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    仁蒼仁小ネタログ■眠れぬ羊は夜をみる


    「……い、蒼星!」
     聴き慣れた幼馴染の呼び声に、いつの間にか宙を泳いでいた意識が引き戻された。ぼやけた視界のピントが絞られて、手元の書類の文字が鮮明になる。はっとして視線を跳ね上げると、蒼星と同じようにパソコンに向かって事務仕事をしていた響也がデスク越しに気遣わしげにこちらを見ていた。
    「大丈夫か?」
    「あ、ああ、ごめん。ぼうっとしてて」
    「ならいいけど……調子悪いんだったら無理するなよ?」
    「いや、本当にちょっとぼんやりしてただけ。大丈夫だよ」
    「……本当に?」
    「本当に。心配性だな、響也は」
    「蒼星ほどじゃないさ」
     どういう意味だと冗談めかして笑うと、そのままの意味だよ、と軽い調子のいらえが返ってくる。時計の針が午後九時をゆうに過ぎていたことにようやく気が付いて、蒼星はゆるく息を吐いた。こういうとき、劇場の近くに住んでいてよかったと心底思う。
    「ごめん、それで、なんの話だった?」
    「こっちの仕事片付いたから、蒼星のぶん手伝うぞ、って」
    「ああ……、ありがとう。ええと、じゃあ、昼間話してた件の注文書。さっき仕上がったから、目を通しておいてもらってもいいかな。問題なければ明日朝一で発注かける」
    「ん。他は?」
    「とりあえず大丈夫。俺もいまやってる書類を片付けたら帰るつもりだから、注文書のチェック終わったら先に帰ってて」
    「……わかった。事務所の戸締まり、頼むな」
    「もちろん」
     響也がまだもの言いたげにしているのを察してはいたが、いささか強引に話を纏めてしまう。渡した書類に目を通し、「じゃあ、また明日」と帰っていく彼の後ろ姿を見送ったあと、蒼星は眼鏡を外してやわく目頭を揉んだ。レンズ越しでない視界が、ぼんやりと霞んで揺れる。うまく回らない思考に溜息をついて、こめかみを押さえた。
    「……ダメだな」
     知らず、独り言が唇からこぼれ落ちる。
     いま手を付けている仕事を終えればひと段落つくのは嘘ではなかったし、これ以上響也に心配をかけたくなかったのも確かな事実だったけれども――実際には、茫としていた理由を尋ねられるのを避けたかった、というほうが大きい。普段ならば三十分とかからず終えられる量の仕事をどうにか終えたころには、長針がまた頂点に近付いていた。
     パソコンの電源を切り、のろのろと立ち上がって帰り支度をはじめる。コップを洗い、貴重品類の保管してある書棚の施錠を確かめ、稽古場や音響室の鍵が戻っているかにまで目をやったところで、蒼星はようやくそれに気が付いた。
     稽古場の鍵が戻ってきていない。さては誰かが閉め忘れて行ったのだろう、と足を向けた稽古場の扉からは、まだ明かりが漏れていた。フロアとシューズの擦れるかすかな音が聞こえる。まだ誰か残っているのか。首を傾げながら扉を開けると、ひとりフロアに立っていた彼と目があった。
    「仁、さん?」
    「……蒼星。お疲れ」
    「お疲れさまです……仁さんも、こんな時間まで?」
    「そろそろ帰ろうと思ってたけどね」
     彼はタオルで汗を拭いながらそう続ける。それから口元に薄く浮かべた笑みの気配をそっとひそめて、ゆっくりと蒼星に向き直った。
    「少し、蒼星と話がしたくて」
    「……話、……ですか」
     ぎしりと体が強張る。この二日間この言葉を避けるために、なるべくふたりきりにならないよう注意してきたというのに。なにがしかの理由をつけて逃げようにも、頭がうまく回らない。下へと視線を逸らした蒼星が答えを見つけるより、彼が言葉を重ねるほうが早かった。
    「立ち話もなんだから、今日は俺の家においで。よく眠れるように、ハーブティーくらいなら出せるよ」
    「え、」
    「このところ、あんまり寝れてないんじゃないか。……違う?」
    「そんなこと、」
     ないです、と返そうとした蒼星の声を遮るように、彼の長い指が目元をなぞるジェスチャーをする。
    「くま。蒼星は色が白いんだから、眼鏡してたって目立つよ」
    「……っ」
     彼の指摘に、唇を引き結ぶ。確かに一昨日の晩から、明け方にうつらうつらとする程度でほとんど眠れていない。稽古だけは気力で乗り切ってきたけれども、それもそろそろ限界だった。そしてまた、他ならぬ彼と話さないままで状況が変わるはずがないということは、蒼星自身にもよくわかっている。……わかっている、のだけれども。
     胸のうちでぐるぐると渦を巻く感情を押さえつけるように短い息をひとつ吸って、吐く。ここで逃げても、いずれはそのときがくる。逃げ続けることはできないのだ。
    「……わかりました。お邪魔します」
     一瞬ぶつかった視線をそのまま噛み合わせておくことができず、蒼星はどうにかそれだけ答えて再び視線を斜め下へと滑らせた。

