真夜中のクレープ 時は本丸も寝静まった丑三つ時。
この状況でまだ起きているということは、なんらかのシステムの不具合や襲撃があった、というわけではなく、オレと明石は不定期開催のホラー映画を観る会を実施していたその名残でついつい夜食を漁りに厨に備品を取りに来たのだが、さすがに気を抜き過ぎたと気付いた時には背後を取られた後だった。
「なにしてんの? 主」
「げっ! 包丁!」
「うっわ、ほんまやん……。良い子はもうおねんねの時間やで」
「なんだよー! トイレに起きたら電気付いてたから見に来たら二人こそ隠れてなんか食うつもりだなー!
歌仙さんといち兄に言いつけちゃうぞ!」
「おっとお!」
「ちょい待ち!」
ふぎゃー! という毛利のような声を男二人で押さえつけ、子どもの扱いに慣れてる明石にとりあえず包丁を抱っこで固定させたところで作業を再開することにした。
「包丁。今日のことは、黙っておくんだ。
これを、分けて、やるから……」
「そんなに嫌そうに言われても……。一体何作ってんの?」
「ったく、面倒なんに見つかってしもたな」
そういいながら、よいしょ、と改めて包丁を抱えて、オレの手元が見えるようにしてやる明石はなんだかんだ短刀に甘い。
今夜見ていたのはホラー映画だが、ノスタルジックな空気感があり、作中主人公の子どもの頃の回想に出てくる祖母が作るクレープが上手そうだった。
正直言ってホラー部分についてはあまり面白くはなかった。
見終わって明石と顔を合わせてお互いに口にした言葉は「クレープ」。これでもう互いの心が決まっていたことがすぐに通じ合えた。こういう瞬間があるから映画鑑賞会は悪くないと思える。正直、眠すぎてろくな思考になっていない、という突っ込みが足りないとはこの時は微塵も思っていなかった。
手早く適当に簡単に作れるレシピを検索して、明石に見張りをさせながら生地を練って、フライパンを温めていたところだった。
そういえば、明石の見張りは全く役に立っていなかったわけだ。
「ホットケーキ?」
「そんな重たいもん食うたら、さすがに朝飯は入らんなぁ」
「お前、食細いんだよ。切国なんて夜食でオレの分のおにぎりとかも食ってんのに、朝飯ガッツリ食うんだぞ?」
「ねえ、これなんなんだよー」
「クレープ」
「あ、ちびには砂糖少ないんとちゃうんか? さっき減らしたやろ?」
「平気だろ。追いメープルすれば」
「さよか」
「わーい! テレビでしか見たことない!」
「そりゃ、こんだけの人数分作るのは骨が折れるからな。ただ、これは具無しやで」
「ええ~」
油が温まったことを確認して、生地を落として薄く広げる。
手早く作れると思った通りで、周囲がぺりぺりと固くなったところでフライ返しでペラリとひっくり返して皿に載せる。
「アッという間やな」
「だから作ってるんだろ」
「えー、このまま食うの?」
「マーガリンでも塗ったるわ」
「ホットケーキじゃないんだろ?」
「似たようなもんやろ」
すでに包丁を下した明石が、短刀がいる時限定のきびきびとした動きで冷蔵庫からマーガリンとメープルシロップを出す。
「塗ったら、二回折りたたむとそれっぽいと思うよ」
「ああ、さっきのやつみたいにか」
「それそれ」
「ほれ、包丁はん、邪魔やから座っといて」
「は~い!」
確実に甘いものが支給されるという時だけの微笑ましい笑顔を見せてくれる。
「包丁。一期にバレたら大変だから、食ったらちゃんと歯磨きな」
「え~」
「当たり前やろ。ただでさえ隠し持ってるお菓子で信用あらへんのに、メープルシロップの匂いなんぞであの部屋戻ってみい。秋田はんなんて鼻ええさかい。すぐにバレても知らんで」
「げ。わかったよ~。する……」
「よろしい」
レシピ通り八枚分のクレープを明石がマーガリンを塗っては折り、塗っては折り、としてる間に証拠隠滅のためフライパンとボウルを洗った。
いつの間に準備してたのか、三人分のカップに入った牛乳が「チン!」と軽やかな音を厨に響かせた。
「段取りがよろしい」
「せやろ」
「ねえねえ! 早く食べたいよ~!」
腐っても粟田口の一員である包丁は甘えん坊でワガママだが、決して逸脱した勝手な行動は取らない。こういうところが一期の教育が行き届いていると感じる。
