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    カイすば小ネタログ2■アカシアの午后


     自宅を満たす不自然な静寂に気が付いて、カイトは手元の演劇雑誌から鷹揚に顔を上げた。
    『そうだ、オレ、そろそろ布団入れてきますね』。
     昨晩から泊まりに来ている男のそんな声を聞いたのが、おそらく十分ほど前のことになる。ベランダに干していた掛け布団を抱えて寝室へ向かう背中を視線だけでちらりと追ったような覚えもあるけれども、それから姿を見ていない。ソファに並んで座りああだこうだと言いながら眺めていた雑誌を、ゆるい息と共にぱたんと閉じる。その程度の情報さえあれば、事の経緯にもなんとなく想像がつくというものだろう。立ち上がって、寝室へ向かう。
    「おい、」
     開け放したままになっていた扉からなかを覗くと、案の定ベッドで畳んだままの布団を抱えるようにして眠り込んでいる男の姿があった。
     うすくオレンジがかってきた午後の日差しに照らされている寝室は、しん、と静まり返っている。あまりに穏やかな光景に自然と声をひそめ、足音に気を払いながら寝台へと歩み寄っていた。小さくスプリングを軋ませて隣へ腰掛けても、男は身じろぎひとつする気配がない。干したての布団に頬をうずめて眠る様子はまるきり幼い子どもか大型犬か――否、どちらもとしたほうがより近いだろうか。詮のない思考を巡らせながら、男のやわらかい癖毛を少々乱雑に手のひらでかき混ぜた。これにはさすがに男も目を覚まし、喉を鳴らして緩慢に身じろぎながらカイトを見上げる。
    「…………カイトさん…………?」
    「なんで寝てんだよ、お前」
     カイトの声に、まどろみの色を濃く含んだティーブラウンがゆるゆると目瞬いた。それから、両腕で抱えた布団に再び頬をうずめてみせる。
    「……だって、おひさまのにおいが、気持ちよくて……」
    「は?んだそれ――って、うお、」
     布団越しのくぐもった寝惚け声に思わず聞き返すと、ベッドから伸びてきた五指に突然腕を掴まれ布団に引き倒された。陽光を吸ってやわらかくぬくもった布団が、ぽふ、とカイトを受け止める。
    「お前な、」
    「へへ、あったかいでしょ……」
     長身に見合った長い腕で布団ごとカイトの体を抱き込んで、男は幼く笑う。眠たげに間延びした声が、ごく近くで聞こえる。
    「……あと、カイトさんのにおいもします……」
     どうにも犬めいた仕草で布団に鼻先をすり寄せてそんな言葉を続けた男の腕の力が、甘えるようにわずかに強まる。呼吸の絡む距離にある無防備な笑みに誘われて、なにも言い返せないままただ顔を寄せていた。
    「…………ん、……」
     ゆるゆると啄み、薄く開いた隙間から舌を差し入れる。知った口腔の温度と感触をゆったりと辿り辿られながら重心を男のほうへ傾ければ、男は素直に仰向けになって腹の上を明け渡した。背中に回された手が、やんわりとカイトの体を引き寄せる。顔の角度を変えて口付けをもうひとつ深くすると、ゆるやかに上がっていく呼吸の温度が肌にふれた。部屋を満たす午後の日差しのせいか、徐々に熱を帯びていく体に対して、胸裡はひどくおだやかに揺れ続けている。
    「は、」
     息継ぎの合間、どちらともつかない掠れた息がほとりと落ちる。いつになく長い口付けのさなか、ふと瞼を押し上げれば、陽光を溶かした紅茶色の瞳と目があった。ゆるやかにみだれた息のまま、カイトを呼ぶ声がする。薄く開いた口の端からこぼれた唾液が、蜂蜜のように緩慢に男の輪郭を辿って落ちるのが見えて、――胸やけがしそうだと思いながら、もう一度唇に噛み付いた。



