森の奥にて 小石混じりの土の上を歩く音や草木を踏みしめる音に混じり、不快な口笛の音色がリックの耳に纏わりつく。
口笛を吹いているのはリックの前方を歩くニーガンだ。徴収日でもないのに「暇だから遊びに来た」と言って現れた男に対する溜め息を堪えたのは一時間ほど前のことになる。暇を持て余した救世主のリーダーはリックに散歩の供をするよう命令し、それに逆らう術を持たないリックは仕方なく支配者と共にアレクサンドリアの外へ出た。
ニーガンの散歩に同行しているのはリック一人だけ。ニーガンに付き従ってやって来た救世主たちは町の中で住人たちの動向に目を光らせている。恨みを買った相手と二人だけで行動するなど警戒心が足りなさ過ぎると呆れはするが、脅威だと見なされていない証拠だとも言える。そう思うだけでリックの眉間には自然としわが刻まれた。
町を出てから森の中を三十分以上も彷徨いているが、のんびりと進み続けるニーガンは特に目的地を定めていないように思えた。そのためリックは帰り道を見失わないように手斧で木の幹に傷を付けながら歩く。
リックは周囲を警戒しながらも、ニーガンの腰に下がっている拳銃のホルスターに視線を向けた。普段はルシールと名付けられたベースボールバットのみを携帯する人間が今日に限って拳銃も所持しているということは、この散歩がアレクサンドリアに到着してからの思いつきなどではないのだと察せられる。
(ニーガンが来たのは俺を散歩に連れ出すため。……つまり、俺で遊ぶのが目的で来たってことだ)
その結論にリックは渋い顔をする。まるで自分の存在が災いを呼び寄せているように思えてならない。
思わず漏れた溜め息を聞きつけ、ニーガンが足を止めてこちらを見た。
「せっかくの散歩だってのに溜め息か?もっと人生を楽しく過ごすことを覚えるべきだな、リック。」
小バカにしたように笑うニーガンからリックは顔を背けた。いちいち反応しては相手を喜ばせるだけだと理解しているので反論したい気持ちを堪える。
リックは立ち止まっているニーガンの傍らに立って顔を見上げた。
いつも変わらない薄ら笑いに苛立つ。名前を呼ばれるだけで寒気がする。口笛の音が耳障りで仕方ない。ニーガンの存在は常にリックの神経を逆撫でして平常心を保てなくする。「この男ほど嫌いだと思う人間はいない」と心の底から思っているし、この先ニーガン以上に嫌いになる人間はいないだろう。
リックは己の中に燻る苛立ちから目を逸らしてニーガンに帰還を促す。
「もう満足しただろう。珍しいものも面白いものもないんだから町に戻らないか?」
リックは今の状況にうんざりしていた。ニーガンと一緒にいると途方もなく疲れるのだ。町に戻ったところでニーガンが立ち去るわけではないが、二人きりという状況から逃れたかった。
リックの提案を聞いたニーガンは小さく笑むと首を横に振る。
「俺はまだまだ歩き足りないね。それに、何を珍しいと感じて面白いと思うかは俺が決めることだ。お前じゃない。ほら、行くぞ。」
ニーガンはリックの提案をあっさりと退けて歩みを再開させた。その遠ざかっていく背中をリックはきつく睨みつけながら足を動かす。
こうして自分を連れ回して苛立たせることをニーガンは楽しんでいるのだろう。「本当に嫌な野郎だ、クソ野郎だ」と思わずにいられない。
リックはそのように心の中だけでニーガンを罵りながら、先ほどまでより荒々しい歩き方でニーガンの後を追った。
******
リックの提案が却下されてから十分ほど経ったが、未だにニーガンは口笛を吹きながら楽しそうに歩いている。その歩みが止まる気配はない。
「いつになったら町に帰れるのか」という憂鬱な気持ちを溜め息に混ぜた時、異変は唐突に訪れた。
リックを不快な気分にさせるニーガンの口笛が不意に止んで、それと同時に前を歩いていたニーガンが足を止める。それによりリックはニーガンのすぐ後ろで足を止めることになった。
「ニーガン?」
訝しげに名前を呼ぶとニーガンは顎で前方を示した。
「あれを見ろ。」
その言葉を受けてリックはニーガンが示した先を見るために身を乗り出し、目にした光景に顔を強張らせた。
「ウォーカーの群れ……」
