ソハさにまとめ①「特別な手で」
今日は遠征の予定だった。遠征の日は兄弟と一緒のことが多い。単純に予定が把握しやすくて助かる。
この本丸では遠征時、自分で朝食または昼食代わりの弁当を用意する。堀川派や兼定、長船派などはちゃんとした弁当を身内作っているという。頼めばやってくれるが、三池の二人はそれぞれの弁当代わりに互いに握り飯を作るのを恒例としていた。それぞれの食べる量も把握しているし、好みのおかずも苦手な具もわかっているからだ。ただし中身は食べる時までのお楽しみだ。
朝食の前に厨に顔を出す。そういえばいつもは一緒に起きて一緒に握り飯を作るはずの大典太がいない。気にしないで出てきたが、既に布団は畳まれていたので先に目が覚めたのだろう。今日の朝当番の連中が忙しなく回っている中、遠征用の弁当を作ろうと弁当用の炊飯器に手をかけようとしたところで、朝当番だった清光がソハヤに気付いて大声を出した。
「あー! ソハヤ! ダメダメ!」
「え、なにが? まだ米出来てないのか?」
「違う違う。もうお前の分も大典太の分もあるから。大典太は先に朝食行ってるから一緒に食べてきなよ」
はいはい、と追い立てられるように厨を出された。首を傾げながらも隣の食堂を覗くと、確かに兄弟がもう食事をしている。ソハヤに気付くと手を挙げて呼ばれた。慌てて朝食の盆を掴んで目の前に座る。
「なんだよ、今日。先に作ってくれたのか?」
「……ああ」
「別にいいのに。悪かったな。あ、しょうゆくれ」
「ほら」
「サンキュ」
黙々と食事をして、先に食べ終わった大典太が茶を淹れてくれた。
あと四十分程度で出発だ。
「そろそろ行くか」
「ああ」
食器を片して食堂を出る。主とすれ違った。なにかわさわさしているのがわかったが、あまり時間がなく、声をかけられなかった。目が合ったのだが、普段と同じようににへら、と笑われたので、体調が悪いなどではないらしい。少し普段よりも腑抜けているくらいだ。片手を上げて、笑顔に答えた。一緒に主が好きだという「ニカッ」と笑う笑顔を付けて。
「ん? なんか弁当小さくねえか?」
昼時、みんな適当な岩や木陰に座って昼食とした。今日の分の資材の確保も出来たし、遠征内容も完了した。あとはメシを食って帰城するだけだ。以前、前田と平野が錬度上限時にプレゼントしてくれた大典太とソハヤの色違いで揃いのバンダナにいつも握り飯を包んでいるが、なんだか今日は普段より一回り小さい気がする。不思議に思って、隣の兄弟に声をかけると含み笑いをしていた。
「そうだろうな」
「は? え? 兄弟が作ったんじゃないのか?」
「とりあえず開けてみろ」
「はあ」
膝の上で広げてみると、ソハヤの掌の半分くらいの握り飯だ。それがころりころりと四つほど。普段はソハヤが握った大典太のものは四つ、大典太が握ったものは大き目三つである。
いつもはお互い面倒がって海苔も巻かない。今日のはちゃんと三角の形をしていて、海苔まで巻かれていて、まるでお手本みたいな「おにぎり」をしていた。
「なあ、これって」
もしかして、いや、だが、そんなはずは、そんなことするか? いや、でも、口元がにやけるのが抑えらえない。
「主だ」
ブワッと桜が飛び散って、二人の弁当にかかった。
「なんでこんな小さいんだろうな、うわ具が俺の好きなのしかない、兄弟バラしたろ」
「最初に梅をいれようとしていたから止めておいた。おかか和えじゃないと嫌がるだろうと思って。種くらい面倒くさがらずにそのまま入れた方が楽だろうに」
「うるせーな! 食いたい時は自分で作ってるじゃねーか。種面倒なの!
あ、これ肉みそじゃん! マジで?」
「あ、ソハヤさん、その肉みそ、多分粟田口のおこぼれだからね」
しれっと信濃にそういわれて、一瞬で仏頂面を作ってしまった。自分のためではないのか、と。
「あははは、大丈夫だよ、作ったの、主さんだから。一人分作るだけだともったいないからって粟田口用にも一緒に作ってくれたんだよね」
「なんだよ、じゃあ状況が逆じゃねえか、信濃」
「ちぇ、それくらいいいじゃん。少数派はソハヤさんのほうなんだから」
「なんでも数で勝とうとするんじゃない」
粟田口はちゃんとした弁当箱におかずが入っている。チラリとみると、確かに米の上に肉みそが乗っていた。
「うめえ」
「よかったな」
「うん」
いつも食ってるのと同じ米で、同じような具のはずなのだが、あまりにも単純な自分の言動に笑ってしまう。
だが、さすがにサイズが少し小さい。
「ちょっと量が物足んねえな」
「おかず少しあげるよ」
「助かる」
「主さんも気にしてたよ。量が足りないんじゃないかって」
「なんだ、バレてんじゃん」
「そりゃ、普段あんなにガツガツ食べてるんだからわかるでしょ」
「じゃあ、なんで小さいんだ?」
本当にわからない、という顔をしてそう尋ねるソハヤに、乱と信濃が長い長いため息をついた。
「も~。女心が本当にわからないんだから!」
「大将の手が小さいからでしょ。いっつも三池の二人が食べてるやつは、二人の手が大きいからなんだから」
一瞬、キョトンとしてしまった。言われた意味がわからなくて。
「手が小さい?」
「いつもしているように、俺たちの茶碗で作ろうとしたんだが、それだと主の手では米がこぼれてしまってな。それで乱のを借りたんだ」
思わずじっと自分の手を見つめた。そして思い返す。主の手を。
小さい手だ。
細くて柔くて、力を入れ過ぎたらすぐに壊れてしまいそうな、温かい人の手だ。自分たちを作り出し、癒し、励ますあの手は、確かにそうだ。自分の半分くらいしかない。そうだ。確かにそうだ。
え、それでおにぎり小さいの? え? なにそれ、かわいすぎないか?
