海を愛する幼子モアナはときおり夢を見ることがあった。幼い自分が海と遊ぶ夢だ。だが途中で父親の声が聞こえ、波に押し返されて目覚めるのがお決まりだった。しかし、今回は少し違う。子供が溺れている。幼い彼女はその子を助けようと手を伸ばした。だが、海は子供を拾い上げ彼女の元に優しく降ろした。子供は啜り泣いていた。モアナは子供を見つめて首を傾げる。子供は葉を腰に巻きつけている。モトゥヌイでは見慣れぬ格好だ。背中には模様がある。大人が入れているあの模様と似ている。この子の背中には大きな人と小さな人の模様。大きな人の頭には、髪のような波打った模様が伸びて描かれている。モアナの大きな目に子供の顔が映る。顔もこの島では見覚えがなかった。この子はどこから来たのだろう。

モアナは貝を浜に置いた。肩をつついてみたが、その子は彼女から顔を背けた。そして浜に座り込んで顔を腕で隠した。逆効果だったかもしれない。それでも彼女は放っておけなかった。彼女は子供の隣に座ろうとして砂浜に尻餅をついた。子供は顔を上げると小さな女の子にゆっくりと視線を向けた。

モアナは子供が顔を上げたことに笑顔になった。そして先程浜に置いた貝を子供に見せた。その子は興味を持って貝を見つめる。彼女は子供に貝を渡した。子供の目にはまだ涙が浮かんでいた。けれども、その子の表情にはわずかに笑みがこぼれている。海は、そんな二人を見守るように高波の形を保っていた。

彼女は立ち上がって海に手を振った。子供も立ち上がって海を見た。海はそれを合図に二人の髪を二つの波で包み込んだ。それは優しく渦を巻いて二人の髪から離れた。その髪は空へ巻き上げられている。両者は顔を見合わせ小さく笑った。彼女は子供に手を差し出した。子供は小さな手に躊躇いがちに触れた。

幼い二人は手を繋いで海の中の命たちを眺めた。二人の小さな歩みに合わせて、海は道を開けていく。海亀の親子や小さな魚たち……。海の絶景に二人は口を開けた。
「モアナ！」
モアナの父親の声が聞こえてきた。海は二人を浜へ運ぶように波に乗せて戻した。彼女は村の方へと新たな友達を連れて行こうとした。

だが、その子供は海の方へと近づいてモアナに向き直った。そして子供は彼女に向かって手を振り始めた。彼女は子供に向かって何回も唸って地団駄を踏んだ。子供は顔をうつむかせる。彼女は子供の手を掴もうとした。しかしそれは失敗に終わる。焦った顔をした父親が現れて彼女はそっちへと意識が逸れた。

モアナは父親に抱き上げられ一言注意された。しかし、モアナはさっきまで遊んでいた子のことが気がかりだった。彼女は海の方を振り向いた。既にその子の姿はなかった。彼女は名残惜しそうに海を見つめる。海も先程の生き物のような動きは見せずに打ち寄せる波、そして鷹の羽だけが彼女の目に映った。父親に手を引かれ、母親と鼻を擦り合わせ村へ戻って行く。まさにそのとき彼女は目を覚ました。

目を覚ましたとき、彼女の目尻には涙が伝っていた。海と遊ぶ夢が普段と少し違ったことは覚えている。浜辺で海とともに誰かと遊んで別れてしまう夢だ。あの子はどんな姿をしていたっけ？モアナは夢の中の遊び相手の姿を思い出そうとした。見慣れない子だと思ったのは覚えている。島の人とは全員顔見知りなのに、知らない誰かの夢を見るなんて。不思議なこともあるものだ。

彼女はサンゴ礁の外の世界を想った。そこで知らない人たちに会うかもしれない。夢の中で遊んだ子もサンゴ礁の外で溺れていた。夢とはいえ、仲良くなった子と別れるのは寂しいものだった。あの子ともっと遊びたかった。もし島の外で友達ができたら、その時は舟で何度でも会いに行こう。

彼女は自分の心の声に従い、舟のある浜へと走り出した。もちろん親の目を盗んで。

彼女が浜に向かうのと同じ頃。何もない小さな島に閉じ込められている半神半人が目を開けた。彼は子供になっている夢を見た。浜辺で幼い自分と知らない子供が遊ぶ夢。人恋しさが夢に出たのだろうか。彼は髪をかきあげる。

彼は寝ぼけ眼の小さなタトゥーに声をかけて起き上がった。朝一番、浜辺に船が打ち上げられていないか確認することは彼の日課になっていた。海の向こうに同じ夢を見た者がいるとは知らずに二人の一日が始まる。そして二人が近い未来で会うことも。その未来を知るのはモアナに使命を託した海だけだろう。