     それから二時間と経たないうちに、蒼星は促されるまま入浴を済ませて就寝の仕度を整え、彼の寝室のベッドの端に腰掛けていた。
     家主である彼は、ベッドのそばにあるソファに座っている。
     海外の画家のアトリエを往時の姿にリフォームしたという彼の家は、いつ訪れても落ち着いた雰囲気が漂っている。こんなに憂鬱な気分でこの家にいることははじめてで、蒼星は少しでも気を紛らわせようと彼が呈してくれたハーブティーに口をつけた。ふわりと立ち上ったやわらかな香りが鼻先を掠めたが、緊張は取れない。
    「蒼星に、謝らなくちゃいけないな」
    「……え?」
    「ずいぶん、気を遣わせたみたいだから」
     蒼星がゆるく息を吐いたタイミングに合わせるように、彼がぽつりぽつりと話しはじめた。思わず顔を上げた蒼星に、彼は困ったような苦笑を浮かべて応える。
    「……このあいだの手紙。差出人、見たんだろ?」
    「ッ…………」
     咄嗟に否定できなかった時点で、彼の問いを肯定したも同然だった。
     ――一昨日、キャスト宛てのファンレターに混ざって一通のエアメールが届いた。味気ない白封筒に、アルファベットで宛先が印字されたラベルシールが貼ってある。振り分けをしていた蒼星にも、それがファンレターでないことはすぐにわかった。
     想像通り、差出人には彼が海外で所属していたダンスカンパニーの名前。蒼星は人目を引かぬよう自分の事務机の書類の下に重ね、普段のように仕分けを終えたあと、彼宛ての手紙に紛れ込ませて楽屋へ届けたのだった。
     彼からはそのしばらくあとに「ファンレターを届けてくれたのは蒼星か」となにげない体を装った確認をされたのみだったけれども、やり取りとしてはそれで十分だった。
    「みんなに言わずにいてくれて、……正直、助かったよ」
    「…………どういう、意味、ですか……?」
    「昔いたところからの手紙となれば、どうしたって気にするだろうし……俺も、いまはあまり詮索されたくないから、かな」
     彼はそこで言葉を切り、ティーカップに口をつける。数秒をかけて彼の言葉の意味を飲み込んだ蒼星は、手のひらで包んだカップをゆるく握り込んだ。それって、と続ける声がわずかに掠れる。
    「みんなに見られたら困る中身だった、ってことですよね」
    「……そうなるね」
     意図的に核心を避けた曖昧な答えが、逆に蒼星の想像を確信へと変えていく。
     きっとあれは、ニューヨークへ戻ってこないか、という誘いの手紙だ。そして彼はそれを、選択肢のひとつとして考えている。再び夢色カンパニーから出ていくことを、考えている。
    「……でも、蒼星の気遣いに甘えすぎて、抱え込ませてしまったみたいだな」
     ことん。ティーカップをローテーブルに置き、彼はゆっくりと蒼星の前まで歩み寄ってくる。厚く大きな手のひらがのびてきて、俯いた蒼星の頭をやわく撫でた。