二人が進もうとしていた方向から何体ものウォーカーがフラフラと歩いてくる。見た限りでは十体以上いるが、二十には届かないように思える。
しかし、規模が小さくても群れは厄介だ。向かってくるウォーカーの数はこちらの倍以上。二人だけで倒せない数ではないが、敢えて危険に飛び込む必要はない。
リックは戦わずに逃げた方が良いと判断し、ニーガンに町への帰還を呼びかける。
「ニーガン、町に戻ろう。俺たちだけで倒せない数じゃないが装備も少ないし、わざわざ相手にする必要はない。」
「おいおい、待てよ。尻尾を巻いて逃げ帰るってのか?」
体ごとこちらに向き直ったニーガンは嘲笑を浮かべていた。その顔を見てリックは怒りが忍び寄ってくるのを感じたが、冷静でいるように自分に言い聞かせる。
「ふざけないでくれ。冷静に考えて判断したんだ。まだ追いつかれていないんだから今すぐ行こう。」
「じゃあ、俺の冷静な判断の結果を教えてやる。俺たちがこのまま町に戻れば死人どもは後を付いてくる。要するに俺たちは奴らの案内人だ。お前は大事なお仲間のところへ死人の群れを連れて帰るつもりか?」
痛いところを突かれたリックは押し黙る。
自分たちが素早く移動して振りきったとしてもウォーカーは進む方向を変えない。何かにぶつからない限り。他に獲物を見つけない限り。そうでなければウォーカーの群れはアレクサンドリアを目指して前進し続ける。群れの進路を町から逸らすために遠回りをしてもいいが、目印を無視して森の中を歩くのは帰り道がわからなくなる危険があるので避けたい。
ニーガンの意見に従うべきか葛藤するリックの視界の端にウォーカーの姿が見えた。距離は確実に縮まっている。悩んでいられる時間は残り少なかった。
リックは結論を出し、手の中にある手斧を握り直す。
「あんたの意見に従う。ウォーカーを全滅させる。」
リックの答えにニーガンは嬉しそうに笑った。
「それでこそリックだ!さーて、お仕事を始めようか。」
「なるべく銃は使わないでくれ。他のウォーカーを呼び寄せてしまう。」
「わかってるって。やるぞ。」
ニーガンは体の向きを変えるとウォーカーに向かっていく。リックも戦闘態勢を整えてニーガンの後に続いた。
ウォーカーと戦い始めて数分後、リックは自分たちが群れの大きさを見誤ったのだと悟る。
リックとニーガンが倒したウォーカーの数は合わせて十体以上になる。それなのにこちらに向かってくるウォーカーの数が減らないのだ。個々にバラけて近づいてくるせいで全体が見えなかったことが群れの規模を過小評価した原因だろう。途絶えることのないウォーカーにニーガンが微かに顔をしかめたのが見えた。
リックはウォーカーの頭に手斧を振り下ろしながら問う。
「奴らは何体いるのかわからないぞ!どうする⁉」
それに対してニーガンは余裕めいた笑みを浮かべた。
「俺たちなら問題ない!全滅させるぞ!」
ニーガンは答えを返すとウォーカーの頭を叩き潰した。それを横目に見ながら、リックは今の状況を冷静に分析する。
残り何体のウォーカーがいるのか全くわからないが、固まって来るのではなくバラけて近づいてくるので個別に対処がしやすい。二人だけであっても群れを全滅させることは不可能ではないだろう。疲れで体の動きが鈍ってくる頃になってもウォーカーが途絶えないのならば、その時はニーガンを説得して逃げればいい。今は目の前のことに集中すべきだ。
リックは軽く息を吐くとこちらに手を伸ばして近づいてくるウォーカーの頭を手斧で割った。
フラフラと近寄ってくるウォーカーを倒すのはリックにとっては単なる作業だ。肉と骨を叩き切る感触も、返り血を浴びるのも、地に伏したウォーカーを跨いで進むのも、何もかも慣れた。恐れも哀れみも感じることなく武器を振るうのは日常の一部だった。
そのリックとは対照的にニーガンは楽しげにバットを振り回している。ウォーカーの頭を殴っては歓声を上げ、潰れ具合を見ては笑みを浮かべたり大げさに顔をしかめた。まるでレクリエーションであるかのようにウォーカーの頭を潰して回る男のことをリックは理解できない。
いつでも、誰が相手でも、ニーガンは殺戮を楽しんでいる。何も感じることなく手を動かす自分とは違う。
しかし、どちらも冷酷だという点は同じではないだろうか?
