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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
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    しおり
    本能が「欲しい」と囁いた リックはアルファという存在が嫌いだ。
     正確に言えばニーガンという名前のアルファが嫌いだ。
     他者を従える資質と全てに置いて優れたものを持つアルファであるニーガンは絶対的な支配者として君臨し、リックたちにも服従を強いてきた。助け合ってきた仲間を殺された憎しみは強いが、植えつけられた恐怖を振り払うのは容易ではない。
     リックは憎しみと殺意を抱きながらも来訪したニーガンのために門を開く。
    「相変わらず不機嫌な面だな、リック。」
     いつもと変わらない笑みを湛えたニーガンが町に足を踏み入れる様子をリックは睨むように見つめる。
     こうしてニーガンとその部下たちを迎え入れるのは何度目なのだろうか?
     ニーガンたちは我が物顔で町の中を歩き回り、こちらの事情などお構いなしに物資を奪っていく。それに対する怒りを堪えることにどれだけの努力が必要なのかを彼らは知らないだろう。
     リックが拳に力を込めるとニーガンが近づいてきて視線が重なった。
    「良くない目つきだぞ。気をつけろよ。」
     一瞬だけ感じた威圧感にリックは俯くしかなかった。
     アルファの放つオーラはひれ伏してしまいそうなほどに重く、強い。生まれながらに王者であるアルファは世界が変わった後もピラミッドの頂点に立つのだ。
    「徴収日は明日のはずだ。」
    「お前の顔が見たくなったから早めた。何か不都合なのか?」
    「今から調達に行こうとしていた。」
    「じゃあ、その予定はキャンセルだな。お前は俺に付いてこい。」
     何を勝手なことを、とリックが眉間にしわを寄せてもニーガンは気にすることなく歩みを進める。リックはニーガンの後ろを少し離れて歩くことにした。
     よりによってこの男がアルファだなんて世界は不公平だ。
     世界という大きなものを恨めしく思いながらリックは支配者の背中を睨みつけた。


     ニーガンの散策に同行するのはリックにとって大きな苦痛だ。
     饒舌な男は疲れ知らずで、うんざりするほど話し続けるものだから鬱陶しくて仕方ない。他愛のない話だけであればマシなのだが、リックをいたぶるための言葉を交えてくるのでストレスが溜まるのだ。
     一人で話し続けるニーガンにリックがうんざりしていると、擦れ違った救世主が運んでいる物資に目を奪われる。
    「ニーガン、待ってくれ。」
     珍しくリックから呼び止められたことにニーガンが意外そうな顔をしているが、今のリックにはそんなことはどうでもよかった。
     リックは擦れ違った救世主を指差して訴える。
    「抑制剤を持っていくのは勘弁してくれ。あれはこの前の調達でやっと手に入れたものなんだ。持っていかれたら抑制剤が一つも残らない。」
     以前はアレクサンドリアでもオメガの発情を抑えるための薬が保管されていたのだが、ニーガンたちが初めて来た際に全て奪われてしまった。
     アレクサンドリアにはベータしかいないが、検査を受けていない子どもたちは何人もいる。その中にオメガがいる可能性はゼロではないことを考えると抑制剤を保管しておく必要があり、全て持っていかれるわけにはいかない。
     リックは食い入るようにニーガンを見つめた。そんなリックを見つめ返すニーガンには思案する素振りも見られない。
    「確認だが、ここにオメガは住んでいたか?」
    「いや……いない。だが、検査をしていない子どもたちがいる。オメガの子がいる可能性を考えると抑制剤がないのはマズイんだ。あんたにだってそれはわかるだろう?頼む、ニーガン。」
     リックは必死に訴えるが、ニーガンはわざとらしく肩を竦めるだけだ。
    「リック、うちにはフリーのオメガがいる。オメガが住んでいるところと住んでいないところを比べて、抑制剤の必要性が高いのはどっちだと思う?」
     そう言われてしまえばリックは何も反論できない。
     今現在オメガのいる方が抑制剤の必要性は高い。それは明白だ。
     リックが小さな声で「あんたの方が必要だ」と答えればニーガンは満足げに頷いた。
    「この話はお終いだ。抑制剤はもらっていく。それで構わないな?」
     無言で俯くリックの姿を了承と解釈したニーガンは再び歩き始める。
     リックがその後ろ姿を追う気力を振り絞るには多少の時間が必要だった。




     心の安寧を得られるはずの教会もニーガンと一緒では単なる小屋にしかならない。
     リックがそんな思いを胸に抱いていると、ニーガンが最前列の長椅子に腰を下ろした。リックも座るように促されたので通路を挟んで隣り合った長椅子に座る。
     リックが正面の十字架を見つめていると「おい、リック」と呼びかけられたので顔をそちらに向けた。リックを呼んだはずのニーガンは顔を正面に向けたままだ。
    「神様ってのが存在するなら、なぜアルファとオメガを作ったと思う?」
     予想外の質問にすぐには返事ができず、リックは少し考え込む。
    「理由なんてものはないのかもしれない。気まぐれでやったこと……もしかしたら世界がこんな風になったのも。」
     本能に苦しめられる者がいることも、世界の崩壊も、何もかも神の気まぐれによるものなのかもしれない。
     気まぐれに振り回される方がいいのか、それとも重大な理由があった方がいいのか。
     それはリック自身にもわからず、どうでもいいことのようにも思えた。
    「気まぐれ……それも面白いかもしれないな。」
     リックの出した答えにニーガンは楽しげに笑う。
     リックはニーガンの横顔を見つめながら質問してみることに決めた。
    「あんたはどう考えているんだ?」
     リックが尋ねるとニーガンの顔がこちらに向いた。それにより視線が交わる。
    「それぞれがどんな生き方をするのか観察するためだと思ってる。本能の言いなりになるか、徹底的に抗うか。本能と向き合いながらどう生きていくのか。本能に振り回されずに自分を貫けるのか。それを観察するのは面白い。」
    「まるで自分が神の位置にいるような言い方だな。」
    「何の偶然か、俺の周りにはアルファとオメガが多かったんでね。いろんな奴がいて面白かったぞ。」
     過去を思い出しているのか、ニーガンは目を細めて微笑んだ。
     リックの周りにはベータしかおらず、アルファやオメガと深く付き合った経験がなかった。
     だからニーガンの言う面白さは理解できないが、それぞれに何かを抱えながら毎日戦っていたのかもしれないとは思う。
    「俺は本能を拒まない。だから他人を支配するのを嫌だとも思わないし、オメガがいれば抱きたいと思うのを抑える気もない。抱くなら男より女の方がいいけどな。」
     教会で口にする言葉ではないと注意する気は起きなかった。
     この男にそんなことを言うだけ無駄なのだとリックは十分理解している。
    「誰かと番になったことは?」
     その質問にニーガンは首を横に振った。
    「他のアルファがどうだか知らないが俺はオメガなら誰でもいいってわけじゃない。番になる奴は本能じゃなく俺自身が決める。」
    「誰とも番にならないのは番になりたいオメガがいないから、ということか。」
    「その通り。欲情したからヤッただけのオメガと番になるなんてクソだぜ。俺はアルファの本能に支配される気はない。」
     リックはこの時、ニーガンが支配者として君臨できる本当の理由を初めて知ったような気がした。
     ニーガンは自分自身を確固たるものにできている。その本質が善であろうと悪であろうとニーガンという存在は揺らがない。
     だから人々は恐れながらもニーガンに従う。恐怖や憎しみを抱いたとしても、圧倒的な存在感に自然と頭を垂れるのだろう。
     皆がニーガンに支配されるのは彼がアルファだからではない。ニーガンという人物そのものに支配されているのだ。
     そしてそれはきっと自分も例外ではない、とリックは密かに唇を噛む。
    「ニーガンはきっと……アルファじゃなかったとしても今のニーガンと変わらない。あんたはどこまでいってもニーガンだ。」
     ニーガンの支配力はアルファだから備わっているのではなく彼自身の持つ力だ。
     それ故に厄介なのだとリックは深々と溜め息を吐いた。
     リックをジッと見つめていたニーガンが不意に立ち上がってリックの隣に腰を下ろし、背もたれに片腕を乗せて体を寄せてくる。リックは思わず身を引こうとしたが、長椅子の端に座っているので距離を開けることはできなかった。
     間近で見るニーガンの目は真っ直ぐにリックを見ており、リックはその目に釘付けになる。
    「リック、俺と番にならないか?」
     突拍子もない言葉にリックは目を丸くしたが、呆れたように溜め息を吐いて首を横に振った。
    「ベータは番になれない。」
    「知ってる。だが俺は番になるならお前がいい。」
    「笑えない冗談だな。」
    「本気だぞ?俺が番になりたいと思うのはリックだけだ。……お前がオメガならよかったのに。」
     そう言いながら近づいてくる唇からリックは顔を背けたかった。それができなかったのは頭の後ろに添えられたニーガンの手の力が思ったよりも強かったから。
     結局、リックはニーガンからのキスを受け入れるしかなかった。
     今まで一度もこんな触れ方をしてこなかったくせにニーガンは当たり前のように唇を割って舌を侵入させてくる。深いキスの息苦しさにリックは思わず小さな声を漏らした。
     キスから解放されても距離の近さは変わらない。リックは目の前のニーガンを睨みつけるが何の効果もなかった。
     ニーガンはリックの頬を撫でながら笑みを浮かべる。
    「アルファとしての俺の話を聞かせてやったんだ、次はお前の話を聞かせろ。ベータっていうのはどんな感じだ?」
    「特別なことなんてない。能力は平均的で、本能に振り回されることもない。」
    「それはベータの一般的な話だ。お前は?」
     リックは視線を下げ、諦めたように溜め息を吐いてから口を開く。
    「昔は体が細くて非力だったからケンカをしても負けてばかりで悔しかった。だが、保安官になって人を守るという目標ができたから必死に体を鍛えて、強くなるためにトレーニングもした。その結果が今の俺だ。」
     ベータであっても全員が平均的な能力を有しているとは限らない。どんなことにも例外はある。
     それを克服できたのは誰かを守りたいという気持ちがあったからだ。その思いは今も変わらず、寧ろ強くなっている。
     目の前の支配者から仲間たちを守るための努力は惜しまない。
     そんな思いと共にリックは視線を上げる。
     ニーガンは嬉しそうに目を細めて口の端を上げた。
    「昔からガッツのある奴だな。それに、誰かを守りたい気持ちも変わってない。」
    「俺がベータじゃなかったとしても、絶対に変わらないのはその気持ちだ。」
     リックの頬に触れていたニーガンの手が首に移動し、次に首の後ろへ回るとそのまま項を撫でる。
     その時のニーガンが残念そうな笑みを見せたので、先ほどの言葉が本気なのだとリックは実感した。
    「お前と番になりたかった。」
     その声に滲むのは諦めの気持ち。
     ニーガンにも手に入れられないものがあるんだな、という驚きにも似た感情と共にリックは目の前の男を見つめ続けた。