     彼のことを兄のように呼んで慕っていたころと同じ手つきでくしゃりと髪をかき混ぜられて、せつないほどの郷愁が喉元にまで込み上げる。吐く息が震えた。
     自分にはもう、彼のやさしい手のひらを受け取る権利などないのだ。罪悪感に耐えられず、蒼星はかぶりを振って手のひらから逃れ、彼を呼んだ。「…………仁さん、」
    「……俺、あの手紙を見つけたとき、『なかったことにできないか』って、思ったんです」
    「…………、」
    「勝手に、仁さんの将来とカンパニーとを、秤にかけようとした」
     いま彼を欠いたら、カンパニーはどうなる。
     手紙の差出人を見た蒼星の脳裏に真っ先によぎったものは、その不安だった。
     響也が主宰となって二年あまり。ようやく座付きの脚本家とめぐりあい、団員間の雰囲気も士気も、いままでになく良いものとなっている。ここで皆の良き指導者、相談役にもなってくれている彼がいなくなってしまったら。そう考えただけで目眩がした。
     これまではスポンサーも大目にみてくれていたが、常連であったトミー賞を立て続けに逃した夢色カンパニーには、ほとんどあとがないと言っていい。今年こそは、なんとしてもトミー賞を取らなければならないのだ。カンパニーの財政的な実情をもっとも把握している蒼星だからこそ、スポンサーの意向は痛いほどに理解していた。
    「……すみませんでした」
     けれど、だからといって彼の選択肢を奪っていいはずがない。彼の才能と努力が、遠い海の向こうでも十分に通用するものだということは、幼いころから彼の背を見てきた蒼星もよく知っている。
     彼のしなやかで大胆なダンスが、蒼星は好きだ。彼の振付で踊れることが誇らしく、また弟のように接されることが面映ゆくもあった。だというのに、そんな彼の飛躍を素直に願えなかった自分の狭量さが――蒼星には、悲しくてたまらない。
    「…………ごめんなさい、仁さん、ごめん、なさ……」
     嗚咽を押し殺しながら、懺悔するように彼を呼ぶ。
     尊敬、憧憬、信頼、打算、不安。体内で相反しせめぎあう感情の重みに、情けなく圧し潰されてしまいそうだった。
     やわらかなベッドのスプリングが、ぎしりと軋む。あたたかい腕が背中にまわり、肩をぐっと抱き寄せられた。額が彼の喉元にふれる。
    「いいんだ。……いいんだよ、蒼星。お前は、それでいいんだ」
    「…………っ、」
     子どもに言い聞かせるように紡ぐ声があまりに静かで、安堵ともせつなさともつかない感情に視界が滲む。ティーカップの浅い水面に映る自分の顔を見ていられなくなって、目を閉じる。
    「選ぶものを、間違っちゃいけない」
     つむじにふれる頬の温度を感じながら、蒼星はただ黙って彼のその言葉を聞いていた。