(……バカだな、そんなことを考えてる場合じゃない)
リックは頭を軽く振って余計な考えを追い払う。今はウォーカーを倒すことに集中しなければ命を落としかねない。
気を引き締め直すと正面から突っ込んでくるウォーカーに手斧を振るったが、頭蓋骨に刺さった刃が抜けなくなってしまった。倒れ込むウォーカーに引きずられるように前屈みになり、その姿勢のまま手斧を抜こうと試みるが、刃がしっかりと骨に刺さってしまって抜ける気配がない。
手斧を取り戻そうと必死になっていると呻き声が響き、反射的に顔を上げれば一体のウォーカーが迫ってきていた。その距離は二、三歩程度まで縮まっている。
逃げなければ、とリックが手斧から手を離そうとした瞬間に視界に大きな影が映り込む。
「──ニーガン。」
リックの口から自身を背に庇った男の名前が零れた。
ニーガンはリックとウォーカーの間に割り込んでバットを振るい、リックを食らおうと迫ってきたウォーカーの頭を一撃で潰した。そして、リックの手斧を頭部に食い込ませたまま転がっているウォーカーの頭に片足を置いて体重をかける。頭が押さえられたおかげで手斧を外すことに成功した。
リックが信じられないような気持ちでニーガンを見ると、ニーガンは視線を寄越しながらニヤリと笑う。
「最高のタイミングだったろ。惚れたか?」
楽しそうにニヤニヤと笑うニーガンを「バカなことを言うな」と一蹴してやりたいが、助けられたのは事実なのでリックは冷めた言葉を飲み込む。
「ありがとう。」
シンプルだが、素直に感謝の言葉を告げた。そうするとニーガンは一つ頷いてから顔を正面に戻した。
「まだ来るぞ。気を抜くなよ、リック。」
「ああ、わかってる。」
リックとニーガンは再びウォーカーと対峙する。その二人の距離が今までよりも近いのはリックの身が危うくなったことがきっかけだが、ウォーカーが固まって移動するようになってきたので良いタイミングだった。一度に複数のウォーカーを相手にする二人の距離はフォローし合うために更に縮まった。
リックがウォーカーの頭に手斧を振り下ろし、その間に寄ってきた別のウォーカーをニーガンが始末する。その逆で、ニーガンが正面のウォーカーを殴り倒すと同時に横から迫ってくる新たなウォーカーをリックが叩きのめす。そうやって二人は守り合いながら戦い続ける。そのことについて何か感情が過ぎる前にリックは目の前のウォーカーの頭を叩き割った。
それぞれに武器を振るい続ける中、足を引きずりながらリックの方へ近づいてくるウォーカーがいた。そのウォーカーに勢い良く手斧を振り下ろしたものの相手の上体が揺れたせいで狙いがズレてしまい、一撃で仕留めることは叶わなかった。リックが忌々しげに舌打ちをした瞬間にニーガンのバットがウォーカーの頭を砕く。フォローしてくれたのだ。
リックはニーガンを見て頷き、視線を返してきたニーガンも頷いただけで新たに寄ってきたウォーカーに向き直った。
そして、今度はリックにニーガンをフォローする機会が訪れる。二体のウォーカーを相手にしているニーガンに別の一体が近づいてきたのだが、ニーガンはそちらに向き直ることができない。リックも距離の問題でそのウォーカーを倒すことができそうになかった。それでも足が届く範囲だったため、リックはニーガンに掴みかかろうとしたウォーカーの胴体を蹴り飛ばす。ウォーカーがよろけながら後退して数秒の猶予が生まれた結果、二体のウォーカーを始末したニーガンはその一体を自らの手で倒すことができた。
リックはニーガンの動きを見届けると湧いて出る死人の群れに視線を戻す。
その時、リックの背中に手が触れた。ニーガンの手だ。
「助かった。」
ニーガンは一言だけ告げるとリックの背中から手を離し、新たに近づいてきたウォーカーに向かっていく。気配でそれを察したリックは振り返ることなく「お互い様だ」と返した。
おかしなものだ。因縁のある間柄でありながら共に戦い、互いに相手を助けている。言葉を交わさずとも相手の望むことを理解できるので自分がすべき最善の行動が見えてくる。まるで長く共に戦ってきた相棒と共闘しているような気分だ。
