【ソハさに】夜花求めて【霊力フェス‼】「花火?」
貝殻をジャラジャラと集めながらのたのたともう新鮮さが無くなり見飽きた海岸沿いを一部隊で移動する。
最初の四戦だけの消化試合でせめて夏の余韻くらいはと思っていた連隊戦最初期の健気さは誰のところにもない。すでに報酬は全てもらい終わっており、なんのために集めているのかわからない貝が余計にその意識を加速させた。
「え、知らないの? お祭り、明後日最終日だよ?」
「太刀勢は夜遊びしない連中が多いんだよ」
「夜な夜な飲み歩いてる連中が多いのはどの刀種だったっけ〜?」
「お前んとこの日の本の槍にも言ってやれ」
「言ってるよ!」
大将組と乱、そして入替え要員でソハヤノツルキで最後の一戦へと向かう。時々間違えて五戦目、六戦目までやることがあるのでそのおこぼれを楽しみにしつつ、審神者も疲れているんだろうとみんなで笑っていた。たくさん戦えるのはいいことだし、連隊戦では体力気力装備が全て回復する仕様なので、誰もそれを責めないが、本来の戦でそれが起きると怖いと本人は間違える度に落ち込んでいるらしい。
気持ちの切り替えが少し下手な審神者を気遣って短刀たちが祭りに連れ出していることは知っていたが、花火まで上がるというのは知らなかった。
それに本当に太刀勢と長物たちは連日飲んだり食ったりと忙しいのだ。夜戦が含まれる連隊戦では、久しぶりの出番に皆が心を弾ませるが、同時に入れ替わりも激しい。ソハヤも定期的に入替りで入っている頭数の合わせに過ぎない。
「カンスト刀入れても経験値が勿体ないと思うんだがな」
「まあた、そんな言い方して。ちゃんと出してもらえて嬉しいでしょ」
「まあ、そりゃそうだが」
「ねえ、祭り、大将誘って行ってきなよ、ソハヤさんも」
「ええ?」
「大将、寂しがってたぜ? 連隊戦の間はデカい連中みんなして飲み会だらけだから全然構ってくれねえってな」
面白そうに話す薬研の表情を見るに冗談ではあるらしいが、そんなことを言われるような記憶は自分にはない。それでも思わず胸に突き刺さるのは最近実際になかなかすれ違いが続き逢瀬が出来ていないという自覚はあるからだ。
「お、めっずらしい! ソハヤもちゃんと認識してんの」
「別に構ってないとかじゃなくて……」
「はい言い訳~。大典太さんのお世話も大概にしなよ。いつか『兄弟と私、どっちが大事なのよ!』って言われても誰も助けないから」
「それ、大将の真似か? 似てね~」
「うるさいな!」
信濃と厚が喧嘩しだしたのを両者の兜を抑えてどうどうと仲裁に入る。乱が突然大きな声を上げてにんまりとした笑顔を浮かべた。
「ねえ、ソハヤさんボクにいい考えがあるんだけど……」
嫌な予感しかしないが、そこで最後の一戦が始まった。
*
「んあ~~、終わった~」
「はい、主おつかれ。連隊戦中はやること増えて大変だね」
「本当にね~。あ~、肩凝った……」
「肩、揉む?」
「あはは、大丈夫だよ」
部屋の片付けを手伝ってくれていた小夜がおそるおそるというように声をかける。その頭を優しく撫でながら審神者は笑った。
人の子ではない青い色のゴワゴワした髪を兄弟たちと違うと落ち込んでいた最初の頃はもっとよく撫でていた。今は江雪が一番この頭を大切に撫でていることだろう。通常、連隊戦では初鍛刀として初めて修行に行って以来ずっと極短刀のトップとして小夜も出陣していることがほとんどだったが、今年はレベル差が出てきてしまっているため出陣を取りやめたところ、こうして初期刀の加州清光と一緒に審神者の仕事を手伝ってくれている。
