「大丈夫」の言葉 腐敗臭。意味を成さない唸り声。忌まわしいそれらを吹き飛ばすように、ダリルはクロスボウを生ける屍──ウォーカーに放つ。
調達のために立ち寄った廃工場にはそれなりの数のウォーカーが残っていたため、ダリルは今日の同行者であるリックと共にウォーカーを排除している最中だ。クロスボウで戦うダリルから少し離れた場所ではリックがナイフを使ってウォーカーを倒していた。リックの手際の良さにダリルは口の端を持ち上げながら近づいてくるウォーカーを射る。
視線を周囲に巡らせれば、先程まで部屋の隅にいたウォーカーとの距離が縮まっていることに気づいた。他の死人たちの相手をしている間に移動してきたのだろう。ダリルはそのウォーカーに狙いを定めようとしたが、他のウォーカーがすぐ近くに来ていたためそちらを優先しなければならなかった。
(鬱陶しい奴らだ)
苛立ちを解消するために舌打ちをしてから間近に迫るウォーカーの頭に矢を突き刺し、先程のウォーカーに向き直った。
ところがそのウォーカーはダリルには目もくれずにリックに向かって一直線に進む。ダリルの方が明らかに近いというのにリックに向けて手を伸ばしながら歩いていくのだ。
ダリルが驚くのと同様にリックも目を丸くしたが、何かを悟ったように険しい表情を浮かべる。
「──『フォーク』か。」
リックが表情の険しさを崩さないまま呟いた一言はしっかりとダリルの耳に届いた。
リックはウォーカーの喉を掴んで迫ってくる顔を自身から遠ざけ、手にしたナイフでウォーカーの頭を突き刺した。崩れ落ちるウォーカーから手を離すと次の相手に向かう。
ダリルはリックの呟いた一言が気になったが、今は近寄ってくるウォーカーたちを倒さなければならない。一瞬の油断が命取りなのだから目の前のことに集中すべきだ。
ダリルは一つ息を吐き、大きく口を開けて近づいてくるウォーカーの頭に狙いを定めた。
使える物資の回収を済ませたダリルとリックは車に物資を積み込み、刑務所への帰路に就く。今回の調達は日用品と食料だけでなく大量の工具や部品が手に入ったので上出来と言えるだろう。
ダリルはリックが運転する車に揺られながらウォーカーと戦った時のことを振り返っていた。
距離の近いダリルではなく明らかに遠い方のリックに向かっていったウォーカーのことがどうしても引っかかる。今まで遭遇したウォーカーの中にわざわざ遠くの獲物に向かっていく者はいなかった。ウォーカーは手近な獲物に気を取られるのが普通だからだ。
しかし、その常識が崩れる瞬間を目撃してしまった。そして恐らくリックはその理由に気づいている。
ダリルは訳がわからないままでいる気持ち悪さに耐えきれず、リックに「おい」と呼びかけた。
「聞きたいことがある。ウォーカーと戦った時のことだ。」
リックはこちらにチラッと視線を向けながら「何だ?」と応じた。
「位置的に俺の方が近いのにリックを襲ったウォーカーがいた。普通なら有り得ない。あんた、何か気づいただろ?」
「そうだったか?気のせいだろう。」
リックは正面を見たまま素っ気なく答えた。その素っ気なさがわざとらしく感じられた。どうやらリックはウォーカーの異変の理由を隠したいらしい。
そうはいかない、とダリルはある事実をリックに突きつけることにした。
「『フォーク』って呟いてたのは何だ?聞き間違いなんて言わせねぇぞ。」
ダリルがそう言うとリックの横顔に緊張の色が見えた。指摘した内容が彼を揺さぶった証拠だ。
ダリルが辛抱強く回答を待っていると、リックが深々と溜め息を吐いた。
「……あのウォーカーは『フォーク』だと思う。だからダリルを無視して俺に向かってきた。俺は『ケーキ』だから。」
リックの答えはダリルにとって予想外のものであり、それは大きな衝撃をもたらした。