    ***
    20160908Thu.

    ■parabola-blue


     だん、だん、だん。耳に快い等間隔のドリブル音が、軽やかに響き渡る。朝食後のランニングを終えたところで、「コート空いてる!」と嬉しげな声を上げてバスケットコートへ駆け出した男に、カイトは向かい立っていた。
     油性ペンで大きく公園の名前が書き込まれた、少々くたびれ気味の備品のバスケットボールを、男は体の一部のように扱いながら駆け、跳ねる。不意打ちめいて悪戯に出されるパスは、カイトの手に吸いつくように収まった。
     休日は子どもの姿も多く見られる運動公園だが、平日の昼間であるいまはひと気もさほどない。それでもときおりそばを行く通行人の足が止まり、すでにいくらかの観衆が生まれているのは、コートを走る男の踊るようなのびやかさが目を惹いて離さないからだろう。男が日課に使う公園であるからか、なかには顔見知りもいるらしく、歓声にまぎれて男の名を呼ぶ声も聞こえた。
     ザッ、とネットだけを揺らす気持ちの好いシュートを決めた男へボールを投げ返してやると、胸元にボールが返ってくる。なんだよ、と尋ねれば、男は頭上を指差して「このへんにパス出してくれませんか」と答えて子どものように笑った。「別にいーけどよ」
    「やった!」
     じゃあ、せーの、でお願いします!
     男は軽い足取りで数歩下がり、行きます、と早々に手を振る。地を蹴って駆け出した男の体が、跳躍のためにぐっと重心を下げると同時に合図の声。なにがしたいのかにはおおよそ察しがついていたから、カイトは躊躇うことなくリムの高さに合わせてパスを出す。三メートルほどの高さの宙を泳いだボールを、ぱん、と男の片手が捉えてそのままの横あいからリムへと叩き込んだ。あざやかな身のこなしに、ギャラリーからも歓声が湧く。
    「さっすがカイトさん、ナイスパス!です!」
    「当然だろーが、体力バカ」
     体勢を崩すこともなく重力に従って着地した男が、ぱっと破顔してカイトのもとへ駆けてくる。この男の身体能力については十分知っているつもりだが、跳躍力の高さと体幹の強さにはやはり目を瞠るものがある。しなやかに撓み高く跳躍する長躯を見るのなら、間違いなくここが特等席だろう。
     男はギャラリーの声に照れたように笑いながら会釈を返し、ボールを拾い上げてまたゴール下から離れていく。昨夜もさほど加減をしたつもりはないのだが、相変わらず元気なものだ。カイトのそんな思考をよそに、男が軽快にボールを弾ませながらふいにこちらを振り返った。
    「ここから打ったら三点ですよ!」
     見ててください、と得意げな笑顔の数瞬後には、流れるようなシュートモーション。青空を渡る放物線を、知らず目を細めて追っていた。