つまり、手が小さくて大きいのが握れないってこと?
「なにそれかわいい」
「おい、心の声が漏れてるぞ」
「うわ~めちゃくちゃ惚気るソハヤさん、初めてみた~」
「主がかわいくてしんどい」
「はいはい」
「味わって食べてあげてね」
「感想も伝えるんだよ」
「俺の握り飯では不満か……」
「いやサイズは兄弟のでちょうどいいけど」
「ちょっと大典太さん、そんな仕事と私どっちが好きみたいなこと言わないの」
「ソハヤさん、モテるね~」
「兄弟はまた別枠かな」
乱が分けてくれた卵焼きを口に入れながら、ソハヤは笑った。
どちらも違って、どっちもいい。
「香りの元」
いつもと違う香りがする。
そう思うとそれがどこから来ているのか気になって瞳を閉じて香りの源泉を探した。
「いつもと匂いが違う。これ、なんの匂いだ?」
「ヒョェっ!」
ガッと無意識に掴んだのは主の手首だ。腕時計を着けるのが習慣の彼女だが、キーボードを打つときには外していることが多い。ソハヤの人差し指と親指で作った円で囲っても余る手首に鼻先を近づけた。
「はー! 熱い熱い!」
加州の大声に瞳を開けると、思いっきり呆れた視線がこちらに向けられていた。小夜まで同じような表情をしている。
「え、そうか? ちょうどいい気温だろ?」
「あー、えーと、おやつでも、取ってくるね」
「俺もー」
小夜が視線をこちらと合わせずにどこかをキョロキョロと見てから唐突にそう言って立ち上がると、加州も合わせたようにすぐにその後を追った。
「え、もうそんな時間?」
「主とソハヤは待ってて。
ど・う・ぞ、ごゆっくり。匂いの元でも探してちょうだい」
あ、と思った時には二人は出て行った後で、ようやくソハヤは自分がしたことの意味合いに気付いたのだった。
「……悪かった」
パッと手を離すと、主が顔面を覆う。
「いえ、だいじょうぶです」
「いや、顔真っ赤なんだが」
「いつものことなので」
「それもそうか」
そういうとぎゅっと手の甲をつねられた。
自分が近づいたり、笑ったり、なにかをすると急激に主の中のスイッチが入り、変な鳴き声を上げたり倒れたり顔面を覆ったりするのは日常茶飯事なのでもう大分慣れていた。なのに本人から怒られるとは何事か。
それを見るのも一興だが。
「で、これなんの匂い?」
すん、と再び気になった匂いをたどる。よくよく嗅ぐと、主の首筋からも同じ匂いがする。香でも焚いたのだろうか? 庭から咲き誇る艶やかな花の香りでもなくて、歌仙や鶴丸などが焚きしめている香や、体臭のような誰か個人の匂いとも違う。もちろん、青空を抜けるような洗濯物からする石鹸の匂いでもない。
少し、葉っぱのような、外の空気のような、明るく晴れた日みたいな爽やかな香りだった。
いつもの彼女からするどことなく甘い香りがあるような、ないような。それは彼女自身の香りだったかもしれない。
「ちょ、あの、ソハヤ」
「まあ、悪くはねえけど、いつものアンタの匂いのままのがいいな」
「え?! いつもなんか匂いしてるの?!」
「臭いとかじゃねえよ。なんか、あるだろ、こう」
「いや、はあ、え、そんなに近い距離にいる?」
「おい、コラ、離れるなよ」
距離を取ろうとするのを腕を掴んで引き寄せた。
「で、この匂いは?」
「と、とりあえず離れて……無理耐えられない、近い……ぎえぇ……」
「なんつー鳴き声だ」
あんまりひどい声を出すのでさすがに首筋の匂いを嗅ぐのはやめてやった。真っ赤な顔のまま、審神者がようやく「あー」とか「うー」とか言い出しにくそうにしながら話し出した。
「そのー、新しい香水を、買いまして……」
「へえ」
「お店で試した時に」
「おう」
「ソハヤっぽいなーと思って……買ったやつ……を付けてる……はい」
「……」
明るい、空みたいな、軽くて、原っぱみたいな、ちょっとだけ木のような香り。甘いと思ったのは、少しだけ小さな花みたいな香りもあるからだ。柑橘系のなにかだと今気付いた。
それが、自分のようだと。
「いや、それは……」
「あははは、いや、ごめんね、気持ち悪くて……。つい……」
「いや、そうじゃなくて……」