そして、リックはこの共闘を「気持ち良い」と感じている。ニーガンと己の動きが噛み合う度に感じるのは紛れもなく快感であり、自分が常になく高揚しているのを自覚した。もしかしたら口元には笑みさえ浮かんでいるかもしれない。その不思議な感覚を振り払うようにリックは手斧を振るい続ける。
リックが手斧を振り下ろす。
ニーガンがバットを振り抜く。
二人の動きは交互に重なり合う。
それは嫌なことではない。むしろ心地良さを感じる。まるで歯車が噛み合うような連携は思いがけず快感をもたらした。
リックは共闘という言葉の意味を体感して理解したような気がした。「よりによって、なぜニーガンなのか」という思いはある。誰よりも憎んで殺したいと願う相手との共闘に高揚している自分を腹立たしくも思う。それでも恐らく、これは他の誰が相手でもだめなのだ。ニーガンが相棒でなければ得られないものだと気づいてしまった。
ニーガンはどう感じているのだろうか、と一度疑問に思ってしまえば確かめずにいられない。
リックは近くで戦うニーガンを振り返った。振り返ると同時にニーガンもこちらを見る。そんなところまで通じ合ってしまうことに背筋がゾクリとするが、それが不快なものではないから困りものだ。
こちらに振り向いたニーガンの目がリックを捉えた。そして笑みが深くなる。それが自分を抱く時に見せる笑みと同じだと気づいた瞬間、リックの背を電流のように刺激が這う。確かに感じたそれは性交時の快感に似ていた。いや、同じものだ。
リックは全身が発火したように感じて視線をニーガンから無理やり引き剥がし、顔を正面に戻した。動き続けているせいで熱くなった体が熱を増し、下半身にも無視できないほどの熱が生まれたことを自覚してしまえば「自分はセックスの時と同じ快感を得て興奮している」と認めなければならない。
(こんな状況で興奮するなんて、俺は頭がおかしくなったのかもしれない)
リックは自分が頭をかち割ったウォーカーが倒れ込むのを一瞥してから頭を軽く振る。そんなことをしてもこの感覚は消えないと理解しているが、そうせずにいられない。
その時、「おい、リック」と自分を呼ぶニーガンの声が耳に届いた。再び振り返るとニーガンは群れがやって来る方向を指差す。
「団体さんだ。どうする?」
指で示された先には多くのウォーカーが蠢いていた。十体以上はいるだろうが、群れ固まっているため後方が見えない。
リックは一団から目を離さないまま答える。
「あんたは逃げないと決めているんだろう?それなら俺が反対したって意味がない。」
リックは答えを返しながらニーガンの方に歩み寄る。戦っている間に少し距離が開いていたからだ。ニーガンも同じようにこちらに近づいてきて距離を埋める。
二人は肩を並べ、耳障りな呻き声を上げて距離を縮めてくる集団に向かって武器を構えた。
「これで最後だといいな。さっさと片づけるぞ、リック。」
「ああ、早く終わらせよう。」
横目で視線を交わらせて頷き合う。たったそれだけのことで笑みが浮かぶのは二人同時だった。
そしてニーガンが短く口笛を吹くのを合図に、二人並んでウォーカーの集団に突っ込んでいった。
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リックは額の汗をシャツの袖で拭いながらホッと息を吐く。ようやく全てのウォーカーを倒し終わり、動き回るのをやめると一気に汗が噴き出してきた。疲労が溜まった体は重く、足元に転がるウォーカーを跨いで太い木のところまで移動して木の幹に背中を預ける。気が抜けると体の力も抜けた。
一方、共に戦っていたニーガンはその場にしゃがみ込んで荒い呼吸を繰り返していた。流石に疲れたようだ。
リックは木に寄りかかって呼吸を整えながら一帯を眺め、目に映る光景に苦笑を漏らす。辺りには身動き一つしないウォーカーが無数に転がり、その頭はザックリと割れているか醜く潰れているかのどちらかだった。気の弱い者が見れば悍ましさに目眩を起こすかもしれない。そのような悍ましい光景を生み出し、その一部として溶け込んでいる自身とニーガンに苦笑せずにいられなかった。
見た限りでは始末したウォーカーの数は五十体以上になると思われる。これだけの数を二人だけで倒したと仲間に話したところで信じてもらえるか自信はない。
リックがぼんやりしていると足音が近づいてくる。足音の方に顔を向けるとニーガンが歩いてくるのが見えた。