「あ、今日は俺も先に上がるね」
「もちろん! お疲れ様! 清光も飲み会?」
「あ~、うん。ごめんね、最後まで出来なくて……」
「え、なんで? もう仕事は終わったんだから気兼ねなく行ってきなよ。新選組の? 打刀の集まり?」
「新選組。主も来る? いつでも大歓迎だけど」
「いや、疲れたからいいかな……。早く寝ないと体力持たなそう」
「そっか」
なぜか夏冬の連隊戦の間、小さな飲み会が開かれるようになってすっかり習慣づいてしまった。
元々普段の時も呑兵衛連中は飲んでいるが、連隊戦の間は里や大阪城などとは違い複数の部隊が同時に出陣することと珍しい刀落ちること、そしてケガが瞬時に治ること、そして連隊戦が終わるとなんとなく数日休養の期間を入れるのもあり、前哨戦という雰囲気が出来あがり、多くは出ずっぱりの極短刀以外の刀種はよく飲み会を開くのが定例になった。特に太刀と長物であるのだが。
審神者は連隊戦の間は忙しい。通常の業務に追加してイベント報酬分を走るからであるが、そこについつい飲み会もそれなりに組み込まれる。
以前は辞退していたが、酒自体は嫌いでないことと、ソハヤと恋仲になってから特定の刀との仲を深めてばかりでは男士たちに示しがつかないのでは? と悩みに悩んだ審神者の奇行の一つとして飲み会行者があったが、すぐに清光が回収に来たのは記憶に新しい。もちろん主がいれば刀たちは大層喜ぶが、悪酔いをしては初期刀か初鍛刀か、ソハヤに回収されていく姿は逆に主としての威厳を失っているのではないか? と議題に上がり、参加はいつでも待っているのでとにかく体調を優先するように、と逆通達を受けてしまった。
代わりといってはなんだが、ソハヤの飲み会への参加率がグングン上がり、引っ張りだこというのが彼女の最近の悩みである。
酒は嗜むし嫌いではないが、兄弟刀が酒好きのためどちらかというと介抱に回る側だったのが、すっかり飲み潰されることが増えたのである。
日中はそれぞれ戦に執務と、きちんと公私をわけたがる真面目な二人が逢瀬をするのは夜くらいしかないのに、すっかりそれもおざなりにされている。もちろん悪いのはソハヤではないのもわかっているし、一時的なものである。酔って主に絡むことが一度もないのがさすが、と頓珍漢なことを言ったら清光に呆れられたのもそういえば結構前のことかもしれない。
いっそ、そうやって来てくれたらいいのに、なんて思うくらいには確かに積もった不満があるのかもしれない。
「主さ~ん! たっだいま~~!」
「お、第二部隊帰ってきた」
「おかえり」
襖を開けると、ぞろぞろと全員揃っている。装備はピカピカ、ケガもない。やけにご機嫌なのは乱で、他の大将組連中もニヤニヤしている。一人だけ、仏頂面をしているのは我が恋刀様だった。
「どうしたの? 報告はいつも隊長だけで来るのに」
「ねえ! 明後日のお祭りみんなで一緒に行こうよ!」
「え? こないだも連れていってくれたじゃん。その日は連隊戦最後でしょ? みんな疲れてない?」
「大丈夫大丈夫! ねっ? ソハヤさん!」
「え?」
そちらを向くと、仏頂面と思っていたのは、どうやら少しニュアンスが違っていたらしい。
「ん、まあ、そうだな」
両脇から「早く」「旦那! 男を見せろよ!」などと、少年姿に突かれている。
「あ~、いや、ほら、花火? あるんだろ?