「はいはい。では、おててのしわとしわを合わせて~」
「「「いただきます!」」」
「んまい」
「ええやん。甘さ控えめで」
「ほいひい!」
「口に入れたまま喋らんの」
ほのかに甘くて、マーガリンの塩気がちょうどいい。
ホットケーキほどもっちりとしておらず、折りたたんだ部分の歯ごたえも固すぎず後味が良い。
この本丸に閉じこもって生活している中、時折、色々な世界のことを知りたくて映画なんてみてみるけど、遠い世界に思いをはせるのも疲れた頃にたまたまホラー映画を見たら面白くてドハマりした。それ以外の映画だと比較的みんな一緒に見てくれたのだが、ホラーになると途端に短刀たちが波が引くように参加者がいなくなった。
アクションなどは新選組が、ラブストーリーは長船とわいわい言いながら、ドキュメンタリーは三条たちと、なんて色々みんなの趣味嗜好と合わせてもみたものの、最終的にホラーは明石と一緒に翌日非番の夜中が定番になった。
特段もう二人して見慣れているので、ホラーを怖いと思ってみていないし、そもそも刀の付喪神と一緒に生活しているというこの状況のほうがホラーと一緒だと思っているのでそういう見方はすっかりしなくなってしまった。ミステリーを見るときと同じように次の展開を言い当てたり、誰が死ぬか生きるかの賭けをしたり、時にはC級映画も一緒に見てくれるのが明石だけだったという話なのだが、そういう時はこうして時折夜食まで互いに摘まみ合う。
ダラダラするのが性に合うのはお互いさまだったということなのだろう。
まるで、人間同士の友達のように。
「牛乳まで飲むとさすがに胃に溜まるな」
「量、少なくしはりましたけど」
「知ってる」
「おーい、包丁はん、まだ寝んといて。歯磨きしてへんで」
「ねむたい……」
「うっわ、コイツぐずるとうるさいんだよな……」
「そんなん国俊の世話だけで十分ですわ」
しゃあないなぁ、と言いながら包丁を抱きかかえて共有の洗面所に向かう明石を見送って、手早く皿とフォークを洗って、厨の電気を消した。
あとを追いかけると、フラフラとしたままちゃんと自分で立って歯磨きをしている二振りの姿だ。そういう動きはよく蛍丸がしている。本当に眠いのだろう。
「二人とも、もうオレの部屋おいでよ。この状態で粟田口部屋戻っても誰か目覚ましそうだし」
「へ! お泊り!」
「ほら! 口、ぺってしてから!」
「うう~」
オレもめちゃくちゃ眠たい。
二振りがついてきているのを確認しないで自分の部屋にと向かった。が、ちゃんと包丁を抱きかかえた明石が付いてきていた。
「いややわー、こんなガサガサ汚いとこなん」
「お前が食ったつまみだろうが!」
「布団は?」
「あるよ。大人二組あれば大丈夫だろ。包丁小さいし、明石は細いし」
「まあ」
「ていうか、元から明石はこっちの予定だったしな」
「やかまし」
来派の部屋ではとっくに二振りは寝ている。そして今日は明石がこの鑑賞会のためいないということで愛染と蛍丸は古備前部屋に泊まりに行っているとボヤいていた。飲みながら見ていたので、もしかして本人が言ったことを忘れているかもしれないが。
鑑賞会の後に戻ると愛染がよく目を覚ますので、それを気にして最近は戻らないようにしていたようだが、それが裏目となり昔同室だった鶯丸のところに定期的に泊まりに行く機会になっている、という話を鶯丸自身から聞いた。それとなく言ってみればすっかり機嫌の悪くなった明石の様子を見て、やはりそれはそれとして明石的には面白くないのだろう。
部屋について、自分だけがしてなかった歯磨きをしていた間に、明石は近侍用の布団を取り出して包丁とすっかり布団に収まっていた。
オレの分も引いてくれたらいいのに、と思いながら、ムカついたのでピッタリくっつけてやる。
包丁を、すっかり蛍丸みたいに抱きかかえているその姿は様になっていた。
翌日、包丁を探しにきた一期に「あげませんぞ」という言葉と共にお叱りを頂いてしまったのだが、明石は「よう眠れましたわ」と全く気にしてなかった。
一方で、今度は来派二人がその話を聞きつけ、しばらく明石と同衾を許さなかったという。