電球色の瞳「へ~、いつも食ってるのよりも、なんかもちもちしてんな!」
「そりゃあ、生パスタだもの」
「うめえ!」
上機嫌な恋刀の笑顔を見て、思わずこちらも笑顔が零れる。
それを見たソハヤが少しだけ照れくさそうに笑った。
*
不定期に行われる審神者の会合は、審神者たちがそれぞれ住まう本丸が独自の異空間にあるので一斉に会するために、政府が特定の場所を指定するのが常だ。
その多くは政府がある通常の空間、通称「現代」の都市だ。政府の建物であったり、ホテルを貸し切りにしたりと色々とあるが、今回は政府の建物の殺風景な大研修室という捻りのない名前の大きな講堂のような部屋で、学生時代の講義を思い出した。
「で、これからどうする?」
「うん、いや、こんなに早く終わると思ってなかったから、ほんとになにも考えてないんだよね……」
「まあ、昼飯をちょうどいい時間に食えてよかったじゃねえか」
「はい」
そう、いつもは午前から始まり少なくとも遅い昼時、ひどいと夕方まで一日がかりだったのだが、本日はなんとサクッと午前中で終わった。それなら別にこうして現代まで出てこなくてもよかったのでは? とも思うが、刀剣男士の護衛任務の修練の場とも考えられているので不定期とはいえ実施されているのも事実だし、審神者が出席できない場合、なんらかの不具合があるとして監査の対象になるともいう。
今マルゲリータを食べる私の目の前でボロネーゼのパスタを美味しそうに頬張っているのは、つい先日想いを伝え合ったソハヤノツルキだ。
正直言って、この任務に連れてくる気はなかった。当たり前だ。緊張する。
本丸の中でだって目が合えば恥ずかしく、手を振られれば逃げ、笑顔を見れば顔面を覆ってしまう。まぶしい。まぶしいがすぎる。こんなマブい男が私の恋刀? 本当に? 嘘ではなく? なぜこの男は私のことが好きなのだ? 審神者だからではなくて? などと自問自答して逃げていたら、いつも一緒に会議に参加してくれていた初期刀・清光のひどい裏切りにあった。
「はーい。明日の会議には俺じゃなくてソハヤが行きまーす。引継ぎは終わってるから、主、ちゃんと集中して話聞いてくるんだよ」
「はあ? な、ど、え!?」
「なんで、どうして、じゃないよ、全く。いくらなんでもソハヤがかわいそうでしょ。
想いが通じ合ったはずなのにどうしてそんなに避けてるのさ。別にこうなる前からみんなわかってたんだから今更二人がイチャイチャしてもなんとも思わないよ」
「うう! それが恥ずかしいんじゃん! まともに顔も見れないのに!!」
「慣れ。早く慣れてあげなよ。嫌われても知らないよ」
つーんと澄ました表情の清光はかわいい。しかし言っていることはかわいくない。
「うう……。そんなのやだぁ」
「はいはい。じゃ、明日の準備しよ」
完全に介護である。
そうして、清光によって武装させられた私はソハヤと一緒に現代に来た。
別に服装の規定があるわけではない。さすがにあまりにもカジュアルな恰好では来ないが、適当に動きやすい恰好を優先している。審神者という職業は、存外狙われやすいものだから、まずはさっさと動けないといざという時に困るだろうという考えだからだ。最近の清光お気に入りの綺麗目カモミール色の膝丈カシュクールのワンピースに、長時間歩けるがワンピースに浮かない黒のスニーカー。荷物は全部リュックに詰め込んである。あくまでも会議であるという体を装うためのグレーのジャケットで全体を締めた。ついでに指先は派手にならない程度にゴールドラメのマニキュアを塗られた。
次の日、ソハヤに会って、ようやく気付く。ああ~~、嵌められた~~~~。
完全にお揃コーデにされたのだということに。
「お、かわいい恰好してんじゃねえか」
「は、はひ……」
コイツ、本当に私に惚れているのか? 私は普通に見惚れた。顔がいいな。いや、男士全員顔がいいが、惚れた弱みというのか、ソハヤの顔に一等弱い。本刃に知られると得意げな顔をされそうなので言ったことはないが、なんとなくバレている気もする。
