陸と海の半分女神様は親友と話したいだけなのに「あと少し……今だ!」
昼のモトゥヌイ。半神マウイの合図とともに凧を持った子供が駆け出す。瞬く間に凧が空へ舞い上がった。
「お前はかなり飲み込みが早い。練習を続ければ、もっと凧揚げが上手くなるだろうな。俺のライバルになれる」
「ほんと!?マウイありが──」
子供がマウイにお礼を言おうとした瞬間、凧と共に子供の体が浮かび上がった。
「おっと」
すぐにマウイが宙に浮いた子供の片足を掴んで引き戻した。その様子を見ていた他の子供たちが目を輝かせて凧を持ってくる。
「次わたしも教えて!」
「ぼくも!!」
「凧で空飛びたい!」
「わかった、わかった。あ、凧で空飛ぶのはナシだ。村の大人が良い顔しないからな」
次々に話しかけてくる子供たちに対して、マウイは眉間のシワを緩めて笑った。
「結構集まったな。並んでくれるか?順番に並……ん?」
ウナギのように伸びた背の低い列に混じって、モアナがそわそわした様子で並んでいた。
「失礼。ちょっとお姫様を優先させてくれ」
マウイは屈んで、最初に並んだ子供に声をかけた。
「お姫様?」
「タウタイのお嬢さんのことさ」
マウイは子供に目配せすると長い列をかき分けていく。しかしモアナはマウイと目が合った瞬間に別の方向へ去ってしまった。
「あっち行っちゃったね」
「モアナはお姫様じゃないよ」
「マウイ嫌われちゃった?」
子供たちが列を崩して、口々にマウイに声をかけた。
「わかってる。いや、待て。嫌われてはないはずだ。凧揚げ講座は明日でもいいか?」
子供たちがうなずくのを見てマウイは親友の後を追った。
「あー……並んでた方がよかったかな……」
家に戻り、モアナは帷を下ろした。しっかりして。あなたはタウタイ・モアナ。溶岩の魔物テ・カァや嵐の神ナロの呪いと向き合った。そう。友達に話しかければいいだけのことだ。みんな日常的にやっている。それなのに。
「なんで逃げちゃったんだろう」
モアナは両手で顔を押さえる。マウイが自分へ向かってきたとき何故か反対方向へ走ってしまった。彼と話す絶好の機会だったはずだ。ここ最近、なかなかモアナはマウイへ話しかけるタイミングが掴めずにいた。青年三人が体の鍛え方についてマウイに助言をもらおうとしていたり、村の女性たちがマウイの砂浜の着地の仕方について彼に詰め寄っていたりと忙しない。三年前のテ・フィティの心を返しに行くときはモアナとマウイのふたり旅だったし、ナロの呪いが解けたあとモトゥフェトゥからモトゥヌイへ帰る時にたくさん話すことができた。それでも、今思えばもっと話せばよかったと思ってしまう。
「あのね」
モアナはマウイの描かれた樹皮布に声をかけた。
「マウイ、あなたが島のみんなと馴染んでくれて嬉しい」
マウイと会ってなかった三年間、ときおり彼と話す夢を見た。サメ頭のままのマウイがモアナの元に現れたり、無人島で他の島民がいるか探している途中で出会ったり、生まれたてのシメアを抱えているときに訪れたり。本人には言えないけれど、様々な再会の仕方があった。夢の中で。
「でも、最近なかなか話せなくて……ちょっと寂しいなって……」
モアナは耳に髪を掛けた。いや違う。もっとおどけた表情にしてみよう。
「明後日の夜よかったら、浜辺で散歩しない?あ、えっと別に明後日じゃなくてもいいの。マウイの時間が空いたらでいいんだ……ほんとに……」
モアナはうつむき、左腕のタトゥーを見る。モアナもマウイのように半神になった。とはいえ十九歳まで人間として過ごしてきた彼女にとって時間の感覚がすぐに変化するものではない。彼女は左手で絵のマウイの釣り針の持っている手に触れた。
「いっしょに話したいな」
するとマウイの姿が描かれた樹皮布の後ろから大きな人影が見えた。
「マウ──」
「巻き毛ちゃん」
「えっ?」
モアナが目を丸くして後ろを振り返る。マウイがモアナの背後の樹皮布をめくって中に入るところだった。
「さっき順番待ちしてたよな?耳寄り情報がある。俺に相談したいとき、海に選ばれし半分女神のお姫様は並ばなくていいんだ」
モアナは思わず笑みをこぼした。
「お姫様じゃないってば。それに、凧揚げの相談じゃなかったの」
「どんな相談でも構わない。たとえば『夜の浜辺で大親友と世間話をしたい』なんて今夜からでもできるし……」
「ま、待って」
モアナの声がやや裏返る。
「いつからいたの?」
「そうだな」
マウイが顎に手を乗せて考え込むような仕草をしてニヤリと笑った。
「『島のみんなと馴染んでくれて……』あたりから」
モアナの顔がみるみる紅潮する。
「早く言ってよもう!!」
しばらくして。
「トゥイ、そろそろ入ったら?ふたりとも話し終わったみたいだし」
シーナは家の帳の前で立ち往生していた夫に苦笑した。