    ***
    ふたりへのお題ったー
    カイトと昴へのお題:『放物線を描く、この恋の行方を』
    20160916Fri.

    ■天気雨に出会えたら


     なんだか、この家のぬしみたいだ。彼の自宅の床に座り込み、目の前にあるグランドピアノを見つめながら昴はぼんやりとそんなことを考えた。
     大きく立派なピアノは傷ひとつなくみがきあげられていて、大切にされているのだということがよくわかる。自分の不器用な手で不用意にふれる気にはなれず、遅い朝の日差しを跳ね返してつやつやと光るそれを、ただじっと眺めていた。
    「なにしてんだ、お前」
     しばらくのあいだ時間を忘れてそうしていると、ふいに背後から呼びかけられる。ぱっと振り返れば、数歩後ろに訝しげな顔をした彼が立っていた。
     カイトさん。彼の名前を呼びながら、ちょうどよかった、と昴は彼を見上げて口を開く。
    「ピアノ、弾いてほしいなーって」
    「あ?なんだよいきなり」
    「だってほら、昨日はもう遅かったし」
     ほかならぬ彼の家だから防音対策は十分すぎるほどされているのだろうけれども、そもそも昨夜はピアノを聴きたいなどと言い出す余裕もなかった。だめですか?と尋ねると、どこか決まり悪げに視線を彷徨わせた彼が、ほんの少しの沈黙のあと軽く頭を掻いて息を吐く。
    「……ったく、仕方ねえな」
    「やった!」
     昴の前で彼がピアノにふれるといえばもっぱらボイストレーニングや歌の稽古のときで、ゆったりと耳を傾けて姿を見ているわけにはいかないことが多い。もしかしたらせがんでも断られてしまうだろうか、と思っていたけれども、彼は椅子に座って昴に先を促すような視線を向けてきた。「で?」
    「んなこと言うからにはなんかあるんだろーな、聴きたい曲のひとつやふたつ」
    「…………うーん……」
    「ねーのかよ!」
    「あっ、いや、そうじゃなくて!」
     彼の演奏レパートリーは、クラシックからロック、自作曲まで幅広い。選択肢が多すぎて、すぐにこれと選ぶことができないのだ。昴はしばらく唸りながら思考を巡らせたあと、やっと見つけた答えを紡ぐ。
    「じゃあ、カイトさんがいま弾きたいなーって思う曲が聴きたいです」
    「……俺が弾きたい曲?」
    「はい。カイトさんが作った曲とか、クラシックとか、なんでも」
     昴がそう答えると、今度は彼が小さく唸る番だった。あまりにも漠然としすぎていただろうか。昴が訂正の言葉を探しかけたところで、彼の薄紫の瞳と目があった。彼の両目がいくらかの時間昴を見て、すいと逸れていく。
     ごく自然な動きでピアノに向き直った彼の、節ばった大きな手のひらが、息を呑むほどやわらかなしぐさで鍵盤にふれた。入りの数小節を耳にした瞬間、あ、と、ちいさな声が漏れる。
     聴こえてくるのは、昴がはじめて舞台で歌った曲の旋律だった。なぜだかずいぶんと懐かしいような、懐かしむにはまだ早いような、そんな旋律。
     入団直後の基礎トレーニング期間をどうにか終えて、次回公演の稽古に合流したときのことを、彼のピアノを聴きながら昴はぼんやりと思い出す。緊張しきりの自分を迎え入れた響也や蒼星の笑顔、シューズの裏で踏み締めた、レッスンルームのフロアの感触。試合前、フィールドに立った瞬間に感じていたものによく似たかたちの、あの高揚。
     朝の光のなかで、ピアノを奏でる彼の姿がやわらかくにじむ。気付かないうちにこぼれていた涙はほたほたと流れるに任せて、ゆるく膝を抱えたまま耳を澄ませる。
     ――ああ、すごく、きれいだ。ひとつの音も聴き逃すことがないように、そっと息をひそめた。


    ***
    20161002Sun.

    ■泡沫と消える夢の話(すばすば未遂)
    ※カイすば時空すばるくん+他すば受時空すばるくん
    ※時空の歪みかつ夢オチキャスト


     まばたきの次の瞬間、目の前には自分がいた。
    「へっ……?」
    「……え?」
     鏡のなかでのみ見慣れた顔が、そっくりそのまま豆鉄砲を喰らったような表情で呆けている。「え、あ、」
    「……お、オレ?!」
     ぱくぱくと口を開け閉めするしかできなくなっている昴の前で、同じ顔が、同じ口から、違う言葉を吐き出した。
    「おわーーーーーっ??!!!」
     住み慣れた自室のベッドの上で、いっそ見事なまでの二重唱が響き渡った。