買い被るなよ、とは言えなくて、いつも恥ずかしがって口にしてくれない彼女の思いを垣間見た気がして、むしろ口にされるよりもこちらの胸に刺さった。
部屋の障子が開いた。両手で盆を持つ加州と、障子を開けた小夜だった。
「ねえ、まだやってんの? マジでイチャイチャすんのも大概にしろよ? 二人っきりの時にして? あ、主は気にしなくていいから。オメーだよ、ソハヤぁ!」
「さすがに八つ当たりがひどくないか?!」
「おやつにするから、机片付けるね」
「はい! 片付けます!」
慌てて距離をとったことで、加州には逆に怪しまれてしまった。
机の上の書類を適当にバサバサと重ねながら、自身はあんな爽やかは香りのイメージでは決してないが、嫌では無かったというのは伝えたい、伝えるべきだと思い出す。
まだ彼女に見せられないような、見せたことのない顔が山ほどある。自覚しているだけでも。それを知ったらどんな匂いになるだろうか。それだけが少し恐ろしい。
「……まあ、嫌いじゃないぜ、これ」
初期刀と初鍛刀が「お茶を忘れた!」とバタバタと厨へとUターンするのを見届けてから、もう一度審神者の首筋の香りを確認してからそう告げた。
それからしばらくの間、審神者の香りはそれ一つでまかなわれた。
「少し高い視線で」
「ソハヤは全然甘えてくれないよね」
少しむすっとした顔で主が言うが、ソハヤにはあまり言われている意味がピンとこなかった。
「はあ。なんの話だ?」
「そういうとこ!」
お、これは長そうだな、と判断して、サクッと口にスプーンを突っ込んだ。口の中に物が入っていると主はちゃんと無くなるまで話さない。当たり前だが、そういう小さな言動がソハヤは気に入っていた。
「っだから! なんで! 私が食べさせられてるのよ!」
「だって口に入れたら食べるの可愛いから」
「うっ!」
「ハムスターみたいじゃん。反射で口開けるし」
「え、ねえ、それバカにしてない?」
もごっとまた口にスプーンを突っ込んだ。可愛い。こちらを睨み付けながらもちゃんと咀嚼している。
「美味い? パフェ」
「美味しいけど、自分で食べたい」
「俺は楽しいんだけど」
「もうっ! スプーン返して!」
そうして一悶着して、そろそろ本気で怒られるなと思ったので、自分も一口食べてからスプーンを渡した。
「……そういうこと、する……?」
「ん?」
ようやく気付く。もう一本スプーンが付いていたことに。
「……それ返せ」
「はい」
溶けかけたアイスを、新しいスプーンで主が食べ始めた。顔を赤くしながら。おそらくこちらも同様だろうが。
*
両手にかさばるくらいの荷物を持って帰宅する。主が元気よく「ただいまー」というと、あちこちから声が聞こえた。
「おかえり。デート楽しかった?」
早速近侍の加州が出てくる。袋を一つ渡す。
「はいはい。買い出しのついでのデートね。なんか私だけが振り回されてる気がする」
「それ毎回言うなぁ。別に俺は振り回してるつもりないんだが」
「主のほうがワガママ言って振り回しなよ! ほら! ガツンと言っちゃえって!」
「なあ、加州。俺はお前になにかしたか? 相変わらずの当たりの強さだな」
「え、俺の大事な主の一番を奪ったじゃん。された側は忘れねーからな」
「大丈夫だよ、清光。一番かわいいのは清光だから」
「ならいいや」
「なにこの茶番。いる?」
「お帰り、お茶淹れる?」
玄関先でぎゃーぎゃーやっていたので気付いたのだろう小夜がこちらにやってきた。小夜の頭を撫でながら「あったかいほうじ茶が飲みたいな~」という主の猫なで声に笑う。一緒に執務室に戻って、買い物の中身を広げた。頼まれていたものの仕分けをしていると、手伝いのためか加州と小夜が来た。小夜が淹れてくれた茶を飲みながら皆で作業を継続する。
「もうこれも定期便で購入したほうがいっそローコストなんじゃないか?」
「そうだね、博多に調整頼んでおくか」
「いや、でもこういう個人の趣味嗜好が反映されるものは……」
「やっぱりそれなら個々人でも買えるようになにか窓口作ったほうが……」
あーだこーだと話をしていると、ふと加州と目が合った。
「ねえ」
「ん?」
「膝枕とか、どう?」
「は?」
急に、なにを言っているんだ、コイツは?