     翌朝、リックは体の異変のせいで目を覚ます。
     全身がひどく熱い。体の奥が疼く。息が荒い。何かに渇いているような、飢えているような感覚が拭えない。
     リックは今の自分の状態に堪えきれずに寝室の床にうずくまった。
     その時、体の熱の中心が股間であることに気づいた。リックは恐る恐る自分の雄に指を伸ばしてみる。
    「ッうあっ!」
     はち切れそうなほどに膨らんだ雄は軽く触れただけで刺激を敏感に感じ取り、リックは欲を孕んだ悲鳴を上げる。それによりリックは自分が発情していることをハッキリと理解した。
     しかし、こんなことは今までに一度もない。
     リックは震える息と共にある思いを吐き出す。
    「これじゃあ、まるで……っ……オメガの発情期、みたいだ。」
     その呟きを落とした瞬間、リックの脳裏に昔読んだ新聞記事の内容が甦る。


    ──隠れオメガ。

     オメガでありながら思春期を迎えてもオメガとしての特性が現れず、ベータとして生きている者のこと。
     十代前半で受ける検査でもベータであるという結果が出る上、オメガのフェロモンも発情期もないためオメガであることを知らずに過ごすことになる。
     オメガだと判明するのは突然フェロモンが出るようになったり発情期が訪れてからだ。
     各国で調査を行ったところ隠れオメガであることが判明したのは世界で五人。年齢は三十代から五十代であり、オメガであると判明するまで全員がベータとして過ごしている。
     オメガとしての特性及び本能が眠った状態で成長し、何らかのきっかけにより覚醒するものと考えられるが、原因も覚醒の要因も全くの不明。他にも不明点が多く、国際的な研究チームを早急に立ち上げる予定。
     正式な名称は決まっておらず、専門家の間では仮の名称として「ベータ擬態型オメガ」と呼ばれている。


    「そんな、ことが……」
     あるわけがない、と続く言葉を飲み込んだのは今の状態のせいだ。
     自分が性的快感を欲しがっていることをリックは自覚している。それは飢えと呼べるほどのものであり、今までに経験したことがないものだ。
     混乱しながらうずくまったままでいると部屋のドアがノックされる。その音に怯えたように肩を跳ねさせたリックの耳にカールの声が届く。
    「父さん?……父さんの部屋から甘い匂いが、するんだ。これって、まさか……違うよね?父さんはベータだよね?」
     戸惑いを隠せないカールの声にリックは確信する。
     自分はベータではなく、オメガだ。
     リックは自分の体をキツく抱きしめて声を振り絞る。
    「カール、俺が自分から出て行くまで、この家に誰も入れるな。」
    「父さん?」
    「頼むから、誰も俺に近づかないようにしてくれっ。……隠れオメガだと言えば、きっと誰か理解してくれるはず、だから。……行け、カール。」
     少しの沈黙の後、「わかった」という固い声と共に去っていく足音が響いた。カールの気配が遠ざかったことにリックは安堵の息を吐く。
     発情期のフリーのオメガが出すフェロモンはベータでさえも狂わせてしまうことがある。自分のためにも仲間のためにも発情期が終わるまで誰とも接触してはならない。
     しかし、最大の問題はニーガンだ。アルファが発情期のオメガに近づけばどうなるのかは目に見えている。
     自分の予想にリックは思わず体を震わせた。
    (昨日の帰り際、一週間後に来ると言っていた。発情期は約一週間だから上手くいけば終わっているかもしれない。終わっていなくても何とか会わずに済めば……)
     今回を乗り切ったとしてもリックがオメガであることに変わりはなく、今後どうなるかは全くわからない。
     それでも今を乗り切らなければならない。
    『リック、俺と番にならないか?』
     昨日のニーガンの声が頭の中で木霊する。
     それに釣られたようにキスをした時の唇の感触が甦る。

     もう一度キスしてほしい。
     深く、頭の芯が痺れるようなキスを。
     いや、もっと深い交わりが欲しい。
     甘くて熱い、濃密な……

     リックは頭を振って本能に流されそうな自分を止める。
     アルファとの交わりを求めるオメガとしての本能は余りにも強い。己の性に苦しむオメガが多いのはこれが理由なのだとリックは身を持って知ることとなった。
    「ど……して、今更、オメガなんて……」
     唇を噛むリックの頬を涙が濡らしていく。
     ずっとベータとして生きてきたというのに、今更オメガだという事実を突きつけられても受け止めきれない。
     リックは発情に苦しむと同時に心の葛藤とも付き合わなければならないのだ。
     自分の根幹が崩れてしまったような感覚に陥ったリックの目からは涙が溢れて止まらなかった。それを止める術をリックは知らない。




     初めて発情期を迎えたリックは上手く乗り切る方法を知らないため、一日中うずくまって過ごすことしかできなかった。
     体の奥の疼きは治まることがなく、唯一解放されるのは眠っている間だけだ。その眠りでさえ発情のせいで浅いものになり、十分な睡眠を取っているとは言いにくい。
     水分だけでも取らなければ、とキッチンに向かうと水の入ったペットボトルと調理の必要のない保存食が用意されてあった。
     一緒に置いてあった手紙はアーロンからのもので、「手分けして抑制剤を探しに行っているので頑張って耐えてほしい」とのメッセージにリックは励まされる。
     それでもアルファとの交わりを求めるオメガの本能に引きずられそうになり、家の外に出ようとしたことも一度や二度ではない。理性を繋ぎ止めるために冷水のシャワーを浴びても気休めにしかならず、自分自身で熱を解放しても飢えは増すばかりだった。
     一秒でも早く治まってほしい。
     リックはその願いにしがみつきながら、一日、そしてまた一日を過ごしていった。

     ニーガンが予告した徴収の日。
     リックの発情期はまだ終わっていなかった。
     発情期の期間は一般的には一週間と言われているが、それはあくまでも目安に過ぎない。一週間に満たない者もいれば一週間以上続く者もいる。一週間以内に終わることを願っていたが、そうはいかなかったのだ。
     リックは絶望的な気分で自分の体を抱きしめる。
     発情し続ける肉体には疲労が溜まり、睡眠不足も重なったせいでリックは動くのが億劫になっていた。ニーガンたちが来たのか気になったが体が怠くて横になっていることしかできない。
     そのうちに外から声が聞こえてくる。声の主はカールで、その声には怒りと焦りが滲んでいるように思えた。それによりニーガンがやって来たのだと察する。
    (このまま俺に気づかずに帰ってくれ)
     リックは心の中で必死に祈った。
     しかし、「止めろ!」と怒鳴るカールの声が響いてきたため、リックの心臓は嫌な予感に鼓動を速める。
     少し経つと一階から微かに物音が聞こえてきた。リックは床に耳を付けて音を拾おうと試みる。
     歩くたびに生まれる靴音、ドアの開閉音、不規則に鳴る口笛。
     一階からの音全てがニーガンの来訪を告げていた。
     二階には来ないでほしいという祈りも虚しく階段を上る音が聞こえる。
     それと同時に感じるのはアルファの放つフェロモンだ。オメガとしての本能が目覚める前は薄っすらと感じる程度だったが、今ではハッキリと感じられる。

    ──アルファが欲しい。

     そう訴える本能を拒絶するようにリックは自身を抱きしめる腕に力を入れた。
     本能に負けてはいけない。今の状態でニーガンに会ってしまえば後戻りできなくなる。
     理性が必死に訴えても徐々に濃くなるアルファのフェロモンに誘われるようにリックは体を起こし、床に座ったままドアの方に顔を向ける。
     そういえば、ドアの鍵はどうしただろうか?
     そんな疑問が浮かぶと同時に足音が部屋の前で止まり、ドアノブがゆっくりと動く。その様子を身動きせずに眺めるリックは自分が本能に負けたことを悟った。
     開けられたドアの先にはニーガンが立っており、驚いた様子でリックを見つめている。
     ニーガンは部屋に入るとリックとの距離を少しずつ縮めてきた。
    「リック、お前はベータじゃ……そうか、隠れオメガだったってわけか。」
     その声に滲むのは紛れもなく喜びだ。
     リックは目の前まで来たニーガンをジッと見上げる。逃げようという気持ちはなく、待ち望んだアルファがいることを嬉しく思ってしまう。
     アルファが、どうしようもなく欲しい。
     その思いに突き動かされたリックはニーガンに向けて手を伸ばした。「ニーガン」と切なげに名前を呼べば抱きすくめられて荒々しく唇を奪われる。それだけで震えそうなほどに嬉しい。
     噛みつくようにキスを交わしながら互いの服を剥ぎ取り、揃って床に倒れ込んだ二人の姿はまるで獣のようだった。


     ニーガンから与えられる熱はとろけそうなほどに気持ちが良かった。
     肌をなぞる舌が、指が、求められていることを実感させてくれる。
     アルファから求められることが嬉しくて、体を繋げたことが幸せで堪らない。
     中に種を注がれることを嫌だと思う気持ちは皆無で、強請るように自らキスをする。
     後ろから抱かれた時、ニーガンの唇が項に触れた。
     何度も唇で触れられ、肌を吸われ、軽く歯を立てられる。
    「お前は……俺の、番だ。」
     熱っぽく囁かれると同時に項に強い痛みを感じる。
     噛まれた、と瞬時にわかった。
     強く歯を立てられた部分がピリピリと痛むのは皮膚が切れたからだろう。
     この痛みが欲しかった。
     アルファのものになりたかった。
     その望みが叶い、生理的な涙に歓喜が混ざった。
     自分はアルファのもの。
     そう思うと「今すぐに死んでも構わない」というくらいに幸せで胸がいっぱいになる。
     自分はニーガンのもの。
     そう思うと「今すぐに死んでしまいたい」というくらいに絶望が胸を押し潰す。
     正反対の感情に揺さぶられながらニーガンの腕の中で何度も果て、終いには意識を手放すことになった。
     そのまま目覚めずにいた方が自分にとっては幸せだったのだろうか?