「なんか変か?」
「全然。すっごい、よく似合ってる。誰、それ考えたの」
「光忠と加州」
「でしょうね~」
ベースはいつもと同じような恰好だ。戦装束とは違うが、グレーのジャケットに白のVネック、チョーカーは変わりがない。そこにダメージジーンズを少しまくり上げ、白いスリッポン、本体である刀を入れた刀袋を背負っている。いっつも出てるその足、目がいくからやめてほしい。嘘、やめないでください。
完全に現代風の若者で、明らかにバンドマンや美容師ですといって信じてもらえそうな見た目になっている。まあ、一期や秋田のような本当に人間になさそうな髪色ではないので、ギリギリセーフというところだろうが。
「じゃあ、行くか」
「はい」
そこでようやくソハヤの視線が私の指先に止まった。
「なあ、その爪」
「ひゃい!!」
「おいおい、隠すなよ」
そういって私の手をパッと取られた。手の大きさも厚さも、指の太さも違う。触れられるといつも熱いその手が、すぐ壊れるものを触るようにそっと指先を撫でた。
「なあ、コレ、俺の色?」
そういって嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
かわいい。大型犬か? は? その顔に弱い私は為す術なく顔を赤くして俯いてしまう。
「あ、う、いや、清光がね、塗ってくれて……」
「でも、そういうことだよな?」
ぎゅっと握られた手から熱がますます上がってくる。いや、わかるよ。わかってる。私もそう思う。思った。一発で。というか、塗られていた昨日も思っていた。ソハヤの色みたいだと。
「うん」
それしか言えなかったのに、もう一度ソハヤは本当にうれしそうに笑った。
*
会議が想定外に早く終わってしまい、とりあえず昼食時だったので近場のイタリアンに入った。
ソハヤのはしゃぎようは特筆すべきものがある。会議の最中は資料を見る眼は趣味の将棋と同じく真剣そのものだったのに。これ以上ギャップ萌えを起こさせないでほしい。
あまり馴染みのないメニューを解説し、結局オーソドックスなパスタに落ち着くところが見た目に反して堅実というか保守的なところも推せる。
「いつもはメシ食って帰ってるんだろ?」
「うん。まあ、終わるのが遅いからね。せいぜい清光と一緒にすこし服見たり、スイーツ食べたりはするけど、夕飯には間に合うくらいには戻ってたから」
「どこか行きたいところはないのか? 会議があるからって、少しきつめに仕事してたじゃねえか。せっかくなんだし、息抜きしようぜ」
「息抜き……」
息を、抜く? ソハヤと一緒にいるのに? どうやって?
「ソハヤこそ、どこか見てみたいところとか、行ってみたいところはないの? まあ、午後いっぱいで行って帰ってこれるところくらいだから場所は限られてるんだけど……」
そうソハヤに問うと、にんまりとした笑みを浮かべた。あ、これは、違うな。なにか、悪だくみをしている顔だ。
「ちなみにな」
「はい」
「今日、帰っても俺たちの夕飯はないんだ」
「は?」
「ここからが、俺たちの今日の本番だからな。いや~、会議の最中に気付かれたらどうしようかと思ったぜ」
「え? ん?」
「あれ? まだ気付いてないのか?」
「どういうこと?」
人の悪そうな笑みを浮かべて、ソハヤが溶けかかったランチセットのバニラアイスを私の口元に運ぶ。反射的に口を開けてしまった。あ、普通に「あーん」をされてしまった。
「これは、仕組まれたデートだってことさ」
*
想いを伝え合ったものの、何かがブチ切れてしまったらしい主は、俺の顔を見ると途端に猫のようにどこかに逃げ出すようになってしまった。
照れているのはわかるので、気分が悪いわけではないのだが、以前よりも関係が後退しているような気もしないでもない。時折、兄弟に「霊力、仕舞え」と言われるくらいにはこちらも落ち着いてはいなかったようだ。
「まあ、さすがに同情はするかな」