ダリルは目を見開いてリックの横顔を見つめたまま感想の一つも言えずにいる。少し時間を置き、衝撃から立ち直ったところで「車を停めろ」と声を絞り出す。
車が道路の真ん中で停車し、ダリルとリックは視線を交わらせた。
「『ケーキ』って……『フォーク』になった奴が食べたがる、あの『ケーキ』のことか?」
ダリルの問いにリックは大きく頷いた。それを見てダリルは呻きながら額に掌を押し当てる。
「あんたが『ケーキ』だったなんて初耳だぞ。」
「初めて話した。親以外は誰も知らない。カールにも話してないんだ。」
「何でもっと早く言わなかった?まさか、今までにも同じことがあったのか?」
「いや、今回が初めてだ。話さなかったのは話す必要性を感じなかったからだ。今日みたいなことがあるなんて考えもしなかったしな。」
ダリルは額から手を離し、気まずそうに視線を逸らしたリックを睨みながら質問を続ける。
「いつからだ?いつ自分が『ケーキ』だと知った?」
「俺の記憶にはないが、赤ん坊の頃に『フォーク』の人間に連れ去られそうになったらしい。食べるのが目的だったそうだ。それがきっかけで俺は『ケーキ』だとわかって、物心ついた頃にそのことを教えられた。」
そう話した後、リックは目を細めて微笑む。その顔は昔を懐かしんでいるように見えた。
「父さんと母さんによく言われた。『少しでも変だと感じたり怖いと思ったら逃げなさい。逃げて誰かに助けを求めなさい』ってな。『ケーキ』の人間は子どもの頃に食い殺されることが多いから心配だったんだろう。」
「ケーキ」も「フォーク」も人口全体から見れば極めて少数だが、その中でも成人の「ケーキ」は特に少ない。それは「ケーキ」の大半が幼い頃に襲われて殺されてしまうからだ。リックのように無事に成人する者は少ない。
リックがここまで無事に生きてこられたことは喜ばしいが、「フォーク」の存在が彼にとって脅威であることに変わりはない。リックにとって脅威になる存在は排除しなければ。
ダリルは自分の中で急速に危機感が成長するのを感じた。
「もうスカウトはしない。あんたを脅かす奴を引き入れる可能性があるならやめるべきだ。他の奴らにもスカウトをやめるように言う。」
ダリルの言葉にリックは慌てた様子で「その必要はない」と首を横に振った。
「そもそも人口全体から見れば『ケーキ』と『フォーク』は本当に少数だ。気にしなくていい。それに誰が『フォーク』に変化してもおかしくないんだからリスクがあるのは変わらないさ。」
苦笑しながらのリックの話にダリルは大きなショックを受けた。
頭から抜け落ちていたが「フォーク」は後天性であり、ある日突然どこにでもいる普通の人間が「フォーク」に変化するのだ。今は刑務所の住人の中に「フォーク」がいなくても誰かが変化する可能性はある。確率は低くてもゼロではない。その事実をリック本人から突きつけられると何も言えなくなってしまう。
黙り込んだダリルの肩をリックが軽く叩き、困ったような笑みを浮かべた。
「深刻に考えるな。大丈夫、問題ない。……本当に大丈夫だから。さあ、帰ろう。」
リックは明るい声で号令をかけると車のエンジンをかけた。そして車は再び走り出す。
ダリルは顔を正面に戻し、頭の中をぐるぐると回る恐れに思考を奪われた。
誰もが「フォーク」になる可能性があるということはダリルも例外ではない。もし「フォーク」になってしまえばダリルはリックにとって脅威となる。そのことが恐ろしくて堪らない。
ダリルは湧き上がる恐怖に抗うように手を握り込む。その掌にじっとりと滲む汗がひどく気持ち悪かった。
******
ダリルは刑務所に戻ってからも「ケーキ」と「フォーク」について考えずにいられなかった。