     目を覚ましたリックの目に最初に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。
    (ここはどこだ?)
     ボーッとする頭に浮かんだのはシンプルな疑問。
     その答えを得るために周囲を見回してわかったのは知らない部屋のベッドで横になっているということ。部屋の様子からアレクサンドリアでもヒルトップでもないことがわかり、暗い気持ちになる。
     ここは間違いなくサンクチュアリ。ニーガンの城だ。
     リックはゆっくりと体を起こしてみた。怠さは残っているが横になっていなければ耐えられないほどではない。
    「発情期は終わった……か。」
     自分の言葉が重く響いた。
     もっと早く終わってくれていたら、と思わずにいられない。
     リックは意識を手放す前のことを思い出し、両手で顔を覆って深い溜め息を吐く。
     ニーガンに抱かれた。それ以上にリックを深い絶望の底へと突き落としたのは番になったという事実だ。
     本能に負けまいと必死に耐えていたというのに、ニーガンを前にしてその努力は塵と消えた。そのことが情けなくて泣きたくなる。
     そのままの姿勢で動けずにいるとドアの開く音がしたのでそちらへ顔を向けた。
     そこに立っていたのはニーガンだ。
    「やっとお目覚めか。寝坊だぞ、リック。丸一日起きないから退屈だった。」
     ベッドの傍まで来たニーガンはリックの額にキスを落とした。その行為にリックは寒気を感じる。
     ニーガンは顔を強張らせて硬直するリックを気にもせずベッドの縁に座った。
    「ここはあんたの本拠地だろう?俺はどうしてここに居るんだ?」
    「番になったら離れて暮らすわけにはいかない。だからお前が気絶してる間に連れてきた。」
    「勝手なことを……」
     「勝手なことをしないでくれ」と言いかけたリックの口はキスによって塞がれてしまう。
     舌を絡め合う濃密なキスを終えても二人の距離は鼻先が触れ合いそうなほどに近い。
    「俺と番になったお前が俺から離れて平気だと思うか?」
     番となった今、リックはニーガンから離れて平気ではいられないだろう。
     心は拒絶したいのに本能が求めてしまう。
     その現実は容赦なくリックを打ちのめして反論する気力を奪っていった。
    「お前はここで暮らせ。敷地から出ることは許さない。わかったな?」
    「アレクサンドリアに行くことはできないのか?」
    「あそこの連中はお前が絡むとうるさい。二度と戻るな。徴収の量を今の半分にしてやるからお前がいなくても何とかやっていけるだろう。……カールとジュディスは呼び寄せてもいいが、どうする?」
     リックは「呼ばなくていい」と力なく答えた。
     本当は子どもたちと離れたくない。守ってやることも成長を見守ることもできなくなるのは胸が引き裂かれそうなほどに辛い。
     しかし、二人をこの男の手元に置くわけにはいかなかった。
     今以上に辛い思いをすることは間違いなく、利用される可能性も高い。子どもたちまで巻き込むことは絶対にできない。
     そのため、リックは誰よりも愛する息子と娘を手放すと決めた。
     リックの目から堪えきれない涙が溢れるとニーガンに抱き寄せられ、慰めるように優しく抱きしめられる。
    「なあ、リック?俺が今、どれだけ嬉しいかわかるか?一生分のクリスマスプレゼントを貰った気分だ。お前を番にできるなんて思ってなかったのに、こうして番にできたんだからな。」
     心の底から嬉しそうなニーガンの声にリックは強い憎悪を抱いた。
     この男を今すぐにでも殺してやりたい。
     仲間を奪い、自由を奪い、挙句の果てに番という鎖で自分を縛りつけてしまうなんて許せなかった。
     それなのに抱きしめられることに喜びを感じてしまう。
     殺したいのに傍にいたい。突き飛ばしたいのに離れたくない。愛してなどいないのに存在を求めてしまう。
     正反対な心と本能がリックを引き裂こうとしていた。
    「ニーガン、あんたが大嫌いだ。」
     その言葉とは裏腹にリックはニーガンの背中に手を添える。
     抱きしめ合うだけで満たされた気持ちになるのだから、そのうちに憎悪まで消えてしまいそうだ。そのことがリックは何よりも恐ろしい。
     リックの中にあるニーガンへの憎悪が消えてしまえば二度と子どもたちと仲間の元には戻れない。
     そうならないためにリックはもう一度同じ言葉を口にする。
    「大嫌いだ。」
     二度目の「大嫌い」という言葉にもニーガンは怒ることも不快感を示すこともなかった。
    「どれだけ俺のことが嫌いでも俺たちは本能で結ばれている。逃げられないぜ、リック。」
     その楽しげな声が憎らしい。
     だからこの男は嫌いだ、とリックは目を閉じる。

     どうしてアルファとオメガという性が存在するのだろう?
     どうしてアルファとオメガが番にならなければならないのだろう?
     どうして自分はベータとして生まれなかったのだろう?

     心の中にやりきれない思いが渦巻いて胸が苦しい。
     リックは己のアルファの腕の中で絶望と共に泣いた。


    ──歳月の流れは人の心を変える。

     リックは部下と共にサンクチュアリの中を回る。ここで暮らす人々の様子を観察して問題がないか確認し、気づいたことや改善点などを報告するのがリックに任された仕事だ。
     一通り見回りを終えたリックは今回報告する内容を部下と話し合う。
    「ジャックは在庫管理に向いているとは思えないな。確認漏れが多いからフォローし切れない。」
    「このままだと致命的なミスをしそうですね。」
     リックの言葉に同意しながら部下の男がメモを取る。
    「配置転換した方がいいだろうな。」
    「調達の方に入れることを提案しておきますか?」
    「いや、外での気の緩みは怖いから出さない方がいいだろう。本人に仕事の希望を聞いてみてくれ。お前のための配置転換だと伝えるのを忘れずに。」
    「わかりました。ジャックと話をしてから報告書をまとめます。」
     リックは「頼む」と部下の肩を軽く叩いてからニーガンの部屋に足を向ける。報告書を提出する前にある程度話をしておいた方がいいと考えたからだ。
     検討すべきことはいくつもあり、それについての改善案も用意してある。それをどうするのか決めるのはニーガンだ。
    (最終的な判断はニーガンに任せる……か)
     その考えが染みついた自分にリックは少しばかりの嫌悪を抱く。
     ここで暮らすようになってから全体のことでリックが決断することはなくなった。それはリックがリーダーではなくなったからだ。
     それによりリーダーの重圧から解放され、肩が軽くなったような感覚を味わっていると気づいたのはそんなに最近のことではない。

     何かを決断するのはニーガン。
     全ての責任を負うのはニーガン。
     仲間の命を預かる重さを背負うのはニーガン。

     そのおかげでリックがリーダーとしての苦しみから解放されたのは確かだ。ここから逃げたいと思っても実際に行動に移せないのはそれもあるのかもしれない。
     しかし、リーダーの重圧を知りながらそれをニーガンに任せることに対して罪悪感を感じる。リーダーとしての苦しみを理解している自分がそれを他者に押しつけることを心苦しく思うのだ。
     複雑な感情を抱えながらニーガンの部屋のドアをノックすると「入れ」と促されたのでドアを開ける。
     ニーガンはソファーに座ってリラックスしていた。
     その膝の上に座っているのは幼い頃のリックによく似た顔の小さな息子。柔らかな髪と眠たそうな目の色はニーガンのものと同じだ。
    「見回りは終わったのか?」
     リックはニーガンの問いに「終わった」と頷きながら二人に近づく。
    「報告書を出す前に話そうと思ったんだが……先にこの子を部屋に連れて行ってからにする。」
     ニーガンを背もたれにしながらうつらうつらしている我が子に手を伸ばしたリックをニーガンの手が制した。その手はリックの手首を掴む。
    「このまま寝かせておけばいい。お前も隣に座れ。報告書を読めばいいんだから仕事は終わりだ。」
     そう言われてしまっては断りようがないのでリックは仕方なくニーガンの隣に座った。
     隣に座ると肩を抱き寄せられる。その行為もすっかりお馴染みのものとなり、嫌悪感を抱くこともなくなってしまった。
     リックは本格的に寝始めた息子の頭を優しく撫でる。
     憎い男との間にできた子どもをカールやジュディスと同じように愛せるのか不安に思ったこともあったが、この子を守るためなら何でもできると思えるほどに愛している。この子がいるからやっていけると言ってもいいほどだ。
    「もうすぐ二歳か。本当に子どもの成長は早いな。ちょっと前までもっとチビだった気がする。」
    「ああ。驚かされることばかりだ。」
     頷くリックの脳裏に遠く離れた我が子たちのことが浮かぶ。
     カールは立派な青年になっているだろう。ジュディスも一人前に飛び回っているに違いない。二人の成長した姿を自分の目で確認したいと願っても、それは叶わない望みだ。
     二人の成長を見守ることができないのが悲しい。
     この子にするように頭を撫でて、抱きしめて、「愛してるよ」と伝えられないことが辛い。
     それらの悲しみと辛さを甘んじて受け入れるのは二人を愛しているから。自分とニーガンの問題に巻き込まないことが今のリックにできる精一杯だ。
    「なあ、リック。この子はアルファか、オメガか、ベータ……どれだと思う?」
     リックはニーガンの方に顔を向けた。いつもと変わらない笑みを憎く思うが離れたいとは思わない。
     リックは目を合わせたまま答えを口にする。
    「ベータであってほしいと思う。」
     アルファやオメガのように本能に振り回されないベータであってほしい。
     リックはその願いを込めてもう一度息子の頭を撫でた。
     どれほどニーガンを憎んでいてもオメガとしての本能がニーガンから離れることを拒む。この本能がある限りリックはニーガンから逃れることはできない。本能に縛られて振り回される人生は自分だけで十分だ。
     ニーガンの顔が近づいてきたのでリックは目を閉じた。そうすると唇を重ねられたので大人しく受け入れる。
     しばらくキスを続けた後、唇が離れるとニーガンがうっとりと息を吐いた。
    「お前とのキスが一番だな。……そういえば、最近はお前と二人だけの時間が少ない気がするぞ。」
    「俺は忙しいし、あんたは自慢の妻たちと遊んでいるからだ。俺としては放っておいてくれた方がありがたい。」
     いっそのこと番を解消してくれても構わない。
     そう言ってやりたいと思っても口にしたことはない。それが本心だと言い切れなくなってきたことがリックは怖かった。
     リックは目の前に浮かぶニーガンの楽しげな笑みから視線を逸らした。
    「本当にそう思ってるのか確かめないとな。夜になったら部屋に来い。」
     甘く囁かれ、期待に背筋がゾクリとする。
     オメガとしてのリックがアルファを求めている。ニーガンはアルファの中でも最上級で、抱かれるたびに虜になっていく自分をリックは否定できなかった。
     精一杯の強がりで「子どもの前でする話じゃない」と言ってみたが、当の息子は気持ち良さそうに眠っている。
     どうか、この子はベータでありますように。
     リックは切実な願いと共に愛する息子の寝顔を見つめた。

    End
    ♢だんご♢ Link Message Mute
    2018/06/17 21:56:27

    本能が「欲しい」と囁いた

    #ニガリク  #TWD  #腐向け  #オメガバース  ##ニガリク  ##TWD

    pixivにも投稿した作品です。
    S7のニガリクで、オメガバース設定を使用しています。
    ネタバレになるので詳細は控えさせていただきます。

    好きなように設定を詰め込んでいますが、よかったらどうぞ。


    2018.6.21 一部を修正しました。

    more...
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    • リック受まとめ #ダリリク  #シェンリク  #腐向け  #TWD  #ニガリク ##ダリリク ##シェンリク ##ニガリク ##TWD


      privatterで投稿したものと今までに投稿していないものをまとめました。
      平和な世界だったり、ドラマ沿いだったりごちゃ混ぜです。



      ◆今日のダリリク:相手が風呂を上がっても髪を乾かさないので仕方なくドライヤーをかけてやる
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       髪を濡らしたままバスルームから出てきたリックを見て、ダリルは眉間に思いきりシワを寄せた。
       リックが「疲れた」と何度もボヤきながらバスルームに入っていった時点でこうなることは予想していたが、予想通りになったからといって喜ぶことはできない。
       ダリルは髪の先から雫を滴らせるリックを捕まえるとバスルームへ引きずっていき、ドライヤーの熱い風をリックの髪に吹きかけ始める。
       乱暴な手つきで髪を乾かしてやるとリックが苦笑いを浮かべた。
      「放っておいてくれて構わないんだぞ?」
      「バカか。風邪でも引かれたら困る。」
       それも理由の一つではあるが、リックに構いたいというのが一番の理由。
       普段は頼もしく凛々しい男がダリルの前では気を緩めて無防備になるのが嬉しい。それだけ自分に心を許しているということなのだと思うと甘やかしてやりたくなる。
       そんなことをリック本人に言うつもりは少しもない。
       そんなわけで、ダリルは緩みそうになる顔を引き締めながらリックの髪を乾かし続けたのだった。