近侍は実際主が仕事に集中出来ないとのことで外されていたが、それ自体は正しい判断なのでこっそり加州の仕事を引き継ぎながら最近の主の様子を伺う。どうやら毎日幸せそうだということらしいが、その顔を俺は直接近くで見ることがほとんどできていない。
「なあ、今度、現代への会議があるんだけどさ」
「ああ、不定期に現代に行くやつか。加州が行くんだろ?」
「バカ。お前そこは自分が行くって言えよ」
「だって、仕事だろ? 仕事にとやかく言うことはねえかな」
はあ、と加州の大きなため息が響いた。
「このクソ真面目。別に誰でも出来ることだよ。半分主にとってはご褒美というか、息抜きみたいなものでさ。ちょっと美味いもんとか甘いもん食って帰ってくるの」
「そんなことしてたのか」
「まあね」
でさ、といって振り向いた加州の顔はあくどい。
「こうなったら、もう強制的に二人っきりになるしかないでしょ」
主の手を握って外出をするのは初めてだった。
俺自身は感じていないのだが、主が言うには俺が直接触れる部分は「熱い」という。おそらく霊力のことなんだろうと思うが、それでもしっかりと握った手は離されていない。本丸の中では当然恥ずかしがって触れ合うこともなかったので、こうして二人っきりで触れているだけでも感無量だ。
「本当にいろんな動物がいるんだな」
「うん。あ、あっちに有名なパンダがいるんだよ」
ようやく少しずつ落ち着いてきたのか主がパッと顔を上げた。
「パンダ?」
「白と黒の模様の熊。大体寝てるけど。五虎退がぬいぐるみ持ってたかな。あ、虎くんたちにもみくちゃにされたんだっけ?」
「お、いたいた」
何振りかの刀たちに協力してもらい、『動物園』に狙いを定め主を連れ出すことに成功した。
あそこで「デート」という単語を出して逃げ帰られたらどうしようかと思ったが、さすがにそんなことはなく、ただ顔を真っ赤にして「デート……」と言ってしばらく沈黙していた。
テレビで見たことはあったので実際にどんなもんかと気になっていたのは事実で、行ってみたいと言うと「行こう!」と急に元気になって出発した。どうやら動物園は正解だったらしい。
電車で移動する時からずっと意図的に手を握っているが、だんだん慣れてきたのか、動物園に着いてからはこちらを引っ張ってくるほどになった。
「ほら~、かわいい!」
ゴロゴロと転がっているおっさんみたいな恰好した白黒の熊。なるほど。この姿形は確かに見たことがある。
「おっさんみてえだな」
「そういうこと言わない!」
ライオン、シロクマ、キリン、ゾウ。聞いたことはあるが、見るのは初めてのものばかりだ。
「ここには珍しいコビトカバがいるんですよ」
「コビトカバ」
「世界三大珍獣です」
「ふうん」
なんだかよくわからなかったが、主のお気に入りらしく、意気揚々とその小屋に向かう彼女は愛らしい。
本丸の中ではそれなりに気を張っているのだと、改めて感じた。当たり前か。
まだまだ年若い女性だ。化粧っけもなく、おしゃれに気を使いすぎるでもなく、趣味に走りすぎているともなく、なにが楽しいのかと思ったこともある。それなりにこの生活が楽しいとは聞いていたが、こうやって年相応の言動を見ると本丸という閉じられた空間に閉じ込められているのは、俺たち男士たちというよりも審神者そのものなのかもしれない。
「ちょっと、ちゃんとコビトカバ見てます? 珍しいんだから」
「見てるよ」
それを見てるアンタを。
途中でアイスを買って、ベンチで休憩しながら、感想を話し合う。
「久しぶりに来たけど、やっぱり動物園ていいな~」
「初めてだが、まあ悪くねえな」
「もうちょっと遠くにあるところにはまた別の珍獣がいてね」
「アンタ、珍獣の話ばっかだな」
「珍しいんだってば!」
ははは、と笑いながら、そのアイスを一口もらう。もうすっかり聞き慣れた「はえ」という鳴き声と、真っ赤な顔をした主だけが目に入る。
「いい加減、慣れてくれよ」
「ヒエ。いや、顔がいい」
「そりゃ、どーも」
