赤ずきんとおばあさん 時計を何度も何度も眺めても、針は少ししか進んでくれない。
いつになったら愛しい恋人は俺の部屋のドアをノックしてくれるんだろう?
「あー、やっぱり空港まで迎えに行くようにすればよかった!」
喚きながら頭を抱えたところでもう遅い。
かなり年下の恋人は俺の家を目指して一人旅の真っ最中なのだ。
俺の恋人・ピーターが「スコットさんの家に遊びに行きたい」と言い出したのは、そんなに昔のことじゃない。
いつも俺の方からピーターに会いに行くのは不平等で、会う回数も少ないから良くないのだと言う。俺としては特に不満はないがピーターは嫌らしい。俺にばかり負担がかかっているのが許せないんだろう。そんな優しいところが好きだ。
そんなわけで、ピーターが俺の住む街へ初めて遊びに来るのが今日。「家に直接行くから迎えはいらない」と言われてしまったので大人しく待っているが、なかなか姿を見せないピーターにソワソワさせられている。
もう高校生なんだから大丈夫だとは思うが、まだ高校生とも言える。一人での長旅を心配せずにいられない。
迷わずに来られるだろうか?
面倒なことに巻き込まれてないだろうか?
変な奴に絡まれてないだろうか?
とにかくピーターが心配で堪らない。赤ずきんの婆さんだって可愛い孫娘が一人で来ると知ったら休んでなんていられなかっただろう。
「迎えに来るなって言われてるから飛行機の時間も知らないしなー。今からでも空港へ……いや、すれ違いになったらまずいぞ。」
腰を浮かしかけて、やっぱり止めて座り直す。
心配し過ぎかもしれないが、大事な人を心配する気持ちは抑えられない。
俺の赤ずきん、どうか無事な姿を見せてくれ。
時計とのにらめっこにも飽きた頃、唐突に部屋のドアがノックされた。
「スコットさん、こんにちは!来たよ!」
ピーターだ、と思ったと同時にドアへ直行する。
ドアを開ければ伸ばされた両腕に捕らわれて抱きしめられた。その温もりにホッと息を吐き出す。無事な姿を見られたことが何よりも嬉しい。
腕を解かれたので見つめ合うとピーターが笑顔を見せてくれた。
「久しぶりに会うと照れるね。でも嬉しい。」
「俺もさ。ちゃんと来られるか心配だったから安心したしな。迷わなかったか?」
そう尋ねるとピーターは「問題なし」と首を横に振る。そして柔らかく微笑んだ。
その笑みは包み込むようなもので、初めて見る大人びた表情に目を奪われる。心配していた俺の心を優しく包むような微笑みに胸が高鳴った。
いつの間にこんな笑みを浮かべるようになったんだろう?
ピーターの表情に釘付けな俺の頬にピーターが触れてきた。
「心配させてごめんなさい。でも、これからは僕が来るのを安心して待てるでしょ?」
「まあ、な。」
「これからはもっと会おうよ。もっとスコットさんと一緒にいたい。」
真剣な眼差しを向けられた俺の心臓は破裂寸前。
流れ込んでくるピーターの想いで満たされた俺は黙って頷くことしかできない。
なんてこった、俺の家に来たのは可愛い赤ずきんちゃんじゃない。俺の心を仕留めに来た凄腕の狩人だ。
「あー、もう……本当にお前って……」
溜め息を吐きながら呟くとピーターが不思議そうに首を傾げる。
そんな無防備な恋人の唇を奪ってやったのはドキドキさせられた仕返しなのだ。
End