    ***
    20160825Thu.
    ■朝焼けには遠く


     しばらくのあいだ聞こえ続けていたかすかな嗚咽が、雨が止むようにひっそりと消えていった。
     その代わりに、静かな寝息が聞こえはじめる。仁は色のしろい五指から落ちかけたティーカップをそっと抜き取って、ひとまず寝台の端、畳んだ布団の上へ逃がした。
     彼が深く寝入ってしまうまで、もう少しだけこうしていよう。そう結論づけた仁は、幼い子どものように自身へ寄りかかって眠る彼の肩をもう一度支え直してやわく掴む。
     仁よりも、半周りほどは薄く感じる肩。体の線が細いのは昔からだったが、彼がここまで弱々しく見えたことは過去に一度だけだ。
     白と黒で構成された、モノトーンの記憶が蘇る。
     恩師の訃報に、パスポートと最低限の荷物だけを引っ掴み飛行機に飛び乗って帰国した仁がはじめに「見た」のは、色濃い憔悴を浮かべながらも懸命に喪主を務めようとしている響也と、彼を守るように傍らに添う蒼星の姿だった。葬儀場に着くまでに目に映った景色はどこか非現実的に頭のなかを通り過ぎていくばかりだったというのに、黒と白の喪服に身を包んだ彼らを見た瞬間、たしかにこれが現実であることを理解した。その場で立ち竦んだ仁に気付いた響也がこちらへ歩み寄って来て、くしゃりとその端正な顔を歪めたその一瞬の光景を、仁はよく覚えている。
     張り詰めていた糸が切れたように大粒の涙を零す響也の泣き顔も、――その少し後ろで唇を引き結んだまま仁に小さく頭を下げた蒼星のあやうさも、忘れられるはずがない。「仁兄、仁兄」と、それしか言えずにいる響也の震える背中をさすってやりながら、蒼星の細い手首を引いて、ふたりまとめて抱き締めた。支えてやらなければと思わずにはいられなかった、あの弱々しい薄い肩の温度を思い出す。相当、思いつめさせてしまったらしい。
     二日前。楽屋に届いたファンレターの中に、かつて在籍していたダンスカンパニーからの手紙を見つけた瞬間、すっと肺腑が冷える心地がした。
     仁もよく知った同僚の筆跡で綴られた手紙は、ニューヨークへ戻ってこないかという誘いだった。半ば予想していたとおりの内容だったが、すぐに連絡を入れることもせずロッカーに手紙を投げ込んで――未だ、そのままだ。
     もちろん、いま夢色カンパニーから出ていくつもりはない。念願だった座付きの脚本家とようやく出会い、カンパニーは大きな転機を迎えようとしている。ひとり遺した最愛の息子を想う、恩師との約束を、自分はまだ果たしていない。
    「……約束、か」
     知らず、喉から掠れた自嘲が漏れていた。
     約束。たしかに、そうだ。恩師との約束を守りたい。それは事実だ。
     そして、聞こえのいい過去だけを声に載せて、半端な自分自身への嫌悪を見て見ぬふりをし続けていることもまた――どうしようもなく、事実だった。
     だから本当は、あんなふうに彼が涙を流す必要はないのだ。約束に縋り居心地のいい場所に逃げ帰ってきた人間に、あんなにもまっすぐな涙を落とされる資格が、どうしてあると思えるだろう?
     心地好い高揚に身を任せることが怖くなったのは、自分の心に鎖をかけて縛りつけるようになったのは、いつからだったろう。もう、思い出せない。それと知らず懺悔の機会を与えた彼の肩を抱えてなお、思い出せないふりをし続けている。
     本当に狡いのは、自分のほうだ。許しを請うように、けれども声のかたちにはできず、仁は彼の目元にかかった細い銀糸をそっと払った。



    ***
    20170122Sun.

    ■140字

    「そろそろ寝る?」低くささやくような声でそんな言葉をかけたのは、子どものようにきつく首筋を抱き込んでいた細い腕の力が徐々に緩みはじめたことに気付いたからだ。吐いた息が絡むほど近くで無防備に見返してくる琥珀の瞳はとろりと潤んで揺れていて、悩ましげとも、眠たげとも取れる色合いだった。数秒をかけて仁の言葉の意味を飲み込んだらしい彼が、ちいさく首を横に振る。普段よりも血色のよくなった、薄い口唇がわずかに開いて仁を呼ぶ。「まだ、」強請るような甘い掠れ声を載せた舌のあかさに、目眩がした。

    ---

    おはよう、いきなりだけど、今日と明日で旅行に行かないか。玄関先で楽しげな笑顔を浮かべた彼に手を取られ、わけもわからないまま頷いていた。ろくに荷造りもせず、貴重品だけをちいさな鞄に詰めて、家を出る。「安心して、とりあえずは国内だから」そう言って笑う彼の声が、風と一緒に頬を撫でた。

    ---

    「ああ、雲が掛かっちゃってますね」カーテンの端を持ち上げた彼が、硝子越しの夜空を見上げ残念そうに呟いた。本当だねと応えながら、細い体を遮幕の内側へそっと引き込む。「じゃあ、こちらの月をいただこうかな」「……閉じたら見えなくなりますよ?」眼鏡の奥で、月色の瞳がひそやかに和らいだ。

    ---

    静まり返った夜更けの道を、穏やかな沈黙にくるまりながら並び歩く。頭上には明るい満月と、星々が散らばる。「十年、二十年経ってもこうやって一緒に歩いていられたら、嬉しいね」「……そう、ですね」ふたりぶんの足音ばかりが響くやわらかな夜のとばりの内側で、内緒話をするように愛を交わした。
    (創作お題/「10年、20年経っても、こうしてお前と歩いていられたら、嬉しい」)

