん達、ですか?」
プロテウスの肩からテーブルに飛び移ったグレムリン達のうち、一人を自分の指に乗せて、ポセイドンは言い聞かせる。
「良いか。千栄理がまたあの雑魚共の国へ行く。その時は貴様らが千栄理を守るのだぞ。怪しい輩には皆飛びかかれ」
「ポセイドンさん、何てこと教えてるんですか。そんなことしなくていいんです」
「だが、次またお前を隠されたらと思うとな」
「今度は地震なんて起こさないでくださいね。その時は……ちゃんとお断りして帰って来ますから」
「…………だが、此奴らを連れて行け。有事の際には役に立つ」
ポセイドンに役に立つと言われたグレムリン達は、皆誇らしげにえっへんと胸を張る。どこか可愛らしさを感じる姿に、千栄理は自然と笑みが零れた。
それからすぐに出かける支度をして、千栄理は言われた通りにグレムリン達をバッグに入れてやる。窮屈にならないように荷物は最低限にしている。グレムリン達は何事か互いにお喋りしながらも、全員大人しく収まった。――連れて行くのは二匹でもいいとポセイドンは言ったが、可哀想に思った千栄理が全員連れて行くことにした――全員入ったことを確認してから、千栄理はポセイドンとプロテウスに向き直り、「それでは、行って来ます」とお辞儀をする。
「ああ、道中気を付けよ。特にお前を攫ったあの男にはな」
「そうですよ、千栄理様。あの男の他に悪い考えを持つ輩というのは、実に多いものです。用心なさいませ」
「流石に二度も同じことはしないと思いますけど……分かりました。気を付けます」
「……余が主神でなければ、付いて行ってやれるのだが……」
自らが主神であることをほんの少しだけ悔やむ主人に、プロテウスも苦笑いを浮かべる。本来主神クラスの神は下層の魂魄と言えど、簡単に会うことは禁じられている。主神が人間の国に出ていけば混乱を招きやすい上に、神としての威厳も損なわれかねないからだ。そう考えると、千栄理の存在は異例中の異例と言えよう。だからこそ、ゼウスは神と人間の架け橋役に彼女を選んだのであろうが。
「今度は大丈夫です。絶対帰って来ますから」
「……待っている」
別れ際にぎゅっと互いに抱き合ってから、ポセイドンは千栄理を見送った。
前にヘラクレスと一緒に来た道を辿って、千栄理は人間達の街まで来た。すぐ近くの入国窓口まで行くと、屈強そうな係員はぎょっとした顔をして、千栄理を見た。
「あ、あの――」
「失礼。もしや、貴女は女神様では?」
「…………そう、です」
正直なところ、否定したかった千栄理だったが、以前ヘルメスに言われたことを思い出して、不本意ながらも肯定した。却って女神だと名乗った方が安全だ。係員は「少々お待ちください」と言って立ち上がり、すぐ背後にあったドアの小窓を開けて、何事か話している。その厳重な雰囲気から千栄理は、やはり来るべきではなかったかもしれないと思い始めた。一通り会話が終わると、係員はこちらへ視線を投げかけ、引き出しから一枚の切符を出すと、窓口のパネル越しに渡してきた。
「では、こちらの入国券をどうぞ。一番入口より入国をお願いします」
「ありがとうございます」
入国券を受け取り、言われた番号の入口を探そうとして、すぐ近くにあったことに気付いた千栄理はそこから入った。ふと、彼女は以前来た時のことを思い出す。ヘラクレスと一緒に来た時は一番入口なんて言われなかったなと。
一番入口に入って少し歩くと、見覚えの無いホームに出た。前に来た時はそれぞれの地区に入る人々が沢山いたが、このホームは彼女一人だけでひっそりとしている。他のホームと同じように床以外全面ガラス張りになっているので、そこから見ると、電車のレールは一本しかない。その一本は、真っ直ぐ中央区へと伸びている。その光景に、彼女は「えっ!?」と驚いた。
「ここって、中央区直通のホーム……なのかな」
確か土産を注文したのは、ギリシア地区の筈だ。中央区じゃない。中央区に特に用事も無い。一体、どういうことだろうと考えていると、レールを伝ってこちらに向かって来る電車の姿を捉えた。予想通りこのホームに着くと、電車はゆっくり停る。電車のドアが開いても千栄理は乗ろうかどうしようか迷い、警戒するが、結局恐る恐る乗ってみることにした。
電車に乗り込むと、静かにドアは閉まり、彼女が思った通り滑るようにして中央区へ真っ直ぐ向かう。やはり、電車の中にも誰もいない。目に付いた柔らかそうなシートに千栄理は腰掛けた。一体、何故中央区へ通されたのかは全く分からないが、きっと何か正当な理由があるのだろう。そう直感した千栄理は、敢えて戻ろうとは思わなかった。それに彼女も薄々感じてはいた。自分が中央区へ通されるのは、きっと女神だと名乗ったからだろう、と。
中央区と言っても、普通の町がある地区ではない。全ての外壁を繋いでいる太い鉄塔の中に施設があるのだ。塔の中には人類の歴史に関する重要な施設や科学研究施設があるらしい。らしい、というのはヘラクレスに話を聞いた時、千栄理自身もよく分からなかったからだ。精々分かったのは遺伝子研究や歴史に関する施設が入っていて、時折、国の代表が上層で議会を開く、ということだけだ。後はこの鉄塔が外壁よりも強固な素材で出来ていて、災害が起こった際には下層が地下シェルターへの入り口になることくらいだ。普段なら、千栄理が関わるような場所ではない。本当に女神だと名乗ったことくらいしか身に覚えが無いので、彼女は電車の中で困惑し切りだった。それとも、女神関連でやはり、あの騒動のことだろうか。
「そうかも……」
もしかしたら、もう二度とこの国に来るなと言う為に自分は呼び出されたのかもしれない。そう思うと、悲しいが、言われても仕方ないことをしたのだと分かっている。不安と悲しみから千栄理はグレムリン達が入っているバッグを中にいる彼らが潰れないように抱き締めた。