    「…………ええと、じゃあ、お前、本当にオレ……なんだ……?」
    「お前も、オレ、なんだ……?」
     ひとしきり言葉にならない悲鳴を上げたあと、どうにか深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着け、昴はもうひとりの自分(?)とベッドで顔を突き合わせる。どちらともなく正座をしているいまの構図は傍から見ればおかしなものかもしれないが、それを知るのは自分たち以外にいないのだから構いはしない。というより、そんなことに構っている場合ではない。
     まじまじと見れば見るほど、長年付き合ってきた自分の顔である。向かい合って座った視線の高さもほとんどぴったりと重なる。
     唯一違うところといえば着ている服だろうか。気に入りのつなぎを着ている昴に対し、眼前の自分はすでに入浴を済ませたのか、寝間着にしているジャージ姿だ。そういえば髪が少し濡れているような――と観察しながら視線を下へと滑らせた矢先、ようやく回り始めたはずの思考回路がもう一度フリーズする。
    「…………ッッ!!」
    「うわっ!?」
     真横にあった枕を反射的に引っ掴み、向かいの自分の膝の上へ投げつけるように置く。いささか不自然にずり下がったハーフパンツの胴回りから覗く下着、その内側にあるものが、やわく欲情を示していることに気づいてしまったからだった。
    「いきなりなにす……」
    「お、お前っ、それっ!隠せ!とりあえずっ!」
    「それ?って、……うわっ、そうだった……!!」
     なにが悲しくて自分のそんな姿を真正面から見なければならないのか。やっと下半身の状態を思い出したらしく、顔を赤くしながらハーフパンツを元に戻す。自分の間の抜けた声を聞きつつ昴も大きくはだけたままだったつなぎの袷を思いきり引き上げた。……とりあえず、こちらの下半身はまだ無事だ。安堵の息と一緒に、ようやくの疑問がこぼれて落ちた。
    「……だいたい、なんでオレんちに帰ってきてるんだ……?」
     あまりに突然の出来事に頭のなかが真っ白になっていたが、――ほんの少し前まで昴はたしかに彼の家にいて、ベッドルームの壁に背を預けていたはずだ。それがなんの予兆もなく、まばたきひとつのあとにこの状況である。一体何がどうなっているのか。
    「それ、オレも思った……」
     今日は久しぶりに泊まりに行ってたのに。
     ぽつり、と続いた応えに、昴ははたと動きを止める。
    「……泊まりに?」
     そう尋ねれば、戸惑いがちながらに首肯が返る。その腕を掴んで引き寄せて、首筋に鼻先を寄せた。
     湯上がりの濡れた髪と肌からは、自宅のものとも、彼の家のものとも違うシャンプーとボディソープのにおいがする。それを知覚した瞬間、息苦しさに似た心細さが込み上げてきて、思わずぐっと唇を噛みしめた。体を離すと、案の定情けない顔をした自分と目が合う。昴の体から、自分の知らないにおいがすることに気がついたのだろう。おそらくいま、ふたり揃って同じような表情をしているはずだ。
     迷子の子どものように眉尻を下げた自分の顔を見ていられなくなって、けれども心細さは拭いきれず、昴はジャージの袖を掴んだまま視線を伏せてぽつりと聞いた。
    「……なんか、途中だったんだろ」
    「……そっちこそ」
    「夢、だよなあ、これ……」
    「っていうか、そうじゃないと、困る……」
     ほんの小さな掠れ声と、横腹のあたりのつなぎの生地を掴まれている感触が返ってくる。さすがにもうひとりの自分らしく、考えることはそう変わらないようだった。
     視線を落としたために、相手の膝の上にある枕に意識が向く。このまましばらく経てば自ずとおさまるだろうが、トイレで早々に処理することもできるだろう。夢のなかだというのにそんなことを当たり前のように考えている自分に頭を悩ませつつ、「それ、どうする」と尋ねると、すぐさま小さく首が横に振られた。
    「……、…………じゃないと、やだ」
    「だよなあ……」
     拗ねたような声でつぶやかれた名前を聞き取ることはできなかったが、言いたいことはわかりすぎるほどにわかる。
     何が起こっているのかやはりまったくさっぱりわけがわからないが、早く目を覚まして、彼のいる場所に帰りたい。明日の晴天を懸命に祈りながら布団にもぐった幼少時代を思い出しながら、ゆるゆると目を閉じた。



    (夢オチってやつだよ!)
    ***
    20160912Mon.