あんた、そういうの、好きだろ。だから、その……」
「へ、まあ、そうだけど。でも夜の外出は行かないって、ソハヤ言ってたじゃん」
「平気平気! ボクたちが一緒についていくから! 花火の間くらいは二人っきりにしてあげるから!」
「そうだぜ、大将! 大将もたまにはしっかり息抜きしないとな!」
「デカい連中ばかり楽しんでるからな。俺たちも大将とおでかけくらいいいだろ?」
「大将の浴衣姿、また見たいな~! ね、一緒に行こうよ!」
一斉に短刀たちにおねだりをされて頷かない審神者がいるだろうか。
否、いないと信じたい。
その間、一斉に審神者に見えないよう、ソハヤの腹に次々と肘鉄が当たっていたことは傍で見守っていた清光と小夜はしっかりと気付いていた。
*
「お、いいじゃん。かわいいかわいい」
堀川と籠手切が着付けをしてくれ、出てきた姿は普段よりもたおやかに見える。いつもは動きやすい現代服、どちらかというとパンツスタイルを好んでいるので、足が揃っているのが珍しい。歌仙などは審神者を見る度に「足」と注意を毎回してくる。「蟹股じゃないんだからいいじゃんね~」と清光にぼやくものの、正直清光は歌仙の意見に賛同しているので、あまり審神者に同意は出来ない。
それがこうして着物姿になるとやはり揃えられた足でおしとやかに見える。中身はお転婆なのはわかっているが、見目くらいたまには望んでも罰は当たらないだろう。
「おかしくない? なんか久しぶりに着たから似合ってるんだかないんだかよくわかんない……」
「素敵ですよ、主さん」
「はい。いい帯をお持ちですね。昨年はなかったような気がしますが」
「あ、これ? 兼定派がくれたんだよね。
毎年浴衣はなぜか兼定派が贈ってくれるの。歌仙、こういう恰好好きなんだな~って思って一応着るんだけど」
「ああ、どうりで」
籠手切が少し遠い目をしたが、隣の堀川は自慢げだった。
「じゃ、メイクと髪のセットやろっか」
「はい。後はよろしくね、清光くん」
「頼んだぞ、加州」
「おっけ~!デコっちゃうぜ!」
そして脇差と交代で乱もやってきた。午前、午後と出陣していたが、今日ばかりは欲張らずに札を消費するだけなのであっという間に帰城して準備をしていた。
「主さん、かわいい~! やっぱり浴衣着て大正解だったでしょ?」
そういう乱もいつかのご褒美にと手に入れた軽装姿である。涼やかな色味が彼によく似合っている。それに比べると、白地に朝顔と金魚の柄で模様に指し色があるとはいえ顔が地味なので男士たちと並ぶとあまりにも見劣りしそうというのであまり一緒に着飾るのを躊躇してしまう。着物はいいものを、帯も素敵でしっかりとした着付けで、特段美人でも劣っているわけでもないまさに「地味」が突出していると感じてしまう。
「ねえ、本当にこれで平気? 浴衣みたいなシンプルな恰好、顔の地味さが目立って仕方なくて本当に不安なんだけど……」
「も~、毎回そういうこと言う! 主さんは素敵だよ! 自信もって!」
「まあ、隣に並ぶのがあの金ピカだからね~」
「加州さんったら!」
プリプリと怒る乱に毒気を抜かれて、逆に審神者は落ち着いてきた。清光の言う通り、地味と派手で、並ぶと昔の不良と学級委員である。まあ、今更どうしようもないしな、というのが定期的にストンと胸に落ちるのだ。
「で、髪はどうする? アップでいい?」
「うん。浴衣だし」
「少し後れ毛出して、ほら、こんな感じ」
「あ~、いいね。もう少し位置は低い方が似合うかな」