アンタのほうが、ずっとかわいいのになぁ。そう思っても、口には出せずに、ペットボトルの水を飲み干した。
「夕飯どうする?」
「なにか食べたいものありますか?」
「わからん。アンタのほうが好き嫌い多いから選んでくれ」
「あ、うす」
うーんと言って、スマホをいじり始める彼女の後ろから同じようにスマホを覗き込む。俺の髪の色みたいなキラキラした指先が、魔法みたいに画面を動かしていたのに、急に止まった。接触面を増やすとすぐにこれだ。これはもっともっと慣れさせないといけないようだ。
「これは? うまそう」
「これ、鍋だよ。二人前からだって」
「余裕だろ」
「いやいやいや、男士のみなさんと一緒にしないでもらえると……」
「俺一人で二人前イケるって。主が余した分も余裕だ」
「え、マジで。そんなに食べるの?」
「槍連中に比べたら大人しいほうだぜ」
少しぎこちないが、そんな普通の会話を普通に終えたことにホッとした様子の主が俺の顎の下でもぞりと動いて抜け出した。少し離れて道路のさらに端っこに引っ込んでどうやらその店に電話をかけているらしい。後ろから見ても、耳が真っ赤で、誇らしい気分になる。
「いや~! 美味かった!」
「嘘でしょ……。マジでほぼ三人前一人で食ったじゃん……」
「さすがに腹パンパンだな! いや、これうめ~! 歌仙作れないの?」
「作れるかなぁ。ええ、どうやって作るんだろ、これ、出汁?」
散々主をなんやかんやと言っていたが、実はなんやかんやとこちらも緊張していたようだ。
食事が始まったら、めちゃくちゃに食ってしまった。別に戦に出たわけでもないので、そこまで腹が減っていたわけではないが、野菜が中心だったので、正直実質ほぼ水だ。肉も鶏肉だったのでかなりさっぱりしていた。主はいつもと同じくちまちまとメシを食っていた。こちらが心配になるくらいに少し食っては休み、食っては休む。そんなんでよく食った気になるな、と思うが、逆に向こうからするとこちらの食べ方には唖然とするものがあるらしい。
「それにしてもほんとにいい食べっぷりだったね」
「そうか? 山姥切国広も同じペースでラーメン食うぞ」
「はあ~~! わかる~~~! 食べそ~~~~」
急に身もだえを始めるからビクリとする。
「……アンタ、山姥切国広の話題好きだよな」
「え、そう? だって、かなり最初に来て、めちゃくちゃ面倒くさかったからかなりやり合ったんだよね。
え? それって、どういうこと!」
「うわ、急にイキイキしてきた」
「え、嫉妬? え? ほんとに? あのソハヤが?」
めちゃくちゃ今日一番の笑顔でこちらに疑問を投げかけてくる。
「なあ、それ、どういう意味?」
こちらの返答に、「あ」という地雷を踏みぬいたということを理解した表情に切り替わった。
「いや~、あはは……」
「ほお~、俺は、嫉妬もしないとそう思ってたと?」
「いや、嫉妬しないっていうか」
「いうか?」
こちらをチラリと上目遣いで見上げる。そんな顔をしてもダメだ。小さくため息をついて緩く首を横に振った。
「だって、なんでも余裕があるみたいなんだもん」
「どこがだよ」
「だって、私ばっかり、恥ずかしくて、照れくさくて、逃げてるのに、全然ソハヤはそんなことないし、余裕で手も繋げちゃうし、あーんなんかしてくるし、同じペットボトルから水飲むし、全部私一人でドキドキしてたみたいじゃん。今だって、ごはん全然喉通らなくて全然食べてないのに、ソハヤ見てたら胸がいっぱいでおなかいっぱいになっちゃったんだよね。
なんだか、私ばっかり、好きみたい。
いや、それで正しいんだけど」
えへへ、と締まりのない顔を浮かべた。
信じられん。なんてことを言うんだ、この小娘は。宗三が言っていた「あの娘、鈍感にもほどがあるのでよくよく注意しておいたほうがいいですよ」という助言が、これほど身に染みるとは……。思わず天井を仰いだ。
「え、ソハヤ? え、呆れちゃった……あはは……」
「んー、いや、呆れたというか……、いや、違う。俺が悪かった」