    ■獣が二匹(きれはし/通常カイすば)
    ※若干の破廉恥


     汗に濡れた背中の下でぎしりぎしりとベッドが軋む。膝裏を抱え上げられていて、つまさきはシーツには届かないけれども、すでにそれが乱れきっていることは知っていた。
     水音をねじ込むように舌を這わせながら耳朶に歯を立てられて背がふるえる。思わず顔を逸らして逃れると、そのまま今度は首筋につたい降りていった唇と、甘噛みの感触。強く脈を打つ太い血管のそばを、喉元のやわい肌越しにいくらか食まれて、堪えきれずにひゅっと喉が鳴った。浅い呼吸の合間に、低く掠れた笑い声が混ざる。
    「っとに、ここ好きだな、お前」
    「べ、つに、好きじゃないですっ……!」
    「へえ?」
     喉笛に噛みつかれて喉を鳴らさないいきものがいるものか。少しばかりの不服を込めてそう言い返すと、薄暗い明かりに浮かぶ瞳が上機嫌そうに細まった。
     うす紫の両目が、熱を含んでつややかにひかっている。ぞわりとしたものが足の先から駆け上がった。
    「ケダモノ」
     ひどく楽しげな声を発した白い喉を、汗がひとすじ伝って落ちるのが見えて、次の瞬間にはそこにがぶりと食らいついていた。


    ***
    20160930Fri.

    ■#フォロワーさんから台詞をいただいて小説を書く


     寝室のドアに縫い留めようとしてきた大きな手を、掴んでぐいと押し返す。なんだよ、と不機嫌そうに顔をしかめる彼に、昴はどうにか首を横に振ってみせることに成功した。「ええと、その、」
    「今日はそういう気分じゃないんです……!!」
     誤解のないようにしておくと、彼とふれあうことは好きだ。あつくてあたたかくて、気持ちがいい。だから昴が、したくない、なんて思ったことは、実のところこれまでほとんどない。だのになぜいまこんなことを言っているかというと、ことの発端は約一週間前の夜まで遡る。
     細かい経緯は省略するが、この部屋で自慰をしているところを彼に見つかって、そのあと有り体にいえば非常に盛り上がってしまった。それはもう、思い返すと恥ずかしさで布団にうずもれてしまいたくなるほどに。なのでもう少し、記憶のほとぼりが冷めるまで、いわゆる「そういう行為」とは距離をとっていたかったのだ。
    「へえ、そういう気分じゃない、……な」
     寝室のやわらかな明かりを吸った、うすむらさきのひとみが昴を射る。本心をさぐるようにじっと目を覗き込まれて、息が詰まった。堪え性のない心臓が、あっという間に早鐘を打ちはじめる。まずい、と思う理性とは裏腹に、視線を逸らせない。彼らしいまっすぐな目が、昴はどうしようもなく好きだった。
    「……っ、う……」
     すきだ、が体の奥のほうからじわじわと湧きあがって、ほしい、に変わる。さわりたい。さわってほしい。したくないなんて、思っていない。けれども、恥ずかしいものは恥ずかしい。わずかに残った理性で、唇をやわく噛む。
    「昴」
     噛み締めようとするのを遮るように名前を呼ばれて、くらくらと目眩がした。
     ――ああもう、これだから嘘は苦手なんだ!
     むすんだばかりの唇をほどいて、答えの代わりに彼の名前を呼び返した。