「リップは? 赤いの塗っていい? 夜暗いし、ハッキリした色のほうがいいと思うけど」
「あんまり派手なのはちょっと……」
「なに言ってんの、地味なの気にしてるんでしょ? それならパキッとした色のほうがいいよ」
「素肌感出したほうがいいから下地どうしようか」
両脇にいるのが男士とは思えない会話で、普段の審神者の干物っぷりが浮き彫りになる。
それなりにちゃんと化粧も毎日しているし、服だって着替えて最低限のことはしているが、まさに最低限なのだと思い知らされる。伸びかけの髪にオイルが付けられ櫛で丁寧に整えられる。顔面を化粧水から全部始められ、工程を薄目で確認しながら(本当に工事じゃん)などと失礼なことを思ったが、自分の顔なのが情けない。
「大将~! 準備どう~?」
「まだ! 広間で待ってて!」
「了解。ソハヤの旦那も準備終わってるから向こうで待ってるぜ」
「はーい。飲まないでよ?」
「飲まねえよ!」
襖越しにかけられた声にドキッとしたが、自分が声を発するより周囲で勝手に話が進んでしまった。
「ソハヤの準備も早いね」
「物吉さんが張り切ってたよ。お手伝いしますね! って」
「絶対堀川の差し金だろ。そういう時、脇差ってホウレンソウ早いんだよな……」
「仕事も早いよ」
「確かに」
くすっと笑うと、清光が「あ」と声を出した。
よれちゃった、と言って三人で笑った。
*
「余計なことは言わなくていいから」
「そうそう。ただ一言でいいんだって」
広間の一角に陣取ってソハヤノツルキを囲っているのは薬研、厚、後藤、信濃だ。ソハヤも含め全員軽装姿でこれから出かけるのだろうことはわかる。
本日、審神者が外出すると聞いているので皆それだけで状況を把握する。
「主とのデート、楽しんでおいでね」
「屋台のものもいいが、食べ足りなければ適当に食べれそうなものを置いておくよ。あんまり遅くならないうちに帰ってくるんだよ。飲み連中に食べられちゃうから」
などと、厨組からのありがたいお言葉を胸に今太刀は普段していないブレスレットをいじりながらこれからのミッションにため息を零した。
先日連隊戦の最中に焚きつけられて審神者と一緒に花火を見に行く、となったまではいい。
実は審神者には内緒でその後別のミッションがソハヤには課されていた。
「綺麗」と、本人に向かっていうこと。
「かわいい」は素直に言える。かわいいと思う。結構簡単に口から出る。「お、かわいいじゃないか」なんて、軽い口調で。
しかし、「綺麗」は難しい。綺麗だと思うことも多い。わかる。心底惚れた人間の女に、「綺麗だ」というのは自分だけでいいと思っている。それによって心動くのは自分だけでありたい。他の誰が気軽に「綺麗だ」と言ってもなお彼女の一番綺麗な部分も汚い部分もなにもかもを知っているのは自分でありたい。
だが、それとこれとは話が別だ。
太刀なので審神者を連れての夜間の外出を、ソハヤは断固拒否してきた。審神者が花火の提案をしなかったのは当然だ。今までの彼なら瞬殺だからだ。
だが、口々に粟田口短刀たちに責められてしまっては頭も上がらない。
「大将、綺麗って言われたことないって気にしてたよ」
「多分ソハヤはそう思ってるんだろうな~って俺たちなんかはわかるけどさ、でも口にしなきゃ、大将にはわかんねーじゃん」
「いつもと違う恰好した時が一番のチャンスだぜ! 普段なんでもない時より言いやすいだろ?」
「ま、最初に言うのはいつも俺だけどな!」
