侵入者との攻防 例えばの話、朝目覚めた時に自分の腹の上に誰かが乗っていたらどう思うだろうか?
ほとんどの人が「驚く」と答えるだろう。十人に尋ねたら十人がそう答えると思うし、俺もそう答える。
そんな状況が日常になりつつあることに溜め息を零さずにいられない。
昨日もその前も、そして今日だって目を開けたら俺に乗っかって気持ち良さそうな寝顔を晒している奴がいるんだ。
「……ロケット、またなのか。」
そう呟きながら腹の上にいる彼を見た。
タイム泥棒作戦の準備はアベンジャーズの基地に泊まり込みで進めていて、共同生活をするメンバーの中には宇宙から来たロケットもいる。見た目はアライグマな彼とは妙に気が合うので話をすることが多い。「子犬ちゃん」とからかわれると微妙な気分になるけれど、気安いやり取りができる相手の存在は嬉しい。
そんなロケットはここ最近、毎日俺のベッドに潜り込んでくる。正確に言えば「俺の腹の上で寝る」だ。寝ている間の侵入に気づかずに起きて間抜けな悲鳴を上げたのは数日前のこと。今ではすっかり慣れて悲鳴は出ないが溜め息は出る。
とりあえず起きてもらわなければ困るので何度も名前を呼んでみた。
「──ん、何だ?」
ロケットは何度目かの呼びかけに応えて声を絞り出した。目を半分閉じ、鼻先をピクピクと動かす彼はとても眠たそうだ。
「やっと起きた。ロケット、もう俺のところに忍び込むのは止めてくれよ。心臓に悪い。」
お馴染みの抗議をしてもロケットは大きなあくびをするばかり。俺の抗議をまともに取り合う気はないらしい。
「これぐらい別にいいだろ。お前の体温は良い感じなんだ。」
「知らないよ、そんなの……。寒いなら毛布をもう一枚貰えばいいだろ。」
溜め息混じりに言うとロケットは俺を睨みつけながら腹にしがみついてきた。
「嫌だ!お前の腹がいい!ここは譲らねぇぞ!」
「いや、譲るも何も俺の腹だし。」
俺は「困ったな」と思いながら頭をかく。
ロケットは寒いから俺のところに来るわけじゃない。たぶん、人肌が恋しいんだ。
大勢の命を取り戻すための作戦にプレッシャーや不安を感じるのは当然で、俺もそれを否定できない。そういう時に「誰かに傍にいてほしい」とか「他人の温もりを感じたい」と思うのも理解できる。だからロケットは変に気を遣う必要のない俺のところに来るんだろう。
それは構わないが、寝ているところに忍び込むのではなく他のやり方にしてほしい。まずは何が困るのかということを説明して理解してもらう必要があるので、「あのさ」と話を切り出す。
「この状態で目が覚めるのはすごく気まずいんだ。起きた時に自分の上であんたが寝てるってことが居たたまれなくてさ。だから止めてほしい。えーっと、コミュニケーションを取りたいって言うんなら別の方法にしない?おはようのハグとか。」
俺の言葉にロケットは思いきり顔をしかめた。
「そんなのいらねぇ。アライグマかウサギかぬいぐるみが上に乗ってるとでも思っとけよ。」
「人に言われると怒るくせに自分で言うか?」
俺は腹にしがみつくロケットの腕を外そうと格闘しつつ言葉を続ける。
「ロケットは立派な成人男性で、俺もそうだ。そんな男同士が上に乗っかったり乗られたりってのはどうかと思う。すごく妙な気分だ。だから止めない?」
そう言うとロケットは驚いたように目を瞬かせた。
そして目を丸くしながら俺を見つめる。
「スコット、お前……俺のこと、ちゃんと一人前の男として見てるのか?」
「当たり前だろ。言うことも行動も大人じゃないか。だからこそ今みたいな状態が気まずいんだって。大人の男に乗られてる俺の気持ちを考えてみろよ。」
心底驚いた様子のロケットが俺には不思議で仕方ない。
確かに見た目は可愛らしい動物だが仲間の様子をしっかり見守っているし、いろんな装置の製作や修理の腕は素晴らしいものだ。彼が頼りになる男だというのは他の仲間たちの彼への接し方を見ていてもわかる。
そんなロケットに乗られているということが落ちつかない気分にさせるんだ。向こうにとって俺は可愛い子犬だから特に何とも思わないんだろうけれど……。
そんな風に考えているとロケットが「なるほどねぇ」と楽しそうに呟いた。
「俺のことを一人の男として意識してるってことか。悪くない。」
その言い方はおかしくないか?
そう思ったことを口にしようとした俺は中途半端に口を開いて固まった。
なぜなら、ロケットの指が俺の胸をゆっくりとなぞっているからだ。
小さな指はTシャツの下にある肌を確かめるように胸を移動する。その動きと力の加減が絶妙で、背筋がゾワッとした。それは悪寒なんかじゃなくて──。
俺はその感覚の正体を追い求めるのを中止することに決めた。
(これは深く考えたらだめな気がする)
ロケットの指先から生まれる何かを知ってはいけない。知ってしまえば後戻りできなくなりそうで恐ろしい。
俺は目の前で妙に艶めいた笑みを浮かべる仲間を見つめることしかできなかった。
そのうちにロケットは体を起こして俺の上から退いた。その瞬間に緊張が解けて無意識に息を吐き出す。
「目が覚めちまったから部屋に戻る。また朝飯の時にな。」
「あ、ああ。また後で。」
どうにか頷いてみせるとロケットは顔を近づけてきた。
「今夜も来るから良い子にして待ってろよ。」
ロケットは低く囁いて俺の頬を一撫ですると機嫌良く部屋を出ていった。
一人残された俺はというと、顔が火照りだしたのを自覚して思わず両手で顔を覆う。
「──勘弁してよ、もう!」
さっきのは可愛い子犬に対する態度じゃない。
色気のある大人の男の雰囲気を出されたらどうすればいいのかわからない。
だって、あんなの口説かれてるみたいじゃないか!
ドキドキと騒ぎ出した心臓に「落ちつけ、冷静になれ」と言い聞かせても効果はなかなか表れない。
俺がベッドから起き上がるまでにはそれなりの時間がかかったのだった。
その夜、寝ようとした時に堂々と現れたロケットに抵抗しきれず、俺が眠れない夜を過ごすことになったのは言うまでもない。
End