    ***
    (フォロワさんよりお題/「今日はそんな気分じゃないから!」)



     隣で笑う姿があまりに無防備なものだから、つい手を伸ばして引き寄せたくなる。夕飯の片付けの途中のキッチンで、呼吸が重なる距離のまま、男は子どものように顔をしかめてみせた。
    「カイトさんばっかりずるいです」
     なにかと思えば、どうやら自分ばかりが不意打ちめいて口付けられていることが不服だったらしい。「じゃあお前もすればいいだろ」と至極尤もな応えを返せば、男は悔しげに口をへの字に曲げてなにやらむぐむぐと呻き声を上げた。純粋培養きわまるこの男のことだ、どうせ大したことはできないだろうが、カイトとしてはこの様子を見られるだけでも大層愉快である。
    「ッ、カイトさん、」
    「なんだよ」
     さてしばらくそうしていたかと思えば、男がふいに意を決したように顔を上げてカイトを呼んだ。すでにこの段階で耳朶まで赤い。相変わらずの純朴さにもう一度引き寄せてやりたくなる衝動を堪えて応えると、男は水に濡れた手を律儀にエプロンの端(泡まみれになるからと言いくるめて着せた、ボンレスはむのエプロンである)で拭ってからカイトの腕を捕まえた。なにがしかの決意を宿した紅茶色の瞳と視線がぶつかる。
     待てよ、これは珍しく、もしかするかもしれないのか?そんな思考が脳裏を掠め、不覚にも鼓動が跳ねた一瞬ののち、ぐいと体が引き寄せられた。
     間。
    「……あ?」
    「……っ、……や、やっぱり心の準備するんで、明日まで待ってください……」
     キスの代わりに、そんな情けない呻き声とともにぽてりと肩に重みが落ちる。首元にじかにふれた額の温度に文句の声さえ取り落として、カイトはキッチンの天井を仰ぎ見た。
     ――ああ畜生、不意打ちよりもよっぽどたちが悪い!


    ***
    (フォロワさんよりお題/「心の準備をするから明日まで待って」)



    「そうだカイトさん、手相見せてくれませんか?」
    「は?」
     ソファに並んで腰掛けて眺めていたテレビがコマーシャルに切り替わったとき、男がふいにそう言ってなにげない所作でカイトの手を取った。聞けば昨夜、自宅で食事中にそんな番組がやっていたのを思い出したらしい。正直手相などさほど信用していないが、掴まれた手の熱さが心地良く、ふたりきりであるのを口実に好きにさせることにする。
    「……ええと、たしか、このへんが生命線で……」
     手元に視線を落とした男の指先が、カイトの手のひらをさぐる。たどたどしい手つきのむずがゆさに思わず肩を竦めて身じろぐと、じっとしててください、などと言いながら捕まえなおされた。ひどく真剣な様子に揶揄の言葉も投げられず、なぜだかカイトまで黙り込んで男の顔を眺める羽目になった。
    「ここの長い線、感情線っていうらしいんですけど」
     そうしてようやく再び男が口を開いたのは、コマーシャルが終わってしばらくしてからのことだった。俯きぎみの瞳の瞬きに合わせて、睫が揺れる。指の先が、手のひらを横切るようになぞった。
    「感情線が長いひとは愛情深くて、嫉妬も強いんだって、やってました」
     男の視線が緩慢に持ち上がる。挑むようなティーブラウンが、カイトを映してゆらりと揺れる。掴まれていた手のひらを返して、男の手を捕まえた。
    「……そういうお前はどうなんだよ」
    「……、たぶん、カイトさんと同じくらいです」
     まっすぐに視線を返しながら応える五指の熱さに、ぞくり、背がふるえた。