      End




      ◆今日のシェンリク:昼下がり、相手が楽しそうに洗濯物を干しているのを、洗濯物をたたみながら眺める
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       今日は仕事は休み。
       そのためシェーンはリックと共に惰眠を貪り、遅めの朝食……ではなく昼食を食べてから活動を始めた。
       洗濯機を回しながら食器洗いや掃除を行い、それが終わると昨夜干した洗濯物を取り込んでいく。
       洗濯物の取り込みが終わった時点でリックが洗い終わった衣類を持って姿を見せた。
      「干すのは俺がやるからシェーンは洗濯物をたたんでおいてくれ。」
      「任せろ、相棒。」
       仕事中のような受け答えに笑い合いながら各自の仕事に取りかかる。
       Tシャツをたたみ、ジーンズをたたみ、タオルをたたみ……。
       シェーンはキレイにたたんだ衣類を並べながら洗濯物を干すリックに目を向ける。
       物干しに洗濯物を干していくリックの顔には笑みが浮かんでいる。それだけでなく鼻歌まで歌っているようだ。
       「何がそんなに楽しいのだろう」と首を傾げかけて、シェーンは自分の口元も緩んでいることに気づいた。
       ああ、そうか。二人一緒なら何をしていても楽しい。
       シェーンはリックも自分と同じなのだと気づき、自分の笑みがますます深いものになっていくのを自覚した。
       これが終わったら次は何をしようか?
       リックと一緒ならどんなことをしても楽しいに違いない。
       そんな風に心を弾ませながら最後の一枚をたたみ終わると、洗濯物を干しているリックの方へ足を運ぶことにした。

      End




      ◆今日のニガリク:無意識に「おかえり」と言うと相手が驚いた顔で「ただいま…」と小声で返すので、何だかお互いに恥ずかしくなる
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       遅くなるなら遅くなるって連絡しろ、クソ野郎。
       リックは怒りと共に冷めきったスパゲッティの皿にラップを貼ってから冷蔵庫を開けた。
       夕食の時間になっても帰ってこなかったニーガンからの連絡は未だにない。「夕食はいらない」という話もなかったので用意はしておいたのだが、日付が変わるまで残り三十分という時間になっても玄関のドアは開かなかった。
       ニーガンという男は他人の思い通りになるような人間ではないと知っていたが、少しは一緒に暮らしている者の身にもなってほしいとリックは常々思っている。
      「どこかの女の部屋にでも転がり込んだのかもな。」
       リックは吐き捨てるように言いながら冷蔵庫の扉を乱暴に閉めた。
       あんな男と一緒に暮らしている自分がバカなのだとわかっていても腹を立てずにいられない。
       ニーガンの言動一つに振り回され、翻弄され、感情が揺れ動く自分が情けなかった。それなのに離れずにいることも情けなくて悔しい。
       「早く帰ってきてほしい」だなんて惨めだ。
       リックは静まり返った部屋の中心に佇み、ボンヤリと床を見つめる。ニーガンがいるとうるさいと感じるのに、今はこの静けさが嫌いだ。
       どうしても「ただいま」の声が聞きたい。
       その時、ドアの開く音が微かに響く。その音に導かれるように玄関へ向かうと、そこにはニーガンの姿があった。
       ニーガンはリックを見ると普段通りの笑みを浮かべた。
      「文句は後にしろよ。説明してやるから、先にシャワーを浴びさせて……」
      「おかえり。」
       リックの口から滑り落ちた言葉にニーガンが驚いた顔をする。それは演技ではなく心からのものだとリックは確信した。
       ニーガンは驚きの表情を浮かべたまま口を開く。
      「……ただいま。」
       それは小さな声だった。
       そのことが妙な恥ずかしさを呼び起こしたため、リックは片手で顔を覆って俯いた。
      「どうして俺が恥ずかしくならなきゃいけないんだ?」
      「それは俺のセリフだ。……文句を言われると思ったのに、今のは反則だ。」
       意外にも近くで声が聞こえたためリックが顔を上げると拗ねた顔のニーガンが目の前にいた。
       リックは一歩後ろへ下がろうとしたが、ニーガンに抱き寄せられたためそれは叶わない。
       珍しく真剣な表情のニーガンは唇同士が触れそうな近さで囁く。
      「リック、もう一度『おかえり』と言ってみろ。」
       結局、この男には逆らえない。
       そう思いながら「おかえり」と口にするとニーガンは満足げに微笑む。
       そして「ただいま」と共に与えられたのは熱い口付けだった。

      End




      ◆ダリリク/制限付きの逃避行

      「笑う横顔に恋をしたのは果たしていつの日だっただろうか」
      https://shindanmaker.com/750576

      【制限付きの逃避行】

       ダリルの視線の先には難しい顔をして考え込むリックがいる。
       出会ったばかりの頃のリックはもっと表情豊かな男だったように思う。良いものも悪いものも表情に出していたように思う。
       しかし、リーダーとしての重さが増していくとリックの顔からは表情が消えていった。
       きっと、背負い過ぎたのだろう。
       きっと、失い過ぎたのだろう。
       それをどうにかしてやりたくても運命は過酷なもので、誰にもリックを救えない。
       だからダリルはリックの傍に行く。頬を撫でてやることしかできなくても、その一瞬だけリックに表情が戻るからだ。
       ダリルがリックの隣に立つとリックは視線だけを寄越してきた。
      「また考え事か?」
      「ああ、別に大したことじゃない。」
       嘘つきめ。
       そう言ってやりたかったが、言ったところで苦笑するだけだろう。
       ダリルは何となくリックに触れたくなって頬に掌を這わせた。そうするとリックは目を細めて幸せそうな笑みを浮かべる。
       笑う横顔に恋をしたのは果たしていつの日だっただろうか?
       ダリルは最近では滅多に笑わなくなった想い人に胸を痛め、自分にできることの少なさに落胆する。
       自分と過ごす時間だけでもリックが幸せだと思えるのならいくらでも傍にいるのに。
       そんなダリルの思いをやんわりと拒むようにリックが離れていく。
      「……もう行かないと。」
       小さく呟いたリックの顔からは表情が消えていた。
      「そうだな。」
       次にリックの笑顔に会えるのはいつになるのだろう?
       リックの傍にいたいのは彼のためなのか、それとも自分のためなのか、ダリルにはそれさえわからなくなった。

      End




      【この熱さをもたらすもの】ダリリク

       照りつける太陽が俺の背中を焼く。
       ジリジリと焦げつく背中に滲む汗は不快さしか与えてくれず、眉間にしわが寄ったのを自覚する。
       作業する手を止めて休めばいいのに「もう少しだけ」と作業を止められない。生き急ぐつもりはないが、小さな焦りが自分の中に存在しているせいなのかもしれない。
       思わず自分に苦笑を漏らした時、後ろから足音が近づいてきた。
      「仕事中毒か?水でも飲んで休め。」
       姿を見せたのはダリルで、彼は水の入ったペットボトルを手にして立っている。
       差し出されたペットボトルを受け取りながら礼を言うと、ダリルの手の甲が俺の頬に触れた。
      「おい、かなり熱いぞ。気分は悪くないか?」
      「大丈夫だ。だが、そろそろ切り上げた方がいいかもしれないな。」
      「あんた、結構汗かきだよな。脱水症状でぶっ倒れても知らねーぞ。」
       ダリルは呆れ顔で俺の頬を軽く叩いた。
       休まずに仕事を続けてしまうのは俺の悪い癖だ。そんな俺をダリルはいつも心配してくれる。
       本当に良い奴だな、と思わず笑みが溢れた。
      「気をつける。それにしてもお前は本当に俺のことをよく見ているよな。そんなに俺のことが好きなのか?」
       笑い混じりに冗談を言ってみた。
       「バカか」と呆れ顔をするダリルを想像していたが、予想とは違ってダリルは目を丸くして俺を見る。その顔が真っ赤に染まるのは一瞬のことだった。
       予想外の反応に何も言えずにいるとダリルが耳元に唇を寄せてくる。
      「好きだけど、何か文句あるか?」
       低く囁かれて背筋にゾクリとしたものが走る。
       ダリルは俺から体を離し、鼻を鳴らして去っていく。それを見送ることができないのは全身が硬直してしまったからだ。
       ああ、熱い。頬が燃えるように熱い。
       思いがけずダリルから与えられた熱に逆上せそうな気がした。

      End




      【Strawberry】ニガリク

       ああ、今日もよく働いた。
       そんな充実感と共にリックは体を伸ばす。
       スッキリと晴れた青空の下で作業をするのは気分が良い。そのためか今日はいつもより張り切って仕事をしたような気がする。
       休むことなく動き回ったので、さすがに体が重い。リックは休憩のために近くの家の壁に背中を預けて座った。
       吹き抜ける風の柔らかさが心地良い。
       耳に届く住人たちの賑やかな声が穏やかな気持ちにさせてくれる。
       様々な困難を乗り越えたアレクサンドリアは希望に満ちた町へと変わりつつある。
      (幸せだなぁ)
       素直にそう感じたリックは微かに笑みを浮かべた。


       リックが幸せな気分を満喫していると足音が近づいてくる。その足音の方へ顔を向ければニーガンが歩いてくる姿が見えた。
       ニーガンのシャツの袖には泥が付いている。畑仕事を嫌がらずに行うニーガンを意外に思ったのはそんなに最近のことではない。
       敵対し、憎み、戦争までした相手と手を取り合って生きていることが信じられないが、目の前にあるのは全て現実だ。そのことが不思議で、おかしくて、そして嬉しい。
       リックがクスクスと笑っていると目の前に来たニーガンが呆れたような顔をする。
      「働きすぎておかしくなったのか?」
      「違う。気にしないでくれ。」
       まだ笑いの余韻を残すリックにニーガンは顔をしかめたが、それ以上は追及せずにリックの正面にしゃがんだ。
       リックの前にしゃがんだニーガンの手には苺が乗っている。畑で育てていたものを持ってきたのだろう。
      「見事な出来だな。ニーガンが農作業が好きだなんて意外だった。」
       そう言ってやるとニーガンはニヤリと笑う。
      「小さなレディだと思えば手間をかけるのも惜しくない。」
       「何だそれ」とリックが笑っているとニーガンはリックの唇に触れた。
      「お前に一番に食わせてやる。口を開けろ。」
       その言葉に従ってリックは口を開けたが、ニーガンは苺を自分で咥えてしまう。
       一番に食べさせてくれるのではなかったのか?
       リックがそんな疑問を抱いているとニーガンが顔を近づけてきた。そしてニーガンが咥えた苺がリックの唇に触れる。「食べろ」という意味なのだと理解したリックは苺をかじった。
       かじった瞬間に口の中に果汁が広がり、甘く爽やかな香りが鼻を通り抜ける。リックは自分を真っ直ぐに見つめてくる瞳を見つめながら苺を咀嚼した。
      「美味い。」
       正直な感想を告げると、それを待ちかねていたかのように残り半分の苺がニーガンの口の中へと消える。
       ニーガンは己の唇に付いた苺の汁を舐め取りながら囁く。
      「お前のためにこの俺が育てた苺だ。全部食えよ、リック。」
      「……本当に押し付けがましい奴だな、あんたは。」
       溜め息混じりのリックの言葉を気にしていない様子でニーガンは再び苺を咥えた。
       リックは「仕方ない」と苦笑してからその苺を咥える。さっきよりも深く咥えれば唇同士が触れ合う。
       そして思いきって苺をかじれば触れ合うだけのものが深い口付けへと変わった。
       苺の甘い汁と共に舌を絡め合えば奇妙な背徳感に背筋がゾクリとする。その背徳感を嫌だと思わないのは目の前の男との甘い時間に溺れているせいだ。
      (甘い、さっきよりもっと)
       この甘さは自分だけのもの。ニーガンが自分のために育てた苺をニーガン自ら与えてくれることで生まれた甘さだ。
       そう認識した時、何度も噛むことでドロドロになった苺が喉を下りていった。
       まだ食べ足りない、と思ったリックは軽く口を開けて「もっと」と強請る。
       「仕方ない奴だ」とニーガンが楽しげな笑みを浮かべながら咥えた苺がリックにはこの世で一番美味しそうなものに見えた。