わはははは、と笑う薬研の頭を厚が即座に引っ叩いた。
「ま、チャンスは作ってやるし、花火の間は俺たちほんと離れて警護してやるから、ここは男を見せろよな!」
なぜかいつの間にか花火に行くだけでなく「審神者に向かって「綺麗だ」と言う」までがミッションになっているのだ。
審神者はおそらく彼らにこんなことを頼むわけがない。乱の弁に事実だから大将組まで乗っかってやんややんやと言っているにすぎない。
それでも、確かにまあ思うところもないわけではない。
なにか新しい化粧品や服や髪型をすればいつも「どう?」とソハヤに聞いてくる。かわいい。その言動がかわいいので、実際の見た目がどうなんて正直どうでもいい。いればいいのだ。かわいいので。
それを言ったら怒られるのはわかっているのでちゃんと褒めるが、正直心底どうでもいいと思っている。中身が「彼女」であることが重要なのだ。
どうしてこうも上手いこと伝わらないものかと、思わず頭を抱えているのが今である。
「そんなに悩まなくても」
「ちゃんとそう思ってるんだろ」
「……おもってます」
その返事に厚がさらにフォローを重ねようとしたところで広間が一瞬ざわついた。
「お待たせ~って、ソハヤなにしてんの?」
「お、加州。べっぴんさんはどこだ?」
「お前はほんと大般若と並んでおっさんくさい発言が自然と出てくるなぁ。ほら、主、気を付けてね。まあ、うちの主力極短刀の護衛じゃ大丈夫か」
すぐ後ろから審神者が出てくる。
「ほんと、時間かかっちゃってごめんね、みんな」
「全っ然? うわ~! 大将綺麗だよ!」
「よく似合ってるな! 新しい浴衣か?」
「これ、どうせまた歌仙の差し金だろ。いいなあ。来年は粟田口もなにか贈ろうぜ。大将着てくれるだろ?」
「これ以上浴衣増やさないで。あと、賄賂は困るので基本的には受け取りません」
あっという間に粟田口に囲まれて笑う審神者の装いを見てソハヤは皆と同じように立ちあがったのに、呼吸を忘れた。
本丸にいる影響で通常より髪が伸びるのが早い審神者の髪は、今は肩口につくくらいである。無理矢理に近いが、一つにまとめて下のほうでゆるく団子のようにしている。晒された細い首にかかる残った毛が目に入ると毒のようにこちらの感情を撫でていく。
顔全体に施された化粧は普段よりも自然であるのに、目元がクッキリしているように見えた。色味は口元にしっかりと色づいた薔薇色しかないのに、自然に風呂上りのような頬と口元が統一感があって色気がある。
初めて見る浴衣は彼女の少し幼い面を表しながらも、大柄の大胆な模様に繊細な差し色が年相応の美しさをだし、足元と手先のゴールドの爪に気付いた瞬間、ソハヤは再度頭を抱えたくなった。すでに暑さでうっすらと汗をかいているのが、余計に劣情を誘われる。これから健全な外出をしようというにも関わらず。
「ソハヤ? どう?」
「ほら」
「がんばれって」
察しているのだろう短刀たちに粗雑に腕を引っ張られて審神者の前に立たされる。上目遣いに見てくる彼女を見て、余計に目をやられるかと思った。
「……とてもよく、似合っている」
「え、なんか片言じゃない?」
「そんなことはない。行こう」
彼女の腕をそっと取って促すと、見なくてもわかる満面の笑みが溢れた声で「うん」と返ってきた。
「じゃ、みんな。主をよろしくね」
「もちろん」
「後で色々報告するね~」
「せんでいいわ!」
