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    贖いのゆくえ

     深々と頭を垂れて閉じた瞼越しに、会見室に並んだ報道陣のカメラのフラッシュが明滅する。
     忙しない光とシャッター音を五感で感じながら、――嗚呼、膚を灼くようなステージライトが恋しいと、たしかに思った。


     対決公演にまつわる一連の騒動で夢色カンパニーに向けられたさまざまな誤解を解くための説明と謝罪の会見を終え、灰羽拓真は静まり返った劇場の廊下を抜けて事務室へ戻る。扉を開けると、髪と同じ夜色のジャケットスーツに身を包んだ青年がひとり、応接椅子に腰掛けて海外の芸能雑誌へ目を落としていた。
    「来ていたんですか、黒木くん」
     入り口で立ち止まり、そう声を掛けたところで、ようやく彼の視線が拓真を捉える。今日は会見を開く都合で劇団員には自宅待機するよう伝えてあったはずだが、彼の所作はそんな事情など微塵も感じさせない堂々としたものだった。
    「今日は、自宅待機をお願いしていたはずですが?」
    「少し前まで朱道も自主トレーニングに来ていた。『体が鈍る』だそうだ」
    「……そうですか……」
    「白椋も昨夜の様子では勢い込んでここまでやってきそうだったが……藍沢が上手く窘めたようだな」
    「私としては、ありがたい限りです」
     さすが、二枚看板の胆力と言うべきか否か。未だ記者への対応にはいささか不慣れな少年だけでもとどうにか窘めてくれたのであろう藍沢への感謝を頭の隅で唱えつつ、拓真は彼が座る応接椅子へと歩み寄る。彼が淹れたと思しきハーブティーは、カップの半ばほどまで減ったところですっかり冷めきっている様子だった。膝の上に広げていた雑誌を、そのかたちの良い指先でぱたりと閉じながら、普段通りの様子で彼が拓真を見上げて問うた。
    「どうだった」
    「おかげさまで、ほぼあらかじめの予定通りに。君が釘を刺しておいてくれたからか、報道陣のかたがたもずいぶんと物静かでした」
    「そうか」
     ならば、いい。
     会見の様子は生中継で見ていたはずだが、拓真の応えに小さくそう呟いて、彼は緩慢な目瞬きをひとつした。それから、静かな声で問いを重ねる。
    「予定通りというわりには、浮かない顔をしているな」
    「……、そうでしょうか」
    「お前の今後の進退についてを含めて、今日の会見でおおむね結論が出揃ったと思うが。それともまだ、懸念事項が残っているのか?」
     その言葉に、拓真はただ口を噤んで沈黙を応えに代える。
     数日前。父の過去の真相を知ってから、拓真はまずジェネシスの主要メンバーへ劇団創立の最初の目的を打ち明け、復讐の感情が消えぬまま公演へ臨んだことに対する謝罪を述べた。そのときにはめいめいがさまざまな感情を浮かべてはいたものの――主宰を降りることになるかもしれないという拓真の密かな予想とは異なり、劇団ジェネシスはこのままの形でこれからも活動を継続していくこととなっていた。
    「決着のついた話なら、マスコミもじき飽きる。そして、世間がなにを言おうと、ジェネシスの主宰はお前だ。灰羽」
     幸い夢色カンパニーとの和解はすでになされているが、この誤解に端を発する夢色カンパニー側への影響を考慮すれば、世間から拓真の進退を問う声が多少なりと上がることは避けられない。それでもまったく揺らぐことなくはっきりとそう言い切って、ティーカップに口をつけた彼を見る。拓真が真相を知るよりもわずかに早く、好敵手と認めた相手への誹謗中傷を止めるための手を打っていた彼を、見る。
    「黒木くん」
    「なんだ」
     劇団の共同設立者として手を組んだときから、彼と拓真は対等な関係だった。
     単なる「主宰と所属俳優」ではなく、各々の目的のためにジェネシスという手段を共有する「パートナー」となること。それを条件に、灰羽拓真は彼――黒木崚介をジェネシスへと引き入れたのだ。
     それゆえに、対決公演の勝敗を決した一票について望まぬ方向へ世間の感情が向かっていることを知った彼の「この件は俺が預かる」という言葉を拓真は止めず、奇しくも拓真が真相を知ったあの日、彼が拓真に代わって自ら手配をしていた会見が行われた。
     報道陣の列越しに見た、彼の姿を思い出す。
     『GENJI』を全力で演じ終えてなお、あの一票を投じることができたのは、彼の他にないと――おそらく拓真のみならず、ジェネシスの誰もが理解していた。
    「……あなたに、私は必要ですか?」
     それは、尋ねるつもりのない問いだった。ジェネシスの主宰として、看板俳優である彼を失うことはできない。拓真が彼を必要としている以上、それは無用な詮索にほかならない。それでも、拓真はいま、彼に問わずにはいられなかった。
     彼の両目が、拓真の問いを咀嚼するように幾度か目瞬く。纏う雰囲気の鋭さに対して彼のひとみは存外にまるく、こうしてふいに思案を巡らせるしぐさは、ときおり彼にわずかな幼さを与えることがあった。