      End




      【唐突に告げる】シェンリク

      「愛してる。」
       シェーンの鼓膜を震わせたリックの一言は何の脈絡もないものだった。
       シェーンとリックは二人がけのソファーに並んで映画を観ている真っ最中。
       観ているのは恋愛ものの映画ではない。そういったジャンルに興味はなかった。ついさっきまでビール片手にストーリーにツッコミを入れて笑い合っていただけなのだ。
       それなのに突然リックが愛の言葉を口にしたため、シェーンは目を丸くして隣に顔を向けた。
      「何だよ、急に。」
       そう尋ねればリックは楽しそうに笑った。
      「何となく言いたかっただけだ。」
      「そんなムードじゃなかったぞ。」
       変な奴、と苦笑しながら新しいビールに口を付ける。
       突然のことに驚きはしたが、悪くはない。
       相手のことを常に愛しく思っているのはシェーンも同じだ。
      「愛してる。」
       今度はシェーンが愛の言葉を口にした。
       シェーンが再び隣へ顔を向ければリックも同じようにシェーンを見ていた。
       目が合った時、リックの目尻が垂れて幸せそうな笑みが浮かんだ。
       そんなリックを「愛しいな」と改めて思ったシェーンの口も弧を描いていた。

      End
      #ダリリク  #シェンリク  #腐向け  #TWD  #ニガリク ##ダリリク ##シェンリク ##ニガリク ##TWD


      privatterで投稿したものと今までに投稿していないものをまとめました。
      平和な世界だったり、ドラマ沿いだったりごちゃ混ぜです。



      ◆今日のダリリク:相手が風呂を上がっても髪を乾かさないので仕方なくドライヤーをかけてやる
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       髪を濡らしたままバスルームから出てきたリックを見て、ダリルは眉間に思いきりシワを寄せた。
       リックが「疲れた」と何度もボヤきながらバスルームに入っていった時点でこうなることは予想していたが、予想通りになったからといって喜ぶことはできない。
       ダリルは髪の先から雫を滴らせるリックを捕まえるとバスルームへ引きずっていき、ドライヤーの熱い風をリックの髪に吹きかけ始める。
       乱暴な手つきで髪を乾かしてやるとリックが苦笑いを浮かべた。
      「放っておいてくれて構わないんだぞ?」
      「バカか。風邪でも引かれたら困る。」
       それも理由の一つではあるが、リックに構いたいというのが一番の理由。
       普段は頼もしく凛々しい男がダリルの前では気を緩めて無防備になるのが嬉しい。それだけ自分に心を許しているということなのだと思うと甘やかしてやりたくなる。
       そんなことをリック本人に言うつもりは少しもない。
       そんなわけで、ダリルは緩みそうになる顔を引き締めながらリックの髪を乾かし続けたのだった。

      End




      ◆今日のシェンリク:昼下がり、相手が楽しそうに洗濯物を干しているのを、洗濯物をたたみながら眺める
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       今日は仕事は休み。
       そのためシェーンはリックと共に惰眠を貪り、遅めの朝食……ではなく昼食を食べてから活動を始めた。
       洗濯機を回しながら食器洗いや掃除を行い、それが終わると昨夜干した洗濯物を取り込んでいく。
       洗濯物の取り込みが終わった時点でリックが洗い終わった衣類を持って姿を見せた。
      「干すのは俺がやるからシェーンは洗濯物をたたんでおいてくれ。」
      「任せろ、相棒。」
       仕事中のような受け答えに笑い合いながら各自の仕事に取りかかる。
       Tシャツをたたみ、ジーンズをたたみ、タオルをたたみ……。
       シェーンはキレイにたたんだ衣類を並べながら洗濯物を干すリックに目を向ける。
       物干しに洗濯物を干していくリックの顔には笑みが浮かんでいる。それだけでなく鼻歌まで歌っているようだ。
       「何がそんなに楽しいのだろう」と首を傾げかけて、シェーンは自分の口元も緩んでいることに気づいた。
       ああ、そうか。二人一緒なら何をしていても楽しい。
       シェーンはリックも自分と同じなのだと気づき、自分の笑みがますます深いものになっていくのを自覚した。
       これが終わったら次は何をしようか?
       リックと一緒ならどんなことをしても楽しいに違いない。
       そんな風に心を弾ませながら最後の一枚をたたみ終わると、洗濯物を干しているリックの方へ足を運ぶことにした。

      End




      ◆今日のニガリク:無意識に「おかえり」と言うと相手が驚いた顔で「ただいま…」と小声で返すので、何だかお互いに恥ずかしくなる
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       遅くなるなら遅くなるって連絡しろ、クソ野郎。
       リックは怒りと共に冷めきったスパゲッティの皿にラップを貼ってから冷蔵庫を開けた。
       夕食の時間になっても帰ってこなかったニーガンからの連絡は未だにない。「夕食はいらない」という話もなかったので用意はしておいたのだが、日付が変わるまで残り三十分という時間になっても玄関のドアは開かなかった。
       ニーガンという男は他人の思い通りになるような人間ではないと知っていたが、少しは一緒に暮らしている者の身にもなってほしいとリックは常々思っている。
      「どこかの女の部屋にでも転がり込んだのかもな。」
       リックは吐き捨てるように言いながら冷蔵庫の扉を乱暴に閉めた。
       あんな男と一緒に暮らしている自分がバカなのだとわかっていても腹を立てずにいられない。
       ニーガンの言動一つに振り回され、翻弄され、感情が揺れ動く自分が情けなかった。それなのに離れずにいることも情けなくて悔しい。
       「早く帰ってきてほしい」だなんて惨めだ。
       リックは静まり返った部屋の中心に佇み、ボンヤリと床を見つめる。ニーガンがいるとうるさいと感じるのに、今はこの静けさが嫌いだ。
       どうしても「ただいま」の声が聞きたい。
       その時、ドアの開く音が微かに響く。その音に導かれるように玄関へ向かうと、そこにはニーガンの姿があった。
       ニーガンはリックを見ると普段通りの笑みを浮かべた。
      「文句は後にしろよ。説明してやるから、先にシャワーを浴びさせて……」
      「おかえり。」
       リックの口から滑り落ちた言葉にニーガンが驚いた顔をする。それは演技ではなく心からのものだとリックは確信した。
       ニーガンは驚きの表情を浮かべたまま口を開く。
      「……ただいま。」
       それは小さな声だった。
       そのことが妙な恥ずかしさを呼び起こしたため、リックは片手で顔を覆って俯いた。
      「どうして俺が恥ずかしくならなきゃいけないんだ?」
      「それは俺のセリフだ。……文句を言われると思ったのに、今のは反則だ。」
       意外にも近くで声が聞こえたためリックが顔を上げると拗ねた顔のニーガンが目の前にいた。
       リックは一歩後ろへ下がろうとしたが、ニーガンに抱き寄せられたためそれは叶わない。
       珍しく真剣な表情のニーガンは唇同士が触れそうな近さで囁く。
      「リック、もう一度『おかえり』と言ってみろ。」
       結局、この男には逆らえない。
       そう思いながら「おかえり」と口にするとニーガンは満足げに微笑む。
       そして「ただいま」と共に与えられたのは熱い口付けだった。

      End




      ◆ダリリク/制限付きの逃避行

      「笑う横顔に恋をしたのは果たしていつの日だっただろうか」
      https://shindanmaker.com/750576

      【制限付きの逃避行】

       ダリルの視線の先には難しい顔をして考え込むリックがいる。
       出会ったばかりの頃のリックはもっと表情豊かな男だったように思う。良いものも悪いものも表情に出していたように思う。
       しかし、リーダーとしての重さが増していくとリックの顔からは表情が消えていった。
       きっと、背負い過ぎたのだろう。
       きっと、失い過ぎたのだろう。
       それをどうにかしてやりたくても運命は過酷なもので、誰にもリックを救えない。
       だからダリルはリックの傍に行く。頬を撫でてやることしかできなくても、その一瞬だけリックに表情が戻るからだ。
       ダリルがリックの隣に立つとリックは視線だけを寄越してきた。
      「また考え事か?」
      「ああ、別に大したことじゃない。」
       嘘つきめ。
       そう言ってやりたかったが、言ったところで苦笑するだけだろう。
       ダリルは何となくリックに触れたくなって頬に掌を這わせた。そうするとリックは目を細めて幸せそうな笑みを浮かべる。
       笑う横顔に恋をしたのは果たしていつの日だっただろうか?
       ダリルは最近では滅多に笑わなくなった想い人に胸を痛め、自分にできることの少なさに落胆する。
       自分と過ごす時間だけでもリックが幸せだと思えるのならいくらでも傍にいるのに。
       そんなダリルの思いをやんわりと拒むようにリックが離れていく。
      「……もう行かないと。」
       小さく呟いたリックの顔からは表情が消えていた。
      「そうだな。」
       次にリックの笑顔に会えるのはいつになるのだろう?
       リックの傍にいたいのは彼のためなのか、それとも自分のためなのか、ダリルにはそれさえわからなくなった。