主と小夜と加州が顔を見合わせている。待て。待ってくれ。嫌な予感しかしない。
めちゃくちゃ笑顔の主が俺を手招きした。
「ソハヤ、どう?」
これがつい最近まで人の顔を見て「無理……」と言っていた女だと、誰が信じるだろうか。
「いや、大丈夫です。間に合ってるんで」
「ちょっと! 誰の膝よ! 兄弟呼んで来なさい!」
「まあまあまあ! 物は試しだって! ほら!」
「嫌だよ! ならせめてお前らが帰ってからにするわ!」
「え、じゃあ帰る? え、これから膝枕しちゃう? ちょっと~まだ夕飯前なんだからそのままなんかおいたしたら叩っ斬るからな、ソハヤぁ!」
「お前は一体なにがしたいんだよ!!」
「いや、主がソハヤさん振り回したいみたいだったから……」
「いつものことながら俺の味方は誰もいないな!?」
「なに言ってるのよ! 私がいるじゃない!」
「うん、主が一番の原因だからな?」
じゃ! 三十分後にまた来るね! と笑顔で加州が小夜と一緒に去って行った。
「さ! どうぞ!」
「え、ほんとにやるのか?」
「当たり前でしょ!?」
よいしょ、と言って主が正座をした。ポンポンと膝を叩かれる。今日はGパンなのでまだ良かった。いや、別に良くない。スカートとか短パンでなくてよかった、とは心底思った。
いや、待ってくれ。右手で顔面を抑えて、長く長く息を吐く。そして深呼吸をした。
西日の差す二人っきりの室内で、お互いに好意があると認識している状態で、女性の膝に頭を載せる……? なんの導入だ、コレは?
「ちょっと、そんなに悩むようなこと?」
「あのなぁ、主。俺は男だぞ。そう易々と身体を触らせるようなことをだな」
「はい」
「いや、だから」
「ほら」
あかん。全く聞く気がない。
こちらをじっと見て、ずっと膝をポンポンと叩いている。
「ん」
再び長いため息をついた。くそ、と悪態をつきながら彼女の前に腰を下ろして、その膝に頭を預けた。張りと弾力のあるその感覚にムズムズするのを必死に押さえつける。逆に考えよう。夕食後のそれなりに時間のあるタイミングでなくて良かったのだと!
「ふふふ」
耳が熱い。耐えきれずに両手で顔を覆っているので彼女の顔は見えないが、漏れ聞こえる笑い声でなんとなく表情はわかる。多分短刀たちを見る時と同じような慈愛の籠った笑みを浮かべているはずだ。
「耳、真っ赤だよ」
「……知ってるよ」
「ねえ、桜、すごい舞ってるけど」
「……うるさいな」
「意外と髪、柔らかいんだね。大典太もおんなじ髪質?」
「……まあ。言っとくが、兄弟のは触らせないからな。俺で我慢しろ」
「なにそれ。あはは」
小さな細い手が、自分の頭を撫でている。こちらが撫でることはよくあるが、撫でられるのは初めてだと気付いた。首や頬に手が来ることはあっても頭の上までは伸ばさせたことはなかった。
観念して、手をどかす。
上から見下ろす彼女と目が合う。少しはにかんで、陰のかかった顔が、こちらを見つめていた。想像していたよりも、赤い頬をして。思わずこちらも息が止まりそうになる。
「なんか、目が合うと恥ずかしいね」
えへへ、と照れ臭そうに笑う声を聞いて、結局我慢出来なくて彼女の首筋に力を入れてその口を奪った。
そら見ろ。触れてなんにもせずに終われるものか。
「その身に纏えば」
「ぶえっくしっ!」
「もー、そんな薄着でいるからですよ」
即座に物吉のツッコミが入る。春の日中の暖かさに騙されて朝晩の冷えを忘れること何度目だろうか。
「ったく、うるせーな。昼間暖かかったから仕方ねーだろ。あれ? ジャージ、どこで脱いだんだっけ?」
「春の夜は冷えますよ。主様の部屋じゃないですか?」
そうかもな、と両腕をさすりながら二人で元来た道を戻る。いや、別に物吉がついてくる必要はないのだが。
*
忘れ物を見つけた。この部屋には様々な男士が訪れるので忘れ物自体はよくあることだし、大小様々なにがしかが置いていかれたこともままある。しかし、これを置いていったのは自分の恋仲の相手であり、普段しっかりしていて今まで忘れ物などした事のない、むしろ私の忘れ物をあちこちから運んできてくれるソハヤノツルキなのだった。
そろそろ夕餉の準備の頃合いで、常に人手が足りないだろうそこへ、執務も落ち着いたことだしと思って助太刀しに行こうとしたのに、それを見つけた途端に動けなくなった。
本丸には様々な刀がいるが、その中では平均というか特別大きいわけではないが(大体兄弟刀がデカい)、自分と比べると身長差はかなりある。頭一つ分違う。その相手のジャージがあることに気付いて恐る恐る手を伸ばして広げてみると想像よりも大きい。こんなにデカかったか?