    ***
    (フォロワさんよりお題/「手相みてあげる」)



    『今年公演を行なった演目のなかから、くじ引きで出た相手の役を即興で演じること』。
     内輪だけの宴席、それも無礼講と相場の決まっている忘年会となれば、そんな余興も生まれるものだ。食事会仕様にテーブルを並べ替えた会議室、ホワイトボードには演目名を連ねたあみだくじが書き込まれている。すでに「BOYS IN WONDERLAND」のタイトルに赤いペンで丸がつけられていて、昴が現在手にしている小さなくじには、「カイト」の三文字が並んでいた。
     とどのつまりはカイトが演じたチェシャ猫を、昴が演じることになったのである。
    「三分間待ってやる。そのあいだにさっさと台詞とフリ覚えろ」
    「か、カイトさんの鬼っ……!!」
    「っせーな!待ってやるだけありがたく思え!」
     余興といえども妥協はなし、という主宰の方針のもと、前半組に振り分けられた昴は会議室の壁際でカイトの指南を受ける。
    「いーか、お前はチェシャ猫。猫だぞ。普段どれだけ犬っぽさがダダ漏れてようが、今だけは猫だ。いいな?」
    「うっ……わ、わかりました……」
     同じく前半組に振り分けられているのが演技力に定評のある蒼星と伊織とあっては、犬じゃないです!と言い返している余裕などなおさらにありようがない。彼の言葉にこくこくと頷いて、頭を切り替える。記憶のなかのチェシャ猫を頭の隅に思い浮かべつつ、息を吸って、台詞を声にのせた。
    「『――これからどこにって?……そんなの、どこへ行っても一緒なんだけどなァ』」
     場面は序盤、迷い込んだ不思議の国で戸惑うばかりのアリスンへ、木の上からにやにやと語りかけるシーン。さすがに寝そべるわけにはいかないが、猫らしいしなやかな仕草を交えつつ不遜で気ままなチェシャ猫を精一杯演じる。どうにか一連の台詞を詰まることなく言い終えて演技をやめると、なんともいえない表情をした彼と目があった。
    「……?カイトさん……?」
    「……。……、まあ、……ぶっつけにしちゃ、悪く、ねえ」
    「へっ……ほ、ホントですか?」
    「っ、ぶっつけのわりには、だからな!調子乗んじゃねーぞ!」
    「は、はいっ!」
     なんでお前そんなちゃんと俺の役覚えてんだよ、と照れくささに頭を抱えるカイトの内心など、昴は知る由もなく。――いつかの夢色カンパニー忘年会、余興のお披露目数分前の一幕である。


    ***

    (フォロワさんよりお題/「3分間待ってやる」)

    ■すばるくんが「わん」って言うカイすば


     城ヶ崎昴という男はつくづく犬に似ている、と新堂カイトは思っている。呼べばぱっとこちらに向き直るしぐさも、髪をかき混ぜられて嬉しげにくすぐったがる表情も、なにかにつけて犬めいているくせ、当の本人にはどうにも自覚がないらしい。犬のようにかぶりを振って汗を払うしぐさをからかってやったところ、普段よりいくらか強い甘噛みでもって不服を訴えられたのである。
    「んだよ」
     歯を立てられた首元が、じわりと熱を持つのがわかる。カイトの問いに、男は浅い息をひとつ吐いてから口を開く。
    「カイトさんは、犬にこんなことするんですか」
     腹の上をカイトへ明け渡した獣の双眸が、掠れ声とともにカイトを映す。身を穿たれ生理的なもので潤んだティーブラウンが、ベッドサイドの薄明かりを吸い込んで欲情のいろに透けていた。
    「わん」
    「……ッ、」
     当てつけがましくちいさくひと鳴きしてみせた男の、子どものような声音ときたら!
    「ああくそ、わかったよ、拗ねんじゃねーよ!」
     昴、と呼んでやれば男は満足げに笑って、それからもう一度カイトの首筋を食み応えに代える。ぎゅうと抱き竦めてくる長躯の下に、機嫌よく揺れる尾が見えた気がしたが――結局男の唇に噛みついて、目を閉じることにした。



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    2018/07/08 14:00:05

    カイすば小ネタログ2

    #BLキャスト #カイすば

    平和だったり雰囲気破廉恥だったりタグのだったりするカイすば小ネタログ(11-20)。構ってくださったフォロワさんありがとうございました!

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    ##二次創作 ##腐向け  ##Kaito*Subaru

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