      End




      【この熱さをもたらすもの】ダリリク

       照りつける太陽が俺の背中を焼く。
       ジリジリと焦げつく背中に滲む汗は不快さしか与えてくれず、眉間にしわが寄ったのを自覚する。
       作業する手を止めて休めばいいのに「もう少しだけ」と作業を止められない。生き急ぐつもりはないが、小さな焦りが自分の中に存在しているせいなのかもしれない。
       思わず自分に苦笑を漏らした時、後ろから足音が近づいてきた。
      「仕事中毒か?水でも飲んで休め。」
       姿を見せたのはダリルで、彼は水の入ったペットボトルを手にして立っている。
       差し出されたペットボトルを受け取りながら礼を言うと、ダリルの手の甲が俺の頬に触れた。
      「おい、かなり熱いぞ。気分は悪くないか?」
      「大丈夫だ。だが、そろそろ切り上げた方がいいかもしれないな。」
      「あんた、結構汗かきだよな。脱水症状でぶっ倒れても知らねーぞ。」
       ダリルは呆れ顔で俺の頬を軽く叩いた。
       休まずに仕事を続けてしまうのは俺の悪い癖だ。そんな俺をダリルはいつも心配してくれる。
       本当に良い奴だな、と思わず笑みが溢れた。
      「気をつける。それにしてもお前は本当に俺のことをよく見ているよな。そんなに俺のことが好きなのか?」
       笑い混じりに冗談を言ってみた。
       「バカか」と呆れ顔をするダリルを想像していたが、予想とは違ってダリルは目を丸くして俺を見る。その顔が真っ赤に染まるのは一瞬のことだった。
       予想外の反応に何も言えずにいるとダリルが耳元に唇を寄せてくる。
      「好きだけど、何か文句あるか?」
       低く囁かれて背筋にゾクリとしたものが走る。
       ダリルは俺から体を離し、鼻を鳴らして去っていく。それを見送ることができないのは全身が硬直してしまったからだ。
       ああ、熱い。頬が燃えるように熱い。
       思いがけずダリルから与えられた熱に逆上せそうな気がした。

      End




      【Strawberry】ニガリク

       ああ、今日もよく働いた。
       そんな充実感と共にリックは体を伸ばす。
       スッキリと晴れた青空の下で作業をするのは気分が良い。そのためか今日はいつもより張り切って仕事をしたような気がする。
       休むことなく動き回ったので、さすがに体が重い。リックは休憩のために近くの家の壁に背中を預けて座った。
       吹き抜ける風の柔らかさが心地良い。
       耳に届く住人たちの賑やかな声が穏やかな気持ちにさせてくれる。
       様々な困難を乗り越えたアレクサンドリアは希望に満ちた町へと変わりつつある。
      (幸せだなぁ)
       素直にそう感じたリックは微かに笑みを浮かべた。


       リックが幸せな気分を満喫していると足音が近づいてくる。その足音の方へ顔を向ければニーガンが歩いてくる姿が見えた。
       ニーガンのシャツの袖には泥が付いている。畑仕事を嫌がらずに行うニーガンを意外に思ったのはそんなに最近のことではない。
       敵対し、憎み、戦争までした相手と手を取り合って生きていることが信じられないが、目の前にあるのは全て現実だ。そのことが不思議で、おかしくて、そして嬉しい。
       リックがクスクスと笑っていると目の前に来たニーガンが呆れたような顔をする。
      「働きすぎておかしくなったのか?」
      「違う。気にしないでくれ。」
       まだ笑いの余韻を残すリックにニーガンは顔をしかめたが、それ以上は追及せずにリックの正面にしゃがんだ。
       リックの前にしゃがんだニーガンの手には苺が乗っている。畑で育てていたものを持ってきたのだろう。
      「見事な出来だな。ニーガンが農作業が好きだなんて意外だった。」
       そう言ってやるとニーガンはニヤリと笑う。
      「小さなレディだと思えば手間をかけるのも惜しくない。」
       「何だそれ」とリックが笑っているとニーガンはリックの唇に触れた。
      「お前に一番に食わせてやる。口を開けろ。」
       その言葉に従ってリックは口を開けたが、ニーガンは苺を自分で咥えてしまう。
       一番に食べさせてくれるのではなかったのか?
       リックがそんな疑問を抱いているとニーガンが顔を近づけてきた。そしてニーガンが咥えた苺がリックの唇に触れる。「食べろ」という意味なのだと理解したリックは苺をかじった。
       かじった瞬間に口の中に果汁が広がり、甘く爽やかな香りが鼻を通り抜ける。リックは自分を真っ直ぐに見つめてくる瞳を見つめながら苺を咀嚼した。
      「美味い。」
       正直な感想を告げると、それを待ちかねていたかのように残り半分の苺がニーガンの口の中へと消える。
       ニーガンは己の唇に付いた苺の汁を舐め取りながら囁く。
      「お前のためにこの俺が育てた苺だ。全部食えよ、リック。」
      「……本当に押し付けがましい奴だな、あんたは。」
       溜め息混じりのリックの言葉を気にしていない様子でニーガンは再び苺を咥えた。
       リックは「仕方ない」と苦笑してからその苺を咥える。さっきよりも深く咥えれば唇同士が触れ合う。
       そして思いきって苺をかじれば触れ合うだけのものが深い口付けへと変わった。
       苺の甘い汁と共に舌を絡め合えば奇妙な背徳感に背筋がゾクリとする。その背徳感を嫌だと思わないのは目の前の男との甘い時間に溺れているせいだ。
      (甘い、さっきよりもっと)
       この甘さは自分だけのもの。ニーガンが自分のために育てた苺をニーガン自ら与えてくれることで生まれた甘さだ。
       そう認識した時、何度も噛むことでドロドロになった苺が喉を下りていった。
       まだ食べ足りない、と思ったリックは軽く口を開けて「もっと」と強請る。
       「仕方ない奴だ」とニーガンが楽しげな笑みを浮かべながら咥えた苺がリックにはこの世で一番美味しそうなものに見えた。

      End




      【唐突に告げる】シェンリク

      「愛してる。」
       シェーンの鼓膜を震わせたリックの一言は何の脈絡もないものだった。
       シェーンとリックは二人がけのソファーに並んで映画を観ている真っ最中。
       観ているのは恋愛ものの映画ではない。そういったジャンルに興味はなかった。ついさっきまでビール片手にストーリーにツッコミを入れて笑い合っていただけなのだ。
       それなのに突然リックが愛の言葉を口にしたため、シェーンは目を丸くして隣に顔を向けた。
      「何だよ、急に。」
       そう尋ねればリックは楽しそうに笑った。
      「何となく言いたかっただけだ。」
      「そんなムードじゃなかったぞ。」
       変な奴、と苦笑しながら新しいビールに口を付ける。
       突然のことに驚きはしたが、悪くはない。
       相手のことを常に愛しく思っているのはシェーンも同じだ。
      「愛してる。」
       今度はシェーンが愛の言葉を口にした。
       シェーンが再び隣へ顔を向ければリックも同じようにシェーンを見ていた。
       目が合った時、リックの目尻が垂れて幸せそうな笑みが浮かんだ。
       そんなリックを「愛しいな」と改めて思ったシェーンの口も弧を描いていた。

      End
      ♢だんご♢
    • 飽きたなら、さようなら #TWD #ニガリク #腐向け ##TWD ##ニガリク

      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S7辺りのニガリク。
      ニーガンに素っ気なくされるようになったリックが徴収の前日に調達に出かけるお話。


      ニーガンに素っ気なくされるリックを書いてみたかったので挑戦してみましたが、あんまり素っ気ない感じがしないかもしれません。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • リック受けまとめ2 ##TWD ##ニガリク ##ダリリク ##メルリク

      ぷらいべったーに投稿した作品のまとめです。
      ほぼニガリクでした。
      よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • スコット受まとめ #蜘蛛蟻  #隼蟻  #盾蟻  #腐向け ##蜘蛛蟻 ##隼蟻 ##盾蟻


      診断メーカーのお題で書いたものをまとめました。privatterに投稿していたものです。




      ◆今日の隼蟻:洗う係と拭く係とで別れて、口論しながらも見事な連携プレーで食器を洗う
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

      「だーかーら!今日は俺が夕飯作るって言っただろ!?しかも言ったのは朝!」
       スコットが泡だらけの皿を水で洗いながら怒鳴ると、その隣ではサムが洗い終わった食器を乾いたタオルで拭きながらしかめっ面をする。
      「俺がやりたくてやってるだけだ。俺としては何で怒られなきゃならないのかが理解できないね。」
      「疲れて帰ってきた奴にさせたくなかったのがわかんないのか!?あー、俺の優しさが無駄になった!」
       やけくそ気味に言い放ったスコットの言葉に対してサムが「自分で言うな」とツッコむと、スコットの機嫌はますます下降していく。
       今日の任務はサムだけだったので、スコットは今夜の食事は自分が作ろうと思っていた。毎日食事を作ってくれるサムへの感謝のためでもあったからだ。
       それなのに買い出しで家を留守にした間にサムが帰宅し、スコットが帰宅する前に夕食を作ってしまったのである。
      「あんたに美味いものを食べさせてやりたいと思うのがそんなにダメか?」
       サムはスコットが渡した皿を受け取って手際良く水分を拭き取った。
      「そうじゃなくてっ……サムに少しでも楽をさせてやりたい俺の気持ちも考えろってこと。」
       差し出されたサムの手にスコットは洗い終わった皿を乗せる。その皿の水気もサムの手によってあっという間に消え失せてしまった。
      「あんたを喜ばせたい俺の気持ちも考えてほしいね。……早く次を渡せ。」
      「はいはい、これで最後だよ。」
       スコットが不機嫌そうに最後の皿を渡すと、サムは目を丸くしてスコットの顔を見た。
      「最後?これで終わりか?」
      「何か問題でも?」
      「早いな。もう洗い終わったのか。」
      「……ケンカしても連携プレーはバッチリだな、俺たち。」
       その事実が二人の仲の良さを表しているようで、不思議と笑みが浮かんでくる。
       こうなってしまえば怒りは萎んで消えてしまい、後は仲直りをするだけとなる。
       スコットとサムは向かい合うと互いの体に両腕を回して抱きしめ合った。
      「サム、ごめん。ムキになって怒り過ぎた。」
      「俺こそ悪かった。スコットの気持ちは嬉しかったんだ。」
       謝り合ってハグをすればケンカはお終い。
       残りの時間は甘く穏やかな時間を過ごすことにしよう。

      End




      ◆今日の蜘蛛蟻:なんだか無性に甘いものが食べたいと思ってドーナッツ1ダース買って帰ったら相手も1ダース買ってた
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       お腹が空いたな、と思った帰り道。
       甘いものが食べたいな、と思って回り道。
       良さそうな店を探すピーターの鼻に届いたのは美味しそうなドーナツの香り。
       甘い香りに誘われてフラフラと店に入れば数えきれないほどたくさんのドーナツ。種類の豊富さは選ぶ楽しさを与えてくれる。
      (スコットさんは何が好きかな?)
       同棲中の恋人の好みを思い出しながらドーナツと見つめ合うが、どれも魅力的で一つだけ選ぶのは無理そうだ。
       それならば何種類も買って帰ればいいではないか。
       「我ながら名案だ」とピーターは笑みを浮かべ、澄まし顔で並ぶドーナツたちを次々と指名する。
       ドーナツを購入し、「ありがとうございました」と店員の声を背に受けながら店を出たピーターの手には大きな箱。その中にはドーナツが一ダースも詰まっていた。
       買い過ぎたかな、と思いながらも家に向かう足はステップを踏みそうな勢いだ。
       腹の虫を鳴かせながら家に帰れば愛しいスコットが出迎えてくれる。
      「見て、スコットさん。ドーナツ買ってきたんだ。」
       そう言ってドーナツの入った箱を差し出すとスコットは「えっ!」と言って目玉が飛び出そうな勢いで目を丸くした。
       どうしたのかと尋ねればスコットは気まずそうにダイニングテーブルを指差す。
       そこにあったのはピーターと同じ柄と大きさの箱。
      「俺もドーナツを買ってきたんだ。ピーターが喜ぶかと思って。……一ダース。」
       ピーターは困り顔で頬をかくスコットに抱きつきながら「僕たちの相性は最高だね!」と頬にキスを贈ったのだった。