     彼のかたちの良い唇が、うすく開く。
    「俺は、仮面の要らない舞台が欲しい」
    「……、」
    「我々日本人が、『日本人』というレッテルに阻まれることなく、実力を正しく評価される舞台に立ちたい。そのためになら、俺は手段を選ばない」
    「……ええ」
     そのためには、日本演劇界そのものの実力向上と、日本の優秀な人材が海外で活躍の場を広げること。その両方が必要だ。拓真の理解を確かめるような彼の視線に、ただ頷く。
     手を組んだときにも聞いた言葉だ。黒木崚介の掲げる理想。不世出の才能が貪欲に、切実に追い求める、遥か頂きの景色。
    「正攻法など、これまでに何度も試してきた。俺と同じ望みを持った日本人とも何度か出会ったが、変わらない現実と向き合って――じき、いなくなった」
    「……ッ、」
     息を呑む。拓真が言葉のひとつも返せずにいるうちに、彼は淡々と淀みない答えを紡ぎ続けた。
    「質問に答えよう。俺には君が必要だ。君が、俺のパートナーであり続ける限りは、な」
    「…………!」
     出会ったばかりのころのような響きで自らを呼ぶ声に、生まれて初めて覚えるほどの焦燥を感じて手を伸ばす。必要だと言われたばかりだというのに、いまここで彼を失うような気がした。
    「灰羽」
    「……なんですか」
    「なんのつもりだ」
    「…………すみません。……自分でも、わかりません」
     無駄なく鍛え上げられたしなやかな腕を引いて、逃がすまいと彼の体躯を抱き竦める。どうしていまこれほどまでに自分の心臓が痛むのか、わからないふりをすることだけで精一杯だった。
    「……答えてください、黒木くん」
    「なにをだ」
    「私は、いま、……君を、傷つけたのですか?」
     数瞬の間。
     拓真の体をわずかに押し返し、あざやかなルビーレッドがまばたく。
    「もう、慣れた」
     それは肯定にほかならなかった。
     彼にとって自分が必要であるかを問うことは、彼とともに立つ意思を彼に委ねるということだ。そして、自らが立つ場所を自らの意思で選ぶことさえしない人間の手を、彼は取らない。彼は彼でしかあれないゆえに、取ることができない。
    「黒木くん」
     抱き竦めた腕を、わずかに強くする。彼は身じろぎひとつすることなく、拓真の様子を窺うように身を許している。
     彼は何度、遠い海の向こうでそう言われてきたのだろう。
     彼の向けた実直な信頼は何度、信じたはずの誰かの弱さに置き去りにされてきたのだろう。
     黒木崚介というひとりの人間は何度、――そうして孤独になることを繰り返してきたのだろう。
    「私には、君が必要です」
    「……そうか」
    「そして君に、私を――……俺を、必要としてほしい」
    「……、」
     彼が向ける信頼の行く先は、退路も迂回路も削ぎ落とした断崖の果てに似ている。それはあるいは、身ひとつで立つステージに似ていた。だからこそ、彼の隣は心地が好かった。
    「黒木くん」
     間に合え、と、抱き竦めたまま贖うように彼の名を呼ぶ。
     傷をつけられてなお、彼は拓真をパートナーと呼んだ。彼に呼ばれ、舞台演出について話しながら肩を並べて見た夜桜が記憶に香る。込み上げた感情が恋や愛の類いであるものか、それとも別のなにかなのか、拓真にはわからない。それでも。
     それでも、彼の信頼を失うことは怖かった。遥か高みを映す彼のひとみに、自分の姿が映らなくなることが怖かった。目を灼くほどにあざやかなひかりを放つシグナルレッドを、たとえ本質的に不可能だとしても自分のものにしたかった。そう願う自身を、彼に受け入れられたいということに、気付いてしまった。
    「俺は、お前を必要としなかったことなどない」
     揺るぎない応えが、拓真の体に直接伝わる。胸をつらぬくようなその声の響きは、彼の歌声によく似ていた。



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    20180731Tue.
    なっぱ(ふたば)▪️通販BOOTH Link Message Mute
    2018/07/31 1:49:51

    贖いのゆくえ

    #BLキャスト  #拓崚

    メインドラマ三部終盤、灰羽さんの会見後のふたり。ジェネシス立ち上げにおけるふたりの関係及び、三部クライマックスにまつわる諸々の捏造補完を含みます。

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    ##腐向け  ##二次創作  ##Takuma*Ryosuke

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