リックは木の幹に背中を預けたまま正面に立った男の顔を見上げる。休んだおかげで呼吸の乱れが治まったニーガンは笑みを浮かべることなく見つめてきた。その常になく真剣な眼差しにリックは口を開くのをやめた。
リックがニーガンの様子を見守っていると、ニーガンはバットを持っている方の腕でリックの腰を抱き寄せて二人の距離を埋めた。そして、空いた方の手がリックの後頭部に添えられた途端に唇を奪われる。ニーガンの舌が遠慮の欠片もなくリックの唇を割り開いて口内に侵入し、熱心にリックを求めるそれに自ら舌を絡めたのは本能的な反応だった。
吐息、唾液、熱。それらの全てを分け合うように交わされる口付けは決してニーガンの一方的なものではなく、情熱的とも呼べるそれをリックは積極的に受け入れていた。
いつもならばリックはニーガンと唇を重ねる時、相手の胸に手を置いて少し腕を突っ張る。それは憎い相手との性的な接触を拒む気持ちから生まれる動作だった。それが今は違う。ニーガンの胸に手を置くのは変わらないが腕に力は入っておらず、寧ろ身を預けるように寄りかかっている。それだけでなく息継ぎのために唇が一瞬離れると自ら唇を寄せていった。
長かったのか短かったのか判断がつかないほどの激しい口付けが解かれても二人が体を離すことはない。リックは体勢を変えないままニーガンと見つめ合う。
見下ろしてくるニーガンの目は欲望に光っていた。その目は「リックが欲しい」と語り、自身の唇を舐めることで飢えを訴えてくる。リックにとって嫌悪の対象でしかなかったそれらが今は興奮を生み出している。
リックは興奮する自身を抑えて挑発的に微笑んだ。
「いつも部下任せのあんたにとって現場は久しぶりか?随分と興奮しているみたいだな。」
その指摘にニーガンは笑いながら首を横に振った。
「死人の群れと戦うのは久しぶりだったが、俺が興奮してるのはお前と一緒に戦ったからだ。……すごく気持ち良かった。セックスの時みたいに。」
ニーガンは話しながら目を細めた。
まるで獲物を見る時の目だな、と思いながらリックは次の言葉を待つ。
「お前もなんだろう、リック?」
囁かれた言葉の意味を理解しながらもリックは「何のことだ?」と返した。
「お前、俺に抱かれてる時と同じ表情で戦ってたぞ。自覚なしか?」
「……さあな。」
「まあ、いい。意地っ張りなお前と違って体の方は正直だ。」
そう言ってニーガンは己の股間をリックに押し付けてきた。ニーガンの股間の膨らみがリックのそれに擦り付けられ、リックはニーガンの雄の熱さや固さを感じると同時に自身も同じ状態になっていることを自覚した。これでは誤魔化しようがない。
「わかっただろ?」と愉快で堪らないといった様子で笑うニーガンは腰を動かして雄同士を擦り合わせる。それにより生まれる微弱な快感にリックは声を上げそうになった。
ニーガンは笑い声を上げてから、ようやく体を離した。そして体の向きを変えて帰路へと足を踏み出す。
「さっさと帰るぞ。町に戻ったらシャワーを浴びて……後はわかるな?」
意味深に笑うニーガンにリックは眉根を寄せたが拒否も反論もしなかった。
熱を鎮めたいのはリックも同じ。この熱を鎮められる唯一がニーガンなのだということは知っている。悔しさはあれど、今はニーガンの意見に逆らう気分ではなかった。リックは溜め息を吐いてから先を歩くニーガンの後を追う。
ニーガンに追いついて斜め後ろを歩いていると、手袋をしていない方の手で手首を掴まれた。こちらを見るニーガンの目に浮かぶ情欲の色は濃い。
「歩くのが遅い。」
低い声でそれだけを告げて足を速めるニーガンにリックは笑いたくなった。
珍しく余裕のないニーガンは今すぐにでもリックの中に熱を吐き出したくて仕方ないのだろう。それでも野外で始めようとしない男を意外に思い、余裕のなさの滲む姿がおかしくて笑いそうになるが、本当に笑ってしまうと怒らせて面倒なことになるのは間違いない。
リックは笑いを堪えるためにニーガンを見るのをやめて他へと視線を移す。ニーガンの姿を視界から消すと、手首を掴む素手から伝わる体温を感じやすくなった。
(──熱いな)
ニーガンの掌の熱さはリックに対する欲の温度。そのことに思い至るだけでリック自身の熱も上がる。そんな気がした。
END