      End




      ◆今日の盾蟻:仕事で疲れ切った帰り道、家の明かりが灯っているのを見て不意に泣きたくなった(相手には絶対言わないが)
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       すっかり暗くなった通りを歩きながらスティーブは冷たい風に体を震わせる。
       今日の任務は予定よりも時間がかかった。想定外の出来事が起きるのは当然で、そのための心構えは常にできている。
       しかし、疲れるものは疲れる。超人的な肉体を持つスティーブであっても疲れが溜まるのは避けられず、今日は特に疲れが大きい。
       重いものを引きずるように歩きながらの帰り道は気分まで重くさせた。
       暗い道を寒さに震えながら歩くのは妙に落ち込む。通りすがりの相手から嫌なことを言われたわけでもないのに……というより、誰とも擦れ違わないのだが。
      (なんだか情けないな)
       自分自身に対して苦笑しながら歩くうちに我が家が見えてきた。
       狭くはないが広いとも言いきれない小さな家には柔らかな明かりが灯っている。
      (スコット、まだ起きていたんだな)
       同棲を始めたばかりの恋人には帰るのが遅くなると連絡は入れてある。先に寝ていてほしいとも伝えておいたはずだ。
       それでも彼はスティーブの帰りを起きて待っていたらしい。

      ───ああ、一人じゃないことがこんなにも嬉しい。

       そう思った途端に鼻の奥がツーンとして、目の奥が熱くなって、瞬きを繰り返さなければ涙が溢れてしまいそうな気がした。
       スコットという存在が自分の心に温もりを与えてくれることが幸せで……幸せだからこそ泣きたくなる。
       スティーブは家の玄関の前に立つと頬を軽く叩いた。
       泣きそうになったなんて絶対に悟られたくない。いつも通りの自分でスコットに会いたい。
       「よし!」と小さく声を出してからドアを開ければ、愛しい笑顔がスティーブを迎えてくれた。

      End
      #蜘蛛蟻  #隼蟻  #盾蟻  #腐向け ##蜘蛛蟻 ##隼蟻 ##盾蟻


      診断メーカーのお題で書いたものをまとめました。privatterに投稿していたものです。




      ◆今日の隼蟻:洗う係と拭く係とで別れて、口論しながらも見事な連携プレーで食器を洗う
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

      「だーかーら!今日は俺が夕飯作るって言っただろ!?しかも言ったのは朝!」
       スコットが泡だらけの皿を水で洗いながら怒鳴ると、その隣ではサムが洗い終わった食器を乾いたタオルで拭きながらしかめっ面をする。
      「俺がやりたくてやってるだけだ。俺としては何で怒られなきゃならないのかが理解できないね。」
      「疲れて帰ってきた奴にさせたくなかったのがわかんないのか!?あー、俺の優しさが無駄になった!」
       やけくそ気味に言い放ったスコットの言葉に対してサムが「自分で言うな」とツッコむと、スコットの機嫌はますます下降していく。
       今日の任務はサムだけだったので、スコットは今夜の食事は自分が作ろうと思っていた。毎日食事を作ってくれるサムへの感謝のためでもあったからだ。
       それなのに買い出しで家を留守にした間にサムが帰宅し、スコットが帰宅する前に夕食を作ってしまったのである。
      「あんたに美味いものを食べさせてやりたいと思うのがそんなにダメか?」
       サムはスコットが渡した皿を受け取って手際良く水分を拭き取った。
      「そうじゃなくてっ……サムに少しでも楽をさせてやりたい俺の気持ちも考えろってこと。」
       差し出されたサムの手にスコットは洗い終わった皿を乗せる。その皿の水気もサムの手によってあっという間に消え失せてしまった。
      「あんたを喜ばせたい俺の気持ちも考えてほしいね。……早く次を渡せ。」
      「はいはい、これで最後だよ。」
       スコットが不機嫌そうに最後の皿を渡すと、サムは目を丸くしてスコットの顔を見た。
      「最後?これで終わりか?」
      「何か問題でも?」
      「早いな。もう洗い終わったのか。」
      「……ケンカしても連携プレーはバッチリだな、俺たち。」
       その事実が二人の仲の良さを表しているようで、不思議と笑みが浮かんでくる。
       こうなってしまえば怒りは萎んで消えてしまい、後は仲直りをするだけとなる。
       スコットとサムは向かい合うと互いの体に両腕を回して抱きしめ合った。
      「サム、ごめん。ムキになって怒り過ぎた。」
      「俺こそ悪かった。スコットの気持ちは嬉しかったんだ。」
       謝り合ってハグをすればケンカはお終い。
       残りの時間は甘く穏やかな時間を過ごすことにしよう。

      End




      ◆今日の蜘蛛蟻:なんだか無性に甘いものが食べたいと思ってドーナッツ1ダース買って帰ったら相手も1ダース買ってた
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       お腹が空いたな、と思った帰り道。
       甘いものが食べたいな、と思って回り道。
       良さそうな店を探すピーターの鼻に届いたのは美味しそうなドーナツの香り。
       甘い香りに誘われてフラフラと店に入れば数えきれないほどたくさんのドーナツ。種類の豊富さは選ぶ楽しさを与えてくれる。
      (スコットさんは何が好きかな?)
       同棲中の恋人の好みを思い出しながらドーナツと見つめ合うが、どれも魅力的で一つだけ選ぶのは無理そうだ。
       それならば何種類も買って帰ればいいではないか。
       「我ながら名案だ」とピーターは笑みを浮かべ、澄まし顔で並ぶドーナツたちを次々と指名する。
       ドーナツを購入し、「ありがとうございました」と店員の声を背に受けながら店を出たピーターの手には大きな箱。その中にはドーナツが一ダースも詰まっていた。
       買い過ぎたかな、と思いながらも家に向かう足はステップを踏みそうな勢いだ。
       腹の虫を鳴かせながら家に帰れば愛しいスコットが出迎えてくれる。
      「見て、スコットさん。ドーナツ買ってきたんだ。」
       そう言ってドーナツの入った箱を差し出すとスコットは「えっ!」と言って目玉が飛び出そうな勢いで目を丸くした。
       どうしたのかと尋ねればスコットは気まずそうにダイニングテーブルを指差す。
       そこにあったのはピーターと同じ柄と大きさの箱。
      「俺もドーナツを買ってきたんだ。ピーターが喜ぶかと思って。……一ダース。」
       ピーターは困り顔で頬をかくスコットに抱きつきながら「僕たちの相性は最高だね!」と頬にキスを贈ったのだった。

      End




      ◆今日の盾蟻:仕事で疲れ切った帰り道、家の明かりが灯っているのを見て不意に泣きたくなった(相手には絶対言わないが)
      # 同棲してる2人の日常
      https://shindanmaker.com/719224

       すっかり暗くなった通りを歩きながらスティーブは冷たい風に体を震わせる。
       今日の任務は予定よりも時間がかかった。想定外の出来事が起きるのは当然で、そのための心構えは常にできている。
       しかし、疲れるものは疲れる。超人的な肉体を持つスティーブであっても疲れが溜まるのは避けられず、今日は特に疲れが大きい。
       重いものを引きずるように歩きながらの帰り道は気分まで重くさせた。
       暗い道を寒さに震えながら歩くのは妙に落ち込む。通りすがりの相手から嫌なことを言われたわけでもないのに……というより、誰とも擦れ違わないのだが。
      (なんだか情けないな)
       自分自身に対して苦笑しながら歩くうちに我が家が見えてきた。
       狭くはないが広いとも言いきれない小さな家には柔らかな明かりが灯っている。
      (スコット、まだ起きていたんだな)
       同棲を始めたばかりの恋人には帰るのが遅くなると連絡は入れてある。先に寝ていてほしいとも伝えておいたはずだ。
       それでも彼はスティーブの帰りを起きて待っていたらしい。

      ───ああ、一人じゃないことがこんなにも嬉しい。

       そう思った途端に鼻の奥がツーンとして、目の奥が熱くなって、瞬きを繰り返さなければ涙が溢れてしまいそうな気がした。
       スコットという存在が自分の心に温もりを与えてくれることが幸せで……幸せだからこそ泣きたくなる。
       スティーブは家の玄関の前に立つと頬を軽く叩いた。
       泣きそうになったなんて絶対に悟られたくない。いつも通りの自分でスコットに会いたい。
       「よし!」と小さく声を出してからドアを開ければ、愛しい笑顔がスティーブを迎えてくれた。

      End
      ♢だんご♢
    • スコット受け他まとめ ##アントマン ##蜘蛛蟻 ##スコット ##ロケット ##トニー

      ぷらいべったーに投稿した作品のまとめです。
      CPあり・なしの話がごちゃまぜ。CPありは蜘蛛蟻のみ。
      よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • ある寒い日のこと #ウースコ  #アントマン  #腐向け ##ウースコ ##アントマン


      自宅軟禁期間のウースコ。
      寒い日にスコットの自宅を訪ねるジミーのお話。

      寒い日は妄想がはかどるので書いてみました。ウースコというよりもウースコ未満かもしれません。
      いつも「ウーさん」と呼んでいるのでCP表記をウースコにしましたが、ジミスコの方がいいんでしょうか?
      とりあえずウースコでいこうと思います。
      短い話ですが、よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 赤ずきんとおばあさん #蜘蛛蟻  #ピタスコ  #腐向け  ##蜘蛛蟻


      小説投稿機能のお試し。
      ぷらいべったーで投稿したものを少し手直ししました。タイトルのセンスがないのはお許しください。
      ピーターが遊びに来るのを待つ心配性なスコットのお話。
      よかったらどうぞ〜。
      ♢だんご♢
    • 小さなバースデーパーティー ##TWD ##リック ##カール

      アンディの誕生日にグライムズ親子の誕生日ネタで1つ。
      放浪中の親子の誕生日のお話。短いです。
      ♢だんご♢
    • さよなら、私のアルファ #ニガリク  #TWD  #腐向け  #オメガバース  #オリジナルキャラクター  ##ニガリク  ##TWD

      pixivにも投稿している作品です。
      【本能が「欲しい」と囁いた】の続きになります。
      ニーガンが運命の番と出会ったため、サンクチュアリを出ていくことにしたリックのお話。


      オリジナルキャラクターが複数名登場します。出番が多く、ニガリクの子どもも登場するので苦手な方はご注意ください。
      詳細は1ページ目に案内がありますので、そちらをご覧ください。
      ニガモブ要素を少し含みますし、ニーガンがひどい男です。
      よかったらどうぞ。