「は?」
「アンタがここまでとは、ちゃんと理解していなかった。俺の認識不足だ」
向かいに座っていた主の手を取る。ビクリと震えるも、ちゃんと握られてくれた。その小さな両手をしっかりと。
違う男の手によって彩られた俺色の爪に複雑な想いをしていたことなど、きっとこの女はわかってない。
しょっちゅう名前が出てくる別の写しの話に興味を持たれて内心焦っている俺の気持ちなど、想像もしていないだろう。
いつだって、彼女の一番傍にいて、彼女の最大の理解者であり続ける初期刀に、どれほどその立場が喉から手が出るほど羨ましいと思っているか、わかってやしない。
その細い手首も、掴めるものなら、いつだって、思いのままだと思うからこそ、触れられないのだという葛藤を、知られてはならない。
「ソハヤ?」
「手の平、熱いか?」
「え、うん……。熱いけど……、いや、触ってられないほどじゃないから……」
「他にこうなる男士はいないんだろ?」
「え? うん、まあ、あんまり短刀以外にはこんな風に触れないからわかんないけど、ソハヤだけだと思う……」
「わかるか? 俺は、こんなに、アンタのことを思って、霊力がダダ漏れてるんだぜ?」
「はえ?」
「アンタが逃げてばかりで、でも本気で俺が捕まえに行ったら、怖がらせるだろ。
力ずくでアンタを得ても、俺はうれしくなんてない。
アンタから来てもらわないと困るんだ。
逃がしてなんてやれないくらい、俺は、もう、手遅れなんだ。
こんなにも、自分の力も、ちゃんと抑えられないくらい、アンタを前にしているといつだって、どうにかしてるんだ、俺だって。
俺だって、アンタにだけだ。こんな熱を、ぶつけたいのは、アンタだけだ」
ぎゅっと力を込めた。
その手が、そっと、少しずつ、握り返された。
暖かい、主の力が伝わってくる。涙をたたえた瞳が、キラキラと、狭い個室の部屋のオレンジの灯りに彩られて涙すらも暖色を帯びている。
「明日、死んだらどうしよう」
「な、急になんだよ……」
「幸せすぎて、もう死んでもいい」
泣きそうで泣かない、ギリギリの、なのに今までみたどの記憶の表情よりも、幸福そうだった。
「死なれたら困る。守り刀が主を殺してどうするんだ」
「死因・ソハヤノツルキだね」
あはは、と笑う彼女の笑顔が、ようやく、かつてのものに戻った気がする。
*
「みんな~、ただいま~」
「おかえり主!」
「おかえりなさーい」
「お土産ある~?」
「あるよ~」
非日常は終わった。半日とはいえ、主を独り占め出来たのは奇跡に等しい。
ただし、明日からはもう少し距離は近くいられるかもしれない。少しずつ、理解し合っていく、この過程が自分をまた「人間」のようにしていると改めて思う。誰かを思うという「心」という存在が、本来武器である自分たちにやはり必要だったのかどうか。その答えはいつかわかる日が来るのだろうか。
あっという間に本丸の他の刀たちに囲まれた主に気付かれぬように視線を送りながら、両手に抱えていた土産を短刀たちに渡していく。
「お帰りなさい、ソハヤさん。夕飯、何食べたんですか?」
「ただいま。水炊き。この身体になって初めて食ったが、すげー美味かったな」
「ちゃんとご飯は食べられたようならよかったです」
物吉が習慣のように手伝ってくれて土産をあっという間に配り終わった。お風呂もう空いてますよ、という伝言を残して消えた。普段と違う恰好だったので、少し凝った気がする肩を回しながら、本体を刀袋から取り出す。使わなかったのはいいことだが、急速に息がしやすくなった気がして思わず笑った。
「順調だったみたいじゃん」
「加州」
「どーよ、俺たちのデートプラン。成功した?」
「ははは」
思わず、ピースを作った右手を思い切り突き出してしまった。
「完全勝利S」
あの個室で、温かい主のぬくもりを感じる両手を握りながら、自然と交わした唇のおかげで、兄弟には悪いがしばらくはまた霊力がわさわさする日が続くだろう。