ある日、刑務所で暮らす誰かが「フォーク」になってご馳走である「ケーキ」を求める。つまりリックだ。その誰かはリックの体に歯を食い込ませて肉を食む。命を奪う行為であることを気にも留めずに彼を食らうのだ。そして、その誰かが自分である可能性はある。
そのことを考えただけで吐き気がするのに考えるのをやめられない。今この瞬間にも自分が変化してしまうのではないかと思うと気が狂いそうだ。嫌な考えを振り払うように任された仕事をしても気を抜いた瞬間に悍ましい想像がダリルに襲いかかって苦しめる。
そのように思い悩みながら過ごすうちに夕食の時間になった。夕食は見張り以外の全員が食堂に集う唯一の時間だ。一日の労をねぎらい、和やかな時間を過ごすのは皆の楽しみでもある。
ダリルは食堂の隅にあるテーブルで食べることに決め、食事が乗った皿を持って席に着いた。いつもはリックの近くに座るのだが、今日はそのような気分になれない。
賑やかな空間の中で一人だけ静かに食事をしていると隣にキャロルが座った。
「珍しいわね、リックの近くで食べないなんて。ケンカでもした?」
いたずらっぽく笑うキャロルにダリルは顔をしかめる。からかわれているのだ。
「そんなんじゃねぇよ。いつも一緒にいるわけじゃない。」
「そう?沈んだ顔をしてるからケンカしたのかと思った。」
キャロルはサラッとそれだけを言ってから食事を始める。それ以上何も言わないということは深く追求するつもりがないのだろう。
ダリルにとって近しい存在であるキャロルはダリルの感情の変化に敏感だが、様子がおかしいことに気づいても強引に踏み込んでこないのが彼女の良いところだった。
隣り合った二人は特に言葉を交わすことなく食事を進める。ダリルは食事を口に運びながら、離れた場所に座るリックに視線を向けていた。リックは穏やかな表情でハーシェルと会話しながら食べている。その光景がとても愛おしい。
ダリルはリックに視線を注いだまま「なあ、キャロル」と呼びかける。
「リックを旨そうだと思ったり食べたいと思ったことはあるか?」
隣から響いていたスプーンと食器の擦れる音が止む。それに合わせて顔を横に向ければキャロルが真っ直ぐにこちらを見ていた。
「ないわ。一度も。そんな風に思うのはダリルだけ……なんて冗談を言う雰囲気じゃなさそう。もしかして、リックは『ケーキ』なの?」
ダリルはそれに対して何も答えなかった。それでもキャロルは察したようで、彼女は真剣な声音でダリルを呼ぶ。
「ダリル、『フォーク』に変化するのは稀なこと。確率はとても低いの。現状でリックが無事なんだから『フォーク』はここにはいない。心配する必要なんて──」
「俺がそうなったらどうする?俺が『フォーク』にならないって保証があるのか?」
ダリルはキャロルの言葉を遮るように思いを吐き出していく。
「他の奴が『フォーク』になったら何をしてでも俺がリックを守る。だが、俺がなっちまったら?そうなったら俺はあいつを守るどころか傷つけるだけだ。リックを傷つけるなんて冗談じゃねぇ。」
ダリルはスプーンをテーブルに叩きつけて立ち上がった。そして見上げてくるキャロルの心配そうな眼差しを振り切るように背を向けて声を絞り出す。
「悪い、頭冷やしてくる。」
それだけを告げて食堂の出入り口に向かう。追い縋るようにダリルの名前を呼ぶキャロルの声が背中に刺さったが、それを無視して歩き続ける。
感情が、暴発寸前だ。
建物から一歩外に出れば冷たい夜風がダリルの頬を撫でる。中と外の気温差に一瞬だけ体が震えた。
ダリルは監房棟の壁にもたれて煙草を取り出したが、それを数秒見つめてから上着のポケットに戻す。やはり、煙草を吸う気分ではない。
溜め息を吐きながら俯くと気分の重さが増したような気がした。リックに「ケーキ」であることを打ち明けられてから続く重苦しさが消えてくれないのだ。