      2018.6.21 一部を修正しました。
      ♢だんご♢
    • ベッドひとつぶんの世界 #TWD #ダリリク #ニーガン #腐向け ##TWD ##ダリリク

      pixivに投稿したものと同じ作品です。
      S7辺りのダリリク。
      ニーガンの部下になったダリリクと、二人を見つめるニーガンのお話。


      ダリリクが揃ってニーガンの部下になったら、互いだけを支えにして寄り添い合うのかなーと妄想したので書きました。
      寄り添い合うダリリクはとても美しいと思います。
      CPもののような、そうでないような、微妙な話ではありますが、よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • ちょっとそこまで逃避行 #蜘蛛蟻 #ピタスコ #腐向け ##アントマン ##蜘蛛蟻


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      スパイダーマンFFH後の蜘蛛蟻。
      FFHのネタバレを含むのでご注意ください。
      辛い状況にあるピーターがスコットの家に逃避行するお話。


      FFHが個人的に辛すぎたので自分を救済するために書きました。
      蜘蛛蟻というより蜘蛛蟻未満?
      よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 数値は愛を語る #蜘蛛蟻 #腐向け #Dom/SubAU ##蜘蛛蟻

      pixivに投稿したものと同じものです。
      Dom/Subユニバース設定で、Switch×Subの蜘蛛蟻。
      ピーターに惹かれながらも寄せられる想いに向き合うことができないスコットさんのお話。
      特にどの時間軸というのはなく、設定ゆるゆるです。


      突然降ってきたネタに萌えてしまったので勢いで書きました。スコットさんがヘタレです。
      特殊設定なので「大丈夫だよ!」という方は、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • プリンシパルとアンサンブル(前半) #TWD #ニガリク #腐向け #夢小説 ##TWD ##ニガリク

      S7の頃。救世主として日々を過ごす主人公が偶然リックと関わり、それをきっかけにリックやニーガンと深く関わるようになるお話。

      夢小説なので主人公はドラマに登場するキャラクターではありません。夢主がキャラクターたちと関わるのを楽しみつつニガリクを堪能する作品です。
      夢小説とCP小説を合わせた作品なので苦手な方はご遠慮ください。
      主人公とキャラクターが恋愛関係になる展開もありませんのでご了承ください。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • 家族写真 #TWD #ニガリク #腐向け ##TWD ##ニガリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S7辺りのニガリク。
      大切にしてる家族写真をニーガンに奪われたリックのお話。

      「ニーガンはグライムズ親子の写真を勝手に持って帰りそう」と思ったので書いてみました。
      特に盛り上がりのない私向けの話です。お暇な時にどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 道なき未知を拓く者たち③ #TWD #ニガリク ##TWD ##ニガリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      「リックを最初に拾ったのがニーガンだったら?」というIFストーリー『生まれ落ちた日』の続編。
      リックは食料調達のためにシェーンとカールと共に森に入り、その最中に事件が起きる。それはグループの運命を変えるものだった。


      ドラマの展開に沿ったストーリーですが、オリジナル要素を盛り込んでいます。納得できない展開になってもご容赦ください。
      ニガリクタグを付けたら詐欺になりそうなくらいにニガリク要素が少ないです。ニガリクを探せ!という気持ちで読んでください。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • 僕はコーヒー豆を挽かない #TWD #ダリリク ##TWD ##ダリリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S5でアレクサンドリアに到着した後。
      「生きてきた世界が違う」という理由でリックや仲間と距離を置くダリルを心配するリックのお話。


      ほんのりダリリクの味がするお話です。
      アレクサンドリアに着いたばかりのダリリクの何とも言えない距離感も良いですね。
      タイトルについては深く考えずに読んでいたたければありがたいです。
      地味な話ですが、よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • Restart #蜘蛛蟻 #ピタスコ #最新作のネタバレあり ##蜘蛛蟻


      ※スパイダーマンNWHのネタバレを含むのでご注意ください。


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      スパイダーマンNWH後。
      パトロール中のピーターがスコットに出会うお話。
      蜘蛛蟻未満だけど後々に蜘蛛蟻が成立するという解釈で書いているので蜘蛛蟻です。


      スパイダーマンNWHは面白い映画でしたね。
      でも個人的にとてもしんどい展開だったので自分を救済するために書きました。蜘蛛蟻は癒やし。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • 侵入者との攻防 #ロケスコ #腐向け ##ロケスコ


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      アベンジャーズ・エンドゲームでのロケスコ。
      毎朝ロケットが自分の上で寝ていることに困惑するスコットのお話。


      エンドゲームを観て見事にロケスコにすっ転んだので書いてみました。
      口調が掴みきれてないので違和感があったら申し訳ないです。
      短い話ですが、よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 亡霊殺し #TWD #ダリリク #腐向け ##TWD ##ダリリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S2終了後のダリリク。
      リックの傍にシェーンの亡霊が見えるダリルのお話。ほんのりシェンリク風味もあります。

      盛り上がりが特にない私得なダリリクです。ダリリク未満かもしれません。
      じんわりとリックへの執着を滲ませるダリルが好きなので書いてみました。
      本当に暇な時にどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 雛の巣作り #ニガリク  #TWD  #腐向け  #オメガバース  ##ニガリク  ##TWD

      pixivにも投稿している作品です。
      【本能が「欲しい」と囁いた】の番外編。
      ニガリクが番になって1年が経った頃のお話。
      よかったら、どうぞ〜。


      2018.6.21 一部を修正しました。
      ♢だんご♢
    • 罪な味 #TWD #リック #シェーン #カール #ダリル #ニーガン ##TWD


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      リックと誰かの食にまつわるお話。
      時期も長さもバラバラ。基本的にほのぼのですが、ニーガンとの話はほのぼのしてません。


      ・【ピザ】 リック&シェーン
       アポカリプス前。「ピザの魅力には抗えません」というお話。

      ・【ケーキ】 リック&カール
       アポカリプス前。「いつもと違う食べ方をすると楽しくて美味しい」というお話。

      ・【肉】 リック&ダリル
       平和な刑務所時代。「調味料は偉大だ」というお話。

      ・【フルーツティー】 リック&ニーガン
       S7辺り。「悔しいけれど美味しいものは美味しい」というお話。


      リックに美味しいものを食べてほしいと思ったので書いてみました。ニーガン以外はほのぼのしてます。
      よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 特に何も始まっていない二人 #TWD #ダリリク #腐向け ##TWD ##ダリリク

      pixivに投稿した作品と同じもです。
      平和な刑務所時代のダリリク。
      特に何も始まってないけれど仲よしなダリリクの詰め合わせ。

      CPというよりブロマンスなダリリクです。お互いに相手を大事に思ってることが滲み出るダリリクが好きです。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • 道なき未知を拓く者たち① #TWD #ニガリク #腐向け ##TWD ##ニガリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      「リックを最初に拾ったのがニーガンだったら?」というIFストーリー『生まれ落ちた日』の続編。
      リックの家族を捜す旅に出たリックとニーガンだったが、過酷な世界での旅は簡単なものではなく……。


      ドラマの展開に沿ったストーリーですが、オリジナル要素を盛り込んでいます。納得できない展開になってもご容赦ください。
      長編なのでのんびり書いています。次の章を投稿できるのがいつになるのか不明です。
      完全に私得な話なのでお暇な時にどうぞ。
      ♢だんご♢
    • プリンシパルとアンサンブル(後編) #TWD #ニガリク #腐向け #夢小説 ##TWD ##ニガリク


      S7の頃。前作の続きで、ケガの治療のためにサンクチュアリに滞在するリックを世話する主人公がリックとニーガンの関係性を目の当たりにするお話。

      夢小説なので主人公はドラマに登場するキャラクターではありません。夢主がキャラクターたちと関わるのを楽しみつつニガリクを堪能する作品です。
      夢小説とCP小説を合わせた作品なので苦手な方はご遠慮ください。
      主人公とキャラクターが恋愛関係になる展開もありませんのでご了承ください。
      前編よりも主人公がリックに肩入れしています。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • 恋しい、と獣は鳴いた #TWD #ダリリク #ニガリク #腐向け #オメガバース ##TWD ##ダリリク ##ニガリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S7辺りのダリリク・ニガリク。
      リックと番になっているダリルがリックと引き離されて情緒不安定な時にニーガンと話すお話。ダリルとニーガンのちょっとしたバトル。


      「αが番のΩに依存する」という設定で書きたくて書いてみました。会話してるだけなので特に盛り上がりのない地味な仕上がりです。
      気が向いた時にでもどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 彼らが愛したのは「   」です #TWD #セディリク #ゲイリク #ニガリク #妊夫 #腐向け ##TWD


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S8終了後。
      ニーガンの子どもを妊娠したために孤立するリックを支えるセディク、ゲイブリエル、ニーガンのお話。セディクがメインです。

      ※注意
      ・男性の妊娠、出産、授乳の表現あり
      ・リックへの差別、迫害要素あり
      ・全体的に重苦しい展開


      CP要素があるような無いような微妙なところです。
      重苦しい雰囲気の話なのでご注意ください。
      本当に気が向いた時にどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 生まれ落ちた日 #TWD #ニガリク #腐向け ##TWD ##ニガリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S1初回。
      ニーガンが病院でリックを見つけるお話。
      S1初回にニーガンを放り込んだだけ。ニーガンの過去について原作の設定を使っているので未読の方はご注意ください。


      S1の時点でニガリクが出会っていたら最強コンビになったのでは?という妄想を形にしてみました。別人感が強いです。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • 赤い糸の憂鬱 #TWD #カルリク #ニガリク #腐向け ##TWD ##カルリク ##ニガリク

      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S7のカルリク・ニガリク。
      リックとニーガンが赤い糸で繋がっているのが許せないカールのお話。
      特殊な設定がありますが、深く考えない方がいいかも?


      カルリクとニガリクで三角関係が読みたくて書きました。カールの前に立ち塞がるニーガン美味しいです。
      「カールは赤い糸が見える」という特殊設定がありますが、深く考えず雰囲気を味わって頂ければと思います。
      よかったら、どうぞ。
      ♢だんご♢
    • 「大丈夫」の言葉 #TWD #ダリリク #腐向け #ケーキバース ##TWD ##ダリリク


      pixivに投稿した作品と同じものです。
      平和な刑務所時代のダリリク。
      リックが「ケーキ」であることを知ったダリルが思い悩むお話。
      ケーキバース設定を使っています。この話にグロテスクな要素はありませんが、ケーキバース設定自体がカニバリズム要素を含むので苦手な方はご注意ください。


      リックのことが好きすぎて思い詰めるダリルが大好物なので書いてみました。
      盛り上がりの少ない私得な話ですが、よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
    • 夢の残骸 #TWD #ニーガン #ゲイブリエル ##TWD

      pixivに投稿した作品と同じものです。
      S9ep5後で、リックが死んですぐの頃。
      リックの死を悲しむニーガンのお話。ゲイブリエルがそこそこに出番があります。リック、カール、ジュディスの出番は少々。


      リックが死んだと知らされたらニーガンは悲しむんじゃないかと思って書いてみました。
      もしかしたらドラマの中で触れている内容かもしれませんが、「こういう妄想をしました」という報告書みたいなものだと思ってください。
      特に盛り上がりのない話ですが、よかったらどうぞ。
      ♢だんご♢
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