    ---

    「いまお前が考えてること、言ってごらん」白い頬にふれて眼鏡の奥を覗き込む。微かに揺れた琥珀の瞳は、やわいばかりの拘束に痛みを覚えたかのように歪む。目端からあふれて落ちるしずくは夜露に似て美しかった。「……ずるいですね」「――そうだね」彼からの最後の一歩を、息を殺して待っている。
    (フォロワさんよりお題/泣き顔)

    ---

    深い紫に浸した刷毛の先で、かたちの良い爪を慎重に辿る。自分では中々巧く塗れないからだなんて唯の口実なのだろうけれど、まるで指摘するつもりのない自分も共犯だ。「蒼星」「なんですか?」「いいや、なんでも」戯れるような彼の声が耳朶を打つ。取った手を離したくなくて、そっと指先を絡めた。
    (フォロワさんよりお題/マニキュア)

    ---

    ふたりぶんの食器を横に並んで片付けながら、他愛のない会話をゆったりと交わす。明日の天気、行きたい場所、それから、なんの関係もない話。心地よく鼓膜を震わせる彼の穏やかな低い声が流水音にとりとめなく流されていくのがなんだか少し惜しい気がして、相槌を打ちながらそっと蛇口を閉じた。
    (フォロワさんよりお題/仁さんとそっせさんがキッチンで後片付けをするお話(※夢カンキッチンでも自宅キッチンでもどちらでも可))

    ---

    「これ、開けていいかな」自主練習後に事務所へやって来た彼が示してみせたのは、手土産に貰ったクッキーアソートだった。どうぞと返せば、品の良い紫色のリボンが褐色の指先にするりと絡む。ひどく艶めかしい所作に誘われるように視線を上げれば、オリーブの双眸が悪戯っぽく細まって笑んでいた。
    (フォロワさんよりお題/「仁蒼+リボン」)

    ---

    すみません、がまん、できそうにないです。玄関扉が閉まるのと殆ど同時に聞こえた声に、思わず足を止めていた。とん、と、硬い扉が背中を受け止める。人差し指のさきにふれて緩慢に伝い上がった、色の白い彼の五指が、きゅう、と手のひらに絡みつく。彼が湛えた淡い月が、暗がりの中ゆらりと揺れた。

    ---

    彼の手はいつも優しい。自身のそれと比べればいささか華奢なつくりの五指は繊細な動きがよく似合い、また彼の性分も相俟ってか宝物を扱うような所作をごく自然に為していた。「行かないで」淡い月の色の瞳を揺らし、彼が仁を呼ぶ。縋るように膚に食い込んだそれは、まるで知らない指先のようだった。
    (フォロワさんよりお題/「知らない指先」)

    ---

     橘蒼星はひとみに月を棲まわせている。当然ながらうさぎは跳ねていないのだれけども、ほんのかすかなひかりをそっと汲みあげて月明かりの色に染まるふたつの琥珀を、仁はいたく気に入っていた。
    「仁さん?」
     どうしたんですか、と、仁の自宅のリビングにあるソファに腰掛けた彼が視線に気付いて首を傾げる。淡い色をした髪がわずかに流れて、銀の時雨の軌跡を残す。
    「いや、なんでも」――と、普段ならすぐにそう返すところを、記憶の箱の片隅に埋まっていたなにかが答えを引き止める。
     淡い月明かりに銀時雨。いつかどこかで、そんな景色を見たような。
    (フォロワさんよりお題/「おつきさまほしい」)
    ■朧月