人は簡単に魔がさす物だ。
今この部屋には自分一人、そう許された一人の時間なのだ。なにをしたって咎められまい。そう言い訳をして顔のニヤけを抑えきれずにそっと羽織ってみる。デカい。
両手は指先しか出ない。仕方なくクルクルと二回巻いてようやく手のひら全体が顔を出す。丈もおしりまですっぽりと隠れる長さだ。彼が着ている時はきっちり本人の体型にフィットしているというのに。え、こんなに体格違うの? あれ?
急激に心拍数が上がる。無害そうな顔をして、めちゃくちゃ男じゃ〜〜ん。嘘、知ってた、はあ〜〜、え、こんなにデカいの? めちゃくちゃかっこいいじゃん……。え、ほんとにこれ、この服着る男は私の恋仲か? 夢ではなく?
「主、ちょっといいか?」
返事をする前に、本刃が襖を開けた。
*
もう執務は落ち着いているはずなので軽い気持ち声をかけて襖を開けると、鏡の前で自分のジャージを着て顔を赤くしている主が声を失っていた。だが、即色気のない悲鳴が上がる。
「ぎゃーーーーー!!」
「うわーーーーー!!」
唐突に叫ばれてこちらも反射で大声を出す。物吉が慌てて主の前に飛び出して「主様! 落ち着いてください!」とその両手をしっかりと握った。
「な、あ、なん……! うわー!」
「主様! 大丈夫です! かわいいですよ!」
そこか?!
顔を真っ赤にして、主が俺のジャージを着ている。多分忘れていることに気付いて何の気なしに着たんだろうが、それだけ照れられるほうがこっちまで恥ずかしくなってくる。
両手はグルグルと捲り上げそれでも手のひらがようやく出ている程度。自分の腰にちょうどくる丈感はすっぽりと上半身全体を多い、身体のラインが泳ぐくらいでブカブカとしている。小さい……。え、小さ……。
「あの、その! ち、違うの! 違くないけど! 忘れてたからつい、その、試しに一回だけと思って……!」
アワアワと色々言い訳を重ねる様も墓穴を掘っていると気付いていない。
パシャ!
ん、と突然の異音に主と一緒に音のした方を見やると、物吉が最高の笑顔で写真を撮っていた。
「あとでソハヤさんの端末に送っておきますね! どうぞ、ご自由に使ってください!
じゃあ、僕は厨のお手伝いをしてくるので失礼します!」
「ちょっ! まっ! 物吉くん! それ消して!!」
「物吉ぃっ! 誤解させるような言い回しはやめろっつってんだろ!! ありがとな!!」
「ちょっ! ソハヤ?!」
しまった、つい本音が。
「ごめん。すぐ脱ぐから。寒いから探しにきたんだよね?」
一回深く呼吸をして、主がそう呟いた。
「脱ぐから、ちょっと、出て行ってくれる?」
ん?
一瞬言われた意味がわからず首を傾げた。その場で脱いで、はい終わり、ではないのか?
こちらの疑問を感じ取ったらしい主がますます顔を赤く染めた。
「……ニットだったから、中下着なの……。ほんとごめん、すぐ着替えるから」
バカ! と八つ当たりの言葉と共に、強引に人を追い出して襖を閉めようとしたので、全部やり返してやる。主を部屋の中に押し込め、後ろ手で閉めた。悪い顔をしているのが自分でもわかる。
いや、これは無理だろう。上がる口角を抑えることが出来ない。
「なあ」
「は、はい……」
「まだ夕餉までは時間がある」
「はあ」
「手伝ってやるよ」
「何を?!」
さあ、何をだろうなぁ。
真上まで上がっていたチャックに手をかけても、真っ赤な頬と涙ぐんだ上目遣いで睨んでくるだけで結局反論も抵抗もされなかった。
その顔が余計にそそるとは、言ってはやらない。
「現し身」
執務室から出てすぐの庭に審神者がいる。小夜左文字と一緒に花に水を遣りながら余計な草を抜いたり、小夜が虫を取っているようだった。
かろうじてその上半身が見える程度の、はっきりと輪郭が、表情がわかるギリギリ。そんな相手の写真をシャッター音がバレないように指で押さえながらシャッターを切った。
「うわ、隠し撮りじゃん!」
「し、信濃!」
言っている内容と明るい声が噛み合っていないが、信濃のそこそこ大きな声が真横から聞こえてソハヤの両肩が大きく飛び上がった。
ソハヤと信濃たちがいるのは、執務室が見える棟違いの大広間の東側だ。ここからは少し離れるが執務室が見えるので、よくみんな審神者に手を振っている。誰もいなかったはずなのだが、姿を映すことに集中しすぎたかと反省する。
「あ、大将だ。わかる、大将のちょっと腑抜けた顔かわいいよね。俺も好き!」
「うわ、お前そんなこと思ってたのかよ……」
「えー、いいじゃん、だってみんな大将のこと好きでしょ? 薬研は?」
「俺は飯食ってる時の顔」
信濃と一緒にやってきたのだろう厚と後藤がドン引きしているが、聞かれた薬研は表情も変えず自分の腰のカバンから端末を取り出すと少し操作してソハヤたちに見せる。
「これは、わかる……」