心配のし過ぎなのかもしれない。深刻に受け止めすぎているのかもしれない。それでもダリルにとって「自分が『フォーク』になってリックを食い殺す可能性がある」という事実は大きな問題だった。
誰かが「フォーク」になってしまい、リックに危害を加えようとするならば自分が彼を守ればいい。これまでのように彼を害そうとする者をぶちのめし、それでもだめならば殺すだけだ。
しかし、自分が「フォーク」になってしまえばそうはいかない。自分こそがリックを害する者であり脅威になるのだ。そうなれば傍にいることさえ許されなくなる。それが何よりも恐ろしかった。
ダリルが再び溜め息を落とした時、監房棟と外を繋ぐドアの開く音が響く。
安堵の表情と共に姿を見せたのはリック。ダリルの一番大切な人。
「──よかった、見つけた。」
リックは微笑しながら近づいてくるとダリルの隣に並んだ。
「食堂から出ていくお前の様子が気になって追いかけてきた。思い詰めた顔をしてたぞ。」
「そんなこと──」
「俺のせいだろう?昼間の話が原因なんじゃないか?調達の帰りからずっと様子が変だった。」
核心を突いてきたリックの顔に浮かぶのは罪悪感だ。ダリルの様子がおかしいことに気づき、その原因が調達帰りの車中での話なのだと悟って気に病んでいたのだろう。
ダリルは頭を振って「あんたのせいじゃない」と訴えた。それでもリックは沈んだ表情を見せる。
「話すべきじゃなかった。余計な心配をさせたくなくて黙っていたのに……俺がバカだった。本当にすまない、ダリル。お前を悩ませるつもりはなかった。」
「違う、リックのせいじゃない。俺が、俺が勝手に……」
続きの言葉は出てこなかった。喉に異物が詰まったような感じがして声が出せない。
ダリルは手を伸ばし、リックを引き寄せて抱きしめた。気安いやり取りや触れ合いが増えてきてもこんな触れ方は初めてだ。それでもリックはダリルを拒まない。
リックの体温を感じることによって苦しさが少しだけ和らいだため、ダリルは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「俺は……『フォーク』になるかもしれない。ならない確率の方が高くても、絶対にならないなんて、言えない。……それが怖かった。リックを傷つけることが、傍にいられなくなることが、俺は怖い。」
言葉にすると恐怖が大きくなった。思わず抱きしめる腕に力を込めるとリックの手がダリルの背中を撫でる。
「ダリル、大丈夫だ。そんなことにはならない。」
ダリルを慰めようとするリックの声は果てしなく優しい。それでもこの恐怖が消えることはない。
ダリルはリックを抱きしめたまま彼の首に唇を寄せる。
「ケーキ」は甘い味がするのだという。味は人によって異なり、とにかく美味しいのだそうだ。ただ、それは「フォーク」に限った話である。
ダリルは少し躊躇った後、リックの首に舌を這わせた。舌全体で肌をなぞればリックの体が小さく跳ねる。
肌を舐めて味を確かめ、ダリルはゆっくりと舌を引っ込めた。
「何の味もしない。」
正直な感想を漏らすとリックが笑う。
「そりゃそうだろう。お前は『フォーク』じゃないんだから。」
その事実にダリルはとりあえず胸を撫で下ろす。
しかし、今は違っても未来はどうなっているかわからない。見えない未来への不安は尽きなかった。
そのダリルの不安を感じ取ったかのようにリックがダリルの背中をポンポンと優しく叩く。その手付きは赤ん坊を寝かしつける時のものに似ていた。
「大丈夫だ、心配いらない。だが、ダリルが『フォーク』になってしまって、俺を食べたくてどうにも我慢ができなくなったら……俺を食べていい。お前ならいいよ、ダリル。」