     しっとりと濡れた彼の湯上がりの髪に、タオルをかぶせてゆるゆるとかき混ぜる。自分の髪よりは幾らも短いそれは、そう長くはかからずにある程度乾いてしまうだろう。タオルドライが終わったら、傍らに置いてあるドライヤーの出番だ。
    「仁さん、面白がってるでしょう」
    「ふふ、まあね」
     ときおり、タオルの端からもの言いたげな琥珀が覗くのが可笑しくて、思わず口元をゆるめていたのを見咎められてしまった。幼子のように扱われるのが不服なのか気が引けるのか、洗面所の鏡越しにぶつかった視線をふいと逃がす彼の表情は普段よりもすこし幼い。外では滅多に見られないしぐさに綻ぶ唇を隠しもせず、言葉を継ぐ。
    「蒼星の髪は綺麗だね」
    「……なんですか、急に」
    「本心だよ」
     逃げ出しそうな恋人殿が、これで誤魔化されてくれないかな、とも思ってるけどね。そう続けると、彼は一瞬の間をおいたあと、観念したように肩の力を抜いた。
    「今度は俺にもさせてくださいね?」
    「もちろん、どうぞ」
     彼の細い指に丁寧に髪を乾かされるのはなかなかにむずがゆいのだけれども、それ以上に心地好いので好きだ。帰り道に見た朧月とよく似た色の銀糸をかき混ぜながら、やわく目を細めた。


    ***
    20170402Sun.
    ■#フォロワーさんから台詞をいただいて小説を書く
    【「もう、だめかもしれない」】

     事務仕事を片付けて、さあ帰ろうとロッカールームの扉を開けると、少し先に家路についたはずの彼がなぜかひとりで立ち尽くしていた。
     いつも穏やかな笑みを湛えて皆を見守っているオリーブ色の瞳が、珍しいことにひどく険しく歪んでいる。
    「仁さん?」
    「……ああ、蒼星。お疲れさま」
     扉を開けたところで立ち止まってしまってから、我に返ってそっと名前を呼ぶと、至極真剣なトーンの声が返ってきた。ただし視線は動かず、ただ一点――鍵がついたままの彼のロッカーを見つめ続けている。
    「……ええと、あの、そんなところで一体なにを……?」
     この時点で薄々理由を察しはしたが、念のためにと蒼星が投げた問いに、彼は小さく首を横に振って嘆かわしげな息を吐いた。「蒼星、」
    「もう、だめかもしれない」
     さっき、俺のロッカーの中に、あいつが入っていった。
     ……それはまあ、閉じ込めちゃったら、駄目でしょう。
     悲愴な声で彼が続けた答えに思わず脳内で突っ込んでしまってから、気を取り直した蒼星はロッカールームに置いてあるティッシュペーパーを数枚手に取った。
    「中にいるんですね?」
    「……急に目の前に落ちてきたから、驚いて、つい」
    「ああ、なるほど……」
     そうして荷物が取れなくなったのか。軽く首肯しながら、ロッカーの戸に手をかける。蝶番をかすかに軋ませながら隙間を開けると、空気の動きか明かりに誘われて、小さな蜘蛛が這い出してきた。地下フロアにあるロッカールームでは、直接外には逃がしてやれない。すかさずティッシュでくるみ取り、胸中で謝りながら屑籠に投げ入れる。潰してはいないので、うまく行けばそのうちそっと逃げ出していくことだろう。蜘蛛に罪はないとわかってはいるけれども、あまり恋人を驚かせないでやってほしいところである。
    「仁さん、もう大丈夫ですよ」
    「……、ありがとう……悪いな」
     目に見えて安堵した彼の姿に、つられて口元が綻んでしまう。彼には口が裂けても言えないが、普段こんなやり取りをすることは滅多にないので、なんとなく得をした気分だった。
    「せっかくだから、どこかで食事して帰りませんか」
    「それはもちろん構わないけど、……機嫌がいいね、蒼星」
    「いえ、……気のせいですよ」
     どうにも腑に落ちないといった表情をしている彼に蒼星はくすくすと肩を揺らして笑って、ロッカールームの明かりを落とした。


    ***

    20170211Sat.
    なっぱ(ふたば)▪️通販BOOTH Link Message Mute
    2019/03/17 22:32:14

    仁蒼仁小ネタログ

    #BLキャスト #仁蒼仁

    我が家のじんさんとそうせいさんのログまとめ。
    左右が大変ふんわりしているのでお好きなほうで読み解いてやってください。
    そのうちまとめて独立させたいきれはしたちと、成立後のふたりの140字とか小ネタとかだとか。

    -----

    ##腐向け ##二次創作 ##Jin*Sousei*Jin

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