厚が思わずと言ったように顔面を抑えた。
「お前、こんなのいつ撮ってんだよ」
呆れたように、ほぼ初期組の薬研に後期顕現組に類するソハヤが思わず写真を見つめながら問うと、しれっと「一緒に飯食ってるとき」と答える。
「言うと写真、撮らせてくれるぞ。言えばいいのに」
あとをついで後藤もフォローを入れる。後藤と厚も自分の端末を操作してみんなそれぞれのお気に入りがあるらしく見せてくれた。
厚は秋田、五虎退と一緒に審神者と映っているもの、後藤は物吉と一緒に映っている。
「ま~た、お前たちは! そんな脇差や弟を使ってツーショットを取る勇気もないわけ!?」
「お前はいいよ! 普段から懐懐言って心置きなく大将に飛びつけるじゃん!」
「さすがに大将と二人でってのはちょっと、恥ずかしいんだよな~」
「甘いな、お前たち」
スッと差し出された薬研の写真を見て全員が「おおぉ……」と感嘆の声を上げた。
ほとんど身長差がないからか、ぎゅっと寄り添い合っている様子は姉弟のようだ。薬研が持っているだろう端末のカメラワークは二人を上から見下ろして取る構図だが、全身が入っており審神者の腰を支えている薬研の手が見える。
「おい! こんなのいつ撮ってんだよ!」
「さすがにソハヤの旦那と付き合う前だよ。日付見ろって」
「薬研、めちゃくちゃ自撮り上手くね?」
「乱の練習台に散々付き合わされたからな。一応弁明しておくと、この時映ってないだけで一緒に乱がいるから本当になんでもないからな?」
状況はなんとなく読めたのでひとまず胸を撫で下ろす。心の狭い男と思われるのは嫌だが、やはり他の男と、たとえ短刀であってもベタベタされているのを見るのは面白くはない。
審神者の前ではそんな様子は見せるつもりはないのだが。
「大将、今休憩中でしょ。写真一緒に撮ってもらおうよ」
「え、俺は別に……」
「遠慮すんなって! 恋仲なのに一緒に撮った写真がないって、そういえば大将も言ってたぜ」
「いつでも撮れるって思ってると、いつまでたっても撮らないんだから。行こうぜ!」
わいわいと、四人に引っ張られてしまう。
「い、いや、ほんとに大丈夫なんだって! せめて、兄弟がいる時に……」
「ん? 大典太さん?」
「三人で撮りたいってことか?」
「大将~、写真撮ろ~〜! ソハヤさんと!」
「信濃!」
廊下の手すりから身を乗り出して執務室のほうに声を張り上げると、すぐに審神者と小夜が気付く。こっちにおいで、と呼ぶ仕草をした。
「まあ、とりあえず行こうや」
結局、断ることが出来ずに、引っ張られるがままに執務室に向かった。
「ほら、並んで並んで」
「いや、そこはソハヤの旦那が大将の肩とか腰とかに手をかけるべきだろ」
「うるせーな! おっさんみたいなこと言ってんじゃねえ! この短刀詐欺が!」
「大将~! かわいいよ!」
小夜がおろおろするほど、四人は騒がしかった。
ソハヤは最近では周囲を気にせず審神者の近くに寄ることが出来ていたはずなのに、今はあまり密着をしたがらない。人前では二人とも節度を持って行動しているが、それでも空気感は柔らかくなる。その雰囲気が出ていないことが後藤は気になっていた。そして頑なに「二人」で撮ることを拒んだ意味も。
とりあえずは「まあ、撮ってみればわかるか」と思って写真を撮る。審神者が嬉しそうにニコニコとしているのは、自分たちの主の表情としてとても嬉しい。
「え~、見せて見せて!」
どんなに一緒に撮りたいと言っても撮ってくれなかったソハヤが一緒に映ってくれたことが嬉しく、審神者が撮ってくれた後藤に近寄るが、様子がおかしい。四人でソハヤの端末を持ったまま、固まっている。だがその四人の反応を予想していたような態度でソハヤが声をかけた。
「だから言っただろ」
「いや、これ、ちょっと……」
「え……? なに……?」
四人の反応と、ソハヤのくたびれたような態度に、最初は少し抵抗されたが、後藤が見せてくれた写真を覗き込む。一緒に覗いた小夜の髪が跳ね上がった。
「ぎゃーーーー! なにこれ!」
二人の周囲には得体のしれないものが映り込んでいる。ハッキリとした姿があるわけではないが、おそらく自分たちの目には見えていなかったものだ。あちこちに、なにかの動物の影や、人の手足のようなもの、瞳や顔になりかけのものなど、浮いていたり、消えかけていたり、ソハヤと審神者の周辺にはいるが、二人に接触しているものはない。それはソハヤの霊力のおかげなのかもしれない。
「え! これは青江案件では? それとも石切丸!? 青江ーーー!」
「で、これってどういうことなんだ?」
厚がさすがにあんぐりと口を開けいたが、ようやく落ち着いた口調で聞く。
「まあ、変んなものじゃないから安心してほしい」
「いや、めちゃくちゃ映ってるけど!?」