またまた~、と後藤と信濃に肩を叩かれ、ふんと鼻を鳴らしたものの、その耳が赤いので恰好の付けようもないのだった。
*
ちんどん、てんとん、どこから鳴っているのかわからない祭囃子の音楽に、赤白黄色色とりどりの提灯、ソースやカラメル、焼きイカに焼きトウモロコシなどいろんな匂いが混ざり合っている。審神者の両脇を乱と信濃がしっかりと掴んで、あっちに人形焼きがあるだの、こっちのかき氷のほうがふわふわしているのだと、連れまわしているが、審神者もケロリとリンゴ飴を食べ、ソース煎餅の外れを引いて百枚当てた薬研に分けてもらい、後藤のタコ焼きをお裾分けしてもらっている。
「よく食うなあ」
「逆にあんまり食わねえな、ソハヤ。腹減ってねえの?」
「いくらでも食えるけど、さすがに気配があんまりよくわからんところで無防備に飯を食う気にはなれん」
「一応、ここら辺の食い物は問題ないぜ。あっちの通りに入ると貰っても食ってもダメだな」
「お前たち道案内がいなきゃ外れを引きそうだ」
「バカ言え。天下の徳川の守り刀が何言ってんだ」
「過去の栄光に縋る男じゃねえんだよ」
そういいながらも厚と一緒に焼きそばを半分こしている隙に、後藤が追加で広島焼きを買ってきた。
「まあた、似たような味の買ってきたな」
「大体ソースの味だろ」
「今かき氷食いたいな」
「俺たちはこの後花火見ながら食うぜ」
「え、もうそんな時間か?」
「もうちょっと」
後藤がこそっと信濃を呼ぶ。それが手筈だったようで、乱が審神者の気を引いているうちに道の端でぐるりと円陣のように集まった。
「いいか、ソハヤの旦那。これがラストチャンスだからな」
「いや、ほんとに、俺なんでこんなことしてんの?」
「大将を喜ばせてやれよ。言葉一つくらいでそんないつまでも……薬研を見習え」
「まあな」
「とにかく、花火が始まったら周りはみんな自分たちの世界だ。回りのことなんか気にしないで一気に行け!」
「大将たちから見えないところで見張ってるからね。なにか起こればすぐ大将を助けられるからソハヤさんはミッション達成頑張って!」
「もうやだ。帰りたい」
「バカ。これから本番だろ!」
「大典太さんにいい報告したくねーのか?!」
「プライベートなことは話したくないです」
「どうせ前田経由で知られるんだから無駄だって」
「もしくは、俺♡」
「だろうな!」
ばちんばちん! と極鍛刀たちの遠慮のない平手打ちが背中に響く。くっそ?! と思った時にはもういなくなっていた。
「あれ? みんなは?」
乱と一緒に戻ってきた審神者がキョトンとして問うと、乱もくるっとこちらを向いて笑う。
「主さん! ボクたちみんなあっちで見てるから、花火の間くらい二人っきりで、ね!」
「へ! え? そういうこと!」
「そういうこと! じゃあね、ソハヤさんよろしくね!」
「おう。気を着けろよ」
ひらひらと振った手を下すと、審神者が真っ赤になっているのが暗い道の中でもわかった。二人ではないという安心感が、彼女を天真爛漫に見せていたのだろう。
「行くか。見やすい場所、あっちだって」
「あ、ひゃい!」
その挙動不審な様子に、ようやくソハヤの心は固まった。
*
聞いてない!
嘘、知ってた! 聞いた気がする! そういえば言ってたわ! 最初に乱言ってた~!
つい楽しくてみんなでお祭りだ~ってめちゃくちゃいっぱい食べたんだけど!
え、つまりもしかしてソハヤは最初からそのつもりなのに「この女めっちゃいっぱい食うな」とか思ってたってこと? 先に言ってよ~!
