ある寒い日のこと「……寒い。」
車から降りたジミーは寒さに体を震わせる。
冬でも過ごしやすいはずのサンフランシスコだが、今日だけは例外だった。天気予報で「異例の大寒波」と言われていた通りの寒さに街中が震えている。
そんな状況でもスコット・ラングの自宅の定期訪問に行かなければならない。同僚や部下からは「こんなに寒い中出かけなくても予定を変更すればいい」と呆れられたが、それを許さないのがジミーの真面目さだ。「FBIの監視下にある人間の様子を見に行くのは大切な仕事だ」という思いに従い、冷たい風が吹く中をやって来たのである。
ジミーはスコットが仲間と一緒に暮らしている家の前に立ってチャイムを鳴らした。ドアが開くまでの時間がいつもより長く感じられるのは寒さのせいだろう。
やがてドアが開くと驚きを隠そうともしないスコットが現れる。
「こんな大寒波の日に来たのか?ウー、あんたの真面目なところは良いと思うけどさ、今日は事務仕事でもやって引きこもるべきだ。」
「周りにも言われたよ。いいから早く中へ入れてくれ!」
「あっ、悪かった!」
ジミーの心からの訴えに、スコットは慌てて家の中に招き入れてくれた。
リビングへ案内されると暖かい室内にホッとする。頬を緩ませているとスコットから「コート脱いだら?」と声をかけられた。
「様子を見に来ただけだからすぐに帰る。昔の仲間から連絡は?」
「ない。なあ、ちょっと座って待っててくれよ。」
スコットはそれだけを言い残してキッチンへと引っ込む。ジミーは首を傾げながらもソファーに腰を下ろした。
少しすると甘い香りと共にスコットが現れる。その手にはマグカップが二つあり、そのうちの一つがジミーに差し出される。
「ココアを飲んでいけよ。それぐらいの時間はあるだろ?」
ジミーは湯気の立つマグカップとスコットの顔を交互に見た。戸惑いを隠せなかった。
「時間がないわけじゃないが……」
「真面目に仕事してるウー捜査官にご褒美さ。ほら、冷めちゃうぞ。」
スコットは更に腕を伸ばしてマグカップを近づけてくる。ジミーは目の前に迫るマグカップをジッと見つめて考え込む。
監視対象から出された飲み物を飲んでもいいのだろうか、と悩む気持ちがあるのは確かだ。
しかし、スコットの優しさを無碍にするほどジミーは頭の固い男ではない。
ジミーは遂にスコットの手からマグカップを受け取った。
淹れたてのココアは良い香りがする。マグカップが温かくて、両手で包むと冷え切った手が温もりを取り戻していくようだ。
ジミーはゆっくりとマグカップを傾けて口の中にココアを迎え入れる。
「美味しい。」
零れた一言は心からのものだ。
甘くて温かいココアは本当に美味しい。寒さが一瞬にして消えていくような感覚が心地良くて思わず笑顔になる。
ジミーの言葉にスコットは嬉しそうな笑みを浮かべながら「そうだろ」と頷いた。
「これ、キャシー専用のココアなんだ。……と言ってもルイスがこっそり飲んでるけどな。俺も今日は特別に飲むことにする。」
そう言ってスコットは壁にもたれてココアを飲み始めた。
その様子を盗み見ながらジミーも再びココアを口にする。
全身にじんわりと広がる温かさはココアのおかげだけではない。お人好しで周りに愛されている男から贈られた優しさも関係しているのだ。
玄関ドアが開くまでの間は容赦ない寒さの中へ飛び出したことを後悔したが、今は「来て良かった」とさえ思ってしまう。
我ながら単純だ、と苦笑しながらもジミーはそんな自分が嫌ではない。
チラチラとスコットを見ていると彼がこちらを見たので目が合った。小さく笑みを浮かべてみれば満足そうな笑みが返される。そのことにジミーの胸は嬉しさで温かくなった。
End