「ほんとに大丈夫なんだって! 兄弟がいれば消滅するんだよな。ほら、祓いの力が強いから」
「あ、だからせめて大典太もってそういうことか」
「え、もしかしていつもカメラには入ろうとしなかったのは」
「これが映っちまうんだよ。俺が撮る分には入らないから、やっぱり俺の霊力に反応して映ってるんだと思うんだよな。
青江と石切丸とか太郎太刀にも見せてるけど、害をなすほどデカいものではないって話でさ。まあ、実際に一緒に映ったからといって前田や兄弟や物吉に何かが起きたりはしていないんだ。だから知ってる奴が限られてる」
「なるほどな~」
「これはこれですげーけどな」
「で、大将、この写真どうする?」
「え、いるけど」
「はあ? こんななんか色々映ってんのにか?」
「全然大丈夫ですけど!」
「大将、震えてる」
やだー! 消さないで! と喚くが、審神者の手から自分の端末を取り上げるとソハヤがデータを消してしまった。
「あー!」
「あーあ、大将、かわいそう~。せっかく二人で撮れた写真だったのに」
「いやいや、お前たちもドン引きしてただろ」
「あれは引くよな」
「まあ、知ってて見たら慣れるんじゃないか?」
「害はないっていうしな」
「じゃあ、青江と石切丸と大典太連れてきて撮ればいいじゃん」
「本丸内で妖怪大戦争でもすんのか?」
わいわいと話していると、青江が声をかけてきた。
「さっき呼んだ? 呼ばれた気がしたんだけど」
「呼びました」
「青江が撮ったら上手くいくんじゃないか?」
なんとなく事情を察したのだろう青江が写真を撮る。短刀五振りと、その後ろに審神者とソハヤが並んで。
変な家族写真みたいだな、と変な笑い顔になった。
青江のゆるい「はい、チーズ」という声のあと、シャッター音が聞こえたが、すぐに中身を確認すると青江が首を横に振った。
「やっぱり無理だね。大包平さんにでも頼んだほうが全部消えるんじゃないか?」
仕方ないので、青江も一緒にもう一枚撮った。
ずっと、写真を撮られることを諦めていたが、全員で一緒に撮った写真を「まあ慣れればなんとかなるだろ」と言って笑っているのをみて、ようやく少しだけ肩の荷が下りた気がした。なんにも解決していないが。
その時撮った七振りと審神者で周囲になにかが映り込めないよう画面ギリギリを狙った写真は三池の部屋と、執務室に飾られている。撮った時の笑顔は、隠し撮りよりもよっぽど普段の彼女らしくて、誇らしい。一緒に映る仲間たちも。小夜まで笑顔で、時々江雪が見にくるという。
「なあ、兄弟。今度、物吉とか包丁とか、前田たちとかとも、一緒に撮ってみないか?」
もう一度、今度は、もう気にしなくてもいいかもしれない。そんな気持ちで。
そういうと、大典太は少しだけ意外そうな顔をしてから、わかりにくく微笑んだ。
「陰気な顔でよければ」
「俺のほうが暗いもん連れてくるぜ」
「俺が祓えば問題ない。どうやって祓うかは知らんが」
結局、信濃と愛染が前回と同じく沢山で写ればいいだろ?! と言わんばかりにみんなを揃えてくれた。
ちなみに、後日青江と一緒に大包平に写真を撮ってくれと頼んだら、えらいクリアな写真が撮れた。
霊すらもはじき返す大包平の「元気」ということでその場は盛り上がった。大包平だけが、なにも映らない背景の何がいいのかと首を傾げて。
「重要秘密事項」
初期刀である加州清光のところに「ぜひ内密に」といって物吉貞宗が相談があるといって訪れた。その緊迫した面持ちに清光の緊張も高まる。
「物吉、一体どうしたの? 主には言えないこと?」
「いえ、その主様についてです」
「うん。とりあえず聞くよ」
「主様とソハヤさんが別れ話をしているというのは、本当ですか?」
「は?」
寝耳に水だった。
「いやいやいや、一体なに、どゆこと?」
「最近お二人が夜に集まっては遅くに解散されてますよね」
「あのね、短刀脇差の皆さんはもう少し主のプライベートは秘密にしてくれる? いや、それは俺も把握はしているけども!」
「お二人に泣いた跡があるのはご存知でしょうか」
「え……?」
そこでずいと物吉は距離を詰めた。先ほどよりも一層声を潜ませて。
「朝お会いしてもお二人とも本当にいつも通りなんです。ですが、昨日僕も夜に厠でソハヤさんに会ったら気まずそうにふいと避けられました。特になんてことない、部屋の位置が違うのでただ分かれただけとも言えますが、あれは僕に話しかけられたくない時の動作です。
やはり、これはなにか、お二人の間でなにかやるかたない問題が持ち上がっているのではないかと」
おそらく、短刀や脇差たちの間で噂になっていたのを、物吉が代表で確認しにきたのだろう。
しかし、清光が知る二人はまさに今話があったようになんのことないいつも通りなのだ。