思いがけない言葉にダリルは目を瞠る。
「自分を食べていい」と言ったリックの声は穏やかなものだった。そのことが彼の本気さを伝えてくる。
「ダリルはいつも俺を守ってくれて、大事にしてくれるから。そんなお前が我慢できない時は本当に限界を超えた時だ。だから食べていい。」
続けてリックの口から放たれた「ダリルなら残さず食べてくれそうだしな」という一言に、ダリルの中で何かが切れた。
ダリルはリックの体を壁に押し付けると己の唇で彼の口を塞ぐ。これ以上リックの口から零れる言葉を聞きたくなかった。自分が食べられることを許容する言葉を言わないでほしかった。
苦しげに呻く声が聞こえてもダリルはそれを無視してキスを続ける。本当はずっと、こんな風に触れたかった。
ダリルは息が続く限りキスを続け、ようやく唇を離すとリックの目は微かに潤んでいた。その目を射るように見つめながら思いをぶつける。
「そんなくだらねぇことは冗談でも言うな。俺は惚れた奴を食いたくない。あんたを食い殺すくらいなら自分の頭を撃つ方がマシだ。」
「ダリル……」
「もし俺が『フォーク』になってあんたを襲ったら、その時は俺を殺せ。その方がよっぽど俺のためになる。リック、俺はあんたのためなら死んでもいい。」
それは嘘偽りなくダリルの本心だ。リックの命と己の命を比べたら迷うことなくリックの命を選ぶ。彼を生かすためなら死んでも構わない。彼の手によって葬られるならば本望だ。
ダリルの本気を感じ取ったリックが痛みを堪えるように唇を噛んで俯く。
「そんなこと、言わないでくれ。ダリルを殺すことなんて俺にはできない。愛してるから。……愛してるんだ。」
ダリルはリックから言われた言葉をすぐには信じられなかった。都合の良い幻聴だとしか思えなかった。
しかし、顔を上げたリックの苦しそうな表情を見て、悲しげな目を見て、彼の言葉が本当なのだと悟った。
ダリルはリックの頬に手を這わせた。そうすると、その手にリックが頬を擦り寄せる。
「『もしも』のことを考えたら俺だって怖い。それでも俺はダリルと一緒に生きていく未来を見たい。だから、大丈夫だと言ってくれ。」
リックは必死な顔をしていた。彼も不安を抱えていて、それでも「大丈夫だ」とダリルを励ましていたのだ。それを知り、リックへの愛しさが募る。
「あんたも怖かったのか?」
そう問えばリックは小さく頷いた。
「もしダリルが『フォーク』になったら俺はダリルを失うことになる。そう考えたら怖くなった。だから大丈夫だと思いたかった。」
「俺のためだけじゃなくて自分にも言い聞かせてたんだな、あんた。」
ダリルが笑みを零すとリックは気まずそうに目を伏せる。
「俺はそんなに強くない。怖くなったり不安になることもある。」
リックの言う通り、彼は決して強い人間ではない。迷い、悩み、苦しみ、傷つくこともある。「もしも」に怯えて不安を抱く時もある。そんなリックをダリルは心から愛し、支えたいと願うのだ。
ダリルは再びリックにキスをした。触れるだけのキスを繰り返した後、唇を離して見つめ合う。
そして、リックが望む言葉を口にする。
「大丈夫。大丈夫だ、リック。──愛してる。」
ダリルがそう告げるとリックの顔に柔らかな笑みが浮かんだ。それに惹かれるように深く口付ける。
触れ合う唇も、絡め合う舌も、甘さは感じない。「フォーク」にとっては極上のご馳走だとされる「ケーキ」の味がダリルには少しもわからない。
だが、それでいい。リックがどのような味がするのかなんて知らなくていい。知らなければダリルはいつまでもリックと一緒に生きていくことができるのだから。
「大丈夫だ」と心の中で唱えながらのキスの味は甘くない。その代わりにリックが漏らす声はとびっきり甘く響いた。
END