「大丈夫か? 顔、すごいことになってっけど……」
「ぎゃ! 大丈夫です! 嘘! なんか、いや、はい……」
「どっちだ」
そういってふはは、と声を漏らして笑うのは、大典太と一緒だと教えてくれたのは前田だった。私はソハヤの笑い方しかちゃんと知らなかったのでとても驚いた。
大体、ずるいんだこの男は。
金の髪に、金の着物合わせるか? 普通。どこの殿様だっつーの、貴方様です。
普段洋装とはとても思えないほど、貫禄があり、似合っている。きちんと足袋を履いて、普段はしない兄弟と揃いのブレスレットを嬉しそうに見せてくれた。以前、納涼会として軽装を持っているみんなで宴を開いた時には遠くからでもわかるその姿にとても安心した。
太陽のような輝き。日光大権現の護りをしていたのだから、その姿もまた、きっとそんな輝きを宿すのだろうと。
じっとりとした汗が流れる。握られた手首に触れている彼の手は熱い。
ソハヤの襟足も、汗でしっとりとして、軽装にピッタリとしていた。花火を見る場所はもう人がいっぱいで、どこかの審神者や刀剣、刀剣同士で、人間同士、どうやら人間でないものまで、色々な人やものや組み合わせが来ているようだった。
ぎっしりとくっつくほどではないけど、なんとなく熱がわかるような、一つの大きな塊のようにみんな同じように空を見上げている。時々誰かがチラチラと腕時計を見たりして、今か今かと花火を待つ。
「なあ」
「うん」
少し見上げるようにしてソハヤを見る。
もうだいぶ見慣れたけれど、やはり見慣れない。顔がいい。こちらを見る赤い瞳は真っ直ぐで、いつもそうだ。全部を見透かされているような、その瞳の奥の強さが押し寄せる。
「俺と来て、後悔してないか?」
「は? なんで?」
「あんまり、こういうの、来た事がないから、どうすればいいのか、よくわからなかった……」
かわいい。え、急になにを言ってるのだ? は? 初耳だが?
「あんたは、楽しかったか?」
「た、たのしかったです」
でも、今が一番、楽しいかもしれない。
こんな顔、初めて見た。それなりにプライドが高いことくらい知っている。私の前では恰好つけたがっていることも、情けないところは見られたくないと思っていることも。
いまだ解禁されない修行に、ほんの少しヤキモキしていることも、しかしその修行に私が怯えていることも。
そんなソハヤが、その少しみっともない顔を晒しても、今日ちゃんとここに来てくれて一緒にいることが私は嬉しい。
本当はそんなつもりなかったはずなのに。
夜の外出を太刀と二人きりは安全上絶対にダメだと去年言われてから「それもそうか」と思ったけど、人間の恋人と同じように花火を見たり、夜に食事に行ったり、夕陽を見たり、終電を逃したり、嵌めを外して飲んだりしたくないわけではなかった。
でも、ダメだっていうし、理由はその通りだし、そんなだらしのない人間の女で守られるだけの審神者に私はなりたくなかったので我慢をしていた。
だから粟田口短刀のみんなの申し出は素直にうれしかった。そこに一緒にソハヤが来てくれたことが。
いろんなものを食べて、みんなでシェアして、もうきっと二度とないだろうこの瞬間を、楽しめたことが。
きっと来年にはソハヤの修行も解禁されている。その前に、私は最後の思い出にしたかった。
審神者ではない、私「個人」としての「楽しみ」は、今日に全て凝縮されている。
生きていてよかった。この人と思いを通じあえて、本当に良かった。今日は、そう実感した日だった。
でも、言葉にするには出てこない。ソハヤの手を、ギュッと握って、聞えるかわからないけれど、どうか、私は貴方と思いを通じてから、後悔などしたことがないと伝わってほしい。
「楽しい!」
バカみたいに大きな声になって、恥ずかしくなった。
ふはは、とあのいつものように笑うソハヤの横から光が当たる。遠く、高いところからドンパン! と空焚きのような音が響く。
「あ、上がった」
向こうのほうから「た~まや~!」と声が聞こえて、歓声がざわめきとして広がっていく。私も花火を見ようと思って首を向けようとしたら、ソハヤに戻された。優しく、けれど決して有無を言わさぬ熱い指先が、私の顔をしっかりと固定した。真っ直ぐ、目が合うように。
「綺麗だ」
しっかりと、その赤い目は私だけを見ていた。
「その浴衣も、化粧も、本当に似合ってる。
見れて、よかった。
あんたが、一番綺麗だ」
花火の色とりどりの光が移るその表情が綺麗で、言葉が出なかったら、一瞬でその顔が近づいて、とてもじゃないが、花火の記憶なんてなかった。