昨日も、つい先程もソハヤとは近侍の引き継ぎをしたり、引き継がれたり、申し送りもよく気がつく質なので清光もフォローがしやすい。ほかに近侍に当たる者はほとんどいないので知らないがソハヤとは仕事がしやすいと考えていた。
元は主の片恋から始まったような恋だったはずだが、いつからか同列に並んだ想いは見ているこちらが面映いほど、慎重に距離を縮めている。目の前で少女漫画が展開されているかと見紛うほどだ。
皆の心配がわからなくはないが、清光にとってはやはりあまり実感がわかないのだった。
*
夕飯後、夜戦に赴く部隊以外は大概自由時間である。片付け班はそれなりに時間がかかるが、当番制なので連日時間が潰れることはない。
ソハヤノツルキは主と恋仲の男士だ。他の本丸ではどうか知らないが、それなりに自由の時間があると兄弟と一緒にいるが、現在ではそのうちの多くを主と過ごすようになっていた。
というより進展が遅いのではないか? と心配した兄弟によって追い出されている。大典太なりの心配の仕方なのだろうが気恥ずかしい。まさか世情に疎そうな兄弟にまでそう思われているということが。
「主、ソハヤノツルキだ。失礼する」
「あ、はい。どうぞ」
いつものやりとりの後、室内に入ると、面談のように、座卓を挟んで主の向かいに加州清光と物吉貞宗が座っていた。
「ん? お前らなんかあったのか? 俺、席外したほうがいいやつ?」
「いえ、ソハヤさんがいらっしゃるのをお待ちしていたので」
「ええ……? こわ……」
「なんか、聞きたいことがあるとか……」
主も少し困惑気味だが、加州は全幅の信頼を預けている初期刀で、物吉もソハヤにとっては兄弟と並んで心置きない間柄である。勧められるがまま、主の隣に座るとますます面談である。気まずい。
「単刀直入に伺います」
いやに気合いの篭った物吉の言い方にこちらもつい姿勢を正してしまう。
「最近夜に、一体なにをされてるんですか?」
……おう。
思わず主と一緒に目を合わせる。
絶対に言いたくない、と思わず視線を強めた。主は呆れたようにため息をつく。
「別に、そんな、大したことは……。急にどうしたの? 二人が心配するようなことなんてないと思うんだけど」
「まあ、ソハヤ奥手だしね」
「おい!」
「それはどうでもいいんですけど」
「そういうところだぞ! 物吉ぃ!」
ダンッ! と座卓を叩くも全く動じない。そういう脇差である。
「お二人が、連日泣かれてこのお部屋から出られるのが目撃されています」
……おおう。
「お二人の仲がよろしいのはこの本丸としては主様の幸福が一番なので結構なのですが、まさかソハヤさんが主様を泣かせるようなことをするとも思えず、いえ、そんなことになっているのなら、同じ元主の由縁より責任をお取りして僕がソハヤさんを教育し直します!」
「何の話だ! 物吉ぃ!!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて!」
加州の仲介でいきり立った物吉とソハヤはなんとか押し止まった。
「いや、ほんとに、なんでもないけど……」
呆然としていた主がそう告げるも、ついには加州までもが口を開いた。
「俺もさ、二人の仲は疑ってないんだけどね、最近主、少し寝不足でしょ?
理由聞いても全然教えてくれないし、やっぱりなにか心配事でもあるのかなぁって……」
そういうと、さすがに良心が咎めたらしい。
「ソハヤ、もう話しちゃうよ?」
「はあ〜〜、クソ。お前ら絶対笑うなよ」
主の軽い笑いと共に言われた言葉に、ソハヤが座卓に突っ伏して不貞腐れた仕草をする。これだけの反応ならやはり大したことではないらしい、と胸中なんだかんだと不安があったのがすっかりこの段階でなくなっていた。
「これを見ていました」
「はあ?」
差し出されたのは映像を観るための円盤。
「ソハヤって、全然泣かないじゃない?
なんか、一回くらい号泣してるところ見たいなって思って、試しにめちゃくちゃ泣けるの見せてみたらめちゃくちゃ泣いてた」
「は?」
「昨日からはジブリ観てる。観たことないって言うから」
「あんなの卑怯じゃねーか! 子どもが泣いたらかわいそうだろ!」
「そういうところ、いいよね」
「はあ……」
「え、つまり、単に二人で映画観てただけ?」
「はい」
「そうだよ!」
二人の両肩がガッカリと下がったのは言うまでもない。
その日、そのまま解散するのもなんだし、と元々観る予定だった作品を一緒に観た。戦争中の兄妹の話で、全員最後は無言だった。全員でめちゃくちゃ泣いた。
「戦争ってほんと怖い……」「しんどい」「泰平の世ってすごいことだったんだな……」とぼつぼつ言いながら解散した。
そのおかげで、ついに初期刀と身内まで一緒に話し合いをした結果全員号泣した跡があるぞ! と余計に本丸内に混乱を招いたのだった。これがのちに「ジ○リの乱」と言われる原因である。